北東アジアの平和に問われる日中両国の厳粛な責任
「第14回 東京-北京フォーラム」安全保障分科会 報告

2018年10月15日

 前半で浮き彫りとなった日中間の認識の相違を踏まえ、後半ではどうすれば日中は歩み寄り、協力関係を構築していくことができるのかについて議論が展開されました。

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これから進めるべき日中安保協力

YKAA8723.jpg 最初に日本側から神保氏が問題提起に臨みました。神保氏はまず、朝鮮半島非核化における日中協力について論じました。非核化と北朝鮮が求める安全の保証との間の取り引きが可能なのかという点について、神保氏はこの保証とは、軍事・政治・経済という3つの領域の保証を意味すると分析した上で、「北朝鮮は3つのうちどれを最も重視しているのか明らかにするとともに、米朝間で合意しなければならない」と注文を付けました。それができれば、日本も中国も保証の具体的な中身について議論をして、合意した上で支援に乗り出すべきであり、特に日本に関しては、非核化と拉致問題解決の見通しが立てば2002年の日朝平壌宣言に則り、経済保証で役割を発揮できると語りました。

 もっとも、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」には10年以上かかるとはいえ、短期でできることもあるため、それに関しては各国が共通認識を持ちながらプレッシャーを緩めずにやっていくことも重要であると指摘しました。

 次に神保氏は、米中緊張状態の解消について提言。従来の覇権国家と新興国が、戦争不可避な状態までぶつかり合う現象「トゥキディデスの罠」に米中が陥ることは世界中の誰も望まないとした上で、米中関係をルールに基づいた健全な競争関係に転換していくべきと語りました。そして、そのためには互いの意図と能力を把握しておくことが不可欠の大前提であるとし、「いかに緊張が高まってもワシントンと北京は意思疎通を欠かすべきではない。交流の蓄積がある米中であれば十分に可能だ」と訴えました。また、その成功が終局的には日中関係にも良い波及効果をもたらすとも述べました。

 神保氏は日中の安全保障関係についてはまず、海空連絡メカニズムを不断に見直し、強化を図るとともに、自衛隊と人民解放軍の間で何が安全で何が危険なのか、その定義を一致させるべきだと指摘。同時に、グレーゾーン事態に関しては、法執行機関同士の間で意思疎通を平時から深めておくべきであるとしました。

 一方、両国の首脳レベルに求めることとしては、今月末の安倍首相の訪中では、インフラ整備など第三国での経済協力が議論の俎上に上ると予測した上で、「安全保障分野でも、能力構築支援など地域の安定に共に関与していくことを提起すべき」と提言しました。

YKAA8740.jpg 最後に神保氏は、緊張感がある情勢の中でも軍事的な対立に発展させないための方策として、「警察、法執行機関の能力向上と意思疎通を高めること」、すなわち軍レベルにまで問題を上げていかない仕組みが必要であるとし、こうしたものを日中間のみならず、アジア全域に広げていくことが結局、地域の安定に寄与するため、ここに大きな日中協力の可能性が広がっていると語りました。


改めて「不再戦」を打ち出すために

go.jpg 中国側1人目の問題提起に臨んだ呉寄南氏は、日中間の4つの政治文書の意義を再確認しつつ、国際秩序が動揺し、不確実性が高まる今だからこそ改めて「不再戦」で一致すべきと切り出しました。しかし、そのためには今の日中間には認識の相違が多すぎると指摘。したがって、不再戦のためにはまず前提として認識の相違を埋めるための対話が必要と語りました。その具体的な内容としてはまず、「建設的に食い違いを解消する」ため連絡メカニズムだけでなく、様々な信頼醸成措置を導入することが必要としました。次に、「誤算を防ぐ」ために、政治家、官僚、現役・退役軍人、学者など様々なレベルでの対話フォーラムを定期的かつ何度も開催することを提言。日本側に対しては、ロシアと外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を実施していることを指摘しつつ、「平和条約を締結していないロシアとできるのであれば、当然中国ともできるはずだ」と呼びかけました。また、多国間メカニズムの必要性にも触れ、例えば、六者会合を早期に再開させ、将来的にはこれをこの地域の平和メカニズムに発展させていくことも視野に入れるべきとしました。そして最後に、気候変YKAA9067.jpg動・テロリズム・海賊行為・貧困・金融危機・感染症などの非軍事的な脅威に政治・経済・社会的側面から対処する非伝統的安全保障分野での協力推進を通じて意思疎通の機会を増やしていくべきと主張。これまで日中間には対話が少なすぎた故に、「対話を伸ばす余地は十分にある」とし、そのためには「まず、簡単にできることから始めていこう」と日本側に呼びかけました。


友好促進のための視点

YKAA9376.jpg 中国側2人目として登壇した呉懐中氏は、日中間で偶発的な衝突の可能性はまだ残っているし、連絡メカニズムにもまだ不備があるとしつつ、「再戦はないだろう」との見方を示し、「平和」よりも「友好」に重点を置いた問題提起を行いました。

 呉懐中氏は、安倍首相の国会での発言を丁寧に追い、その中で日中関係に関しては何度も「友好」というキーワードを使っていたことを紹介。日中関係を「競争から協調へ」の方向へ持っていこうとする安倍首相の発言を好意的に捉えました。

 一方で、日本の安全保障政策の動向に関しては、依然としてアメリカ偏重のものであると指摘。日本は中国の覇権主義的な動向を懸念しているが、中国とも適切な距離感を取ることで「日米同盟と中国の協調」を意識すべきと主張。呉寄南氏も提示した非伝統的安全保障での協力は協調の良い契機となると述べました。

 呉懐中氏は最後に、北朝鮮問題での日中協力について提言。朝鮮半島情勢の安定は日中共通の利益であるため、大きな日中提携の可能性があるとしましたが、現状拉致問題など日本独自の問題があり、身動きがとりにくいため北朝鮮問題では「日本は蚊帳の外」論があると指摘。その上で、朝鮮半島の平和プロセスに日本もしっかりとコミットできるようにするために「中国が窓口としての役割を果たすべきことも考えるべき」と提言しました。

 問題提起の後、フリーディスカッションに入りました。


北朝鮮問題での協力

YKAA8670.jpg 問題提起を受けて、秋山氏は、北朝鮮の非核化は日中共通の課題であるため、「言い方は適切ではないかもしれないが」と前置きしつつ、「安全保障分野での日中協力を進める良い契機になる」と発言。ただ、「日本は『非核化』と『保証』はペアになっているということを理解した上で関与しなければならない」とし、日本が従来からの主張を変えなければならない局面もあると注意を促しました。

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新たな領域での協力

 秋山氏は、サイバーセキュリティや宇宙など、新たな安全保障領域での課題が顕著になってきていることを指摘した上で、東アジア地域はこうした問題の先端地域であり、日中が協力して世界をリードしていくことができると提言。

 呉寄南氏も、「日中でサイバー空間の軍事利用禁止を世界に対して共同提案すべき」と応じました。

YKAA8514.jpg 姚雲竹氏は新技術と安全保障をめぐる問題として、人工知能(AI)の軍事利用も課題になると指摘。その規制をめぐっても協力できるところがあるとの見方を示しました。

YKAA9569.jpg 西氏は、旧日本軍が中国国内に残した遺棄化学兵器の処理事業で、陸上自衛隊OBがボランティアとして活動している事例を紹介。そこで行われている発掘・回収のための手続きは、危機管理メカニズムも含めて日中間で完全に共有されていると解説。処理事業はこれからも続くため、日中は「演習ではない合同作戦をこれからも実施していくことになる」としました。しかも、化学兵器処理は、改革・開放した場合の北朝鮮でも必要であるし、第1次世界大戦時に処理に大失敗した結果、世界各地でも現存の問題であると指摘。ますます日中協力の可能性は大きいと主張するとともに、こうした好例に着目して他の分野での協力のヒントとすべきと語りました。

 日中協力拡大の可能性については他にも、姚雲竹氏が人道支援・災害救助活動(Humanitarian Assistance / Disaster Relief HA/DR)について、小野田氏も災害が頻発する南太平洋地域での支援協力について、張沱生氏が中東の石油、アフリカの資源を輸入するために、日中が共に重要視するシーレーンにおける協力拡大について提唱するなど、非伝統的安全保障分野を中心に様々な提言が相次ぎました。


インド太平洋戦略と中国との共存

chi.jpg 一方、陳小工氏は日中協力を進めるにあたって気がかりな点として、日本が進める「自由で開かれたインド太平洋戦略」について言及。アメリカも同じインド太平洋概念を打ち出していることや、日米印豪の4カ国が中国を包囲するかのように協調し始めているように見えること、さらには中国が進める「一帯一路」との競合の可能性などからこうした質問を日本側に投げかけました。

o.jpg これに対しては、日本側から詳細な説明が相次ぎました。小野田氏は、「自由で開かれた」という点に主眼を置いているのであって、軍事に特化したものではないとし、「アメリカのインド太平洋戦略は中ロを見据えているかもしれないが、日本のそれとは別の話だ」と回答。ただし、防衛大綱でどのような位置付けになるかは現段階では不明とも語りました。

 神保氏は、日本外交の地域戦略の概念の変遷として、1990年代は「アジア太平洋」、2000年代は「東アジア」、そして、2010年代がこの「インド太平洋」であったとした上で、これは安倍政権にとっては「バージョン2」と解説。「バージョン1」とはすなわち、第1次安倍政権時(2006年~2007年)の「価値の外交」と「自由と繁栄の弧」であったが、これは価値を重視しすぎたために親中国の国々にとっては評価が低かったと回顧。その反省に基づいて打ち出されたものが「バージョン2」の「自由で開かれたインド太平洋戦略」であると分析しました。その後、「思いがけずトランプ政権が同じフレーズを使ってきた」ものの、日本のそれはかつての「価値」を、「ルールに基づいた、開かれた経済秩序」に置き換え、経済に重点を置いたものだとしました。

 神保氏は続けて、日米豪印4カ国はそれぞれが自らの概念でインド太平洋を捉えていることを指摘。特に、日米間では安全保障上の地理的概念でもインド太平洋の解釈が異なるため、クワッドの体制にはなっておらず、したがって対中包囲網にはなり得ないし、一帯一路とも競合するものではないことを説明。さらに、まだ発展段階のものにすぎず、コピーライトを持っている日本が積極的に他国を引き入れようとしているわけでもないとも語りました。

YKAA9580.jpg 西氏も、インドとオーストラリアの間にはインド洋における利害の対立が顕著であることを紹介し、4カ国の間でコンセンサスがあるわけではないとしました。もっとも、当初はインド洋で中国と対峙する積極的な意思はなかったインドが、中国のインド洋への進出を受けて方針を転換。第2次安倍政権時には当時のアントニー国防大臣が、わざわざこの問題のためだけに来日して日本側に問題提起してきたというエピソードを紹介。したがって、「中国のインド洋進出が進めばかえって4カ国は結束して、本物の共通戦略になってしまうのではないか」と中国側に注意を促しました。

YKAA8900.jpg 張沱生氏は、安倍首相がインド太平洋戦略と一帯一路のドッキングを提案していたことに着目しこれに強く賛成。対立するのではなく、ここからも日中協力拡大のチャンスを見出していくべきだと語りました


日中対話、そして日米中対話の必要性

YKAA8963.jpg 対話の重要性を指摘する意見は双方から相次いで寄せられました。香田氏は、前半の議論ではUNCLOSをめぐる定義や解釈の相違が依然として顕著であったことから、実務レベルの対話が不可欠と改めて指摘。陳小工氏も同意しました。

 張沱生氏は、2国間対話だけでなく日米中の3カ国の安全保障対話の必要性も指摘。特に、米中が対立している状況の中では、仲介役としての日本の役割に期待を寄せました。

 姚雲竹氏は、対話だけでなく情報の透明性向上も必要と主張。例えば、日米が合同演習した後、中国に情報提供がなされれば日本の意図も分かるので、不透明な脅威感は消えるし、敵対ムードの解消にも寄与するだろうと語りました。


mi.jpg その後、会場からの質疑応答を経て最後に両司会が総括を行いました。宮本氏はまず、米中対立がこれから激化するとの見通しを示した上で、「日中協力が可能なものは今のうちに一つでも進めておくべき」と切り出しました。そして、「秋山氏の言うように、北朝鮮問題はYKAA9160.jpg日中協力向上のきっかけとなるし、神保氏が言う『保証』についての全体的なプログラムも必要だ。そのための『全体の絵』を一緒に描いていくべき」と主張。また、「ベーシックな認識の違いがある中ではやはり対話は不可欠であるし、張沱生氏の言うように日米中の対話も必要」と語るとともに、信頼醸成を進めながら、協力を前進させていくべきとパネリスト達に呼びかけました。

YKAA9114.jpg 日中国交正常化後、最初の駐日大使となった陳楚氏の息子である陳小工氏は、これまで両国が幾多の困難を乗り越えてきたことを父のエピソードと共に回顧。そして、困難を乗り越えるカギとなるとは交流と対話であるとし、「東京―北京フォーラム」のような大きな対話だけでなく「小規模な対話も拡大していく」ことが、さらなる日中の平和友好につながると語り、4時間に及ぶ安全保障対話を締めくくりました。

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