現実を直視し、地に足のついた議論の舞台としての役割を

2011年6月11日


現実を直視し、地に足のついた議論の舞台としての役割を

佐々木毅(学習院大学教授、元東京大学総長)

 3月11日に大震災が起こりました。私の世代にとっては、これは1つの時代、あるいは我々が生きてきた時代が終わったのではないかと思うほど、大変ショッキングな出来事でありました。もちろん、被災された方々、当該地域の方々、未だ収束の見通しが不透明な原発の影響にさらされている人々、誠に何と申し上げていいのかわからない状況ですが、1つだけ確かなことがあるとすれば、我々は3月11日以前よりも、大変厳しい現実を突きつけられたということだろうと思います。そのことを巡っては、国民的な連帯、助け合い、ボランティア活動、その他非常に活発な動きが見られることは事実なのでありますけれど、やはりこの大震災によって引き起こされた、あるいはそこで出てきた現実というのは、大変厳しく、かつ、我々がかつて体験しなかったような非常に厳しいものがあるということ、これはどうも間違いないと思います。これは誠に残念なことではありますけれども、我々は3月11日以降、それまでも色々厳しい現実があるということを嫌というほど知らされてきましたけど、更に厳しい現実に、我々は直面するように至ったということを、まずは肝に銘ずる必要があると思います。今のところ、エネルギー政策等を巡って、色々な議論が活発に行われて、色々な意見が出てきておりますけれども、ここで考えなければいけないことは、原点というのか、基本というのか、現実というのか、これをやはり直視すること。あるいは、現実を見ることを疎かにするということを、くれぐれもないようにしなければいけないということだと思っております。苦しくなると、人間はあるかないかわからないような話に魂を持って行かれそうな雰囲気になりますが、これをやったら、更に厳しい現実が追い打ちをかけるのではないかな、という風に思います。

 その意味で言論NPOには、更なる厳しい現実というものを足で踏まえた上で、みなさんの率直な意見交換の場として、その社会的な役割を果たすことを特に期待したいと思っています。また、その上で更に、社会に向けて鮮烈な新しい提案というものも出してもらえれば、これはこれで、みなさんに喜ばれるのではないかと思います。何はともあれ、我々、言論NPOも含めて、自分が立っている地面というか、地盤というか、そういうものを踏み直すべき時に来ているのではないかという観点から、言論NPOの活動に期待しているというのが僕の意見です。がんばってください。

 3月11日に大震災が起こりました。私の世代にとっては、これは1つの時代、あるいは我々が生きてきた時代が終わったのではないかと思うほど、大変ショッキングな出来事でありました。もちろん、被災された方々、当該地域の方々、未だ収束の見通しが不透明な原発の影響にさらされている人々、誠に何と申し上げていいのかわからない状況ですが、1つだけ確かなことがあるとすれば、我々は3月11日以前よりも、大変厳しい現実を突きつけられたということだろうと思います。