政治に向かいあう言論

「日本の改革は終わったのか」座談会 議事録

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第5話 経済政策について政治は有権者に何を説明しなければならないのか

工藤  今の政治は選挙を意識して動いているため、政治が守りに向かっているというか、政策の基本的な考え方や政権として実現すべき課題が良く見えません。2007年の骨太の基本方針は、成長力の強化に優先順位が置かれて、閣議決定されて残っています。福田政権はそれを継承するとは言っているが、基本的なスタンスが異なる以上、説明は必要だと思いますが。

高橋  福田さんが改革を継続するということの意味は、この基本方針に乗っかりますということです。ただ、それだけではなく、プラスアルファはするということも福田さん言われているわけです。しかし、そこを明示的に体系として示してはいない。かつ、既存のものとそことの関係をどうするのかを説明してはいません。

  私は、安倍政権がつくったはずの基本方針、骨太の方針を、福田さんが変えずにいるというのは、作り直すのは時間的にも無理だし、それに本格的に取り組むだけの余力がないというところがあると思います。ですから、仕方がないいう面がありますが、これから選挙になるならば、将来についてどういう考え方でこの全体の難局を乗り切るのかという考え方は説明してほしい。細かいメニューに入っていけば入っていくほど、民主党も自民党もだんだん似てきてしまう。しかし基本的な考え方には差があるはずで、そこを争うべきではないかと思います。

 例えば財政再建の話。高齢化がどんどん進み、年金や社会保障の財源がなくなっていくというときに、では、どういう考え方で全体の収支の辻褄を合わせるのか。そこのビジョンを示す必要性があると思います。給付を少しずつ切るというのもあるだろうし、年金は思い切って切ってしまうが、介護だけは守りますということもあるでしょう。

工藤  政府として、最低限保障するものはこうだと。全部保障するのなら、それがどうして可能なのか、それを説明してほしいということですね。

  全部保障するのなら財源はどうするのか。例えば消費税を20~30%にしますというような点を争うことになります。
 
齊藤  実現性は全く考えずに言えば、大連立よりも政党再編成のほうが非常にすっきりはするのかなと思います。個々の政策というよりも、理念のようなものを示す。例えばすごく保守的に適度な規模の政府とか、市場メカニズムを重視するというようなところであるのか、ある程度政府の役割の積極性を求めていくのかといったように、アメリカの民主と共和のような括りで括り直すと分かりやすい。今、自民党の中にも民主党の中にも、そういうプリンシプルでは全然違う人たちがいる。そうすると政策を立案するときもなかなか難しい。これまで理念面での競争の役割を果たしてきたのは、自民党の派閥だった。そこで経済思想では、例えばケインズ型の政策に重きを置く人と、均衡財政を中心にするような考え方が争った時期もありますし、防衛の負担をどこまで負担していくのかというところで争った面もある。しかし、今は、そういうメカニズムがなくなってきた。

 本来は異なる政党間でそうした理念の衝突や切磋琢磨があっていいと思うのですが、今、どうやったら票がとれるかでみんなが集まっているだけです。そういう意味では、先ほどまで私たちが議論してきたことを議論していくための政党の枠組みがない。

 特にその弊害は多分民主党のほうに多いと思う。余りにも異なる考え方の人たちがいて、経済思想に関してもかなり違っていると思います。そういうところが向こう3年間、参院でマジョリティーを占めているという状態があると経済政策の骨格のあり方にすごく問題があるのではないかと思います。

工藤  政党の再編がない限り、今の既存の政党の枠では理念を軸とした競争が行えないということですか。

水野  私もそう思います。再編がないと総選挙をしても、参議院で民主党の多数というのは最大で9年間は変わらない可能性があります。幾ら対立軸を設けて、衆議院で民主党と自民党が争って、選挙でこちらの政策がいいと選んでも、結局参議院のところで、事実上2つの政府ができているような状況です。

 世界経済が安定しているときは2つの政府があってもいいかもしれないが、一番激動しているときに、2つの政府で政治が不安定になる。参議院と衆議院のあり方について想定していなかったことが起きているわけです。再編が無い限り、総選挙をしても、自民党が勝ってもますます変わらないし、過半数ぎりぎりだけとると、3分の2で再議決ということも使えず、やはり2つの政府となる。300を割って、240~250で、少しだけ過半数を持っているとなると、参議院を持っている民主党のほうも、もう1回選挙をやれば勝てるかもしれないということになり、分裂も起きないということで、ずっと制度上の不安定を抱えていくことになります。

 そうでなければ、参議院の位置づけをもう1回やり直してからでないと、両者にらみ合いで総選挙を何回も繰り返すという、最悪の事態が続くわけです。参議院のほうの力が強いという状況になっており、考えなければなりません。

高橋  私も、次の選挙に向けて各党がマニフェストをつくったとしてもやはり政界再編の後でないと座標軸がはっきりしないと思います。ただ、次善の策としては、民間としては、政党に政策課題をまずはっきりさせることを求めるべきです。年金も含めたセーフティーネットの問題、ここをどう考えるのか。これは税の問題、社会保障の問題が全部入ります。もう1つのイシューとして地域再生がいいのではないか。地域を考え出すと、農業の問題、公共投資の問題、分権の問題、産業政策の問題、みんな絡んでくるので、この2つぐらいを大きなテーマに据えて、民主党と自民党に対して、政策を出すことを迫って行く。

 もし年金について、民主党がベストと考える年金政策を出せといま本当に迫られたら、すぐ出てこないと思います。そこをぎりぎりと言ってプレッシャーを与えることで党内をまとめてもらう。自民党にも同じことが言えるわけです。そういうプレッシャーを民のサイドから、個別テーマで与えていくということしかないのかなという気がします。

齊藤  工藤さんの言葉で言うと、有権者からのプレッシャーが必要で、政策課題でまがりなりにもしっかりとした見解を迫るべきです。それでまとまらなくて党内の中のいろいろなものが見えてきてしまったら、そのこと自体が組織の再編成につながるのかもしれない。

全6話はこちらから

Profile

齊藤誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)
さいとう・まこと
1960年名古屋市生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph. D.)。住友信託銀行、ブリティシュ・コロンビア大学(UBC)経済学部、大阪大学大学院経済学研究科等を経て、2001年から現職。著書に『新しいマクロ経済学 新版』(有斐閣、06年)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、07年)など。
高橋進 (日本総合研究所副理事長)
たかはし・すすむ
1953年東京都生まれ。エコノミスト。立命館大学経済学部客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授等を歴任。2005年民間出身者として3人目の内閣府政策統括官として登用された。
水野和夫(三菱UFJ証券株式会社 参与 チーフエコノミスト)
みずの・かずお
1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主著に『100年デフレ』(日本経済新聞社)、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)。
櫨浩一(ニッセイ基礎研究所 経済調査部長)
はじ・こういち
1955年生まれ。78年東京大学理学部物理学科卒、80年同大学院理学系研究科修了、90年ハワイ大学大学院経済学部修士。81年経済企画庁(現内閣府)に入庁(経済職)、国土庁、内閣官房などを経て退官。92年ニッセイ基礎研究所入社、2007年から現職。専門はマクロ経済調査、経済政策。著書は『貯蓄率ゼロ経済』(日本経済新聞社)。他に論文多数。
工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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