「福田政権100日評価」座談会

2008年3月13日


「福田政権100日評価」座談会 (5/5) 政治の対立軸と政界再編

加藤 民主と自民の対決の軸は何ですか。

工藤 今は基本的にないですよね。

添谷 だから、政界再編が必要だという議論が起きるわけですね。自民党、民主党をもう1回組み替えるべきだということになる。

工藤 組み替えというところまでは、多分見始めている。

加藤 対立の軸はいまだに出ていません。私は私なりに軸を言っているのですが、「強いリベラル」という軸だろうと思います。地域社会に根差したリベラリズムと、地域社会のテスティングに耐え得るリベラリズムというものだと思っています。なぜ地域社会かというと、日本の原点は自然崇拝に根をおろした地域社会なので、そういう議論がこれから出てきて、あんたはどっちの組?となる。私が徹底的に対立しているのは、竹中平蔵(慶応大学教授)的な考え方との対立です。それは、添谷先生は過度の攘夷というものではなくて、攘夷とは何かということなのですが、多分、ナショナリズムの分類が必要だなと思います。

添谷 念のため申し上げると、そういう発想は攘夷派にからめ捕られる危険性が常にあって、そこへの防波堤をどのようにお考えなのか、そういう意味で申し上げました。

工藤 西郷隆盛は初めは攘夷だったが、政権をとったら、それはやらなかった。この前、松本健一さんと話していたら、今の政治はそういうゲームをやっているだけじゃないかとおっしゃっていました。だから、いまは、本当の対立軸を目指してこれを実現するという形の議論ではないということですね。

中選挙区では対立軸はみえにくいのでは

添谷 だから、どうやったら対立軸が整理されて明確になるかというのは、物すごく重要なテーマです。今のまま行ってそれができそうもないというのは全くおっしゃるとおりだと思いますが、中選挙区に戻ったときにより見えやすくなるのかどうか。その辺の論理が見えてくると、加藤先生の理論ももう少し我々にとってもわかりやすくなるかなと思います。そこは、やりながら考え続けるしかないということなのですか。つまり、中選挙区に戻ると、そういう対立軸はむしろ見えにくくなるのじゃないか、昔に戻るのじゃないかみたいな感覚が、やっぱり我々一般の政治の素人にはあるわけです。

加藤 日本の政治の最大の弱点は、英語で言うとモノリシズムと言うのだそうですが、単一価値主義で、みんな同じように考えて安心していたいということです。それをどう克服するかが課題なのですが、小選挙区制度はそれを助長してしまった。そうではないはずだと思ってやったら、逆に助長してしまったというところにもう1回目を向けないとならない。そうでないと、延々議論をやって、政治論争をやっても、益がないのじゃないかという気がします。

いくつかの政党による政権づくりのほうが現実的か

加藤 おもしろいことが起き始めたと思っています。それは年金の話です。今、国民が一番関心を持っているのは年金で、本来は社会保険庁の職員の話ではなく、どういうふうにしたらいいかの議論です。それについて、朝日新聞があっと思うような主張をした、かなりリアリスティックな。それで、日経新聞とこれから大論争になる。これが日本を巻き込んでの論争になったときに、日本の政治はよくなるなと思う。

若宮 朝日新聞は去年から今年にかけていろんな主張を明確にしようとやってきた。1つは憲法です。第9条を維持しつつ、安全保障基本法をつくろうという結論を出した。もう1つは、内政のいろいろな課題に対して我々がどう考えるのかを明確にしようかということで一連の企画をやってきました。1つは、消費税を嫌だからといっていい加減に済ませない、消費税が2ケタにいずれなるのは避けられない、それを覚悟しようと明確に言った。それに続いて今回の年金で、税方式は一見かなり魅力的ですが、実際にはできないのではないか、ということを明確にしました。

 これは、両方とも民主党の今の主張とは全く違います。外交のほうはかなり重なる部分もあるけれども、内政のほうでは相当違います。だから、朝日新聞は民主党の応援団だみたいに思っていた人からすると、おやおやという感じなんだと思います。私は政権交代は原則論としてはやってほしいから、今は民主党に期待はするけれども、政策的には今言ったようにかなり齟齬がある、そういう矛盾が政治家の中にもいっぱいあると思うのです。だから、対立軸を明確にしろといっても、対立軸って実はいろんな政策でそれぞれあるから、同じ党の人の考えを全部金太郎あめみたいにそろえて2大政党にするのは不可能です。そういう意味では加藤さんに結論としては近いのですが、やはり幾つかの政党が組み合わさって政権をつくっていくほうが実際には合っているのかなと思います。そうすると、中選挙区のほうがやっぱりいいのかなということになる。ゆくゆくは中選挙区を真剣に考えなきゃいけないかもしれない、という意味では加藤さんと同じです。

 ただ、そのタイミングは、もう1回小選挙区でやってみないと、そこへは多分行かないだろうなというのが私の考えです。

加藤 そうなのですが、油を注いでしまったのが、小沢さんの、このままでは民主党は勝たないよという率直な表現なのです。だったら、もう今から考えなきゃだめじゃないかという気になってしまった。

基本的政策では与野党にコンセンサスが欲しい

添谷 対立軸の問題というのは、対立軸がはっきりしていた方が政党政治が機能するというのは全くその通りだと思いますが、ただ、対立しなくていいところで対立軸をつくろうとするのは意味がない。だから、ある意味、国民から見ると、基本的なところはどっちが政権をとってもそれほど変わらない。多分、外交で言えば安保がそうだろうし、国内政策でも、政権が変わるたびに革命的に逆に変わってしまえば、不安定化します。だから、政権交代というのは政治の自浄作用みたいなものを求めるという論理だろうと思うので、基本的な政策ではやっぱりコンセンサスがちゃんと成立してほしい。その上での対立軸ということだろうと思います。そうすると、イデオロギー的な対立ではなく、そういう対立の論点の整理は、もう少しマスコミ等でも自覚的にやっていくべきだという気がします。

 恒久法はそういう意味では外交の面で言えばいいテストケースになるだろうと思うのは、やはりここでは、日本の対外政策として、ぜひ民主党と自民党の間で合意を確認してほしい。このぐらいはもう粛々と自然体でできるのが当たり前だろうと思っています。だから、昔の55年体制のような対立にはなってほしくないし、また、それが対立軸だというような政治の展開はむしろ逆効果だと思います。そういったところは国民が安心して政治にコンセンサスを期待できるようなところをぜひ見せていただきたい。そうすると、対立は何なんだというと、社会が分裂するような大きな対立であってはならないわけで、若干リベラルと保守みたいな感じになっていくのでしょうか。

若宮 それがそういうふうになるとすれば、福田さんのほうがはるかにやりやすい。安倍さんでは、ちょっとそれは乗れない。その辺に福田さんの1つの役割があるのではないかと思います。

工藤 そうすると、福田さんの時期は、ひょっとしたら政界再編の議論が始まっていくタイミングにクロスしているということなのでしょうか。福田さんはアジェンダで当面やらなきゃいけない環境とか消費者でとにかくやっていきながら、基本的にそういう使命を得た政権なのでしょうか。

若宮 安倍さんのときは、安倍さん自身がいろんなものを発信したのが全部逆に足をすくわれる材料になったから、割合、小選挙区向きだった。多分、民主党もいろんなものを抱えながらも、安倍がこう言うのだから反安倍でいこうというのでやりやすかったでしょう。それが、福田さんになると、そこが全然違って、ひたすら抱きつかれるわけでしょう。そうすると、小選挙区向きではない。だから、政界再編論が出やすいのかもしれません。

加藤 そうかもしれません。メリハリが余り強くない政権運営になるから、フラストレーションがたまるかもしれません。

若宮 両派にとってそうです。改革派は、改革はどうしたというし、逆のほうは何だか中途半端でよくわからないとなる。

工藤 有権者は政策本位できちんと監視することが必要でしょう。

年金は税金で賄うのか、自助の部分も持つのかで、新聞の論争に期待

加藤 だから、対立軸ができればいいし、できなければ、より具体的な政策の対立軸、個別ですが、それを求める1年になってくると思います。ただ、その際にガソリンを値下げたいというのでは小さな話で、やはり大きな話としては、年金を全部税金でやるか、それともやっぱり自助の部分をある程度持つかの対立がある。こういう問題は、案外、社会と人間関係の基本感覚の違いみたいなところがありますね。特に、生活保護よりはちょっと高いレベルの基礎年金が常に保障されている社会が本当に成り立つのかという大テーマにもなりますから。朝日新聞と日経、読売の大論争に期待します。

添谷 そういうマスコミの役割は、すごく重要だと思います。つまり、マスコミが今の既成政党を前提にした論争に乗っかる形で議論を組み立てていたら、変わりようがないわけです。だから、まさに政界再編を論点から進めるのであれば、やはりそこはクロスオーバーすればいいのであって、要するに責任ある言論をやってくれればいいわけです。

工藤 そうです。だから、そこを見ながら言論NPOも出ていきます。

添谷 それは、世論へのインパクトも大きいわけですから。

工藤 きょうは本当にありがとうございました。


Profile

080303_soiya.jpg添谷芳秀(慶応義塾大学法学部教授)
そえや・よしひで

1955年生まれ。79年上智大学外国語学部卒業。81年同大学大学院国際関係論専攻・修士課程修了。同大学国際関係研究所助手を経て87年米ミシガン大学大学院国際政治学博士(Ph.D)、同年平和安全保障研究所研究員、88年慶応大学法学部専任講師、91年同助教授の後、95年より現職。専門は東アジア国際政治、日本外交。主著書に『日本外交と中国 1945―1972』(慶應義塾大学出版会、1995年)、Japan's Economic Diplomacy with China (Oxford University Press, 1998)、『日本の「ミドルパワー」外交―戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)などがある。

080303_wakamiya.jpg若宮啓文(朝日新聞論説主幹)
わかみや・よしぶみ

1948年生まれ。政治部長などを経て、02年9月から現職。著書に「忘れられない国会論戦」「和解とナショナリズム」など。06年1月、渡辺恒雄読売新聞主筆と雑誌で対談し、靖国問題の「共闘」で話題になった。連載コラム「風考計」をまとめた「右手に君が代左手に憲法」もある。4月から朝日新聞のコラムニストに。

080303_kato.jpg加藤紘一(衆議院議員、元自由民主党幹事長)
かとう・こういち

1939年生まれ。64年東京大学法学部卒業、同年外務省入省。67年ハーバード大学修士課程修了。在台北大使館、在ワシントン大使館、在香港総領事館勤務。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、84年防衛庁長官、91年内閣官房長官(宮沢内閣)などを歴任。94年自民党政務調査会長、95年自民党幹事長に就任。著書に『いま政治は何をすべきか--新世紀日本の設計図』(99年)、『新しき日本のかたち』(2005年)。

071113_kudo.jpg工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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