コロナ後の世界で目指すべき秩序と、日中両国の役割「第16回 東京-北京フォーラム」全体会議パネルディスカッション 報告

2020年12月01日

 11月30日に開幕した「第16回東京-北京フォーラム」は開幕式の後、「コロナ後の世界で目指すべき秩序と、日中両国の役割」をテーマに、日本側司会を元駐中国大使の宮本雄二氏、中国側司会を趙啓正・中国人民大学新聞学院院長がそれぞれ務めA18I0352.jpgパネルディスカッションが始まりました。

 宮本氏は最初に、①コロナ禍の中で、世界はどこに向かおうとしているのか、②私たちはコロナ後に、どのような世界を目指すのか、③世界のアジアに対して、日中はどうすべきか、と日中それぞれ四人のパネリストに三つの課題を示しました。


金融危機に比較しても、今回の危機は大きな影響をもたらしている

A18I0399.jpg 経済面から明確に示したのは、経済協力開発機構(OECD)の元事務次長だった玉木林太郎氏です。「現在の危機は第一に公衆衛生の危機であって、金融危機ではない」という玉木氏は、それが人々の社会心理、行動に影響を与えて行動が変化した結果、社会は元に戻らない、元に戻すような努力はすべきではない、という特質を持っていると指摘し、仮に自国の感染者がいなくなっても、外から入ってくる可能性もあり、世界中がこの危機を克服しないと危機は終わらない、と語りました。その上で玉木氏は、IMFの今年の見通しでは、世界経済の落ち込みはマイナス4.4%だったもの、2009年の落ち込みはプラス0.1%と、プラスを維持していたと語り、世界の金融危機と比較しても今回の危機は比較にならないほど大きなものだ、との懸念を示しました。

 一方、今回のコロナ危機の中でも、中国だけはいち早く経済回復に成功し、1~9月の第2、3四半期の通算で、プラス0.7%の成長を見せ、通年ではプラス2%を見込んでおり、今年の世界経済で、プラス成長を記録するのは中国だけではないか、と玉木氏は推測します。では、中国はこの大きな経済力を抱えて、どのようにプラス成長を維持していき、どの程度世界経済を引っ張っていくのか。2009年の金融危機で中国は、公共投資を中心とした大胆な財政刺激で世界をリードしたが、そのツケとして未だに国、地方は債務に苦しんでおり、今後は、景気刺激しても、やりすぎず、安定成長を目指すべき、と玉木氏は中国側に注意を呼び掛けました。また、「パンデミックの前から私たちは構造変革の波に洗われていて、これからは量的拡大よりも、新しい経済システムに対応するための新たな投資が必要になってくる。そうした観点から中国にリーダーシップを取ってもらいたい」と期待を寄せました。


"美しい暮らし"への目覚め――中国の新しい経済内需

c2.jpg この点で、中国の姚景源氏(国務院参事室特任研究員)は、パンデミックで世界経済は大きなダメージを受け、人類社会が発展していくには今後、健康がメーンテーマになるのではないか、との見通しを示しました。その上で、中国が作成している2035年までの国家発展の戦略、グランドデザインである第14次5カ年計画では、経済のグローバル化を進めて地域経済を一体化し、マルチ協力を掲げていくことになるだろう」と述べ、中国経済の発展に迷いはないと強調しました。

 続けて姚氏は、40年の改革開放後の経済発展における中国の優位性として、巨大な市場の存在を挙げ、人口14億人のうち4億人がミドルクラス、この数字だけで米国の人口を上回り、内需のポテンシャルの優位性に富むなど、"美しい暮らし"へのニーズに対応できるようシフトすることが大事で、"双循環"で世界最大のマーケットになるとの見通しを示しました。ここで示された、"双循環"とは、5カ年計画の中心テーマになっている新しい概念で、中国の巨大な市場規模と国内需要の潜在力という強みを生かして、国内と国外で相互補完する二つの循環に基づく新たな発展のパターンを確立するものです。先に示した"美しい暮らし""美しい生活"は、人類社会の発展の原動力であり、来年から100年の目標になるとする姚氏は、シルバー産業という言葉があるように、日本の健康産業は進んでおり、この二つの目標は、中日経済協力においても大きな可能性を示していると語る姚氏でした。


急激な構造変化に、どう対処するか

 ここで玉木氏は、OECDで永年、多くの新興国や先進国を見てきた経験から、もう一つの視点を披露しました。20世紀半ばごろから、世界の国々が求めてきたのは、多くの国が米国のような豊かな生活を追い求めることだったが、経済の構造問題、デジタル、気候変動、人口動態といったこれまで経験しなかった課題に囲まれ、これからは新興国も先進国も存在しない、処方箋のない世界が訪れるのではないかとの見通しを示しました。さらに、新しい経済社会システムの構築においては、構造変化はかなり大きなものになるとの見方を示した上で、日本は生産労働力が低下し、高齢者が増加していく中、2050年に温室効果ガス排出ゼロを目指すことを示したが、その目標達成に向けては経済資産を捨てなければならなくなり、経済社会的に重大なチャレンジを受けることになるだろうと主張。そうした中でも目標を達成するためには、新たな実験の成果で知見を交換し、各国の生活水準を引き上げる政策を作っていく必要があると語り、玉木氏は世界の新しい共通の課題を提起しました。


地球規模課題を解決していくためにも、今こそ「分断」から「協調」へ

A18I0368.jpg 「コロナ禍の分断によって自由や、人権等の普遍的価値が挑戦を受けている」と話すのは自民党の岸田文雄・前政調会長です。岸田氏は、コロナにおけるワクチンの分配でも、国際社会が分断されるリスクが想定されているが、感染や環境のように地球規模の課題は一つの国では解決できないため、多国間主義の大切さを強く感じていると語りました。こうした考え方を広げていくためにも、日本が議論をリードしていく必要性を指摘しました。さらに、これから直面する地球規模課題という困難に立ち向かっていくためにも、多岐にわたる包括的協力の重要性と同時に、「分断」から「協調」に切り替えていくことが必要だとの見方を示しました。


航行の自由という基本ルールの共有では、日中双方で見方が異なる

A18I0507.jpg 一方、安全保障面について前自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は、中国は1980年代後半、経済成長に伴い急速に海軍力を拡大すること自体は歴史的必然であり「十分に理解できる」と理解を示す一方で、海洋においてお互いが繁栄していくためには、海洋での航行の自由が基本的なルールであり、こうした価値観を共有することが必要だと、中国側に注文をつけました。

 また、自由で開かれたインド太平洋という構想は、中国の一帯一路に対抗する概念ではないが、中国側の行動は異なっており、基本的価値観を共有してもらえれば、インド太平洋構想に中国も入ってくることも可能だと指摘。しかし、コロナ禍では、「米国と豪州が中国との対立を強め、コロナを巡る中国の対応が、日、米、印、豪の結束を強めていることを認識してもらいたい」と、中国側に要望しました。

c1.jpg この発言に対し、人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員の姚雲竹氏は、「中国は航行の自由など海の国際ルールを守っていない、と言われたが、賛同できない」と真っ向から否定。中国は造船大国、貿易大国であることから、海洋の自由などルールを大切にし、海洋の資源をどの国よりも大事にしていると強調しました。その上で、日米豪印戦略対話のQUADに注目していて、地域の安全をどう守っていくのか、日本はどういう役割を担っているのか。私たちは双方の懸念に注目し、対話を通じて誤解を解いていくべきだ、と提案しました。


難題の尖閣諸島問題では平行線

 これを受けて河野氏は、世界において平和共存が理想だが、正常な軌道に戻ったと言われる日中関係も、防衛関係ではそうなっていないと現状を率直に語りました。尖閣諸島問題以来、交流は途絶え、双方が疑心暗鬼になっているのを危惧する河野氏。提案するのは、①作戦部門のホットライン、②現場のコミュニケーション、③定期的検証とし、その点から防衛交流の拡大に繋げていきたいと話しました。さらに、日中関係を良くしていくためには、お互いの努力が必要であり、世論調査の数字が良くない大きな原因は、尖閣への中国の現在の行動で、日中関係にはプラスにならない、とはっきり口にする河野氏でした。

c3.jpg 9年間、日本で大使を務めた程永華氏は、領土に関わる話は、いかなる国も譲歩しないと主張。1978年に平和友好条約を結んだ時には、棚上げ論で合意したと言われているが、双方とも受け取り方が違って、後の話にしようというコンセンサスだけがあったと指摘。2012年に日本は国有化に踏み切り、中日は厳しい状況に追い込まれたものの、2014年の四つの基本合意では、すぐに解決できないため、意見を制御したいと対話メカニズムがつくられ、海空メカニズムの話に繋がっていったと述べ、中日双方とも努力して、意見の食い違いを制御しなければいけないと語りました。

 この程氏の指摘に対し、中国大使だった宮本氏は、「日本は民法に基づき、個人から政府への所有権移転をしたのであって、それが国有化と言われているのだ」と述べて、日本の基本的立場を強調し、パネルディスカッションを締めくくりました。