アジアで市民目線の議論は可能なのか

2014年7月01日

工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。
 
 早いもので、2014年も折り返しの7月がやってきました。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

 さて、私は先週ソウルから帰国したのですが、その1週間前には北京に行っていました。今、私がアジア各国をかなり忙しく動いているのは、私たちがこれから始めるアジアでの民間対話をどのように進めればいいのか、という協議を各国と行っているからです。7月18日に「第2回日韓未来対話」が、9月27~29日には「第10回 東京-北京フォーラム」の開催が決定しました。対話の日程は決まり、今、中身の打ち合わせをしている状況ですが、やはり日本と近隣国との関係はかなり悪い状況だということを実感しています。そのような中で、私たちに民間として何ができるのか、私も悩みながら進めています。

 今日は、私が今アジアを旅しながら、民間対話をどのように進めようとしているのか、皆さんにお話ししたいと思っております。

 ということで、今日のサードプレイス「言論のNPO」は、「アジアで市民目線の議論は本当に可能なのか」と題してお送りしたいと思います。


近隣国との関係悪化が常態化し、解決しようとの意欲が見られない現状

 まず、中国との対話には私だけではなく、元国連事務次長の明石康さん、元駐中国大使の宮本雄二さん、元日銀副総裁の山口廣秀さんにも同行いただき、中国の人たちと協議を行いました。それに加えて、いろんな中国の要人にも会ってきました。元国務院外交担当の戴秉国さん、対外連絡部の筆頭副部長など、政府関係の人、ジャーナリストなど、とにかく多くの人に会い、議論をしてきました。

 また、ソウルには先週行ってきたのですが、そこで韓国のシンクタンクである東アジア研究院(EAI)と連携して、7月18日に「日韓未来対話」を開催することが決定しました。加えて、今、日本と韓国との間で共同世論調査を行っています。その結果をベースに、どんな議論をすればいいのかという中身についての話もしてきました。その時も、韓国のジャーナリストや、在ソウルの日本のジャーナリストと夜中まで議論しました。

 そのような議論の中で、気になることがたくさんありました。1つは、日本と中国、日本と韓国との関係はかなり対立していて、政府間外交が全く動いていない状況が続いていますが、そういった対立関係が普通の状態になってしまっているのではないか。その悪化した関係を解決しようという熱意が、だんだん少なくなっているのではないかと現地で感じました。多分、それは日本も同じで、こういう緊張関係があった方が、国内的には政治に対する信認を逆に強めることになるということもあるのかもしれません。その結果、現状を何とかしなければいけない、ということを感じなくなってきているのかもしれません。しかし、今の状況は、単純に互いに対立しているだけではなく、この状況が長期化することによって様々な問題が起こってきている。例えば、皆さんもご存じのように中国が防空識別圏を設定しましたが、日本と重なり合ってしまっています。この防空識別圏というのは領空ではなく、領空に何者かが入ってきてはまずいのでそれを識別するための区域を、領空の外側にかなり広範にとっているという境界線です。しかし、防空識別圏に対する中国の考え方は国際感覚と違っていて、侵入してくることを事前に申告したり、中国の言うことを聞かなければ注意する、というような感じがあって、事実、最近ニアミスが起きています。例えば、船であれば、海上保安庁の船と中国船が近づいたとしても、まだ時間が確保できるので、それを抑えたり避けたりすることはできるのですが、航空機の場合は一瞬ですから、本当に危険なのです。にもかかわらず、今、日本と中国との間にはホットラインも何もなく、自衛隊関係者と軍関係者とのコミュニケーションチャネルがまったく機能していません。世界はこれを非常に危険だと考えているのです。

 しかし、あまりにもそういう状況が長く続くと、私たちは麻痺してしまって、今の状態が普通のようになってしまいます。今、両国関係は非常に綱渡りの状態が続いている状況です。こうした状況は、やはり政治の責任というのは基本的にあると思います。

 韓国でも感じたのは、日本とアメリカは同盟国で、アメリカと韓国も同盟国ですから、日韓間に同盟関係はないにしてもある意味での友好国であって、民主主義などの価値観が同じだということで、「協力し合わないといけない」ということで今まで動いてきました。しかし、私たちが昨年行った世論調査の結果では、「日本と中国のどちらにも親近感を持っていない」という韓国人が圧倒的に多く、その次に多いのが「中国により親近感を感じる」という回答でした。私がソウルに飛び立つ前に、アメリカの安全保障関係のシンクタンクの人たちと食事をしたのですが、「工藤さん、やはり米日韓の対話を民間レベルで急いでやった方がいい」と強く言われました。どうしてなのかと尋ねてみると、アメリカはミサイル防衛網の仕組みを作っていて、短距離は仕組みがつくれているのですが、中距離になってくると韓国は一緒にやることを嫌がっていると。その後ろに中国の問題があるわけです。

 アジアで中国が勢いを増していく中、各国が今の中国とどのようなかたちで付き合っていくのかが問われている。ただ、そのような状況を改善するための外交がないまま、危機感だけが続いているという状況なのです。だから、この状況を普通だと思ってしまうということは非常に危険だと私は思っています。


政府間外交が動き出すための環境づくり

 そこで、私は今、アジアだけでなくアメリカとの対話を行うための動きを水面下で進めています。最終的に東アジア全体で市民や有識者が、「北東アジアの将来をどう考えていけばいいのか」冷静に議論することが必要なタイミングにきていると感じています。その方向に動き出すためにも、日中と日韓の対話をとにかく動かし、最低限、対立がある現状を普通に感じるのではなく、「この状態はまずいのではないか」という点に合意し、その状態を改善していくために民間・市民として何ができるのかを考えていかないといけないと感じています。

 そのような問題意識から、日韓、日中の対話をどのように進めていけばいいのか。日程は固まったので、対話の準備に入っていますが、今回の議論の仕方は非常に難しいと感じています。ただ、それを難しいとあきらめるのではなくて、どのように実現していけばいいのか、これからいろいろな試行錯誤が始まるのだと覚悟しています。こういった難しい状況に直面している大きな要因として、やはり政府間外交と民間外交という問題があると思います。いろいろな問題を解決するためには、政府間外交が機能しないと話にならないわけです。例えば、日中間にはホットラインが存在しないと先ほど述べましたが、民間がホットラインをつくることはできません。民間ができることは、政府間外交が動き出すための環境づくりや、政府間外交を後押しするような強烈なオピニオン、世論をつくり出すことだと思います。

 私たちは今、アジア、アメリカなど世界と様々なチャネルを持っているので、各国の人たちがそういった問題について対話をできるような仕組みはつくれると思います。しかし、場はできても、それを利用して何かを実現するための動きをつくらないと、たぶん対話するだけで終わってしまうと思います。だから、私たちは今すごく悩んでいるのですが、最低限3つのことはやらないといけないと思っているのですね。


アジアや自国の将来について、率直に話し合うことが必要

 1つは、日本と中国・韓国の間で、基本的な話をするタイミングに来ているのではないかということです。例えば中国が将来、北東アジアでどんな国になろうとしているのか、私たちにはあまり分かりません。習近平氏の夢など、いろいろな話が出てきているのですが、そういったことを率直に話してもらう。逆に日本も、アジアの中でどんな国を目指すのかということを話す。それをお互い議論し合うことが必要なのではないか。それは韓国とも同じだと思います。日韓両国は、将来にわたって対立を深めるしかないのか。それとも、ひょっとしたら協力し合える関係をつくれるのか。そういう基本的な話し合いが必要な段階に来ているのではないでしょうか。私が北京に行ったときに「日本が自分たちの国を孤立させようとしている」と、中国の人は言うわけです。逆に、日本から見ると、中国が不透明なかたちでどんどん軍事的な展開を進めていると感じてしまう。つまり、相手国に対しての情報がまったくないために、お互いに疑心暗鬼になっているのです。だからこそ、対話の中でお互いにそういう話を行い、共有し、時には厳しい意見をぶつけたりすることが必要になってきているのではないかと感じています。

 2つ目は、やはり「今の状況をどうしたいのか」ということです。例えば、私たちは今年の日韓共同世論調査を行うにあたって、ある設問を入れました。お互いの国民感情が今回も悪化している可能性があるので、「こうした悪化した状況をどう思いますか」と尋ねました。この番組を聞いている人もぜひ考えてほしいのですが、①今起こっていることは当然だ、②仕方がない、③問題だと思う、という選択肢です。韓国人の意識がどこにあるのだろうか、非常に興味があります。それから、日本人も日韓関係の状況をどう考えているのか。「当然だ」と思うのであれば、現在の対立から生じるリスクを私たちは本当に覚悟しなければいけなくなると思いますし、両国の未来に向けて様々なことに対して身動きが取れない状況になると思います。そして、「仕方がない」と思うのであれば、そのような状態になっている何らかの原因があると思うので、その原因を改善するための対話が必要になると思います。「問題だ」と思うのであれば、この状況を乗り越えるための動きを市民なり民間レベルで動かさないと、政府間外交の環境はつくれないのだと思います。このように、「今の状況の課題をどう認識するか」という議論が必要なのではないかと感じています。私は、韓国側と中国側に、「今回のアジェンダはシンプルにいこう」、「お互いの状況を話そう」という話をしました。特に中国とは「政治家同士でそうした議論をしたらどうか」、「若者を聴衆にして、若者からどんどん質問を受けて、それをインターネットで中継したらどうか」と提案し、今、計画を進めているところです。


政府間の対立とは離れ、関係改善に向けた民間のチャレンジが始まる

 それから、私たちは両国関係がここまで悪化しているという問題を、日中や日韓の人たちだけではなく、第三国の人たちにも傍聴してもらい、「日中の世論がこんな認識を持っているのを、世界の人はどう感じているのだろうか」と、相対化するような議論を仕掛けてみたいと思っています。また、安全保障の対話では「どうしたらこの危機状態を乗り越えられるのか」、ということをオープンでやります。こうした対話を、いろいろと検討しているところですが、今回の対話が、日中・日韓関係の流れを変える非常に重要な役割を果たすのではないか、と感じているところです。

 3つ目に、韓国はとにかく対立に不感症になっているような状況があると感じています。こうした状況は良くないのではないか、ということを一般の市民が考えるべきだと思っています。だから私は、7月18日にソウルで開催する対話は限りなくオープンでやろうと提案し、韓国の朝鮮日報や東亜日報の編集局長など、数多くのメディアの人に会ってきました。すると、逆にインタビューされて、朝鮮日報に私の記事が出ていました。その取材の際、私は「メディアの責任」について話をしました。私はメディアの人たちに、メディア報道というのは、戦争なり対立を解消することは無理なのか、みんなそれぞれの国を背負ってしまうと、対立側に立って意見を言うだけでは、対立を深めてしまう。だったら、そこから離れて第三者的になれないのか、とかなり突っ込んで議論してきました。そうしたら、その議論が記事になっていました。韓国との議論は、とりあえず今の状況をどうするのか。問題だと思うのならば、その問題を乗り越えるために何を考える必要があるのか、ということを一緒に考えていくことが、1つの新しい流れをつくるきっかけになるのだと思います。こしたことに私はチャレンジしたいと思っています。

 一方、中国ですが、私たちが対話を行う9月末というのは、政府間外交が非常に動く時期だと思います。9月には自民党の役員人事や内閣改造が行われるでしょうし、10月は臨時国会の直前です。11月にはAPEC参加のため安倍さんが中国を訪問することになっています。多分、私たちの行うこの対話が非常に大きな役割を発揮するタイミングになると思うので、先程も述べたように議論を通じて、民間の力で政府間外交が動き出すための環境をどのようにつくっていけるのか、ということにチャレンジしたいと考えています。


課題解決に向けた動きは国境を超えることができる

 今回、北京とソウルに行って、かなり激しい議論になりました。私たちは、市民目線、民間というものの役割はすごく大事だと言うのですが、中国も韓国も「こういった問題はなかなか解決しないので、私たちにできることは限られている」とか「この対話は大事にした方がいいので、無理に多くのことを頑張らなくてもいい」という声が圧倒的でした。しかし、私はこう主張しました。こういう大変な局面だからこそ、民間の力が問われているのではないか、民間の私たちがこの状況を乗り越えようという意思をきちんと持ち、向かい合っていくことで流れを変えるしかない。そうしないと、今の対立が常態化してしまうと。そうすると、驚いたことに、みんなが「本当にそうだ」、「工藤さんが言っていることに私は合意する」と言ってくれる。中国もそうだったし、韓国もそうでした。そのときに、市民目線での議論は実現できると思いました。つまり、課題を解決するということに関しては、国境を越えることができるのです。

 だから、このような民間の取り組みが、今の日中、日韓関係の流れを変えられる可能性を感じているし、そのための流れを、私たちは7月18日の「第2回日韓未来対話」から始めるつもりなのです。やはり、市民なり民間が「この状況を変えたい」という動きをオープンで行っていく。そうした対話をインターネットで中継し、全面的に公開していく。そうした対話を多くの人に見ていただきたいと思います。そして、この局面を民間の力で変える1つの環境をつくりたいと考えています。

 これから、私たちの取り組みはスタートします。この動向は、言論NPOのホームページで皆さんに公開しますし、映像でも見られるような工夫もしていきたいと思いますので、ぜひ見ていただければと思います。そして、一緒に、日本の未来、そしてアジアの将来について考えていただければと思います。

 ということで、時間です。今日は「アジアで市民目線の議論は可能なのか」ということについて議論してみました。ありがとうございました。