全体会議 挨拶 日本側:内閣官房長官 安倍晋三氏 2006.8.3

2006年8月05日

「日中関係は最も重要な二国関係の一つ」「今歯車を動かそう」

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 ただいまご紹介されました、官房長官の安倍晋三でございます。第2回の「東京-北京フォーラム」が盛会裏に開催をされますことをお喜び申し上げるとともに、政府を代表して、また、政治家として、こうしてご挨拶をする機会を与えて頂きましたことに感謝を申し上げたいと思います。

 折角頂いた機会でございますので、本日の議論でも少しでも貢献できればと考え、まず、本日のフォーラムの目的の一つである「日中間の相互認識」と関連して、「78%」と「32%」という数字を挙げてみたいと思います。「78%」とは、日中国交正常化後まもない1980年のわが国の世論調査において、中国に対して「親しみを感じる」と答えた日本人の割合です。その後、25年余りの歳月を経て、日中関係はかつてないほど緊密化し、年間で10万人にも満たなかった往来は、遂に400万人を超えました。しかし、先程のもう一つの数字である「32%」とは、実はこの現在の時点で、中国に対して「親しみを感じる」と答えた日本人の割合です。

 この2つの数字を比較して皆様は何を思われるでしょうか。まずは「現在の日中関係は良くない」と思われるかも知れません。しかし、それだけなのでしょうか。国交正常化後の中国ブームに乗った「憧れ」だけの関係は長持ちしません。交流が増え、本音で議論すればするほど、摩擦が生じることも避けられません。このことは日中両国のように体制が異なる国の間では尚更のことではないでしょうか。摩擦を恐れていては、真の相互理解も生まれません。その意味で、「32%」という数字を悲観し過ぎることなく、これは言わば「産みの苦しみ」であり、日中両国の真の相互理解へ向けて、通らなければならないプロセスである、と捉えることもできるのではないでしょうか。

 勿論、私も、この「32%」のままでも良いなどとは全く考えてはおりません。日本に対して「親しみを感じる」中国人は15%しかいないという別の世論調査もあります。個人的には、非常に残念な数字だと思います。この数字が自然と上がるような日中関係を構築して行かなければなりません。低い数字に止まっている原因には、「誤解」もあるでしょう。相互「誤解」ではなく、相互理解に基づいた日中関係を確立するために、両国は一層の努力が求められているわけであります。

 そのためには、まず、お互いを正しく認識することが重要です。

 2002年、中国の経済発展は脅威であるとの世論が広まりつつあった当時、小泉総理は、中国経済の発展は「脅威」ではなく、「チャンス」であると明言しました。この小泉総理の認識が正しかったことは、その後の日中関係の発展ぶりが既に実証しているという風に思います。

 同様に、我が国についての例を一つ挙げれば、中国の関係者が頻繁に口にする「日本の軍国主義復活」などは、ほとんど全ての日本人の想像の域を超える、あり得ない話であります。自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配。日本は戦後60年、これらの価値の上にしっかりと立って、一度も武力行使を行うことなく、国際貢献を積極的に行う国家を造って来ました。このことは現在でも徹底されています。これは、世界中の国が認める事実です。中国の人々がこの我が国の姿を正しく認識して、初めて建設的な議論がスタートすると言えるでしょう。このため、日本政府も努力します。また、本日のフォーラムのような自由な意見交換の場こそ、この場こそが、これに貢献する余地は大きいと考えています。

 さらに、このような価値を有する我が国の、国際社会における政治的な役割の増大に対して、これを「脅威」と捉えるのも間違いであります。小泉総理の言葉を借りれば、むしろ、この地域の安定のための「チャンス」と捉えるべきであります。

 先般の北朝鮮のミサイル発射に関する安保理決議がそれを物語っています。我が国がイニシアティブを発揮して安保理に提出した決議案は、真剣な議論を経て、最終的には全会一致での採択を実現し、北朝鮮に対して断固としたメッセージを発出しました。これは、まさしく、日中両国が大局的見地から、アジア地域、ひいては国際の平和と安全に貢献しようと努力した典型例であります。両国は、こうした対話と協力の実績を積み重ねていかなければなりません。既に広く言われている経済、環境、エネルギーのみならず、安保対話や国連に関する協議など、日中間で一層の取り組みが求められる分野は数多くあります。日中両国がこうした対話や協力を発展させ、共通利益を拡大させるとともに、アジアの大国同士、国際社会においてその責任を果たしていくことは、必ずや、アジアのみならず、世界中の国々が歓迎することとなるでしょう。このようなチャレンジに立ち向かう覚悟が、日中両国の政治家にあるかが、今問われているのではないでしょうか。閣僚の一員として、また、一政治家として、私自身もこのために力を注ぎたいと思います。

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 私は、日中関係を最も重要な二国間関係の一つであると考えています。今、申し上げた共通利益を拡大させて行くという強い政治的意志の向こうには必ずや新たな地平が開かれていると信じます。日中両国は、政治問題を経済関係に影響させてはならず、「政治」と「経済」の二つの車輪がそれぞれ力強く作動し、それが結果として日中関係を更に高度の次元に高めていくような関係を構築していかなければなりません。そのためにも、日中両国は、強い意志をもって、個別の問題が生じても、日中関係全体の発展に影響させないように、直接の対話を通じて、お互いを正しく認識し、両国の協力のあり方について建設的に議論することが必要です。お互いに遠慮して、距離を置きながらの脆弱な「友好」から、正面から向かい合って議論し、摩擦を恐れずに対話を重ねることによって得られるパートナーの関係へと、今、歯車を動かしていこうではありませんか。

 この対話と相互理解には、政府間の取組みだけでは十分ではなく、あらゆるレベルでの交流が必要です。我が国政府は、今年度、1200人規模の中国の高校生を招聘してホームステイをしてもらい、特に、そのうち約40人程には、ほぼ一年間日本に滞在し、できるだけ長く日本の家庭で暮らしながら、日本の高校で日本の高校生と一緒に学んで頂くことを目指しています。こうした体験によって、「日本の父母(ちちはは)」をもつ中国の若者が育っていき、将来、日中両国の国民が、互いに親しみを抱きながら、対話と相互理解によって、共に日中関係を担っていく。そんな時代が来ることを願っています。今後とも、日中間の「心と心の触れあう交流」を一層拡大していきたいと思います。

 そして、何よりも、言論NPOのような民間の方々のイニシアティブの下、本日のような議論の場が設けられることが、まさに日中両国が必要としている「直接の交流・直接の対話」の一つのあり方と言えると思います。本日のフォーラムに集まられた方々は日中両国の世論をリードする有識者の方々ばかりであると、このように伺っております。現在の日中関係において、国民感情の影響は小さくありません。国民感情は時として、「行き過ぎる」ことがあります。「成熟した世論」こそが、その安全弁となります。皆様方の努力による本日の試みが、日中両国の「成熟した世論」の形成につながれば、これは日中関係にとって大きな財産になると考えています。

 以上のように、本日は、私自身も足を運び、また、塩崎外務副大臣も共催でレセプションを催されるという風に聞いております。政府としても、このような日中間の対話の機会を大いに歓迎しており、高い関心と期待を寄せています。そして、このフォーラムの議論を政策形成に大いに活用していきたいと考えています。フォーラムが成功し、ここで、この場での率直かつ活発な議論が、日中両国の相互理解・協力関係にとって新たな第一歩へとつながることを祈念しつつ、結びの言葉に代えさせて頂きたいと思います。

 ありがとうございました。