東日本大震災について

2011年3月11日


武藤敏郎(大和総研理事長)

1943年生まれ。埼玉県出身。 東京大学法学部卒業後、66年に大蔵省(現財務省)に入省。 97年に大臣官房官房長、99年に主計局長、2000年に大蔵事務次官に就任。 2003年より日本銀行副総裁に就任。08年3月退任後、同年6月に東京大学先端化学研究センター客員教授に就任。 同年7月より㈱大和総研理事長に就任し、現在に至る。

【1】東日本大震災の復興のビジョンを、あなたはどのように考えていますか。あなたが考える復興の姿をお聞かせください。

 復興を考える際、常に忘れてはならない原則の第一は、被災地の声や希望・アイデアを最大限に尊重し、活かすことである。地域の得手不得手を知っているのはそれぞれの地域であり、被災地の人口構造、産業構造、社会構造などを踏まえた復興が求められる。ただし、復興は単に「旧に復する」のではなく、震災前よりも明るい展望と夢をもてる戦略的なものでなければならない。

 そこで、第二の原則として国家観を伴った日本再生としての復興でなければならない。各地域や各地方自治体がばらばらにではなく、国が、被災の甚大さや広域性を踏まえ、効率的かつ計画的に復興事業を展開すべきである。復興に関する考え方について、被災地域と国の間の関係を一方的なものとせずに、連携やフィードバックを十分に行うことが必須である。

 第三の原則は、震災前から存在した重要課題を棚上げしないことである。「社会保障と税の一体改革」や「2020年度までに国と地方を合わせた基礎的財政収支を均衡させる」といったと取り組みを反故にしてはならない。社会保障の先行きは、被災した高齢者にとっても切実な問題である。また、財政再建の道筋を放棄して財政破たん的な状況を招かないことが、復興を円滑に進める必要条件である。

【2】東日本大震災に対する被災地救済の緊急対応や、原発対応、そして復興の動きには遅れが目立ち、その道筋や全体像がまだ分かりにくい状況です。あなたは、政府のこれまでの対応を見て、どこに問題があると思いますか。

 被災地が頑張る様子には海外からも賞賛が高い。しかし、当面の緊急対策である、瓦礫の排除、仮設住宅の建設、水道・電気・ガスなどのライフライン確保、寸断・破壊された道路・橋梁・鉄道などの最低限のインフラ普及が必ずしも十分なスピードで進んでいない。政治主導の意気込みはいいが、それが空回りしている懸念はないか注意が必要だ。省庁の一線にいる人材の能力の高さをもっとうまく使ってほしい。

 被災者の生活は震災後の緊張感によってこれまでは維持できたかもしれないが、むしろ今後は、強まるであろう喪失感、不安感に最大限配慮しなければならない。震災対応は迅速さが最も重要であり、補正予算の編成と執行を急いでいただきたい。財源は不要不急の予算の取りやめなど、できる限りの歳出削減(使途の変更)によるべきだが、緊急時の対応については一定の国債発行もやむを得ない。ニーズに応じた細かい使途や権限に関して、地方に任せる部分は任せるという国の姿勢も必要だろう。そうした短期の政策の一方、被災地の本格的な復興と発展のための政策が不可欠である。いまだ復旧段階で復興段階ではないとの声もあるが、復興ビジョンとその具体策を作り上げる準備は早い段階から始める必要がある。

 復興事業の大きな分野としては、①住宅(高齢社会にふさわしい住宅ストックの整備)、②都市再開発(東北地方の産業特性に適応した都市機能の再構築と超高齢社会に対応した市街地モデルの創出)、③農林漁業(近代化と企業化による成長産業化。育成・養殖、収穫から食品加工までを含めた食糧産業の競争力強化)、④公営企業等(上下水道、公共交通、文化・教育施設経営等)、⑤エネルギー(再生可能エネルギーの普及促進によるグリーンエネルギーのモデル地域創設)⑥福祉産業(高齢者向けサービス(医療・介護等)事業の高度化)、⑦雇用対策(希望した就職が困難な新卒者を対象とした被災地における短期公的雇用制度とその後の就職支援)、などが考えられる。

 原発問題は国家安全保障の問題である。危機を乗り越えるには、的確で整理された情報開示に加えて、政府の統率力が欠かせない。震災問題はもちろん、原発問題では与野党の協調も欠かせない。

【3】4月14日、復興構想会議で被災地の復興の議論が始まりました。あなたは、政府の復興への取り組みを現段階でどう評価していますか。

 今後、理念や哲学に根ざした、実行可能性の高い復興計画が策定されることを期待している。各省庁の縦の指揮命令系統と各省庁間の横の調整機能が整備されている国に、復興庁のような組織を改めて置く必要はないと考えられ、求められているのは復興の具体的なアイデアである。その際、復興事業の内容もさることながら、復興の手法についても十分な検討を望みたい。

 例えば、被災地内で異なる利害をどう調整するか、阪神・淡路大震災での自治体経験者などを入れた「東日本復興庁」のようなものを東北に設置することを検討してはどうか。あるいは、復興資金の調達について、公的な財政資金に直接依存するばかりでなく、広く民間の資金を取り込む視点が有効だろう。わが国には1400兆円を上回る家計金融資産があり、そのポテンシャルは大きい。将来性のある復興事業をいかに積み上げるかが重要であり、そうした事業が多ければ民間資金の活用の余地が広がる。政府には、財政資金を復興事業に直接支出するだけでなく、民間資金が円滑に活用されるよう政府保証や税制などをうまく組み合わせる工夫を求めたい。

 政府が直接に行う復興事業には財源が必要である。その一部は国債が考えられるが、必要最低限の財政規律を維持することを忘れてはならない。また、政策金融を通じた復興事業に際しては条件を優遇した融資が必要であり、十分には成功しない事業もあるだろう。そのため、震災からの復興に目的を限定した「復興連帯税」を臨時に創設することを検討すべきである。復興構想会議の議長も第1回会合(4月14日)で「震災復興税」を提案した模様だが、議論を深めていただきたい。

 例えば、復興計画の期間だけ消費税率を数%上乗せすることが考えられる。その他、かつて湾岸戦争のときに実施したように法人税に付加税をかける方法や所得税に付加税をかけることも考えられるし、電力やガソリンに対して消費抑制の効果も期待しつつ付加税を上乗せすることも考えられる。増税は景気にマイナスという指摘があるが、過去の震災復興の経験によれば、復興需要によってその後2~3年は成長が加速する。ただちに増税するということではなく、震災後1~2年たった頃の増税であれば可能ではないか。

【4】原発を軸としたエネルギー政策や、今後の電力供給の制約に伴う様々な問題をどのように解決していくべきとお考えですか。

 まずは、既存の原子力発電施設について、リスクの再点検が国民の不安を解消するために必要である。「安全神話」は崩れたのであり、あらゆるリスクを把握し、コントロールすることが求められている。それが、エネルギー政策について短期的な課題と長期的な課題に取り組む前提であるだろう。短期的には、東日本における夏と冬の電力需要をどうするかだが、供給側の増強を最大限急いだ上でも需要超過・供給不足となれば、大口需要家に対する電力使用制限や家計部門での節電をお願いすることになるだろう。短期的には需要側の対策が中心になる。長期的な課題として、電力の中での電源構成をどのようにしていくか、供給側の問題を改めて議論せざるを得ない。

 成長分野として、あるいは復興事業として太陽光や風力、バイオマスといったグリーンエネルギーを後押しすることを提案したいが、それがただちに原子力発電を代替できるわけではない。火力発電を増強するのが一番現実的な方向だが、CO2排出量を削減する技術とその経済性が課題となる。いずれにしても、電力の安定供給や地球温暖化問題への対策、日本の産業競争力維持といった観点から、国民各層による幅広い検討を開始すべきだろう。

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