なぜ、日本人に中国へのマイナス印象が大きいのか
15回目の日中の共同世論調査結果をどう読むか

2019年10月24日

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工藤泰志・言論NPO代表


 私たち言論NPOが、中国と共同で日中の世論調査を開始してから実に15年になる。両国間には様々な深刻な困難が存在したが、この間、一度も中断せずに調査は行われている。

 今では、中国国内で継続的に行われる世論調査は、世界でもこの調査しか存在しない。

 この稀有な調査で最近、注目を集め続けていたことは、日中両国の国民意識が対照的な傾向をこの間、強めていることにある。

 急増する中国人の日本への渡航客の反映もあるが、中国人の日本国民への対日印象は毎年、改善を続けている。ところが、日本人の中国や日中関係への印象は悪いままでなかなか改善しない。この状況に対する問題意識は、来春、習近平主席が国賓として訪日を予定する中国政府に特に強い。

 米中の経済対立は深刻化し、将来は世界経済が分断しかねないという危機感も日本国内で出始めている。その中で日本政府が、中国との協力強化に動きを見せているのは、米中対立の中でその立ち位置を問われる日本にとって、米中がなんとか共存し、ルールベースでの自由経済システムや多国間主義を発展させることでしか日本の未来もまた描けないからである。

 今年12月に、第二次安倍政権になってからは四回目となる安倍訪中が予定されているのもその一環でもある。その点では、日中両国の関係者が、今回の調査結果に、日中の国民の意識の改善を期待したのは間違いないだろう。

 だが、結論から言えば、その期待は見事に裏切られた。今回の調査で再び浮き彫りとなったのは、日中両国民の意識のギャップの広がりだったからである。


 私たちがまず注目したのは、この一年間にお互いの対日、対中印象や現状の日中関係に関しての両国の国民の意識に変化は見えたのか、ということである。

 中国国民の対日印象は今年も改善を続け、中国人で日本に対する「悪い印象」を持つ人は、尖閣諸島の日本の国有化で92.8%とピークに達した2013年の調査から減少を続け、今回は52.7%と半分近くにまで改善している。日本に好印象を持つ中国人も今年は45.9%にまで高まっており、数年以内に「良い」が、「悪い」を逆転する可能性すら見えている。

 日本人に改善がないわけではない。だが、そのテンポは鈍く、今年も84.7%と未だに8割を超える日本人が中国にマイナスの印象を抱いている。

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 私たちが驚いたのは、「日中関係」に対する評価に関してである。

 中国人で、現状の日中関係は「悪い」と考える人は2016年の78.2%から改善を続け、今回はその半分の35.6%になっている。前年比でも9.5ポイントもの減少である。それに、現状の日中関係を「良い」と見る中国人が、昨年から4ポイント増加して34.3%となり、「悪い」に並び始めている。

 これに対して、日本人の日中関係に対する判断は、これまでの改善傾向を否定するように今回は再び悪化して44.8%(昨年は39%)が「悪い」と見たのである。

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 しかも、この一年間で日中関係が悪化したと感じている日本人は31.8%(昨年は18.5%)も存在する。この一年間、日中関係に大きな問題があったわけではなく、むしろ、政府首脳の積極的な交流が始まっている。実際の日中関係は悪化したわけではない。

 それにもかかわらず、なぜ日本人は、日中関係は悪くなったと考えたのか、この理由を尋ねる直接の設問があるわけではない。そのため、私たちに残された手段は様々な設問間を比較しクロスで分析することである。


 この作業に入る前に、日中両国民の意識に影響を与える主要な要因について説明しなくてはならない。

 相手国への意識や理解は、相手国への訪問や相手国の知人との交流などの直接的な経験か、あるいは、そうした直接的な経験がない人は自国のメディアなどの間接的な情報に依存するしかない。この構造こそが日中の世論のこれまでの激しい動きを決定づけてきた。

 この数年、中国の世論に動きが見られたのは、この構造に風穴が空いたからである。中国政府もそれを容認した。変化を生み出したのは、日本に対する中国人の観光客の急増や、携帯サイトなどのSNSや情報アプリの利用だった。特に中国社会にこの数年、その変化が現れた。

 2018年に日本を訪問した中国人は838万人で、これは5年前の2013年の6.4倍にあたる。この状況は世論調査にも明確に表れている。今回の私たちの調査で日本を訪問した経験がある、と回答した中国人は2012年から年々増加し、今回の調査では20.2%にまで上昇した。

 しかも、その41%の訪問時期がこの一年の間であり、56.5%が2年から5年前である。つまり、この変化はこの5年間で進んだのである。それに、まだわずかな変化だが、日本を知るための情報源として、日本のニュースやアニメや書籍を直接利用する中国人も増えている。

 興味深いのは、日本への訪問経験を持つ人とそうでない人の間で、日本に対する意識が本質的に異なることである。例えば、「良い」という対日印象を持つ中国人は45.9%であることは先に触れたが、日本に訪問した中国人はそれが81.1%に跳ね上がり、逆に訪問経験がない人は37.2%となる。

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 この傾向は現状の「日中関係」に関する評価にも表れる。現在の日中関係を「良い」と見る人は訪問経験者が55.9%と半数を越えているのに対して、訪問経験がない人は28.9%と差が大きく開いている。

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 さらにもう一つの傾向がある。中国の世論には日本に対する好感度は若い世代の方が高い、という傾向が堅調である。日本に対する訪問者は世代間でそう大きな差がないために、若い世代で対日感覚が好転する要因をもう一つ付け加える必要がある。

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 世代で違いが目立つのは、日本を知るための国内のニュースメディアの情報源に原因があることが、調査結果から確認されている。

 中国では40代を境にそれ以降はテレビを主な情報源とする人が圧倒的になり、30代までは携帯機器を通じたニュースアプリや情報サイトが使う人がテレビを上回る。その30代までの若者層で40代以上と比べて日本に好感度が相対的に高いのである。

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 これに対して、日本人で中国を訪問した経験を持つ人は、調査を始めた2005年からほとんど変わっておらず、今回の2018年はいずれも14.4%となっている。しかもその47.2%が11年以上の前の訪問経験だと回答している。

 情報源も世代間にそう大きな差はなく、若い世代も高齢世代もどの世代でも70%程度がテレビのニュース番組で中国の情報を最も多く得ている。つまり、中国を訪問する人が拡大しない日本では、中国への印象や理解を日本のメディア、特にテレビの報道により多く依存する傾向が依然、強いのである。


 こうした世論構造を考えながら、もう一度、今回の調査結果を考えると、今回、なぜ日本人に現状の日中関係が悪化した、と感じている層が増えたのか、その変化の意味が朧気に見え始めてくる。

 私たちは、この世論調査を分析するために、同じ設問内容で同じ時期に日本の有識者にアンケートを行っている。この有識者は、私たち言論NPOの国際的な議論や活動に参加した経験を有する2000氏が対象者であり、今回は約400氏が回答している。

 厳密な意味での有識者の定義は難しいが、私たちがこのデータを参考にするのは、回答者の約半数が中国との直接的な情報チャネルや経験を持ち、日本のメディアを情報源としてあまり考えていないことが大きい。一般の国民とは異なり、テレビを情報源とする人はわずか14.6%でしかない。

 先に問題とした現状の日中関係の判断だが、現状が「悪い」と考える一般の国民は44.8%で昨年より悪化したが、この有識者に限って言えば、「悪い」は16.2%に過ぎず、「良い」が42.9%と逆の傾向になっている。また、この一年間では日中関係は「良くなった」と感じる有識者は56.8%もいる。

 一般世論とのこの大きな食い違いは、この情報源の影響があると判断するしかない。

 調査期間となった今年9月、日本のテレビは米中の経済対立を様々な形で論じ、香港での民主化のデモや暴力の様子が、連日のように画面に映し出された。

 日本政府は中国との関係強化に動き出し、中国の政府首脳との交流は始まったが、その目的や将来のビジョンが、日本国民に説明されたわけではない。むしろ、香港の問題などでは日本政府は沈黙を保っているように見える。

 今回の調査では、日本人の4割近くが、米中対立の深刻化によって世界の経済秩序の行方がわからない、と回答し、世界を二分する対立になる、と感じる人が3割近くもいる。


 テレビでしか情報を得られない多くの日本人がこの困難な状況の先行きに不安を高め、その背景に、米国と競い合うほど大国化した、日本とは政治制度が全く異なる中国の存在を強く意識している。実際には、中国との交流を進めながら、その姿勢を明確に国民に示せない日本政府の対応に、「政府間の政治的な信頼関係ができていない」と考える日本人も今回の調査で43.6%となり、昨年の39.6%を上回っている。

 このような状況に、今の日中関係が悪化している、と多くが理解したとしても不思議な話とは言えまい。

 日本人は、中国への意識や日中関係に関して、中国側と同じ楽観的な見方を示せてはいないが、日中関係の今後に消極的な見方が広がっているわけでもない。

 日中関係が重要だと思う日本人は72.7%と7割を超え、中国人も67%がそう考えている。

 視野を世界に広げても、日中両国民はお互いを確実に意識している。

 世界の中では日本は米国を最も重要だ、と考える人が62.9%と圧倒的だが、かなり差はあるとはいえ中国が6.8%で二番目につけている。中国人は、米中対立の相手先である米国を最も重要だと考える人が昨年よりも増え、今年は28.9%と一番手になっている。ロシアが26.6%で続いているが、日本も少し差は開くものの14.7%で三番手につけている。

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 北東アジアでは米中対立だけではなく、北朝鮮問題など持続的な平和をめぐっても不安が高まっている。では、こうした状況の中でどのような二国関係を目指すのか。

 今回の調査では、世界の繁栄やアジアの平和を実現するために、日本と中国が「より強い新しい協力関係を構築すべか」を聞いたが、それが必要と考える日本人は52.5%、中国人で62.2%もいる。

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 ただ残念ながら、そうした新しい日中協力に対する具体的なイメージを両国民は描けているわけではない。なぜ両国は重要なのか、についても両国民の意識はまだ「隣国」「お互いが経済大国」が最も多く、一般論から抜け出せていない。日本人の53.8%は、「アジアの平和と発展には両国の協力が必要」と回答しているが、中国人は27.2%しか選んでいない。

 米中の対立の中で、日本との協力を模索する中国、分断された世界の秩序を回避したい日本にとって両国の協力は共通の利益でもある。日本との協力に向けた声が中国側により積極的に見えるのは米中の対立が深刻化する中で中国側の困難が続いているからだろう。

 それでも、国民間に具体的な協力のイメージが浮かばないのは、政府間も民間もそれに向けた本格的な対話や協議はまだ始まっていないからである。

 ただ今回の調査結果で浮かび上がった両国民の意識は、スローガンや掛け声だけの段階というわけでもない。

 日中の二国間やアジアの課題での日中協力に賛成なのは、日本人が63.5%、中国人で69.3%もあり、北朝鮮の非核化や北東アジアの平和秩序の構築、さらには環境問題や食の安全での協力を4割以上が希望する日本人に対して、中国人は希望する項目が広がり、貿易・投資に関する協力強化や北朝鮮の非核化など6項目を2割以上が選んでいる。

 緊張が続く北東アジアの持続的な安全保障に向けた多国間協議の枠組みを必要だと考える日本人は50%、中国人は65.7%も存在する。

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 また、中国人は自由貿易を支える経済連携の仕組みとしても、日本が主導する「TPP11への中国の参加」を選ぶ人が39.6%、「日中FTAの早期実現」を希望する人が37.3%もあり、最も多い回答になっている。これまで多かった中国独自の構想である「一帯一路での協力」は29.2%となり、昨年の43.7%を大きく下回っている。


 今回の調査で示された中国人の意識には興味のある変化がいくつも描かれている。

 まず、日本への見方が全般的に改善していることである。

 中国の日本への意識の改善は、日本への訪問客の増加や情報源の多様化が寄与していることは先に触れたが、その他にも、日本との対立を管理し、協力関係に向かうことが中国国内で徹底されている。

 これは、日中関係の発展を妨げるものとして、「中国国民のナショナリズムや反日感情」をあげる中国人が20.4%と、昨年の5.4%を大きく上回ったことからも伺える。

 日本の政治社会の体制に関する中国人の理解もこの一年で大きく変わった。

 昨年、39.5%と4割近い中国人が日本を「覇権主義」と判断したが、この一年でそれが18.5%と半分以下となり、「大国主義」も昨年の12.1%から5.8%に半減した。誇張されたイメージが修正され、日本が主張している「民主主義」や「平和主義」、「国際協調主義」を選ぶ中国人が増えている。

 その結果、皮肉にも中国人が最も多く選んだ日本のイメージは「資本主義」(32.3%)、「軍国主義」(32%)となり、「民族主義」(23.6%)が続いている。特に「軍国主義」と「民族主義」は昨年よりも大幅に増加している。それが中国人の新しい日本観となった。

 相手国の理解に関するこうした見方の大幅な修正は何らかの出来事が無ければ、普通では簡単にはできないものだが、中国ではそれが実現してしまう。

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 ちなみに今回の調査でも中国人の84.6%は、自国のメディアが日中関係の改善のために貢献していると感じており、80.4%がその報道内容も客観的で公平だ、と思っている。日本では、その項目への回答はそれぞれ、26.9%と14.9%しかない。

 日中関係においては、首脳外交が関係改善で象徴的な意味を持っている。中国の国家主席が日本を訪問する時に、両国で政治文書を合意することが多いことも、その重さを示している。中国にとって来春の習近平主席の国賓での日本訪問は決定的なイベントであり、それに向かって中国の世論が大きく動いているとも見える。

 それに対して12月の安倍訪中や、習近平主席の訪日は日中関係の改善のシンボルとしては日本人の関心をまだ集めきれていない。


 深刻化する米中の経済対立は両国民にそれぞれの意識を作り出している。

 中国人は、日本人よりもこの対立に全般的に楽観的だということである。一時、中国国内では米国に対する強い反発が起こり、そのための音楽やドラマも存在したとの報道もあったが、そうした傾向は見られない。

 これは中国人の自信なのか、信念なのか、それとも状況を的確に知らないためなのか、この調査結果から判断することは難しい。

 米中の貿易摩擦が、日中関係にも「悪い影響」を与えると考える中国人は45.7%と最も多いが、逆に17.8%が日中関係に「良い影響」を与えると考えている。同時に中国で行った中国の有識者のアンケートでは最も多い48.2%もが「良い影響」を与えると考えている。

 日本人も「悪い影響」が50.2%と最も多いが、「良い影響」と考える人は2.7%しかない。有識者でも18.3%だということを考えると対照的である。

 今後の世界秩序に関する見方も違いが目立っている。

 中国では、今後もルールに基づく自由貿易や自由経済秩序は発展する、と考える人は33.2%もいる。これに一部の制限はあっても基本的には現在の開かれた自由な仕組みは残る、の40.1%を加えると7割以上が楽観的な姿勢を堅持している。

 これに対して、日本人は「わからない」が38.3%で最も多く、「米中が世界を二分し対立するようになる」、が26.2%でそれに続いている。

 調査結果からは、中国に二つの傾向が出始めていることが観察できる。中米関係を重要視する意識と中国自身の自信とも見られる傾向である。

 例えば、先にも紹介したが、世界の中で米国が最も重要だと考える中国人は昨年よりもわずかだが増加し、ロシアを抜いて一番手になっている。また、日中関係よりも中米関係が重要だという人も35.8%で昨年の31.5%を上回っている。

 これらはまだわずかな傾向だが、この激しい対立下でも中国人にバランスの取れた見方があることを示唆している。

 これに対して、日本人は34.8%が日米関係の方が重要とは見ているが、米中対立が深刻化する中でも48.2%と半数近くが、米中のどちらも重要だと考えている。

 大きな変化が見られたのは、中国人の軍事的な脅威感だろう。中国が「軍事的な脅威を感じる国はある」と感じている中国人が昨年よりも13ポイントも減少し、55.5%になったことである。それに対応して「脅威を感じる国はない」が29.9%と3割近くになっている。

 中国人が、軍事的な脅威を感じる国は日本と米国が圧倒的であり、調査結果だけを見るとその脅威感が薄まったように見える。

 これに対して、日本人は昨年同様に、7割を超える人が軍事的な脅威を感じる国がある、と回答しており、その対象は、北朝鮮や中国、ロシア、そしてこの一年間で急増した韓国に向けられている。

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 今回の世論調査を全体的に眺めると、両国民の意識に対照的な傾向が目立ち、現状は変化に向けた過程だ、ということが見えてくる。

 米中対立が深刻化する中で世界の構造が大きく変わり、アジアでも持続的な平和や経済での協力発展の展望が見えていない。その中で、日中両国の新しい協力のあり方を、多くの日本人と中国人が意識している。良く言えば、その模索が今回の調査で浮き彫りになっている。

 ただ、それが新しい段階に向上する可能性も、この調査結果が明らかにしている。

 日本人だけではなく、中国人もルールに基づいた自由貿易や開かれた経済秩序、多国間主義の重要性を理解し、WTO改革を強く支持している。
そして、東アジアが目指すべき価値観についても、日中の約4割が平和や経済の協力発展の重要性を認めている。

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 こうしたビジョンがまだ具体化せずに、国民の理解を得るものになっていないのはそれが政府間のレベルではまだ具体的なアジェンダになっていないからである。

 変化の速さと、政府間の動きの鈍さが、対照的な両国民の意識をつくり上げている。この国民意識を変えるためにも、世界やアジアの将来を見据えた日中協力の具体的な姿について議論を開始する必要がある。今がまさにそのタイミングなのである。