特別分科会「デジタル技術の将来と日中技術協力の可能性」報告

2020年12月11日

 12月1日、「第16回東京―北京フォーラム」の2日目午後には、特別分科会が行われました。この分科会では、「デジタル技術の将来と日中技術協力の可能性」をテーマとした議論が展開されました。

参加者一覧

【日本側司会 】
山﨑 達雄(国際医療福祉大学特任教授、元財務官)

【中国側司会】
房 漢廷(科技日報社副社長、テンセントグループ代表)

【パネリスト 】
岩本 敏男(NTTデータ 相談役)
鈴木 教洋(日立製作所執行役常務、CTO兼研究開発グループ長兼コーポレートベンチャリング室長)
島田 太郎(東芝執行役上席常務最高デジタル責任者、東芝デジタルソリューションズ取締役社長)
伊藤 達也(元金融担当大臣、衆議院議員、自民党デジタル社会推進特別委員会顧問)
山岡 浩巳(元日本銀行金融市場局長、フューチャー経済・金融研究所所長)

徐 智煜(ファーウェイ有限公司グローバルガバナンス事務総裁)
江 涛(アイフライテック上級副総裁)
劉 松(アリババグループ副総裁)
賈 敬敦(科学技術部トーチ先端技術開発センター主任)
趙 剣南(テンセントクラウド事業副総裁、北東アジア総代表)


A18I1770.jpg まず日本側司会を務めた山﨑氏は、前回フォーラムでは「RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉では、電子商取引に関するルールで合意すべき」という議論があったことを紹介しつつ、それが先月に交渉国が協定署名したことにより本当に実現したと指摘。デジタルが、コロナ禍の中でその重要性を大きく拡大させつつ、さらに経済問題のみならず、安全保障問題となるなど、地球規模の課題となる中、RCEPで合意されたルールをさらに具体化、あるいは発展させるためには一次的には民間事業者が意見を出していく必要があるとし、「具体的な成果が得られるような提案を出してほしい」と呼びかけました。

a.jpg 中国側司会の房漢廷氏も、中国経済におけるデジタル経済の規模の拡大を具体的なデータを挙げながら明らかにしつつ、イノベーションと規制のあり方について問題提起し、議論がスタートしました。


データは社会の発展や、そこに暮らす人々の幸せのためにある。悪用されないためにも倫理規範が必要

iwamoto.jpg NTTデータの岩本氏は、デジタル経済が新型コロナウイルスのパンデミック以前から飛躍的な成長を始め、もはやデジタルは人類にとって不可欠なものであるとしつつ、GAFAに代表されるような巨大プラットフォーマーがデータを独占している現状を指摘。これについて「データは誰のものなのか」としつつ、政治体制の違いはあっても、我々情報技術に携わる者は、社会の発展や、そこに暮らす人々の幸せのためにこの技術を開発しているわけだから、このことをしっかりと肝に銘じるべき」と主張しました。

 また岩本氏は、CAMBRIC(Cloud Computing, Artificial Intelligence, Mobility, Big Data, Robotics, Internet of Things, Cyber Security)の中で、AIに着目。AIの力によって世界が素晴らしいものになるとしつつ、悪用されたら悲惨な事態を招きかねないと警鐘を鳴らしつつ、だからこそ「ガイドラインのような倫理規範が必要になってくるわけです。日中が共通した認識のもとで、取り組みをしていくべき」と語りました。


デジタル経済のイノベーションが"ポスト・コロナ"の世界を進めていく原動力になる。協力しないことは日本企業にとって大きな損失

c.jpg ファーウェイの徐智煜氏も、デジタル経済のイノベーションが"ポスト・コロナ"の世界を進めていく原動力になるとその重要性を強調。ファーウェイが日本進出した2005年以降の日本企業との協力の積み重ねを振り返りながら、産業の優位性を持ち、イノベーション精神も旺盛な日中両国の企業が協力して、新しい時代を切り開いていくべきとしました。

 同時に、アメリカからの制裁の最大のターゲットとされているファーウェイは、インターネットセキュリティやプライバシー保護に関する技術では依然として優位性があると誇示するとともに、人材育成での協力可能性も提示。さらに、ファーウェイの日本とのビジネスがいかに大きな経済効果を上げているのか、具体的数字を交えながら説明したり、アメリカの規制によってファーウェイと日本企業の関係が断絶した場合の損失が1兆円規模になるとの試算を示しつつ、重ねて日本側に連携を呼びかけました。


データの取り扱いについての規範を定めつつ、個人の権利と公共の利益のバランスを取っていくべき

A18I1901.jpg 日立製作所の鈴木氏は、デジタル社会を実現していくにあたっての重要な課題として、「データの取り扱いについての規範」と、「個人の権利と公共の利益のバランス」という二点を提示。

 前者については、新たな「社会価値・環境価値・経済価値」をつくっていくその源泉がデータにあるとした上で、そのデータは保有者自身がコントロールできるようにすることが重要としましたが、「これは現在国によって明確な規定がないという状況だ」と指摘。可能であれば世界で統一した規定を設けることが望ましいと語りました。

 後者の「個人の権利と公共の利益をどうバランスしていくか」という点については、事前に住民に周知を図った上で、その都度住民の許可を取ることなく、データを活用することができる加古川市の「見守りカメラ」について例示。犯罪発生率減少という公共の利益を上げたこの取り組みをもとに、「どのような場合に公共の利益が優先されるか、これを事前に公表しておくということが重要になるだろう」と解説しつつ、この個人情報保護と公共性とのバランスは国によって異なると指摘。それでも国際的な「相互運用性だけは是非取りたい。制度的なものだけでなく、システム的な相互運用性をいかに計っていくかというのが国際連携をとっていく中で非常に重要だ」とし、中国側との連携に意欲を見せました。


労働が大きく変わる"AI社会"に向けて、今から日中で議論を

d.jpg アイフライテックの江涛氏は、AIの果たす役割について問題提起。農耕社会では95%の人間が働いて、5%の人がそこから上がってくる利益を享受する階層に分かれていたが、産業社会では一人ひとりが平等であるという価値観が生まれ、そして将来訪れるAI社会では、身体性のある労働は機械が代替することによって、5%の人間だけが働く時代になると予測。

 こうした未知の状況を迎えるにあたっては、「社会の秩序・倫理がどう変わるのか。皆で一緒になって議論しなければならない」と語りました。

 その上で、AI研究では日中両国は、相互の投資が活発で、すでに協力の実績も豊富にあることから、「相互補完性が強く、今後のポテンシャルはとても大きい」と日中協力の展開に期待を寄せました。同時に、岩本氏や徐智煜氏と同様に、データやプライバシーの保護に関する協調した取り組みの必要性を訴えました。


デジタル経済が一国主義につながらないために

A18I1834.jpg 東芝の島田氏は、新型コロナがデジタル経済の発展を加速させているとしつつ、一方で「心配なのは、これが国を閉ざすような方向になってはいないかということだ」と問題提起。平和実現のためには相互に国を開いて、文化的・経済的な交流を行うことが最も大切とした上で、世界各地で一国主義的傾向が出てきている中、デジタルに関しては「情報の流通をできる限り自由に行なっていくということが極めて重要だ」と主張。中国側に対しては、共通認識と相互信頼を形成していくことで、「お互いの情報の交換を安全に行うことができるというフレームワークがつくられていく」としつつ、デジタルを起点とした日中関係強化を呼びかけました。


今やデジタルは重要な社会的なインフラになった。日中両国がデジタルに関する地域やグローバルのガバナンスを牽引していくべき

e.jpg アリババグループの劉松氏は、2020年の中国の新型コロナ対応とデジタルに関して発言。感染爆発している時期の武漢における食料供給や、世界各地へのマスクの供給、病院での診断、教育機関での遠隔授業、テレワークの推進、中小企業サポートといった様々な領域でその強みを発揮したデジタル・プラットフォームは「重要な社会的なインフラになった」と指摘。したがって今後さらに、「社会的なデジタルモデルのあり方について考え、不断にグレードアップしていく」としつつ、こうした点での日中協力を提言。両国がデジタルの地域やグローバルに関するガバナンスを牽引していくべきと語りました。


民間がデータに関する規範を確立するなどの取り組みをしていくべき

yamaoka.jpg フューチャー経済・金融研究所の山岡氏は、データをめぐる問題というのは、例えば日本では戸籍や計帳を作成し、人民のデータを管理した律令国家の頃からの「古くて新しい問題」であり、一朝一夕に解決できるような簡単な問題ではないと指摘。同時に、ジョージ・オーウェルのディストピア小説を想起させる映画「未来世紀ブラジル」を紹介しながら、「間違ったデータが当局に保管されたことによる大変な事件が起こる」と語り、民間がデータに関する規範を確立するなどの取り組みをしていくべきと主張しました。

 そこで重要になることとして山岡氏は、データのオーナーシップとガバナンスを挙げ、前者については、データを提供する立場の個人による開示・訂正・利用停止請求を可能にすること、後者については、「なるべく複数の主体によって、データの利用・集積というものを相互に監視していく。それによって、データの利用に関する人々の信頼というものを継続的に獲得していく」ための取り組みが重要であるとしました。


新型コロナが生活様式や企業のあり方を変える中、デジタル技術の役割が飛躍的に増大している

f.jpg テンセントクラウドの趙剣南氏も、新型コロナが人々の生活様式のみならず、企業のあり方も大きく変えたとしながら、「デジタル技術が人体のような役割を社会と経済運営の中で果たしている」と語りました。そして、製造業の不良品検出や自動運転実験、不動産仲介など様々な事業でのAI技術の活用事例を紹介。また、複数の企業が商品開発や事業活動などでパートナーシップを組み、互いの技術や資本を生かしながら、開発業者・代理店・販売店・宣伝媒体、さらには消費者や社会を巻き込み、業界の枠や国境を超えて広く共存共栄していくエコシステムの構築を多数進めてきた同社の実績を誇示し、日本企業との協力を求めました。


監視社会ではなく、個人のプライバシーに配慮することが不可欠

 自民党デジタル社会推進特別委員会顧問の伊藤氏は、日中両国が協力して実現を目指すデジタル社会の方向性として、「まず、監視社会を目指すものではないということを確認する必要がある」と問題提起。中国の新型コロナ対策では、感染者を検知する「健康コード」アプリが大きな成果をあげたとしつつ、これは「個人情報保護の観点からは課題が多いのではないか」と指摘。中国政府がその統治モデルとしてデジタル監視システム構築を推進していることと相まって懸念を示しました。

 その上で伊藤氏は、「G20の合意でも示されているように、デジタル・ソリューションというのはプライバシーや個人情報が保護されていることが大前提の考え方であり、そうであるからこそあまねく社会で受け入れられる」とし、個人のプライバシーに配慮したデータの取り扱いの仕組みを国際標準としてつくり上げることが、これからデジタル社会にとって不可欠であると語りました。


ハイテクパークを拠点として日中のデジタル技術の連携を

b.jpg 科学技術部トーチ先端技術開発センターの賈敬敦氏は、日中協力を進めるためのアイデアを提案。中国のデジタル技術を高度化させる上で、欠くことのできない役割を果たしているものとして、ハイテクパークを紹介。アイフライテック、ファーウェイ、アリババなど中国のトップ企業がハイテクパークから飛躍を遂げてきたことを振り返りつつ、「このハイテクパークを拠点として日中のデジタル技術の連携を強化できるのではないか」と指摘。政府レベルに限らず、民間企業レベル、大学レベルでの協力の舞台になり得ると語るとともに、そこから一歩進んで日中合同のハイテクパークをつくることも提案しました。

 議論が一巡したところでディスカッションに入りました。


中国の法制度に対する懸念は、協力をしていく中で解消できる

 まず日本側から岩本氏が、中国の国家情報法の第72条に、中国に籍がある企業や個人は国家の情報活動に協力しなくてはいけないという趣旨の規定があることを示した上で、中国企業と協力を進めたいと思っても、こうした規制がある中では予見可能性がないなど懸念要素が多いことを指摘。中国企業はこの点についてどう考えているのかを尋ねました。

 これに対し徐智煜氏は、ファーウェイはこれまでに政府からデータ提供を要求されたことはないし、されたとしても応じることはないと断言。「たとえ会社を閉鎖されたとしてもバックドアを設けることはない」とも語りました。また、170を超える国と地域、約30億人を対象にサービス展開している中で、セキュリティに関するクレームがないこともその証左であるとしました。同時に、RCEPの展開の中で、中国政府が「グローバル・データ・セキュリティ・イニシアティブ」構想を打ち出していることを踏まえ、これに対して日中両国の民間が提案していくべきとも語りました。賈敬敦氏も同様に、日中協力が進めばそうした懸念事項について話し合う機会も増え、共に解決策を見つけ出していくことができると応じました。


感染症や高齢化など両国共通の課題に対し、AI・デジタル技術は多くの応用の可能性がある

 島田氏は、中国側に対して、日中が協力を進めていく上で、特にどのようなことを期待しているのかを尋ねると、江涛氏は、これまで自らが携わってきた大学・研究機関レベルの交流を回顧しながら、人材育成を進めるべきと語りました。また、感染症や高齢化といった両国が共通して直面しているチャレンジに対し、「AIやデジタル技術は多くの応用の可能性がある」とし、ここでの協力の展開にも期待を寄せました。


アジア共通のデジタル通貨実現は時期尚早

 房漢廷氏は、山﨑氏に対して、RCEPの枠組みをベースとして「国家の主権を跨いだ、アジア共通のデジタル通貨が実現する可能性はあるのか」と質問しました。

 山﨑氏は、紙幣と比較して物理的・地理的制約のないデジタル通貨が、国境を超えて使用されるケースが世界的に増加しているとし、「中国の観光客の方が日本のコンビニエンスストアでAlipayやWeChatPayを使用しているのはその典型例だ」と解説。
もっとも山﨑氏は、一国一通貨には他国のマクロ経済のマイナスの影響から自国を守る経済的安全保障の側面があること、仮に流動性危機が起こった場合に、流動性を供給する責任をどの国が負うのかをまず決めなければならないことなど実現には高いハードルがあることも指摘。通貨統合のメリットは確かにあるため期待を寄せつつ、「そのためにはマクロ政策、特に財政・租税・知財政策の調和が必要なので、それにはまだ相当な時間がかかる」との見方を示しました。


ルールづくりと、その前提として次の新しい社会像・価値観の共有が必要

ito.jpg 伊藤氏は、データに関する共通のルールをつくり上げていくためには、現状において関係各国のどこに共通項があるのか、どこにギャップがあるのかを認識しておく必要があるとした上で、今後信頼性のある自由なデータ流通の形成・拡大という課題を、中国側はどのように進めていくつもりなのかを尋ねました。

 劉松氏は、中国発のデジタル経済の中でも電子商取引は東南アジアで広く普及し、TikTokはアメリカの若者の間でも大人気となったことなどを踏まえ、中国のイノベーションが今後も世界に広がっていくことへの自信を見せました。
そのようにして世界と共存していく中でのガバナンスに関しては、これまで特区を設けて、トライアルアンドエラーを繰り返したり、東南アジアとは国境を越えたデータの流通に向けた取り組みをしてきたことを振り返り、そうした取り組みを通じて、ガバナンスを構築するためにはどこにチャンスとチャレンジがあるのか、そしてそこからどうルールをつくり出すのか、ということを探っていくべきと語りました。

 房漢廷氏は、中国企業は「個人のプライバシーの保護と、国家安全のようなハードルールの中で、個人情報と公共権益のバランスを取るために努力してきた。そうして積み重ねてきた経験を共有することは、ルールづくりにも参考になる点があるのではないか」と補足しました。

 鈴木氏は、こうしたルールを定めていく上での大前提として、「次の新しい社会像・価値観というものを共有していくことも大事だ」と発言。日立製作所と中国の大学との共同事業では、「まず新しい社会像、新しい価値観をどうつくっていくのかというところから議論が始まって、そこの社会像を実現するためにはデータ流通が必要だ、という議論になっていった」と振り返り、その先のステップに規範づくりがあると語りました。


議論を受けて最後に両司会者が総括を行いました。

 房漢廷氏が、今回の議論のテーマとして「交流」、「相互信頼」、「ルール」の三つを挙げると、山﨑氏はRCEPが合意に至り、日中両国の政府がデジタル経済を制作の柱に据え、ルールづくりを進めている今こそ「このフォーラムのようなプラットフォームを活用しながら交流し、信頼の土台をつくりながら民間レベルで議論を進めていく。ルールだけでなくAIやハイテクパークでの協力について話し合いたい」と今後の対話に意欲を見せました。