日中間に横たわる安全保障上の課題とは

2016年9月27日

第3話:私たちは中国に対して何を言わなければならないのか

2016-09-25-(2).jpg工藤:今までのお話を伺っていると、中国は非常に苦しい立場にあるということが分かりました。一方でもう1つ大きい話があります。それは、南シナ海の問題です。今回の「東京-北京フォーラム」でも、南シナ海の問題をどのように議論すべきか非常に悩んでいます。中国側からは、南シナ海問題について議論すべきではないという考えが強いのですが、全く議論しないわけにもいかないと思います。ただ、この南シナ海の問題は、先ほど香田さんも説明された通り、裁判所が中国側の主張を否定する判決を出したという状況になって、中国は非常に慌てるというか、ダメージコントロールするということで、かなり厳しい言い方をしながらも、最終的にはASEANとの対話に持っていくという形で、この問題を何とか乗り切ろうと思っているようです。ただ、こうした判決が出されたことは事実であり、アジアは国際的な判決を無視するような社会でいいのか、それとも、そういうことを考える社会がいいのか、とった様々なことが問われています。ただ、何事もなかったというわけにはいかない状況で、この問題の最終的な決着をどう考えていけばいいのか、私たちの対話で何ができるのか、という話に移していきたいと考えています。

私たちは、国際秩序に対する中国の挑戦にどう向き合うべきか

2016-09-25-(3).jpg松田:一般の日本人の素朴な感覚として、国際的な裁判所で1つの結論が出たのであれば、それに従わなければならないと思いますし、その判決に従わないだけではなくて、「それは無効である」「一片の紙切れ」であると言って、まさに罵倒するということは、理解できないと思います。

 国際社会の基本的な性質というものは、世界政府がない、無政府状態であるということが教科書の1ページ目に書かれている話です。国際関係というのは、国家間の合意をもとにしていきますから、どこかの国が、それを強く拒絶してしまうと、合意を達成できなくなり、その分だけ秩序は壊れていくことになります。そうなると、これから好き勝手に行動してくる国が出てくる。そうした国をどうやって抑えるかというと、秩序観をもって抑えていくことができないのであれば、ある程度対抗する力をもって、そういう好き勝手な行動をするとあなたたちは損をしますよと(感じさせる必要がある)。判決云々ではなく、これからコストをずっと支払わなければならず、何かやるたびに痛い目にあいますというような態勢を作らない限り、今好き勝手やる国は、今後も繰り返し好き勝手なことをやることになります。ですから、判決が出たことの重みを日本人は感じますが、必ずしもそう思わない国や人がかなりたくさんいるというのが国際社会の現実であるということを、まず理解しなければならないと思います。

工藤:もう1つ国際的な秩序というものを、国連ベースに考えると、少なくともアメリカも国連海洋法条約を批准していません。今まで、大国は法が大事だと言いながら、自らの問題について何かあったときに無視するという傾向がある。結果として、私たち日本が求めなければならない法の秩序というものは絶対に譲れないものですが、何となくうまくいっていないという現実の中で、明確に秩序を無視するような行動をとる人たちが出てきました。絶対に譲れない秩序ですが、譲れないということをただ貫くだけでよいのでしょうか。

松田:それだけではもちろん良くなくて、今、中国政府が言っている方向は極めて危険であり、国内外でも国際秩序は重要である、と思っている人は(中国国内にも)いるわけですから、そうした人たちを増やしていく努力はしなければなりません。ただ、現実に、中国政府が主張して行動を起こし、現行の国際法秩序に真っ向から挑戦している状況ですから、それに対してある程度、力の裏付けがないと中国の行動を抑制できないということも現実です。

工藤:確かに習近平の国連などでの演説を読むと、国際社会とか、国連とか、国際的な様々な働きを尊重するという性格だったのですが、実際の行動を考えると、しっかり整理されているのかと思うこともあります。

2016-09-25-(7).jpg香田:中国の特徴として、ダブルスタンダードという言葉がありますが、多くの国際会議でも、国連や国際的な約束を尊重して、それに従うのだと言うと同時に、自分達の国益にかかわるような問題については、都合のいいところだけを自分に良いように解釈したり、全く無視をして全く別の言い方をする、というところに特徴があります。必ずしも彼らが、建前的に言う「国際社会と強調するのだ」ということだけを信用していると大変なことになり、そこは十分に注意すべきだと思います。

 それから、中国はよくアメリカと中国という超大国を表す表現として「G2」という言葉を使います。昨年の9月25日のワシントンでの米中首脳会談では、南沙問題についてほとんど平行線だったのですが、軍事化しないという1点だけは合意しました。ところが、現実には、レーダー設備を作ったり、西沙では戦闘機を配備したりと、衛星写真の公開情報からすると、格納庫とか、戦闘機や爆撃機の駐機場で爆発が起こった際に、他に被害を受けないような構造などが明らかになっており、明らかに軍事化が進んでいます。中国はG2と言いながら、相手国のアメリカ大統領と習近平の約束さえも自分たちの都合で平気で破るという国であるわけです。

 同時に、今の国際秩序は欧米が作ったものであり、中国人は認めることなく、チャレンジすると言いながら、中国がどのような秩序を作り出そうとしているのかが全く分からない。また、是非は別にして、日本も含めて三千年程度、特に海でいえば、フェニキアの時代から営々と作り上げてきた慣習法が、やっと成文法になっていて、これをいきなり、中国の都合で変えるということになれば、国際社会は大混乱します。今まさに、アメリカと肩を並べる大国になるかもしれないという中国が、既成の秩序にチャレンジしているということで、ここが一番悩ましく、なかなか解決策が見つけられない課題だと思います。

工藤:中国は、今ある秩序にチャレンジしているという明確な戦略、目標があって動いているのでしょうか。実際に、中国の人と話をしていると、いろんなことを学ぶ姿勢もありますし、誤解もあったり、国際的な法秩序に対する理解不足があったり、コミュニケーションが足りないようにも感じます。そうではなくて、ただ、一方的に思っているのであれば、私たちの取り付く島もない気もしています。

香田:難しい質問ですが、例えば、今、中断されている佐官級交流が行われていたころ、私は防衛課長でしたが、交流から帰ってきた人たちが「防衛課長、中国の人は国際法を知りませんよ」という報告がありました。当時、中国はまだまだ国際社会にデビューする前だったので、知る必要もなかったのかもしれません。

 私が最近の国際会議を通じて感じていることは、自ら好んで積極的に、西洋中心の国際秩序を取り込み、それを咀嚼して自分たちを変えていこうというよりも、自分たちのやり方を押していこうということのほうが相対的に強いというのが現状だと思います。それに対して、我々がどう対応していくかが課題だと思います。

工藤:松田さんも国際会議などで中国の人と話す機会が多いと思いますが、私たちが話していると、確かに原則は変わってないという発言をする人も多くいます。いろいろなことを勉強するという人たちも中国の中に存在していて、どのような議論をすればよいかと考えているところなのですが、何かいい案はありますか。

中国に対しては特に対話の場で言うべきことをきちんと言う必要がある

松田:建前上、強く言わなければならない人もいれば、本当に単なる不勉強な人もいます。また、立場上反論はするのだけれども、いろいろな国から批判を受けて、「これはまずいな」と思い、それを持ち帰る。そして、自分が言うと自身が政治的に危なくなるから、その人たちの発言を引用する形で報告書を書き、「このままではまずい」ということを(上に)伝える。

 ですから、彼らと違う意見を会議の場でどんどん伝えていくこと自体は大変意味があります。こうしたことは、いくら言っても無駄だ、と思って言わなくなってしまうと、彼らは自分たちを変えるきっかけを失ってしまうわけです。ですから、中国といろんな形で付き合う際、特にこういう原則問題でぶつかるようなときは大変しんどいのですが、それでもやはり、彼らの嫌なこと、聞きたくないようなことをきちんと言うべきだと、大所高所から立って、きちんと伝える必要があると思います。

工藤:私は、今も脳裏に焼き付いているのですが、政府間外交が完全に停止した時も、私たちの対話があり、軍関係の人たちが「東京-北京フォーラム」に来て、皆、この問題を解決しようという、非常にまじめな姿勢があったんですね。相手を批判するのではなく、何とかならないかという気持ちで対話に臨んでいた。ああいう姿勢の人たちを知っているので、何とか新しいチャレンジができないかと思うのですが何か良い知恵はないでしょうか。

複雑な関係が入り組む南シナ海には東シナ海とは違う難しさがある

香田:尖閣の場合は、国家主権という国家の根源に関わることなので、対決的になるのですが、まだ二国間の問題なのですね。ところが南シナ海、南沙について言いますと、当事者が、中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイといますし、さらに中国が言うところの「域外国」まである。つまり、アメリカ、日本です。もし、工藤さんのいまのご質問が、南シナ海問題に絞って言われたのであれば、おそらく中国としては、A国に対する譲歩は、B国に対する譲歩ではなくなってくるのですね。ということで、取り扱いが非常に難しいと。しかも同時に、「南シナ海行動基準」(コード・オブ・コンタクト。COC)をやろうとしているのだけれどもこれがなかなか難しい。中国はどちらかというと、二カ国でやりたい。しかし、ある意味、勢力の分断、エネルギーの分散ですよね。しかも、日本とアメリカからすると、南シナ海の航行の自由、安全というものについては、域外国であっても、領土問題とは関係ない別の国益が絡んでいる。これが領土問題だけだったら、「どうぞ」ということもあるのですけれども、そこに自分たちの、とくに日本の場合は、まさに生存が絡んでいるわけです。おそらく、中国はこれを日中関係のように、問題はあるけれども局長級会議などで対話しようというわけにいかないのですね。

 中国はこの問題を俎上に上げないことにASEANでもG20でも精一杯エネルギーを使っているということで、決して悲観的なことを言うつもりはないのですが、尖閣とは関係国の中身の違いと数の多さということで、ちょっと難しいかなと。

 同時に、先ほど、松田先生が言われましたけれども、南沙諸島の人工島の造成については、国際社会においても2014年から問題提起をしているし、私も繰り返し向こうに言っています。そういう意味で、非常に煙たがられているのですが、この主張がどこまで通じているのか。具体的なフィードバックがないので非常に不安なのですが、やはりこれをやめる必要もないですし、少なくとも、「中国の物差しはそうなのだけど、国際社会の物差しはこうですよ。故に、あなたたちのやっていることは変に見えるわけですよ」と言うことはできます。

工藤:そうですね。そこで、中国がきちんと説明する必要があるということですね。

一度「外」に出るともう後戻りできなくなる。それを中国に理解してもらう必要がある

松田:最後に申し上げると、「中国はすごく損をしているんですよ」ということを理解してもらう必要があります。物理的には外に打って出ることで、何となく得をしたような気がする。しかし、外交的にはどんどん友人を失っている。加えて、あれだけの絶海の孤島の拠点を維持する経済的なマイナス面は大変なものがある。さらに、一旦そういうものを保有してしまったことによって今度はそれを維持しなければならない。そういう大変なコストをかけているのにでは、油もガスも取れないでいいのかということになる。そうなると、次の一歩は、周りの国がどうであれ、新しい何かを取らなければならないと論理になっていく可能性があるのですね。

 これは、かつて、1930年代に日本が経験した問題であって、新しい領土を手に入れてしいまった、外に出てしまったことによって、それを維持するために、次に大変なことをしなければならないということに気が付いていくわけですよね。

 かつては生命線ではなかった、中核的な利益でもなかったものが、あるイベント、段階を超えると、「これは絶対に守らなければならない。主権のかかった、中核的な利益だ、生命線だ」というふうにどんどん論理が変わってくる。

 数年前なんて、南沙なんて中国人はそれほど気にしていなかった。今は絶対に妥協できないポイントに変わってしまっているわけです。これは、きわめて危険な方向性だと思います。

工藤:確かに日本も同じような問題で、国際連盟を脱退する状況になるわけですね。

松田:「そんな方向に行ったら中国は大変なことになるよ。あなたたちが一番損をすることになるよ」というメッセージを出すということも有効だと思います。

工藤:今日お話を伺って、今回の安全保障分科会は、大変な対話になると予感しました。この問題を論点にしなければ、たぶんスムーズにいくと思うのですが、ただ、やはり、民間ですし、本音でいろんなことを考えなければならない。ということはやはり、どういう風な秩序とか、アジアで目指すべき平和的な環境なり、秩序というものをどういう風に護って発展させるべきかということをそろそろ考えなければならない、本当にそういうことを日中で語ることができるのであれば、それは素晴らしいことだと思います。

 最後に一言ずつ、今回の私たちの対話に、「是非これを話し合ってもらいたい」ということを言って頂いて、終わりたいと思います。松田さんからどうでしょう。

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「東京―北京フォーラム」の安全保障対話に期待すること

松田:難しい問題は必ず言う。嫌なことは必ず言う。しかしながら、順番が大切で、後のほうでは共通利益の話とかを話すということですね。今日出てきた東シナ海問題、南シナ海問題という難しい問題は必ず相手に伝える。「これはすぐに終わることはなく、延々と続きます。あなたたちはずっと損をし続けるんですよ」というメッセージを出す。その後には、北朝鮮問題にみられるような共通の利益でしっかり協力していこうというメッセージですね。その両方出していくことが重要だと思います。

香田:松田先生とほとんど同じです。特に最近、中国といろんな会議で話して感じるのは、彼らが、自らが国際的に孤立化している姿を正確に認識できていないのではないかということです。

 例えば、7月12日の前後、その前の日は中国に対する支持国が40カ国だと言っていたのに、翌日には60カ国と平気で言うのですね。それは数え方なのでしょうけれども、それもおそらく相当無理をして数えたというか、あるいは作ったのかもしれません。しかしいずれにせよ、大きく見ると間違いなく、癌がじりじりと進行するように、中国の国際社会における孤立化は進んでいる。しかし、大国が孤立化するのはよくないことなのです。

 そこについて、「それはあなたたちだけでは済まない問題だ。他に与える影響がものすごく大きい」と言っていくしかない。その言い方が非常に難しいのですけれども、これを東シナ海とか南シナ海、あるいは北朝鮮の問題と絡めながら一つの大きな信号、シグナルとして、向こうに伝えることが重要なことだと考えています。

工藤:今日はお二人から非常に重要なアドバイスを頂きました。来週、この安全保障対話が公開で行われることになるのですが、是非、今日の議論の内容も踏まえて、中国ときちんと話をして、平和で安定的な環境を、将来アジアに実現するための対話を本音でしていきたいと思います。

 今日は、皆さん、どうもありがとうございました。
  

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