アジアの将来と日中問題 /小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)

2015年9月08日

第2回東京-北京フォーラム 2006年9月21日 基調講演より

  kobayashi_060803.jpg小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社相談役最高顧問)

アジアの世紀と成長の限界

 私は、どちらかというと言論NPOの当事者側の1人ですが、新日中友好21世紀委員会の日本側の座長を務めておりますので、その中で得た私の率直な感触をもとにして、ご議論の参考になるようにお話をさせていただきたいと思います。

 現在の日中関係の基礎をなしているのは、1972年の日中国交正常化の際の共同声明を含む3つの文書です。この全く同じ頃に色々な重要なことが起こりました。

 一つは、当時、極めて有名な未来学者だったハーマン・カーンが、21世紀はまず日本、そしてアジアの世紀だということを予言したことです。もう一つは、ローマクラブが「成長の限界」という報告書を発表したことです。70年代の最初ですから、世界が60年代の高度成長期を終えて変化の時代に入ったときに、1人は30年後の21世紀は日本とアジアの世紀だと言い切り、もう1つのグループは、もうそろそろ有限の資源に目を向けて、むしろ先進国を含めて将来の歩みを謙虚に見詰め直すべきだという警告を発しました。

 21世紀の今日、「アジアの未来」を考えてみると、まさにハーマン・カーンの予言そのものが、アジアの未来における可能性について極めて積極的に実現されつつありますし、またローマクラブの警告は、20世紀の残りにおける問題点よりは、むしろこのところ中国あるいはインドといった大国を始めとするアジア諸国の急成長の中で、大変な説得力を持って多くの人々に語りかけています。

 人口は国力の最も基本的なベースとなるものですが、特に中国、そしてインドという非常に大きな人口を持った2つの国が、経済的に第二次産業やIT産業を中心に成長を続ける。また、ある見方をすると、成長を続けざるを得ない問題点を国内に抱えながら今進んでいます。今や両国とも戻ることのない1つのハードルを越えたと思います。

 当面、GNP等の指標ではアジアにおける最大の経済国は日本ですが、この二大大国とアジアが将来に向かって非常に大きな可能性を持ち続けることについては誰も疑いを持たないと思います。しかし、このところ中国、インド等の急速な発展が環境やエネルギーの問題について、あるいは国の中における格差問題について、従来では考えられなかった大きなスケールとダイナミズムで問題が顕在化しつつあるのも事実です。

 私どもがアジアの未来ということを考えるときに、欧米やその他の先進諸国が、その明るいところだけに目を向けて、可能性をすべてそこで刈り尽くすという形で参画するのは、決して賢明でないし、私どもがすべきことではありません。むしろ今、極めて重要な問題として浮かびつつあるのは、かつては巨大な人口が足を引っ張り、決してテイクオフしないだろうと言われていた両国がテイクオフをした。その後の発展の過程が両国にとっても、あるいはアジアや世界にとっても好ましい形になるように、どうやって一方で起きている問題点を最小化し、あるいは軽減しながら、将来に向けて乗りこなし、マネージしていくことができるのかということが、今のアジアや世界の1つの重要な関心事になっていると思います。


日中に問われる「新しい」関係とは何か

 安倍官房長官が先ほどのご挨拶で、小泉総理が中国は脅威ではなくチャンスだと言われたと述べられたのは、その通りです。インドも脅威ではなくチャンスです。それにASEANを加えたアジア全体もそうです。ただ、ここで、中国、日本、インド、あるいは世界の超大国のアメリカなどの「大国」は、そうした大国が持つ一つの必然ということに思いをいたす必要があると思います。

 大国は経済力が大きい、中国のように人口とともに国土が極めて大きい、軍事力が非常に強い、そういう認識が世界にはある。日本の場合は、国は小さいかもしれないが、凝縮された経済力があるという認識の一方で、誤解や、一部には確信的にそう思いたい人もいるかもしれませんが、日本の過去の行動から考えて、その再軍国化が心配だというイメージを依然として持っている人もいる。

 大国に対しては、色々な意味でそれをチャンスとしていこうという向きは当然ありますが、また一方で、色々な理由で、何となく不安感、ある種の心配を感じたり、それが高じれば脅威感になることはあり得るということは、我々は頭に入れておかなければいけないと思います。

 アジアという観点からすれば、ASEAN諸国の中国や日本に対する感じ方は、日本はASEANの国々にとって輸出や投資の大変なチャンスでもありますし、中国は伸び率からいって、さらにそれを上回るチャンスです。しかし、あの大きな国が一挙に出てきたらどうなのだろうか、ナショナリスティックな考えから何か変なことはしないだろうか、そういう意味の大国に対する不安感、それは根拠がないものかもしれませんし、誤解かもしれませんが、そういうものはそう完全にはなくならないということを大国の国民、特にリーダーシップのポジションにある人たちは、謙虚に心に持ち続けなければいけません。

 私個人は、仕事を除きますとアジアとのおつき合いはそれほど長くなく、仕事の上では40年ぐらいになりますが、中国とのおつき合いは更に短いものです。新日中友好21世紀委員会のような非常に大切なお仕事を引き受けたわけですが、中国を含むアジアについてのエキスパートではありません。では、なぜ私がその座長を務めるのか。これはまさに、新日中、あるいは新中日というように、この二国間の関係を、中国における日本エキスパート、日本における中国エキスパート、そういったエキスパートによる単位から少し視野を広げて、例えば欧米について少し知見のある人を交えて、かなり複眼的に日中の関係を考えようという発想が根底にあります。それが結果的に、大局的に戦略的に日中間の関係を考えることにつながるということが、日本側のメンバー選択の根拠です。

 そのことをあえて申し上げるのは、ここで言う「新しい日中関係」の「新しい」とはどういうことかということを申し上げたいからです。つまり、日中あるいは中日の二国間関係だけではなく、まさにアジアの視点から、世界の視点から、私どもの視点というものをもう少し複眼的に持って考える。そして、その中で日本が、中国が、あるいは日本と中国が一緒になって、最近際立った台頭ぶりを示しているインド等とどういう関係をつくることが結果的にアジアや世界にとって役に立つことになるのかを考えることが大切だと思います。

 中国の専門家のお話では、中国の基本的な外交姿勢の1つは、中国はまだ大国ではないということだということです。あるいはそれをベースにしてあまり表に立ってリーダーシップはとらないことも1つのスタンスだと伺っています。一般的な見方からすると、中国のGNPを13億人という人口で割ると、まだ途上国だという見方も出てきます。しかし、これは実態としてはあまり意味がないということは我々はよく知っています。感覚的には、中国はもう堂々たる大国だと思います。

 日本も人口問題など大きな問題を抱えていますが、戦後60年間、平和を基軸に据えながら、経済を中心に、技術面でもここまで持ってきたことについては、日本人として誇りにしていますし、アジアの未来に向かって、日本が特に中国と協力してどれだけの貢献ができるのかが、日本が直面している1つの大きな課題だと思っています。


将来の目指すべき姿が、まだ見えない

 日中間には、摩擦の問題など目に見えているいくつかの問題、現象があり、メディアによる報道や世論調査も、それを中国の日本観や日本人の中国観に反映しながら推移していますが、委員会の中で1つ大きなことについて合意をしました。

 それは、色々な誤解を生み出している重要な原因の1つは、中国が、あるいは日本が将来どういう国になることを目指しているのか。特にアジアとの関係において、世界との関係を含めて、それがお互いにはっきりしないのではないか。例えば、日本にも我々から見ても感心しない過去があり、その過去そのものが、日本の将来における行動についてのイメージの邪魔をしている方々が依然としてアジアには消えていない。日本が軍国主義化するなんて考えられないと言っても、イメージは決して簡単にはなくなっていかないわけです。

 あるいは中国について、覇権主義だという言葉が出てきます。中国の方々は、そんなことは考えられない、元々、中国は覇権主義の国ではないし、現在大変な問題を国内に抱えていて、国内のそういった問題の解決については、日本を含めて先進諸国やアジアのほかの国に色々な形で助けていただきたいと言っておられますし、中国の調和ある平和的な発展、台頭ということを具体的にどういう形で行うかということが、中国の最大の課題であると言っておられます。

 それにも関わらず、なぜ何となく中国に対する不安感や不信感があるのだろうか。それは、本当は信頼しているのに不信感があるかのようにメディアが書き立てるからだという面がないとは思いません。しかし、不信感のもう一つの原因は、調和的発展の先に一体どういう国づくりをするのか。絶対に覇権主義ではないというのは、なるほど、そうだと日本やアジアの人たちが思う、そんな国のビジョンが十分に示されていないからではないか。であれば、お互いがどんな国になろうとしているのかについて、意見交換、すり合わせをしようということを、委員会では話し合っております。

 まだすり合わせは終わっていませんが、参考として、この3月の京都での第4回会合に際して、鄭必堅先生が言われたことをご紹介しますと、鄭先生はそこで3つのことを言われました。中国が目指しているのは、1つは平和の大国、2つ目は文明の大国、3番目に親しまれる大国である。考えてみると、日本も今まで平和の大国で来ている。我々も色々な形で文明・文化に貢献したいし、親しまれる大国であり続けたい。ここだけとれば、日中は全く同じビジョンを将来に持っています。

 問題はむしろそこから先です。それを実現するためにどのような手段を中国や日本がとるのか。その点について、今のところ、透明度やコミュニケーションが足りない。これが色々な意味での誤解等を生んできているのではないか。

 メディアの重要性を我々は大変強く認識していますし、また、そういう意味でメディアに対してきちんとした情報公開をし、透明度をきちんとするということも併せて非常に重要だと思います。その点から言えば、世論調査に対して、リーダーのポジションにある人たちの発言、行動が大きな影響を与えるということを、我々は再認識すべきです。ご本人はそういう意図がなくても、結果的に違った方向に解釈されることがあります。

 アジアはまさに転換点に立とうとしている。しかも、アジア諸国が問題点を克服し、可能性の部分を少しでも多く現実に結びつけながら、アジアの未来を切り拓いていくためには、中国と日本の前向きの参画抜きにはそれができないということを実感している。その中で、あるべき日中の姿勢、姿というのはどういうことなのか。また、日中が要らざる摩擦に必要以上の時間をかけることのないようにするためには、リーダーの言動はどうあるべきなのか。ここにお集まりの方々は色々な局面でそういうポジションにいらっしゃるわけなので、お互いにその点を自戒して、日中関係を中心にしたアジアの未来にさらに展望が開けていくように、その役割をぜひ前向きに果たしたいと思います。私どもも委員会も、い゛きるだけ貢献をしていきたいと思っております。


[要旨]

 中国とインドという2つの大国が今や戻ることのないハードルを越える中、将来に向けた可能性と同時に、環境やエネルギー、国内の格差問題について従来にないスケールとダイナミズムで問題が顕在化しつつある。それをどうマネージしていくかがアジアや世界の重要な関心事になった。中国はもう堂々たる大国であり、アジアや世界の視点から複眼的に「新しい日中関係」を考えていかなければならない。日中間の誤解の重要な原因は、中国や日本が将来どういう国になることを目指しているのか、特にアジアや世界との関係の中でそれが相互に明確でないことにある。両国でそれをすり合わせていくことが重要だ。お互い、平和の大国、文明の大国、親しまれる大国を目指している点で共通だとしても、それを実現する手段を中国や日本がどうとるのかについて透明度やコミュニケーションが足りない。中国と日本の前向きの参画抜きにアジアの未来は切り拓けないことをアジア諸国が認識している中にあって、あるべき日中の姿を示し、日中が要らざる摩擦に必要以上の時間をかけないようにすべきだ。そのために、リーダーの立場にある人の言動のあり方が特に問われている。