【座談会】イラクの戦争が 日本に問いかけたものは何か page2(会員限定)

2003年4月18日

〔page1から続く 〕

中国やアジアに日本はどう向き合うのか

武見 まず、中国という捉え方をする前に、アジア、太平洋ぐらいの地政学的な枠組みの中で、この地域をできるだけ長期にわたって安定化させるためにはどういう観点が必要かと言うと、私は残念ながら、引き続きバランス・オブ・パワーだと思います。その中でいかにアメリカと中国の軍事力をも含めた勢力の均衡が安定した形で維持されるかということを日本は考えるべきであって、そのために私は少なくとも現状の日米同盟に基づいてこの軍事力を含む勢力の均衡が維持される状況は堅持すべきだと考えます。その上で、日本にとって5年から10年ぐらいの時間軸で考えた優先度の高い戦略的な課題は何かと言いますと、北東アジアに残された2つの分断国家をいかに安定化させるかという課題なのです。これは台湾海峡と朝鮮半島、この2つの隣接する地域は日本の安全保障を考えるときに常に頭痛の種なのです。従って、関係する主要国との協調関係に基づきながらこの2つの地域を安定化させるための新たなスキームを確立するということを考えなければいけない。北朝鮮の問題は、まさにそのような戦略的な課題のひとつとして位置づけられるべきだと思います。

そして、その次に考えなければならないのは、少なくとも東アジアぐらいの地政学的な範囲の中で、日本も含めた非常に活力のある地域経済をいかにダイナミックにつくり上げていくことができるか。その中で、中国の経済力、あるいはASEAN、それから私はインドも入れていいと思いますが、その他のこの地域における大きな経済的なダイナミズムを日本が経済的な外交という観点から、どのようにして一定のイニシアチブを確保しながら盛り立てていくことができるか。

その上で、今度はグローバライゼーションという地球全体を巻き込む新しい国際社会の現象に対処するという観点から、明らかに国民、国家という単位だけでは対処し得ない問題が確実に増えてきており、それを解決するためには、実はミクロとマクロと両面からの新しいシナリオをつくらなければならないのです。マクロな観点としては、まさに「国連を含めた国際的な組織をそのような時代状況にどう合わせて再構築していくか」といった問題意識が必要です。

ミクロな面では、より市民社会的な成熟した社会の中で、国家ではなく、むしろ人間個人をひとつの単位として、コミュニティーというものをそのための媒介単位としながら、国境を越えて共通する諸課題を解決するためのネットワークを新たにつくり上げるためのシナリオをいかにつくっていくか。そこには、個人、コミュニティー、ローカルあるいはインターナショナルなNGO、政府および政府間国際組織が含まれます。従来型ではない非軍事的な脅威として認識されるようになった感染症の問題、あるいは麻薬や組織犯罪の問題やテロリズムをも含めて、それらの問題を中長期的に解決していくためのシナリオをつくっていく。そのような非常にグローバルな政策も、特に知的な部分で日本が率先して政策を組み立てるためのイニシアチブをとっていくことが必要です。

そうした問題意識に基づいて、小渕内閣のときから、このヒューマンセキュリティーという考え方を日本は特に主張するようになっていて、人間安全保障委員会というものが設立され、そこが5回会合を重ねた上で、今年の2月に最終報告書を出しました。それを受けて、日本が普遍的価値に基づいた国際社会における新たな経済協力を主たる軸とする外交政策をいかに打ち出していくのか。こうした非常に重層的な外交、安全保障政策を我が国が組み立てていき、それぞれの問題に対して確実に的確に対処し、解決していくことができるようにしていくという大きなシナリオを我が国はつくらなければなりません。

工藤 そのシナリオについては私たちもそうだと思っているのですが、ただ、歩みがそういう方向になっているのかどうか。例えば、東アジアの経済圏の問題、韓国や中国との関係を含めて、具体的にそのような対話のチャンネルがアジアの中で重層的に強化される方向になっているかというと、むしろ逆ではないかと感じます。靖国や教科書などの問題もありますし、やはり日本は孤立してきているのではないかという認識のほうが強いのですが。

武見 そうでもないと思います。「ジャパン・プラットフォーム」のようなものができて、頭の固い外務省もようやくNGOと連携するための新しいスキームをつくるようになりました。安全保障に関しても、さまざまなセカンドトラックができるようになってきています。基本的には、そのような新しいチャンネルが着実に増えていると思います。そういうものは、政府や政党や政治家が不必要に束ねてやる必要はなく、自由放任でやるべきことであって、自然に任せておくのが大事だと思います。ただ、その中で日本のNGOなどはまだ足腰が弱いですから、そういうものを育てていくために、政府が財政的に一定の支援をきちんとするというのは当然だと思います。

どのような国家路線を選択するのか

 国家として戦略ビジョンを持つという話については、われわれはあまり現状を批判できないと思います。われわれは与党に何年もいるのですから。「では、具体的におまえはどう思っているのか」と言われたときに、「私は少なくともこう思っています」というものがなければならない。誰かがやらないんだということを言ってもしようがないので、その前提で考えますと、やはり先ほどのクエスチョンは大変面白いと思います。安全保障と経済の部分を少し分けて考えますと、ヨーロッパが戦後、EUになっていく過程で、安全保障はNATOというものがありました。そこにはソビエトという脅威があった。NATOとECからEUになっていく過程はコンバーティブルだったのです。ですから、我が国も安全保障の側面では日米同盟が基本になり、そこから面的にエリアというものが出てきて、アメリカを排除することは考えられませんから、極めてNATO的な考えというものがあるだろう。そうしますと、この分類は「イギリス型」に近い形になります。

では、経済のほうはどうかというと、やはりEUを目指したのはドルに対するシニョレージを自分たちも持たなければならないというドイツの戦略があって、マルクをあきらめてEUやユーロをつくったという、もう何十年の戦略があったのですから、こちらの面でいけば、私は「ドイツ型」でいいと思います。

韓半島の話は、その大きな戦略の中で中長期的にはあまり大きな影響を実は持たないのではないかと思っています。短期的には当然乗り越えていかなければいけないことですが。そのときに大事なことは、経済のエリアをインドまで含めて考えたときに、EUが目指したようなステップ・バイ・ステップでやっていくということです。通貨や、特に安全保障のような主権に直接かかわるようなところは、最後までできないわけです。ヨーロッパでは最初は何をやったかというと、石炭、エネルギー、鉄鋼、原子力といったところから始まって、経済共同体なり通貨に発展していった。ユーロの前はERMだったのです。

チェンマイ・イニシアチブが非常に面白いのは、AMFのときは、アメリカが「IMFとのコンディショナリティーが問題ではないか」と反対してつぶれたということになっていますが、実は中国もやる気がなかったのです。中国も駄目だというのでつぶれてしまった。チェンマイはなぜできたかというと、中心になる日韓中が非常に乗り気だった。特に中国がもうAMFのときと全然違って非常にやる気があって、ぜひ私も出し手になりたいと言う。中国のスタンスの中に、域内に出ていってみんなでやっていこうということが色濃く出てきたのです。そういう意味で、このチェンマイを中長期的には何段階か経てユーロに対抗した、例えば「エイジア」のような通貨に持っていくための戦略を据えて、今何をするかということを考えていく。スタートは多分エキュのような、ニュメレールのようなことからやらなければならないと思いますが、その前の段階が外貨準備のスワップということでチェンマイを位置づける。

もうひとつは、やはりWTOがありますから、WTOとのコンバーティビリティーを維持しながら経済連携協定をインターネットのようにやっていくということです。中国と競い合ったりせずに、中国からASEANに行った線と日本からASEANに行った線がたくさんできればいいわけです。最終的にぐるっと全部線になれば面になるわけですから。

そこで、「中国はわれわれと同じ体制なのか」という論点が出てきます。「やはりあそこは一党で共産主義だ」と言っていますが、一方で私は「日本は事実上社会主義ではないか」といつも思っていますので、非常に違うことを言っていながら、コップに水が半分しかないと言っているか、半分もあると言っているかだけの違いで、入っている水は同じではないかと思うことがよくあります。中国は、ほっておくとみんな自由競争をしてしまう国なのです。日本は、ほっておくとみんなで談合する国なのです。ですから、日本は必ず市場主義ですよとみんなに言い聞かせていないと、すぐそちらになってしまう。中国は、うちは社会主義だと言い続けていないとみんなリバイアサンのような状況になる。政治的にうまくロシアのようにならないようにやってくれれば、危機的なシナリオなしにやっていけるのではないか。

一方で短期的には、プラザ合意の日本版をやるべきだと思います。これには外交力が必要になりますが。あのときはみんながアメリカに協力したわけです。みんなで協調してドル安政策をやってあげたわけですね。ですから、今度は中国も入って、当然アメリカも入って円安政策をやるという、プラザ合意の代わりに「帝国ホテル合意」「北京飯店合意」でもいいのですが、そういうことを提案していく。これは日本の今の景気対策や経済に大事な意味を持ちますし、われわれはこのまま沈没していったら、例えば財政が破綻する、デフレスパイラルに陥ってしまうというのは、我が国だけの問題ではないですから、それを一緒に考えてみるというプロセスの中で、長期的な意思を共有できるのではないか。少し長めのスコープを持って当面のことに当たっていくということが大事ではないかと思います。

工藤 私たちのシンポジウムでは、経済人の方、ユニクロの柳井さんや山崎正和さんなどからも、「日本はアジアなのか」という議論が出てきました。例えばアジアでのFTAや東アジアというのは小さいという話があり、実現可能性は別にして、アメリカも含めた構想がいいのではないかという議論が出てきます。その枠組みについてはどうお考えですか。また、もし東アジアの経済圏でいくとすれば、人材や農業の問題など日本は具体的な自由化で動き出さなければならない。まさにそこは自民党のところが問題ですね。

武見 これは外交や安全保障の政策と表裏一体です。アメリカが軍事的プレゼンスをこの地域に維持するための戦略的利益を持ち続けるためには、やはり東アジアの経済にアメリカ経済がしっかりと組み込まれ、そこでアメリカも十分な利益を享受するという仕組みが維持されなければなりません。利益に関係ないところに軍事力を置こうということには絶対にならないのです。実際に、アメリカの将来に向けてのダイナミックな経済的な力というものはそう簡単には変わらない。従って、これを上手にパートナーとして活力の中に組み込むことなくして、東アジアの経済を持続可能な形で大きく育てていくことはできないと思います。ですから、不必要な独自路線というものはとるべきではないと思います。

 今からすぐアメリカを排除してNAFTAのようなものをつくろうということであれば別ですが、私の考えはやはり通貨のほうです。経済や貿易と、通貨の問題というのは切り離さなければならない。ドルに対してどうするかという話で、ヨーロッパはユーロをつくった。それは数十年タームの話なのです。

われわれは単一の自国通貨だけで、常に為替がどちらに行くかを気にしながら経済活動が規定されるという状況でずっとやってきていますが、最終的にドルまで入れてしまいますと、ドルとアジアと合わせて世界はユーロとドル・アジアだけになるのかという議論になります。そこは若干違います。

武見 通貨だけでしたら、アジアでできると思います。それをアメリカが許すかどうかは大事な問題ですが、組み立て方次第でしょう。

問われる日本の外交力

武見 それは本当に複雑な外交になります。日本にそれだけの複雑な外交を立案して実行するだけの力があるかどうかということが確実に問われる。19世紀のメッテルニッヒ的な権謀術数をも兼ね備えたような外交力がなければならない。しかも、スウェーデンやノルウェーのような北欧型のある種理想主義的なグローバルなコミュニティーを視野に入れた知的な意味でのイニシアチブも持たなければならない。しかも、製造業を中心として、ソフィスティケートな先進的な知的な創造力を持っていかなければならない。やらなければならないことは山ほどある。そういうことがみんな漠然とは分かっていながらも、優先順位をどう設定してそれを実現していけばいいかという点についてコンセンサスができていない。

工藤 やはり中国との関係については、交渉したり戦略を立てたりする人がいなければなりませんが、今やっているのは、むしろ交渉を難しくするようなことですね。片やそれで、人民元を安くしろと言っている。

 どんどん相互交流していって、外交力をトラック1もトラック2も強めるということにかかっていると思います。靖国の問題は避けて通れないですから、「そういうことはあるんだ」ということを前提にしてもらう必要がある。「中国と交渉しなければならないので、総理、靖国に行かないでください」ということで済む問題ではない、という前提でやらなければならない。

武見 これはやはり指導者の世代交代がお互いにより本格的に進まなければ解決しないでしょう。時間がもう少し要ります。ですから、この問題をすべての問題を解決するための入り口に置いてはいけない。

工藤 農業を含めた自由化についてはどうですか。

 農業については、ヨーロッパのようにうまくやっている例をなぜもっと勉強して一緒に組めるときは組まないのかといつも思います。ケアンズグループというのは輸出国です。あの人たちの言っていることは正しくて、われわれは何かいつも不当な利益を守ろうとしているといった構図がありますが、そうではない。やはり我がほうの理屈をきちんとつくって、「三極のうちのひとつであれば、3分の1ぐらいの正当性はある」という厚かましさでやらなければ、政治的には解決しないと思います。

武見 農業を守るということは、農協や農業関係の既得権益を守るということではありません。国内における農業政策というものを抜本的に改革していって、大きな規制緩和をして、その活力をもう1回再構築していく必要があると思います。そうしたことをした上で、我が国の農業をきちんと守る政策をヨーロッパなどとも組みながら組み立てていく、そういう表裏一体の政策でなければ、林さんが言うことの説得力は出てこないと思う。そのためには、今の自民党の農林関係の人たちの立場は、もう少し改めてもらわなければいけないだろうと思います。

工藤 自分たちは農業をやってみようという動きが民間で出ていますから、競争の中でもう1回農業というものを産業としてつくっていかなければならないのかもしれません。そのためにも日本の政治も変わらなければならないと思います。

今日はどうもありがとうございました。

(司会は工藤泰志・言論NPO代表) 

武見 まず、中国という捉え方をする前に、アジア、太平洋ぐらいの地政学的な枠組みの中で、この地域をできるだけ長期にわたって安定化させるためにはどういう観点が必要かと言うと、私は残念ながら、引き続きバランス・オブ・パワーだと思います。その中で