自民党のマニフェストを問う ― 成長戦略・外交問題を中心に

2012年12月07日

林 芳正氏(参議院議員)


工藤:まず、自民党のマニフェストを私たちは評価しているのですが、若干懸念されることに関してお聞きしたい。安倍さんが総理になるとこの国が右に行ってしまうのではないかと、かなり危険な感じということを海外のメディアは言うのですが、それについてどう見ているのですか。


心配な安倍総裁の右傾化

林: 基本的には心配ないと思っています。海外のメディアは、どうしてもその国の言語だけで情報量が非常に限られています。ただ、前回安倍さんが総理だった時も、やっぱりそういうふうに思われていたのですが、総理になって最初にしたこと、外交の中では訪中なんですね。戦略的互恵関係というのをそのとき作って、中国の人は今でもそれを覚えています。だから話をすると、またああいうことになってくれるといいがなあ、ということを中国側も期待する声がいっぱいある。ある意味、国内的にも右に見られている安倍さんが、ここまではやらなきゃいけないということで、まあ安倍さんがそこまで言うのなら、という可能性はあると思います。それからもう一つは、今回の人事で高村副総裁、日中友好議連の会長もしておられて、外務大臣でかつての交渉もやっておられたということもありますので、この辺の布陣を見ても、政権をもし戻していただいた場合にはそういうことをやれる布陣と読めなくもないので、それほど心配はしていないですね。

工藤:安倍さんはかなり勇ましいことを言うんですが、実際には政権運営も意識した、ある程度、考えて行動しているということですか。

林: やっぱり経験がおありですから、どこまで勇ましく言っても、そこに帰ってくるときの余地を残す、というのはわかっていらっしゃると思います。靖国神社にしても、総裁選挙の時は「次は是非行きたい」という主張をされていた。その後、総裁になられて秋季例大祭に行かれまして、そのときのコメントはすでに、前回総理の時と同じで「総理になったとき行くか行かないか、行ったか行ってないかはコメントしない」とすでに変わってきています。ですから徐々に、総裁候補、総裁、総理で微妙にグラデーションをかけるということは心得ていらっしゃる、と。

工藤:わかりました。では、自民党のマニフェストなんですが、マニフェストという言葉を自民党は使わないのですが、僕たちはマニフェストという言葉よりも国民ときちんと向き合う政治を進めていく、そういうことが民主主義にとって非常に大事だろう、という思いを持って評価をしています。マニフェストという言葉を使わないということについて、何かこだわりがあるのでしょうか。


汚れてしまった言葉"マニフェスト"

林: たぶんマニフェストって今回、使ってらっしゃるのは民主党だけになってしまって、他の党も変えていますが、これはひとえに民主党の3年前、2009年のマニフェストっていうのが、あの「16.8兆円」に象徴されるようにできないことというか、うそつきという言葉はちょっと過ぎるかもしれませんが、その代名詞みたいになって、せっかくのマニフェストっていう言葉が民主党によって汚されてしまった。やはり我々は政権公約という日本語できちんとやろう、と。言わんとしていることは一緒で、きちんとこういうことをやります、ということを公にするということでマニフェストと何ら意味は変わりません。従って、参議院選挙は政権を争う選挙ではありませんので、参議院選挙の公約と、こういう区別をきちんとして言葉を使い分けるということでしょう。

工藤:わかりました。こちらもマニフェストっていう言葉の問題をきちんと議論して、もう一回言葉を復活させるような努力をしますけれど、確かにそういう状況にある、と。それで今度は公約の骨格なのですが、結局、自民党は「取り戻す」という形で骨格を固めてやっている。目指すべき社会のイメージなのですが、社会保障のところに例えば「自助・自立を第一に、共助・公助を組み合わせ・・・」という社会のイメージを出しているのですが、そういう社会ですか。

林: そうですね。この政権公約も参議院選挙の公約も全部そうなのですが、我々の党には民主党とは違って綱領というものがきちんとあって・・・これは1955年に自民党ができた時からずっとあって、これを野党になってからもう一度改定をしました。その綱領に、はっきりと自民党とはどのような党なのか、保守政党とはどういう立脚点なのかということが書いてあって、その一番大事なことの一つに、自助・共助・公助とこの順番で依って立つ、と。そして助け合う。それでも駄目なところは公的な補助をするということを謳っています。これは社会保障に色濃く出る分野ですけれど、基本的にそういう党であるということですね。


政党乱立は、何を反映しているのか

工藤:なるほど。マニフェストに入る前にお聞きしたいのですが、政党政治が、特に民主党からの離党ということもあるのですが、かなり霧散霧消、分裂したり合併したりで有権者にはかなりわかりにくくなっていて、この状況を、林さんはどう思われますか。何か政策的な軸に収斂していくプロセスだと思われますか。

林: 特に3年間与党だった場合に、その与党でやってきたことを検証するべきであり、これに耐えるべきであると思っているので、民主党のままだとできるかわからないからやめてしまうというのは非常に残念ですね。それと、これは前から言われていることですが、軸というものが、小選挙区制、2大政党制という建前で議論した時に、ではその2つを分ける軸はなんなのか、と。これを外交で分けるというのは難しいし、現実的ではない。内政で考えるとやはり成長と分配という軸になるであろうと思ってはいるのですが、その軸があまりみんなに意識されていない。大きな軸が政党の間にも有権者の間にもしっかりと存在していれば、この軸を越えて移動するということはなかなか難しいと思うのですが、今はそこがないので簡単に移れる。例えば、TPPとか原発とかそれぞれのシングルイシューで、非常に新しいブティック的な党ができる、と。百貨店みたいで、2つの大きな違いみたいな軸がしっかりしていないということが根底にあるのかな、と思いますね。

工藤:今のお話は、私たちも重要だと考えていまして。つまり、それらは結果として選挙対策のための色々な動きだったわけですが、その背景には国民の鏡があって、国民が不安を持っているのですね。原発、日中関係、それから日本の高齢化社会に対する設計の問題、さらには財政など。その課題に対する既成政党の政策軸がなかなかはっきりしない、課題解決型にならないという状況の雰囲気を受けて・・・そのために政党ができているわけではないのだけれど、そういう不安があることを反映した形になっていますよね、ブティック的というのは。これは大きな政党に対しても課題解決能力を問う現象になっていくのではないかな、と思っています。

林: そうですね。欧米を見ても、例えばアメリカは制度的に3番目の党ができにくい仕組みになっていますので、いわゆる成長の共和党、分配の民主党というふうになっています。欧州ではだいたいそういう保守、リベラルに加えて、例えばドイツでは緑の党という割とシングルイシューの党もありますし、一時期、移民が増えたので、移民反対の超右翼政党もできたりした。そういうものも否定するべきではないと思いますが、大きな2つの塊、すなわち保守とリベラル、成長か分配かというのは、とかくわが国では「どちらが正しいか」という議論になってしまって、選択肢としては両方あるのだ、と。物事にはひとつしか答えがないのではなくて、サンデル教授ではありませんが、自分のライフステージで「今はこっちだな」という選択もありますし、一方に行き過ぎて格差が広がればまた一方に行く。そして一方に行って経済が停滞すればまたもう一方に行く、という意味で国全体がバランスを取れているという仕組みに徐々になっていけば、と思っていますね。

工藤:そういうふうな課題解決の軸として見た場合に、確かに経済は一つの軸がちょっと見えているのですが、つまり、自民党は供給ラインの生産性を上げていく、サプライサイドのところをやっていく、と。民主党はそれよりも国民の所得、分配のところに。ただ、結果として、日本の生産性を上げなければならない、という課題はサプライ問題をどう考えるのか、というところに出てきているというのが、この3年間の結果ですよね。


需要を供給に合わせる成長戦略

林: だと思いますね。民主党はある意味では、欧米のリベラルな、社会民主主義的な政策をやっていた、というふうに思えば、家計にお金を給付して格差を是正するということで・・・ただ、これが経済成長に資するのかというと、菅さんは乗数効果論争でそうおっしゃりたかったようですが、それは違うと思います。それから、アメリカでよく議論になっている、キャピタルゲインに課税をする、富裕層に課税をする、そして分配の財源にするということがなかったわけですね。金持ちからお金を取るという左の政策がなかったので、結局、「16.8兆円出てこなかったね」という話になってしまう。ですから、私はそのことがもうちょっとできてくれば、もう少しグローバルスタンダードな成長と分配になると思うのですが、さっき工藤さんがおっしゃった、経済のためには需要と供給というものがあって。確かに、家計にお金を入れればある程度可処分所得は増えるかもしれませんが、供給の方が非常に過剰であった、と。供給の方が大きい状況なので、デフレになる、と。従って、需要を増やすためには、家計にお金を税金で給付するだけではとても間に合わないので、そうではない需要の増やし方をする。供給を需要に合わせるのではなくて、需要を供給に合わせるための政策を我々は成長戦略として考えていて、そのことによって拡大均衡によってデフレから脱却しよう、と。そのための柱には2つあって、アジアの需要を日本経済に取り込む、そして、科学技術に対する投資を質量ともに増やしていって、大量生産で中国・韓国に押されているところを、少量であっても大変付加価値の高いものにシフトしていく、と。この2つによって需要を増やしていって、供給とマッチさせる、というのが、今回我々の政策のポイントだと思います。

工藤:その供給のところは生産性を上げなければいけないので、かなり構造に入っていかなければいけないのですが、そこのところのメニューがなかなかわかりにくい。例えば、構造というと労働市場の構造など色々な成長基盤を作るというところに関して・・・法人税の減税はありましたけれど、そこのところがちょっとわかりにくいというのと、初めの段階で大型の補正・・・今、景気が厳しいので、補正を含めた形で、2、3年は集中して、柔軟な経済運営をし・・・という形と、今の経済成長の戦略の展開がどこにつながっているのか、どれくらいの時間軸で考えればいいのか、という問題。それから、3つめは経済成長の目標を政党が競い合うことは、僕は良いことだとは思っていないのです。それは、政府ができることをやるべきであって、バナナの叩き売りみたいに「じゃあ、うちは4%だ」とか、あくまでもそういうことがしたいというメッセージだけであって。それでも、マニフェストに「3%の名目成長率」というように、名目成長率しか出してないので、これは実際にどうしていって、その中で名目をどうするのか、という立て方にしないと、僕たちは経済の評価がしにくいのですね。つまり、悪い経済成長だけを意識してしまうのではないか、そこを説明していただけないでしょうか。

林: そこは当初の案では、名目3、実質2ということを、経済分野をやっていた時に入れていたのですが、ところが「名目とか実質とかいうのはわかりにくい」と。我々はわかるのですが、ひとつにはわかりやすくするために成長率ということで統一しようと。ですから、インデックスの方には入っていたかもしれませんが、いずれにしても、そこでは名目は3と言っていて、金融のところでは物価目標2%ですから、物価目標とデフレーターというのは、大概デフレーターの方が小さくなります。従って、本当に2%になったとしても、1.いくつくらいの実質がないと3にはならないですね。従って、物価目標を2にできるかどうか、これはかなり日銀とやらなければいけませんが、そうだとしてもこれは2%になるまでかなり時間がかかりますから、その間は2%に近い実質を確保しないと、名目3にはなりません。ですから、そういう議論の上で、名目3を目標値にしよう、ということになっていたわけです。

工藤:これは、時間はどれくらいの軸で考えているのですか、どれくらい先なのですか。

林: これは「今後2~3年は」ということがここに書いてありますね。

工藤:2、3年は弾力的な経済運営をして・・・

林: ですから、3%は、こういうこともやる、物価目標もやってもらう、ということで、巡航速度的に3%を目指していこう、と。

工藤:すると、3年後になるのですかね、3%になるのは。

林: 3%は目標値ですから、16.8兆円みたいな財政の話と違って、来年になる、再来年になるなど、そういつまでになるというのは、計画経済ではありませんので、そこの目標値を・・・すなわち目指すべき成長率は「5とか7ではなく3です」と、身の丈に合ったものは、潜在成長率を発揮できれば、ちゃんとした金融運営をすればそこまで行くのです。だから、何年までにやるというよりも、すべてのことをきちんとやってそこに持っていく、ということになります。

工藤:今の実質的な成長率は現状でも1.数%くらいありますよね。そうしたら、今度構造改革をして、成長戦略をすることによって、どれくらいの経済を高めるというまさに実質ベースで、そこと連動しないものなのでしょうか。

林: そうですね。そこは今のものが無茶苦茶なので、例えば、7月-9月はマイナス3.5とか。だから、実質成長率というか、潜在と言った方がいいのかもしれませんが、こういう状況の中ではかなりマイナスになっているのではないですか。だから、まずここに書いてあるような政策と、それから我々が政権を取らせていただくということは民主党政権の政策を変えるということもあるのですね。例えば、温暖化対策で25%削減というのは、3.11以降もあのまま残っているわけです。とんでもない話ですので、そういうことを外していくことによって、中小企業から大企業に至るまで経営者のマインドを変えて、設備投資をしよう、人を雇おうというようにまずなってもらわないと・・・こういう規制緩和したらだいたい洗剤成長率で0.1ポイント分とかそういう積み上げよりも、そっちの方が大きいと思うのですね。

工藤:その点で自民党のメッセージがなかなかうまく伝わっていないような気がするのですが、基本的に知りたいのは、昔、国土強靭化計画というものがあって、それは後ろの方に入ってしまったのですが、そこに数字も発言ベースですが、100兆とか200兆とか入って。

林: あれは我々というより専門家が。


公共事業で自民党は昔の政策に戻るのか

工藤:だから、公共事業をもう一回やって、その中で自民党は昔の政策に戻るのではないか、と批判をしている他の政党がある。あと、経済の体質を変えるという問題があって、そのあたりは道筋をどういうふうに明確に描いているのかということを示さないと・・・

林: そうですね。経済というよりも予算配分の問題で。政権交代前の麻生政権の時代に、かつて20兆円くらいあった国の真水ベースの公共事業費が7兆円くらいまで下がったのですね。平成2、3年のベースに戻そう、というのが小泉政権以来の目標で、ほぼそこになってきた。

工藤:そうですね。小泉政権からずっとマイナスにしてきましたよね。

林: ずっと数%ずつ、しっかりと5年間で計画を立てた上で、そこに持ってきたので、今度はメンテナンスとか・・・例えば、私も留学中ボストンにいた時に、高速道路に穴があいていてそこは通れない、橋桁が落ちるとか色々なことがありましたが、そういう耐用年数が来ることによって、メンテナンスをするという必要性が上がってくると思うのです。そのことも含めて、3.11の前の考え方として、平成2年のベースをキープしよう、そこまで削っていこう、と。これで、建設国債の発行額も、赤字国債に比べてかなり落ちてきて、あの状態になっていたので、我々の考え方はあそこがベースだろうということです。したがって、今の前原さんが切ってしまった分くらいはやはり戻さないと、最低限の公共事業の維持はできないということなので、そのこととさっき工藤さんがおっしゃった200兆円というのは、全く一人歩きしていまして、強靭化調査会に来られた有識者の方が全体の事業費ベースで「これくらいあってもおかしくはない」と。そうすると、10年で200兆円とその方はおっしゃっておられるのですが、1年でいうと20兆。事業費ベースとすれば、半額国費で10兆ですから、7兆の我々のベースと比べて、10兆しか違わないし、そこには防災無線や、病院に油を供給するとか3.11の教訓としてああいう時にしっかりと最低限の命を守る、という公共事業ではないものも入っているのです。さらに、復興特会でやる復興が入ってきますから、私は200兆といっても、面積で考えると、それほどは違わないと思うのですが、何か200兆円を真水でバンバン公共事業をやるのだ、というふうにわざと曲解をして、「自民党はやはりコンクリートですね」みたいなことを言いたいのだと思いますね。しかし、予算をしっかりと見れば7兆円くらいの予算というのは当然組めると思うので、そこに戻せるのかどうか。まあ、滅茶苦茶な予算編成を民主党がしましたから、1年で戻せるのかどうかは別として、そのくらいは必要な公共事業として、当然やるべきだと思うのです。

工藤:なるほど。では、基本はやはりサプライサイドのところですよね。

林: それとさっき工藤さんがおっしゃった、経済の構造改革をやって、規制緩和をやったり、科学技術に投資したりするというのは全く別の話であって。経済政策というか、そもそも必要な公共事業はどれくらいか、という議論は予算の中でしなければなりませんし、それとは別に、今からどんどん新しいことをやって、体質を強化していくというのは全く別の話だと思いますね。

工藤:そこは経済政策として見ている人がいたので聞きました。あと、産業再生のところで経済財政諮問会議みたいなものを作るとあり、そこに「製造業の復権」という問題があって、出資を含めた形での投資という問題と、あと、官民のお金を入れた形での外債の購入というものがあって。前の方を見ると必要かもしれないけれど、昔の産業政策を連想する人がいる。後ろの方に関しては、結局、これは為替介入ではないのか、世界はそれを認めるのか・・・認めないと思うのですね。論点としてこのあたりはどのような考えで進めているのですか。


産学官の産業投資立国を

林: ひとつには、先ほど申し上げた2つの軸で需要を増やしていくためには、供給力をやるということの科学技術の話なのですが、今、総合科学技術会議というものが、内閣府にあって、これは科学技術庁と文科省が一緒になった時にこんな会議体を内閣府において。今でもあらゆる科学技術の予算にSABCとランクを付けて、それに基づいて予算配分をしていくという仕組みになっているのですが、だんだん形式に流れてきたきらいがあって、ここをもう少し抜本的に変えていこう、と。仕分けみたいに「世界で2番目でもいいんじゃないか」とぶった切るというのは論外ですか、どんどん形式的にSABCと増やしていくということも資源に限りがありますので、3層くらいにして、産官学。役所の課長クラスと、実際のメーカーの研究員と、准教授くらいの分科会を作る。その上に検討会があって、一番トップの1層には大臣や、今いらっしゃるようなメンバーの科学者がいる、と。このことによって産業界のニーズと・・・産業界というのは株式会社ですから、全く何になるのかわからない研究開発はできないわけですね。しかし、応用のところにまで来るとこれはできる。一方、こちらはシーズですから、例えば、カミオカンデのようなところから始まって、iPSになると我々でも何となくどういうものになるのかわかるので、従って、こういうところをミートしてシーズとニーズを合うところを増やしていく。例えば、ナノテクとかロボットとか分科会ごとにそういうものを作って、科学技術に対する投資が後でこっちに行きやすいように、トランスレーショナルリサーチと言いますが、ここをつなごうとするものが、産業競争力会議。これは総合学術会議を変えるという意味です。そのことを2層、3層でやるということで、科学技術がここにつながりやすくなるということに加えて、私どもがそうなって欲しいと思っているのは、いずれ産学官のうち、少なくとも2つくらいを経験した人が出てきて、その人たちがこの一番上のディレクターになって、ここを差配する。今はどうしても蛸壺で、会社はずっと会社、役所はずっと役所、大学はずっと大学でこれらは交わらないのですね。欧米では役所の経験もあって、行政で法律や規制も作っているけれど、メーカーで研究したこともある、みたいな人がいらっしゃるわけですから、そういう人が出てくる素地も同時に作っていく。ということで、日本に貿易立国と同時に、産業投資立国というもうひとつのエンジンを作っていこうということですから、マザー工場を日本に残していく。そのためにはそういうことをやって、必ず日本にいた方が新しい最先端に技術に近づける、だから、法人税でR&D投資減税をやるというのと、そういうことを両方やって、少なくともプロトタイプを作るまでのマザー工場は日本にいるのだ、という環境を整備するための産業競争力会議です。

工藤:そういうことですか。例えば、弱ったところを昔の産業政策みたいに合併してとかいうのと・・・

林: それはまた別のもので、既にある産業再生機構でそれはそれでやっていかなければならない。それはもうひとつ、サプライサイドの問題として企業の数が多過ぎるから、そこは独禁法のガイドラインを変えて、国内だけのシェアで見ないでやるということで、例えば、新日鉄と住金の合併などができるようになりましたので、そこはそこでやっていきますが、それと今の産業競争力会議は違うものです。

工藤:わかりました。あとはファンドですね。これは為替介入を、ただ民間を入れることでカモフラージュしているのではないか、と。

林: そうですね。ただ、この間のJBICを使って、円高のメリットを還元するということで、海外のM&A案件を半分マッチングするというのをやりましたよね。あれは別に為替介入だとは言われていないので、ああいうやり方でやれば、民間のそういう・・・円高局面であれば海外で、将来日本にとって必要な、昔のロックフェラーセンターのようなものではなくて、薬剤のメーカーを買うとか、アフリカの資源権益を買うとかいうのは、むしろ円高の時にやっておかないと、円高がずっと続くかどうかはわかりませんので、そういう枠組みに設計していけばいいと思うのです。我々は政権を取った後にもう少し詳細な設計をしていこうと思っています。


安倍総裁の金融政策発言について

工藤:それから、安倍さんが言っていることなのですが・・・

林: ああ、金融政策。

工藤:やはり、ここのところにも物価目標があって、名目しかないという形になっていて。つまり、日銀に引き受けさせるとか言葉がどんどん変わってきているので、どこが最後なのかよくわからないでのすが、物価を上げること自体が目的になっているのではないか、と。経済が発展して物価が上がるというのではなくて、マニフェストではそういうふうに読めるのですね。それについてはどう思われますか、日銀との関係も含めて。

林: 我々が政権を担っていた3年前なら経済を発展させれば物価なんて自然に上がってくる、と言えたかもしれませんが、この3年があまりにもひどかったので、かなりデフレが定着してきていると思うのですね。デフレは非常に怖い病気なので、これはもうどちらが先と言わずに同時にやらないと。財政は金融を見る。金融は財政を見る。そして成長戦略はこっちを見る、というようにみんな自分から先に行くのは嫌だという三すくみのような状態になってしまっているので、やはりそれぞれがやる、と。誰も79円台が適正な為替相場だと思っている人はいないし、日本経済が強いから円が買われるというわけではないのに、どうしてこういうことになっているのかといえば、リーマンショック後に、FRBとECBの残高を見ていただければわかるようにかなり2倍、3倍というように増やしています。

工藤:市場化ですね。

林: その同じ数字を取れば、日銀はGDP比でこれだけやっていると言うのですが、要するに日銀は、リーマンショック後の増え方というのは、ECBやFRBに比べて劣っているわけですね。

工藤:かなりやっているけれど、でも・・・

林: グラフにしてみれば明らかに3分の1しかやっていませんので、少なくとも為替市場はそういうふうに見ていますから、必ずマクロではそういうふうになって、必要以上の円高が進んでいる、と。

工藤:今、言っているお話は、これはあくまで市場からの調達、買いオペですよね。そのまま引き受けるということを言っているわけではないのですか。

林: いやいや。直接引き受けるということは総裁も言っていないし、これは財政法を変えなければできませんから。そうではなくて、日銀が今やっているオペレーションの話です、2009年以降の。

工藤:そうですよね。何か途中で口が滑って言っているような映像があるのですよ。

林: ただ、これは本人がこれは買いオペの話だと正式に否定しています。映像でも買いオペとおっしゃっていますので、直接引き受けというのは全くない前提だと私は思っています。その前提で、日銀がFRBとECB並の2009年以降のオペレーションをやっていればバランスシートが同じように拡大しているはずですが、そこの差が出てきている。長期国債を買い入れるということもあるのですが、非常に残りの短い国債を買い入れるので、すぐに償却されて、残高が積み上がっていかないということがありますので、従って、バランスシートが増えていくかどうかのところで結果として、FRBとECBとかなり差が出てきている。その結果、他のことと相まって、2009年を1とした場合、2012年の戻りに圧倒的な差が出てきてしまっていて、結局、そういう三すくみになってきている。これ、国民所得が2007年、2008年、2009年とみんな落ち込んでいますね。ところが、ここからの戻りがこういうふうにEU、米国は既に100を超えているのですが、日本だけが落ち込んで、3年間地べたに這ったままになっている。

工藤:この落ち込んだ国民所得を何とか取り戻そうとか言っていませんでしたか。

林: それを我々がここに持ってこよう、というのが我々の目標です。これを見ればわかるとおり、やはり金融政策も・・・まあ、財政もかなりのことをやったとは思いますが、あのせっかくの15兆円の補正予算が民主党政権に別途使われてしまったので、サプライサイドに行かなかったということがあります。それから、成長戦略も、そもそもそれを持っていない政権が発足して、マニフェストに一言も書いていない戦略を、政権取ってから言われたので始めた、ということですから、この間、財政、金融、成長戦略ともに不足していたということだと思っています。私はやはり、それはやる必要があると思っています。


2015年プライマリーバランス半減

工藤:わかりました。かなり突っ込んだ話ができましたが、やはり財政再建のことを聞かなければいけません。財政再建の目標がこのフレームよりも・・・政策集には入っているのですが、つまり、政府がやっているプライマリーバランスの2015年と2020年。こちらの方には入っていないので、こちらの方に下げているのと、2020年にプライマリー赤字の解消というのはどういうふうにやることになるのですか。

林: これは我々が財政健全化責任法を作って国会に出して・・・菅さんの時に、あの人はすぐに「これいいね」と飛びついてしまうので、飛びついてきました。

工藤:財政健全化責任法というのは・・・

林: あれは自民党が出しました。私は自分が提出者としてやっていたのでわかるのですが、菅さんが財務大臣の頃に財政金融委員会で「これは大変素晴らしいので自分たちで出したいくらいだ」とおっしゃって・・・結局、民主党政権では出てこなかったのですが、結局出てきた目標は一緒です。2015年にプライマリーバランスGDP比半減。それで、2020年にプライマリーバランス達成。ただ、それに至るための手法が、民主党政権では3年間44兆円の借金の枠と、71兆円の歳出の枠を維持すること。

工藤:それは結構高いですよね。

林: これではいかないので、これを減らしていかなければ意味ないだろう、ということで我々の健全化法では・・・これは2006年に小泉さんがやった骨太の方針がモデルなのですが、予算を大きな括りで5つくらいに分けて、ODAとか人件費とか公共事業とか社会保障とかそれぞれの大項目で、だいたい数兆円でしたから、何千億の単位でこれくらい減らしていく、と。さっき公共事業のことを申し上げましたけれど、あれもその中に入って、何にもしないとこうなってしまう、ということを書いて、5年間このフレームでやろうということを閣議決定したわけです。政府にそういうものを作りなさいということを財政健全化責任法は義務付けているのです。そういうものを作っておかないと、毎年予算編成の時に、あれを切れ、これを切れ、ということができないという反省と経験のもとに作ったわけです。民主党政権にも随分あれを作れと言ったのですけれど、彼らはお互いの、例えば、社会保障と公共事業と文教がそれぞれ話をして、党としてまとめるという仕組みがないものですから、結局、できなくて毎年の44-71の枠しか作れなかった。ですから、歳出削減は全く出来ていなくて、リーマンショック後の補正を足した90数兆円の予算が当初予算のベースになってしまったのですね。それも大きな問題なのですが、一方で、歳入の方は、彼らはマニフェストに全く書いていなかった消費税を、我々が参議院選挙で、公約で出したものと全く同じことをやる、と言ってきて3党合意ができましたから、2015年のプライマリーバランスの半減は何とかうまくいくであろう、と思います。

工藤:次が問題ですね。

林: ええ。我々は参院選での公約にも書きましたが、当面10%と書いてありますので、2015年になった段階で結局、成長させて増収させるのか、増税するか、歳出削減するか、この3つしかない。一番いいのは増収させるという、上げ潮派みたいですが、これは何もしなくてよいわけですから一番幸せなのですが、多分そうはいかないので、その時点で真の税と社会保障の一体改革をやらなければならないと思っていまして、今回民主党が税と社会保障の一体改革と言って、結局一体になっていないのは「松」「竹」「梅」。すなわち、消費税をもっと上げる代わりに、社会保障もそれなりにお支払いする、というのと、「竹」で、消費税はここまでしか上がらないので、社会保障もここまでにする。「梅」は、消費税は全く上げない、10%で終わり。その代わりに社会保障もこれだけ切りますよ、ということを示して、どれにしましょうか、ということをみんなで議論するということが一体改革の意味だったわけです。それを民主党政権が最初に消費税の税率を入れたら、増税反対になってしまうから、と怖気付いてそれを出さずに、社会保障のメニューを先に議論してこうだ、とやった。値段が書いていない、時価みたいなメニューを出したらみんな一番いいものを欲しがるに決まっていますので、ちゃんと値段を明示してみんなで議論して決めようということがなかったわけです。ですから、2015年にしなけばいけないのはその作業で、まあ、2015年まで待つ必要はないわけですが・・・

工藤:今度の国民会議はその話ではないのでしょう。

林: 国民会議はまず、最低保証年金みたいに年金保険料を支払わない人が年金を貰うのは妥当ではないのではないか、やはり後期高齢者医療制度はやらないといけないのではないか、などこういう問題を決めていただいて、その大枠の中で、その「松」「竹」「梅」ということになっていく。

工藤:その次に真の、本当の議論もしなければならなくなってくる、と。

林: そうですね。その大きな枠組みの中で、日本料理にするのか、中華料理にするのかということは決まりますよね。その中で「松」「竹」「梅」にするというのはありえますよね。

工藤:今の話をここの前にどうして入れなかったのですかね、財政の話を。

林: こちらは紙幅に限りがあるので、もうさんざんやって、定着して、政府の公約にもなっているので。もう一つは自民党と民主党の間では目標が一致しているので、あまりイシューにもならないだろう、ということですね。

工藤:では、2020年までにはその目標を絶対達成する、と。

林: これは別に政権公約で優先度が低いということではなくて、全部ある中で紙幅に限りがあるので、こうなったということですね。

工藤:さっきの分野別の削減では、昔、社会保障も2200億円の・・・あれもああいう感じに戻しますか。

林: ですから、あれをやった結果・・・あの時、私は人件費の担当だったのですが、そこは5年間のきちんとしたメニューを作ったのです。どういう手当をいつから落としていって・・・人勧もあるわけで本給はそんなに変えられませんから。それで5年間できちんと減らせるメニューを作ったわけで、だからガタガタしなかったのです。ところが、社会保障のところは結局、そのメニューができなかったわけです。従って、どうやったのかというと過去5年間で1兆1000億切った。したがって、今後5年間も1兆1000億だ、と。だから、5で割ると2200億。初年度と2年度のメニューは、例えば、ジェネリックをもう少し進めるとかいうので手当していたのですが、案の定2年目くらいで頓挫するわけです。従って、社会保障は義務的経費が多いので、一度お支払いする、と約束したことなので、これを変えるということは非常に難しいということがこの間よくわかりましたので、社会保障の歳出を削るというここはあまり期待できないと私は思いますね。だから、あの時も1兆円ずつ増えるところを、2200億円ずつ増え方を減らすというだけで、実際には増えていたわけですから、それすらあれだけの難しさがあったので、やはり消費税で選んでもらって、消費税でこれだったらこうですよ、という価格からやっていくやり方をしないと、なかなかできない。

工藤:ただ、混合診療も含めて、保険として使える問題と、そうではなくて自分でやるというやり方にしないと答えが出ないのではないか。

林: もちろん、それはそうなのですが、ただ、社会保障費はA×B=Cと。Aが今言ったような混合診療というか特定療養制度をもっと増やす、自己負担を増やすという単価の部分ですね。それで、Bが社会保障を受ける人口、Cが予算だとしますと、Bが高齢化でどんどん増えるものですから、Aを切っているわけです。不断に切っているわけですけれど、Bが増えるので、結局、Cも増えるという構造なわけです。従って、2200億円全部切れたとしても、全体的には7800億円ずつ増えていくというような構造は変わらないので、全体的に社会保障の伸びがマイナスになるということを想定するのは無責任だろう、と。

工藤:無責任ですよね。そこの費用の構造に関しては・・・

林: どうやってファイナンスするかどうかきちんと考えなければいけない。


TPP交渉では自分(日本)を有利に、高く売れ

工藤:TPP交渉の問題については、どのようにお考えですか。

林: 当たり前ですが、踏み絵を踏んで、約束させられた上で交渉するのと、「うちは、例外はありますよ」と最初から宣言して交渉するのと、どちらが有利になるのかということで、当然後者の方が有利になりますから、それをやれと言っているわけですね。

工藤:それは交渉参加することですよね。

林: 民主党政権はとにかく自分に自信がないので、「開国だ」と言って「うちはこれだけ開いているのだから、おたくが下げろ」と交渉するのですね。こちらが開国すると言ったら「おたくが関税下げろ、うちは開国しているのだから」と言われて終わりですよ。ですから、そこが当てにならないので、私は民主党政権に交渉して欲しくなかったですし、我々がやる場合でも安倍さんがおっしゃっているように、そこはしっかりと言う。TPPというのは、結局は日米ですから、日本がいないとTPPはとても小さなものになってしまうというのは、みんなわかっているのです。だから、もっと高く売るという発想を持って、「嫌ならいいですよ」と言うくらいではないと交渉にならないと思いますね。「最終電車が出てしまう」というのではなくて、日本は今、世界で2番目か3番目ですね、中国と同じですから。一人頭では中国よりも大きいわけですから、自信を持って「私が入らなくてもいいならいいですよ」と言って、ヨーロッパ、それからASEAN+6などとやりながら、自分を有利に高く売るというのが外交交渉。それをやろうといっているわけです。

工藤:ただ、TPPの方が自由化のレベルが高いために、戦略的にはこの枠組みというのは意外に日本の国益になる感じがしますが。

林: これはどの分野が具体的にどのような経済効果があるのか、ということをやると・・・みなさん「ルール作り、ルール作り」と言うのですけれど、日本よりも高いスタンダードのルール作りって具体的に何ですか、と言うと何もないわけですね。GTAPというのを内閣府がやっていますが、あれによれば、RCEPないしASEAN+6の方が倍以上の経済効果がある。インドや中国が入っているので当然ですね。ですから、そういうボリュームが高いゾーンが別にできているので、かなり高いレベルといっても、関税の例外がなくなる高いだけなら結局、農業がやられて終わりということになりかねないのです。関税といっても、工業部門の製品では我々は既に開いていますから、それが国益に適うかどうかという判断をしなければならないので、従って「例外はありますよ」と。WTOの原則に基づいて、センシティブな項目がありますね、というのがWTOの原則ですから。これを明治維新の時は関税自主権と呼んでいたわけですから、これを自ら放棄するような拙い交渉はしないということであって、高く我々を売るということをやればいい。

工藤:その自由化の大きな国際的な枠組みを拒否しているわけではないですね。

林: もちろん。2020年だか30年だったか、ボゴール宣言でFTAP、すなわちアジア太平洋で、FTAをやるという目標は、これはもう合意をしてますので、それを実現するためにどういうものが必要なのか、ということを吟味して、我が国にとってどれが一番有利なのかという国益を第一に考える必要があると思います。


対中、対米など外交関係をどう回復するのか

工藤:最後に外交問題ですが、特に日中関係は尖閣問題を契機として非常に緊張感があり、経済的にも大きな影響を与えている。一方、日米問題もあまりよくないという状況で、自民党政権に戻った場合に、この外交で何をすべきか、ということと、どういう姿を目指そうとしているのか。

林: すべての基はやはり日米同盟ですので、鳩山さんがああいうきっかけを作って、滅茶苦茶にしてしまったことをどう回復するか。これは、日米間での信頼回復ということと、外から見て、中国、韓国、ロシアが「ああなるほど、よりが戻ったな」と見せるということの両方があると思うのです。それでやはり手品はなくて、沖縄の問題、自民党沖縄県連のみなさん、沖縄の保守と我々、政府になれば東京とワシントン、ここがきちんとつながって、橋本政権、小渕政権で汗をかいていただいた日米合意というものを実質的にきちんと戻していく。これは時間がかかると思いますよ。辺野古合意を作るのに選挙2回分かかりました。ですから、それくらいのタイムスパンで重い荷物を背負って山を登っていくという過程で共同作業に入るということが大事で、今は歌舞伎と言われているのだけれど、セリフだけは言うのですよ。「日米合意を尊重しろ」と。そうではなくて、本当に地元の方をきちんと説得して、戻していくということになれば私は日米のチームワークは戻ってくると思います。そこはまず戻して、その次が韓国。日米韓では北朝鮮という共通の大きな問題があって、この3カ国で必ず協力してやっていく。その姿をきちんと見せていくということが、六カ国協議で中国が「では、北朝鮮にリーダーシップを発揮しなければいけないな」となる。そういうことを見て初めて、ロシアも北方領土で強硬的なメドベージェフ路線から、プーチン路線。すなわち、経済協力・・・向こうもシベリアの開発をしたいので、日本の技術と資金と向こうの資源を結びつけていくプーチン路線を引き出していくか。それで、こうして一緒に解決していくことができる問題をそれぞれやっていくことによって、外交問題をうまくまとめる圧力を経済からかけていく。特に日中関係は野田政権が最悪の状況を作ってしまったので、少なくとも野田さんと胡錦涛が会うことはないわけですよね。新しいリーダーが向こうに出てきて、こちらでも出てくる見通しがあるということであれば、そういう新しいリーダーが出てきた時というのはひとつのチャンスです。冒頭で安倍総裁は非常に保守的だというご指摘があったが、一方で訪中して戦略的互恵関係を作った。ですから今度も、安倍総理になった時がひとつのチャンスで、その時にすぐに全部解決するというよりも、解決するための枠組みとか工程表を作って、少し時間をかけて解決していくとよいと思います。その意味は、経済的に戦略的互恵関係から戦術的互損関係になっていることに気づくという過程がこれからあると思うのですね。そのことによってさっき言った経済が外交を押すというプロセスがあるということと、やはり時間が経つにつれて双方のテンションが下がる、と。そういう状況でないと、なかなか新しい取り決めをするというのは政治的には難しいと思いますので、その間に何か衝突が起きないようにホットラインをきちんと作る。

工藤:それがまだ調印されていないですよね。

林: 今年の春に実は調印されるはずだったのが、ウイグル会議で向こうの方が来られなくなったので、そのままになっています。これは実務的な話ですから、私はそんなに難しい話ではないと思っています。まずこれを作った上で、枠組みを作って、時間をかけて冷ましていくしかないのではないでしょうか。


「隊」から「軍」へ。名前と実態の一体化

工藤:そのプロセスは理解できました。自衛隊の問題も議論になっていて、自民党政権の安全保障の考え方なのですが、自衛隊の位置づけ、つまりこれは本当に自分たちを守るためだけのものなのか。憲法改正の問題もありますし、それから核の問題について色々なことを言う人がいっぱいいますので、その中で自民党は安全保障の問題、軍事の問題で何を考えている政党なのでしょうか。

林: 自衛隊を国防軍に、というのが安倍総裁のカラーとダブってしまっている。ただ、この国防軍というのは自民党の憲法改正草案の中に入っていまして、これは谷垣前総裁の時に既にまとめています。自衛隊を軍ではないと思っている方は少なくとも近隣諸国にはいない。日米同盟で、共同で演習をしているということからも明らかで、予算、部隊の規模から言っても実態は軍なわけです。ところが、自衛隊の「隊」という言葉が示しているとおり、元々警察予備隊から始まっていますので、法体系が国内の治安を守るための立て付けになっており、例えば、軍法会議みたいなものがない。自衛隊が出動する時に道路交通法の制約があるというのも、他の国ではありえない。まあ、その体系を、自衛隊という名前を変えてしまえばそれでもいいのですが、やはりきちんと名前と実態を一致させようというだけの話です。そういうテクニカルな話で、我々が考えて実際にやることはここに書いてあるとおり、今まで集団的自衛権という制御されていた一部の形態の対応については、最低限自衛というものに含まれる、ということでできるようにしよう、と。

工藤:アメリカと一緒にやるのと・・・

林: 色々な意見のうちの2つですね。北朝鮮からミサイルが撃たれた場合に、日本を飛び越してグアムに行った場合に迎撃できるのか、さらに艦船が並んでいる時にアメリカの艦船が攻撃されたら日本も防御できる、と。最低限これくらいのことは、最低限の自衛に含まれるという法的整理をしようということで、すでに総務会まで安全保障基本法を通していますので、これをきちんと立法としてやっていく。立法としてやっていくということの意味は、内閣が変わっても国会としての意思を確定させる、そしてそれを諸外国に対してもきちんと知らしめた上で、逆に「ここまでですよ」ということも示すのも大事なことですね。無制限に地球の裏側まで行って集団的自衛権だ、と言うつもりはないので、我が国を取り巻く状況が・・・この議論が最初にあった昭和30年代、ミサイルがない時代ですね。その時とは変わってきていますので、それに対応した最低限のアディションをするべきだろう、と。逆に今、北朝鮮からのミサイルに対応できないということが明らかになってしまうと、日米同盟というのはさっき言った修復よりももっと大きなダメージを被ることになると思いますので、技術的な話になりますが、今はSM2というミサイルなのですが、これがブロック2という次の世代になりますとグアムに行くミサイルに届くようになるのです。今は届かないのです。届かないから撃たないというエクスキューズができてしまっているのですが、届くようになると、届くのに撃たない、ということが現実になりますので、これは対応を急いだ方がいいと思いますね。

工藤:安倍さんのキャラクターでどんどん軍事大国に・・・

林: 軍事大国とか自衛隊が行進している映像が一緒に流れるので・・・

工藤:そういう雰囲気がありますよね。

林: まあ、そういう雰囲気はお有りなのでしょうけれど、実際はここに書いてあることが、私が申し上げたことです。

工藤:わかりました。ありがとうございました。