「第5回日韓共同世論調査」をどう読み解くか

2017年7月22日

2017年7月21日(金)
出演者:
澤田克己(毎日新聞論説委員)
塚本壮一(日本放送協会国際部副部長)
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


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「低位安定」の国民感情

2017-07-19-(24).jpg 冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、「今回の調査結果をどう見るか」と尋ねると、西野氏は、日本側の見方が厳しいのは、韓国内で慰安婦に関する日韓合意の再交渉論が浮上してきたことが大きく影響していると分析。一方、韓国側では改善基調にあるのは、「韓国側が日韓関係について楽観的に見ていると捉えた方がいいのか。あるいは、日本に対する認識というのが相対的に薄くなり、その結果楽観的に映っているのか。このあたりについては少し吟味する必要がある」と語りました。

2017-07-19-(9).jpg 澤田氏も西野氏の見方に同意した上で、今回の調査結果を「低位安定」と表現。さらに、韓国側の見方が良いのは朴槿恵政権から文在寅政権に交代した直後なので、韓国国民の中にある種の高揚感があり、それが「特に根拠はないけれど、これから良くなっていくのではないか」という期待感につながっているとの認識を示しました。

2017-07-19-(13).jpg 塚本氏は、韓国人の中国に対する親近感が低下しているという調査結果に触れつつ、「それに比例するように、日本に対する印象が和らいだように見えるだけなのではないか。根本的に日韓関係が改善したわけではなく、依然として厳しい状況だと見るべきだ」と述べました。

 続いて、工藤がこの5年間を通じて、日本人の韓国に対する印象が悪化している要因を尋ねると西野氏は、歴史認識問題で批判され続けることへの反発といった従来からの要因に加え、慰安婦合意の再交渉論や、朴大統領の弾劾をめぐる政治的混乱などを受けて、「韓国という国自体が理解できない。これからきちんと付き合っていけるのか、という認識が日本人の中に出てきている。しかも、一般の方だけでなくオピニオン層にもその認識は広がっており、この状況を改善するのはますます困難になってきている」と解説しました。

 塚本氏は、2012年頃はサムスングループなど韓国企業の経営手法が日本でも注目を集めていたため、韓国に対する関心は高かったものの、現在はドラマや音楽など文化を除いては注目を集めるような要素に乏しく、「そもそも日本人の韓国に対する関心自体が減ってきているのではないか」と語りました。


政権交代に期待を寄せる韓国と冷めた目で見る日本

 工藤が「日本側から見れば日韓関係の重要性がわかりにくいるのではないか」と問いかけると、澤田氏は「わかりにくいというよりも冷めてきているというのが実際のところだろう」と回答。その背景として澤田氏は、2012年、当時の李明博大統領の竹島上陸を機に日韓関係が非常に悪化した中、2013年に誕生した朴政権は、「政権が代わったので日韓関係もリセットされるのではないか、という期待を受けていたが、その後もぎくしゃくした状況が続いた。そのため、日本側は『政権が代わっても何も変わらない』と徐々に冷めていった」と解説。そして同時に、「日韓関係は重要だとは思うけれど、重要イコール関係改善しなければならない、というわけではなく、関係を安定的に管理するべきだ、というようにマインドが変わってきたのではないか」と指摘しました。

 この澤田氏の発言を受けて西野氏も、「この世論調査は韓国で新政権が発足した直後の6月に行われているので、韓国の方々は、日韓関係に限らず、あらゆる側面について、『今後は良くなる、良くならなければならないのだ』という思いが強い。そうした思いが今回の調査結果にも強く出ていて、日韓関係に対する日本の悲観的な見方と、韓国の『ポジティブに見なければならないのだ』という意識が非常に対照的に表れている」と述べました。


慰安婦問題が日韓関係全体に悪影響を及ぼさないように問題を管理すべき

130920_kudo.jpg 続いて、議論は慰安婦合意に移りました。まず工藤は、「2015年の日韓合意の評価」に関する設問で否定的な見方が両国で増加するとともに、「日韓合意によって慰安婦問題は解決したのか」という設問で、日本人の5割、韓国人の7割が「解決していない」と回答していることを踏まえ、「慰安婦問題はこれから日韓間の政治的なイシューになっていくのか」と問いかけました。

 西野氏は、慰安婦合意が再び日韓間の懸案事項として浮上してきたと懸念を示しつつ、今回の世論調査で注目すべきポイントとして、韓国側の「日韓合意に肯定的な理由」の中で、この慰安婦問題が「これ以上日韓関係を妨げるべきではないから」という回答が最も多かったことを指摘。その上で、「こういった認識は、韓国内ではかなり広まってきている。合意自体には反対だけれど、他方で、日韓関係をこれ以上悪化させてはいけないという認識も強い。そういった認識の中で、韓国の方々にも日韓関係をこれからどうすべきか、という悩みはあると思う」と語りました。

 西野氏はさらに、5月と7月の日韓首脳会談で、「安倍総理も文大統領も慰安婦問題、歴史認識問題がその他の日韓関係に悪影響を及ぼしてはいけない、という点では一致している。文大統領が『国民の大多数が情緒的に受け入れることができていない』と言っているように困難はあるが、これ以上問題が悪化しないように両国政府が管理していく必要がある」と述べました。

 澤田氏は、韓国側の「日韓合意に否定的な理由」で最も多かった「当事者である慰安婦の意見を反映させずに合意したため」という理由について、「実際には7割以上の元慰安婦の方々が、事業を受け入れているし、合意自体はそれほど否定的に見ているわけではない人が多い。そうした事実が韓国国内で隠れてしまっているのは非常に残念だ」と指摘。その上で、朴政権が2015年の合意をどのようなプロセスで作ったのかを検証するタスクフォースを設置したことを踏まえ、元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」の事業実施について、「記録を残しながら丁寧に、着実に進められている。むしろ検証すればきちんとやってきたことを韓国世論にも理解してもらえる。文政権の予想とは異なり、日本側にとって良い方向に進む可能性もないわけではない」と期待を寄せました。

 一方で、塚本氏は、「去年から今年にかけて、韓国では日本の植民地支配時代を背景とする映画がたくさん出てきている。そこでは強制連行の問題や、慰安婦問題などが盛り込まれ、日本に対する悪い印象、さらには『慰安婦問題は未解決の問題である』という認識が拡大再生産されかねない」と懸念を示しました。


北朝鮮問題をめぐる日韓両国民の意識の相違

 続いて、北朝鮮問題に議論が移りました。まず、「北朝鮮の核に対する米国などの軍事行動の可能性」に関する設問で、日本人では「起こる」という回答が多い一方、韓国人では「起こらない」の方が多く、日韓で見方が分かれている点について、塚本氏は「北朝鮮という深刻な問題があるからこそ、日韓協力の必要性を梃子に、『日韓関係を改善していこう』という発想が出てくる。しかし、北朝鮮の危機というのは韓国においては常に『そこにある問題』なので、慣れ過ぎてしまいあまり深刻に受け止められていないのかもしれない。だとすると、北朝鮮問題は、日韓関係を動かすための梃子にはなりえないのかもしれない」と危惧しました。

 こうした日韓の認識の違いは、北朝鮮の「核開発を止める方法」に関する設問でも同様で、日本側は「中国の役割」と「米朝の直接対話」を選んでいるのに対し、韓国側は「六者会合などの外交努力」と「制裁強化」を選んでいるところにも表れています。これに対し西野氏は、「日本と韓国の間で、北朝鮮問題に対する認識の違い、解決策についての認識の違いがあるというということはしばしば指摘されているが、その違いは国民意識レベルでも同様であることがこの調査結果は実証している」と納得の表情を見せました。

 澤田氏は、韓国人が六者会合を重視しているのは、「朝鮮半島の歴史を振り返ると、韓国という国は外部の勢力に翻弄され続けてきた。それに対する忸怩たる思いが韓国人の中には強く、進歩派と呼ばれる文大統領を支持する勢力にはとりわけその思いが強い。韓国も入るマルチの枠組み(六者会合)に軸足を置いているのは、『蚊帳の外に置かれず、自分も参加して何とかしたい』という意識が強く反映されているのではないか」と読み解きました。

 これを受けて西野氏は、韓国が対話を中心とした外交努力を進めていくのであれば、「今後どうトランプ政権を巻き込む形で北朝鮮との対話につなげていくのか、というのが大きなポイントになる」とした上で、「しかし、対話路線に行った場合、それは日本のこれまでの考え方とはかなり異なる方向性になるが、果たして日本はどうするのか」と指摘。すると澤田氏も、「トランプ政権の対北政策というのは、果たして定見があって何かやっているのか、というとこれはかなり疑問がある。今後も対話に振れたり、圧力に振れたりどちらにでも振れ得る。アメリカと韓国が対話路線で行くことも十分あり得るということを、日本は念頭に置いておいた方がいい」と提言。さらに、2週間前にソウルに滞在していたという塚本氏は、「保守的だと思われていた人ですら、『南北関係を開かれたものにした方がいいのではないか』ということを言っていた。韓国国内はそういう雰囲気になってきている。そうなると、やはり韓国は『北朝鮮問題に関しては日米韓の連携を大切にする』とは言いながら対話に動いてしまう。そこで『韓国は何を考えているのかわからない』という印象が日本で広がる可能性はある」と指摘し、北朝鮮問題への対応が韓国への認識を悪化させる懸念を示しました。


アメリカとの同盟関係を懸念する韓国

 そのトランプ政権に関して、「トランプ大統領の言動を支持するか」という設問では、多くの日韓両国民が「支持しない」と答え、この点では認識は一致しています。しかし、「トランプ政権が北東アジアに及ぼす影響」として「日米、米韓などの同盟関係」を挙げたのは、日本人では35.4%だったのに対し、韓国人では72.7%と同盟関係への不安が韓国でより高まっています。

 この背景について西野氏は、日米関係は「安倍―トランプ関係」が良好で、通商を除いては大きな懸案もないのに対し、「米韓関係は高高度防衛ミサイル(THAAD)問題、対北朝鮮政策の問題、戦時作戦統制権移管の問題、防衛費の分担の問題、そして、トランプ大統領が一番関心あると思われる米韓FTAの再交渉の問題など非常に多くの懸案を抱えている。しかも、その相手がトランプ大統領という非常に不確実性が高く、どう行動するかわからない相手であるため、余計に不安が高まっている」と解説しました。

 そして、韓国が今後どう対米関係を進めていくのか、という点について塚本氏は、「盧武鉉政権時は、アメリカと中国それぞれと等距離を保つ『バランサー外交』を展開していたが、それがうまくいかなかったという失敗体験を文大統領は認識していると思う。冷静に見る目というものを韓国も多少は持つようになっているはずなので、極端な動きは取らないで、周囲の動きをきちんと見渡しながらやっていって欲しい」と期待を寄せました。


「日韓共同宣言」の20周年を来年に控え、「未来」を考えていくためには

 最後に工藤は、「不安定な状況にある北東アジアの中で、日韓が共に『未来』を考えていくためにはどうすればいいのか」と今月29日に開催される「日韓未来対話」に向けてのヒントを求めました。

 これに対し西野氏はまず、「日本と韓国の間には地域の将来の問題、とりわけ北朝鮮の問題に対して、大きな認識の違いがあるということがこの調査結果でも明らかになっている。したがって、違いがあることをまず理解する。そして、埋められる部分があるのであれば埋めていく、という作業が今後ますます必要になってくる」と語りました。さらに西野氏は、「1998年に金大中大統領と小渕総理が発出した「日韓共同宣言」が来年20周年を迎える。文大統領やその周囲の人間の発言を見ると、おそらく韓国側にはこの節目の年を日韓関係改善のためのきっかけにしたい、という思惑がある印象を受ける。そのためにも、過去20年の発展の歩みをもう一度確認する。それが、文大統領が言うところの『未来志向の関係』を作るための基礎となるのではないか」と語りました。

 澤田氏も、西野氏の見方に同意しつつ、「完全に相手とわかり合えるというような幻想は捨て、何が違うのか、ということをきちんと認識するところから議論を始める必要がある」と指摘しました。

 塚本氏は、韓国世論の中に日本に「良い印象」を持っている理由として、「生活レベルが高いこと」を挙げる人が増えているのは、「格差問題など韓国経済が苦境にある中、日本を客観視して、良いところは素直に評価しようという人が増えている」と指摘した上で、「そうして冷静に相手を見ることができるようになり、両国民の意識の成熟度が増せば、日韓関係全体にとってもプラスになっていくのではないか」と語り、そうした見る目を養うような議論の展開を求めました。

 最後に工藤は、「日韓関係の現状を問題視し、改善したいと考えている人が、特に韓国の中で増えている。『日韓未来対話』では、朝鮮半島の中で、日韓はどのような協力できるのかという議論と同時に、なぜ日韓関係はこんなに駄目になったのか、という逆説的なことについても、きちんと分析しながら、次に向かうためのヒントを得るような議論を日韓の有識者の間で展開したい」と意気込みを語り、白熱した議論を締めくくりました。