北朝鮮危機と日本の有事体制(中)
困難極める外交交渉移行への道

2017年6月16日

2017年6月13日(火)
出演者:
德地秀士(政策研究大学院大学シニアフェロー、元防衛省防衛審議官)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
古川勝久(元国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員)
香田洋二(ジャパンマリンユナイテッド株式会社艦船事業本部顧問、元自衛艦隊司令官(海将))

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

 言論スタジオ『北朝鮮危機と日本の有事体制』の(中)=第2セッションの議論をお送りします。第1セッションでは、依然として武力衝突の可能性が高いとの認識が示されましたが、これを受け第2セッションでは、どうすれば武力ではなく外交的解決に結び付けられるのか、について議論が戦わされました。


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第2セッション 外交交渉に移行できるか

2017-06-15-(57).jpg 第2セッションの冒頭、司会の工藤が、「北朝鮮危機の解決を軍事行動に求めないとするなら、経済制裁と外交プロセスをきちんと作ることができる可能性はあるのかが問われます。今の状況の中でどういう可能性がありえますか」と、問題提起をしました。

2017-06-15-(51).jpg まず德地氏が「アメリカは北朝鮮に圧力を加える手段として軍事力の行使も否定はしないと言っているが、私は現状においてそんなに本気だと思っていないのです」との認識を示しました。その根拠として約20万人いるとされる在韓アメリカ人を避難させる動きがないことを挙げました。軍事行動がないとすれば、「短期で解決する問題ではないので、(冷戦時代に)アメリカが旧ソ連に対してきたように、長期で封じ込めていくしかないだろう。その前提は、アメリカを中心として北朝鮮の核ミサイル開発を抑えようという側が、しっかりした抑止力を持っていることだと思う。言葉だけではなくて力を持つ、結束する、実際にミサイルを撃たれた時に備えて、ミサイル防衛網を整備するなどが必要だと思います」と述べました。

2017-06-15-(25).jpg これに対して香田氏は「今の政権のメンバーは北朝鮮戦略をもう一回整理をし直してでも、本当に必要な時は軍事力を使うと思います」との見解を述べました。なぜならブッシュ(ジュニア)大統領は2001年の9・11同時多発テロではアフガン攻撃という刀を抜いたが、東アジアでは刀を抜かなかった。オバマ政権は色々文句をつけるが、刀を抜く気がなかったため、全く北朝鮮に対する抑止力にならなかったからです。

 「言いにくいことだが、在韓20万人のアメリカ人は北朝鮮にとって人質とならない可能性もありうる。先制攻撃で北朝鮮の攻撃を抑えうる成算が90%以上となると、これは軍事行動がオプションとしてあり得る。90%から95%の成算がある環境を作った時には、在韓アメリカ人や在日アメリカ人を退避させずに、結果的に先制攻撃で韓国と日本を守る。アメリカ人を退避させてから、『明日攻撃します』というバカはいない。これが軍事作戦です」と、香田氏は軍事的視点から見解を述べました。「軍事行動があるというのではなくて、それを覚悟しておかないと起きた時に狼狽します」(香田氏)。


北朝鮮の過小評価も過大評価もリスク

 ここで司会の工藤が、第1セッションで「短期的な解決は難しく、長期になるだろう」と見通しを述べた神保氏に、「アメリカは北朝鮮が自国に届く核弾頭ミサイルを開発してしまうことを認めざるを得ないということか。その結果として、対北朝鮮外交政策を(北の核放棄から)本土の防衛という形に大きくシフトしてさせてしまうか」と、問いました。

2017-06-15-(37).jpg これに対して神保氏は「北朝鮮の能力を過小評価することも過大評価することも大変なリスクを生みうる」と応じました。過小評価のリスクとは北朝鮮の技術はまだまだ大したことはないと侮ること。「核兵器をしっかりデリバリー(運ぶことが)できる能力を持つに至ったと覚悟すべきというのが、過小評価を戒めるべき大変重要なポイントです」(神保氏)。

 一方の過大評価の戒めとは、「核を爆発させて、それをミサイルに搭載させるということイコール抑止力の獲得とはいえないということです」(神保氏)。アメリカの先制攻撃で無力化されたり、ミサイル防衛網を突破できなければ、抑止力を獲得したことにはならない。「それをあたかも、北朝鮮が核実験やICBM(大陸間弾道弾)の実験を行なったことイコール対米抑止力をつけたと誤認をすると、北朝鮮はそれに自信を得て、より多くの小規模、中規模の軍事訓練やキャンペーンを行いやすくなる。そういう環境を我々の認識によって招いてしまう」と、警告しました。「アメリカファーストの問題解決である、ICBMだけ気にして交渉を始める態度をアメリカが取ったとすると、同盟国の傘の提供にアメリカはどこまで本気なんだ、というリスクを生みかねない。これが過大評価のリスクとなります。したがって、どうワシントンと東京、ソウルの認識を一致させていくのかが大変重要です」と続けました。

2017-06-15-(48).jpg セッション1では古川氏は国連安保理の北朝鮮に対する制裁が、実は各国の国内関連法の整備の遅れから、実効性が伴っていないと指摘していました。そうであれば「制裁をきちんと強化することによって、外交交渉に戻していくことが一つの答えではないでしょうか」と司会の工藤が問いかけました。

 古川氏によれば、例えば2015年のイラン核合意では、アメリカが国内法に違反した取引をしていた中国の金融機関に対して、財務省が単独制裁をかけたことが効いたということです。「国際通貨ドルが使えなければ、国際的な取引ができないからだ。それは非常に強烈な中国政府や中国の金融機関や一般企業に対するメッセージで、途端に中国は単独制裁を受けてアメリカの意向を汲み、イラン制裁に協力するようになった。しかし、今日に至っても北朝鮮に関しては、アメリカは同じようなことをしようとしていないのです」(古川氏)。

 さらに古川氏はこう続けました。「制裁というのは実務的に非常に複雑です。法律も、海のことも、貿易、金融の実務も分かっていないといけない。実務的な面で各国が安保理決議を履行できるように、例えばまず日本が先陣を切って国内法を作って、中国、東南アジアに対して実務協力支援をしないといけません。そういう枠組みを構築しつつ、かつアメリカと協力して違反している悪質な中国の企業、金融機関、個人に単独制裁を課して、できればヨーロッパを巻き込む。具体的なリストも作って一体になって中国と交渉しないと、今みたいに外交レベルで習近平主席にアプローチしても、限界があるというのが私の理解です」。

 経済制裁、軍事的圧力から外交交渉へという道も、なかなか開けてこないというのが実情のようです。


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