鳩山首相の所信表明演説を聞いて

2009年10月28日

鳩山首相の所信表明演説を聞いて
―理念は語られたが、約束についての説明はなかった

聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授)


鳩山首相の所信表明演説を聞いて


聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授)


鳩山首相の所信表明演説を聞いて
強い民主主義をつくるためのドラマが始まった

聞き手:田中弥生氏 (大学評価・学位授与機構准教授)


理念は語られたが、約束についての説明はなかった

田中: 工藤ブログも久しぶりの再開となります。新政権が発足して2カ月近くが経ち、思っていたよりも大きな変化が生まれたことで、国民は新鮮な驚きをもって見ているところがあり、メディアも新政権の動きを盛んに報道していますが、言論NPOはあえて沈黙を保ってきたように思います。その理由をまずお聞きしたいのですが。

工藤: 言論NPOは政権が誕生すると、100日間はハネムーン期間ということで暖かく見守ろうという考えを貫いています。今回の鳩山政権は政治を新しく変えようとしているわけで、大変なことも多いと思いますので、それを逐一論評しても仕方ないと思っています。ただ、100日が経過したら、政権として国民に約束したことをどう実現しているのかをきちんと検証したいと、思っています。昨日から臨時国会が始まったわけですから、その評価作業に言論NPOは入ろうと思います。

田中: 臨時国会が始まりまして、鳩山首相が所信表明演説を行いました。今日はそれを中心にお話をうかがいたいと思っています。まず、所信表明には何が記されるべきかというところですが。

工藤: 本来ならば、国民との約束ということを所信表明演説で言うべきだと思います。マニフェストというのは政党が国民と交わした約束だったはずです。政権を取ってからは、その約束が本当に実現できるのか、いつまでに実現できるのかということを国民に伝えないといけないわけです。今回私は、首相として何をいつまでに実現すべきなのかということを説明すべきだと考えていました。選挙のときには見えにくかった鳩山首相の友愛主義というか目指すべき社会のようなものが、今回きちんと説明されたという意味では、「こういうことを考えていたのか」と、私も考えさせられるところがありました。ただ、その目指すべき社会をいつまでにどう実現するのかということは説明されなかったように思います。国民との約束で政権を取ったわけですから、そこまで踏み込まないと。

田中: つまり、理念は語られたけれども、ビジョンをどうするのか。そのビジョンを実現するための手段、政策をどうつくっていくのかというところまで聞きたかったということだと思います。首相は「大きな政府か小さな政府か、ということではない」という言い方をしていましたが、実際には国民に供与するものが子ども手当をはじめとしてかなり大きくなるので、必然的に大きな政府になっていくのではないかという気もします。そのときに国がどこまでを負担するのか、政府が何をどこまで担うべきなのかというところは、友愛社会の次に設計していかなければならないところだと思いますが。

工藤: 演説を聞いて、鳩山政権が目指す社会に共感すべきところはありました。今回のメッセージをよく見ると、政府の役割は、本当に困っている人に手当をすることだと。これは政府が機能することだと。しかし一方で何でも政府がやるのではなくて、新しい公共ということで、市民がいろんなことを自発的にやっていく社会を目指すということですよね。この考え方は今回、初めて出されているが、これはなんでも政府が対応する大きな政府ではありません。

しかしそれが民主党が本当に目指している社会なのかどうかということについては、100%納得できないところもあります。この前の選挙の時に示された政策は、非常にバラマキ色の強いものだったわけですから。今回示されたのは非常に市民参加型の理念だといえますが、それを実現するためのビジョンなり政策の体系を示してくれないと、本当にこの友愛主義に基づく理念を民主党政権が実現するために政治が運営されていくのかどうか、現時点では100%信じきることができないということです。

田中: つまり、鳩山首相が目指す国会像と、選挙で示されたマニフェストとの間がまだしっかりとリンクしていないという感じですか。

工藤: 「子育ては社会でやることだ」というメッセージには納得できます。これまでの自民党政権は公共事業をベースにした政策を優先させてきたわけですが、それを完全に変えて、子育てとか福祉とか環境というかたちにお金の使い方をシフトするのだと。それ自体は非常に正しい問題提起だと思います。

ただ、大学の授業料や子ども手当などを見ても、所得制限もなく直接給付でやるということですが、この鳩山さんの理念で言えば、本当に困っている人たちに、必要なサービスを提供するほうがいいということもあるでしょうし、所得制限もやはり必要でしょう。いっぽうで、その財源に関しては、ムダの削減だけでは賄えないということも明らかですから、そうなると国民は負担を考えないといけません。全てにばらまくのではなくて、本当に困っている人にサービスと提供するのが政府の役割だというのであれば、その理念に基づくビジョンや政策体系が示されるべきです。

「こういう社会を実現するためには政府の力だけでは無理だ」と。「市民が参加して新しい公共を一緒に担ってくれないか」と、堂々と国民に呼びかけるべきであって、そこまで来ると「俺たちも頑張ろう」と思う人が増えていくわけですよね。しかし、今回の演説はそこまでの呼びかけにはなっていなかった。よく言えば、今回は鳩山首相が選挙で十分に伝えられなかった目指すべき社会の理念を伝えた、しかし、具体的な政策体系は予算編成後の施政方針演説に延ばしたのではないかと、私は理解しています。

田中: 「新しい公共」についてもう少しおうかがいします。これは鳩山さんのオリジナリティではなくて小泉構造改革から言われてきたキャッチフレーズだと思いますが、自民党時代の「新しい公共」との間に何か違いはあるんでしょうか。

工藤: 「新しい公共」という概念は確かに小泉政権時から出ていて、そこに一番突っ込んだのは安倍元首相のマニフェストでした。ただ残念ながら、それ以降の自民党政権でその理念が具体化されることはありませんでした。その後のマニフェストなり政策実行の展開を見ると、「市民が公を担う」というよりも、「地域のために、地域内での絆が必要だ」というふうに話がどんどん変わって、何を目指しているのかわからなくなってしまったという経緯があります。鳩山首相はもう一度それを出したわけで、しかも公を一緒に担おうというところまで踏み込んでいるのです。今までの展開と比べると鳩山さんのほうが一歩も二歩も「市民社会」のあり方のほうに進んでいます。こうした市民社会のイメージは、ある意味で「何でも政府に依存せずに自分も自発的に公を担っていく」という効率的な小さな政府論とこそ連動すべきです。ただ、それは選挙中に示された「何でもばらまいていく」ということと理念的には一致しないもの。理念は新鮮ですが、この点はもう少しその展開を見ていかないといけないと思いますね。

田中: 構造改革のときの「新しい公共」は政府機能を外延化し、民間にアウトソーシングしていくので、市民にエージェンシーとして公を担ってもらうということだったと思います。しかし鳩山首相の「政府は側面的な支援を行う」という表現からは、もっと独立した、自立的な新しい公共を目指しているのかなということがうかがえますね。

工藤: ただ、その市民社会を設計するには大きな課題がたくさんあります。政府が租税を集めてそれを公共サービスとして提供する場合は、その規模が大きくなるほど、市民社会との連動は政府がやることを民間に委託するというかたちになります。公共サービスが外延化して市民がそれを担うということですね。しかしこれはあくまでも租税をベースにした流れです。本当の意味で市民が自発的に担う公というのは、租税ではなくて、自分たちが自主的に寄付などでお金を集めて、自主的に公共サービスを提供するという新しいかたちだと私は思います。政府部門の公共サービスと市民社会が連動して公共を担っていくというこれまでとは、全く違う発想なのです。「政府は側面的な支援を行う」と言いますが、鳩山政権はそのどちらなのか、このスピーチだけでは判断がつきません。今の社会には、必要な公共サービスが足りない問題がかなりあるわけです。そのときに問われるには税の使い方と市民社会が回るシステムの設計です。これまで公共事業などのハード面での政策を完全にやめて、今本当に不足している福祉などに転換するのだということで、政策の目標体系を全て変えるということと同時に、市民が公共を担うために、自発的にお金を集めていけるような制度やインフラ設計のところを政府が支援するということで成り立つわけです。


強い民主主義をつくるためのドラマが始まった

田中: マニフェストの話に戻ると、工藤さんは冒頭で「国民との約束をどう守っていくのかということを示してほしかった」とおっしゃいましたが、最近の世論の動きを見ると、「何としてでもマニフェストを守ろうとしているけれども、そこには無理があるのではないか」という批判の声も聞こえてきているように思いますけれども。

工藤: 基本的にはマニフェストが不十分だったということです。言論NPOも選挙の際、民主党のマニフェストに27点という厳しい評価を下しました。このマニフェストの実現性や政策体系として妥当性で説明が不十分だと指摘したわけですが、その問題が今、政権を取ってからいろんなところでうまくいかなかったり、修正が議論されているのです。政策の目的と政策手段の間や他の政策間との整合性が不十分だったということと、必要なところにサービスを提供するよりも、バラマキのようなところに比重を置いてしまった。それが大きな政府を目指しているような雰囲気を与えてしまった。しかし、今度は政権を取ったのですから、政府と国民との約束を示す段階なのです。政府の責任のもとに「こう考えていたけれども、やはり良くないので、国民との約束をこう変えます、発展させます」ということがあってもいいわけです。だから所信表明演説ではそれを語らないといけなかったと思います。

田中: マニフェストはまさに政党として掲げたものですが、政府となったときにはそれを実行可能なものに吟味し直して修正することもあると。政府案としてプランを出すという作業がワンクッション、必要になるわけですね。

工藤: そのときは国民にきちんと説明することが最も重要です。一部のメディアで言われているような「君子は豹変すべき」とか、「あのマニフェストはおかしいのだから変えてもいい」というのは有権者をばかにした議論です。選挙の中で多くの有権者は少なくとも民主党のマニフェストを選んだわけですから、「ご破算にしましょう」などという議論は認めるわけにはいかない。ただ不十分であったとすれば、その修正を国民に説明して「こう発展させます」と言わないといけません。今回残念なのは、所信表明演説の中に「マニフェスト」ということばが一度も出てこなかった。これはおかしいだろうと。オバマ政権だって政権誕生後100日のときには、その間で何を実現したかを国民に徹底的に説明しています。国民との約束をベースにしてこの政党は政権を取ったわけですから、マニフェストをどう発展させるのかとか、「少なくとも100日の間でこれだけは実現する」とかいうことがないと。

田中: そういうものが抜けているので、いろんなところから批判が出ていると。

工藤: 他方、国民がそのマニフェストを選んだわけですから、政府がマニフェストを具体化させるために変えたり発展させるときには、国民に説明してほしい。「こうだから変えた」ということを説明しないまま変更だけしていると、「そういうことは選挙の前に言ってくれ」という声が出てくるのは当然です。今回の演説ではそういうことに触れていない。理念を説明したということでは、ある程度評価はできますが、今の政権が本当に国民と一緒に今の日本を未来に向けて変えたいのなら、その理念と国民との約束を合わせる説明をしないといけない。言論NPOの100日評価ではそういうところを徹底的に評価することになるでしょう。

田中: マニフェストを持ってそのまま与党になって、それを守ろうというよりは、政府としての政策体系をしっかり描いて、プランをつくっていくかを見せていかないといけないということですね。

工藤: そうです。もうひとつ重要なのは、マニフェストを実現するというサイクルを政府の中につくってほしい。目標の達成について、きちんと自己評価をするとか。約束がどのように実現されたか、あるいは修正されたかということを絶えず国民目線で説明するようなしくみがないと。あれほどまでに、マニフェストをベースにした選挙が繰り広げられたわけですから。

田中: 有権者側にも気になる点がいくつかあります。言論NPOでも選挙直後にアンケート行いましたが、「とりあえず政権交代をさせたかったので投票しました」という方は多いと思います。しかしフタを開けてみて「この政策は本当は嫌だった」と言うのは、それはマニフェスト型の選挙に対する認識が少しずれているのではないかと。

工藤: 確かにそうですが、マニフェストの書かれ方にも検討の余地があります。ものすごい数の政策項目を出していて、有権者がそれらをひとつひとつ見るというのはやはり難しいわけです。目指すべき理念やビジョンを明らかにした上で、10個でもいいので「これは絶対に実現する」というほうが国民にとってはわかりやすい。

しかし、本格的な政権交代が実現し、政治主導ということで、今まで無理だったと思われていたことがここまで動くのかと、今回多くの人が気づいたと思いますね。政権交代の大きな可能性を感じたのだと思います。各閣僚が頑張っていて、しかもその人が「マニフェストに書かれているから実行する」と言っているのは良い現象だと思います。有権者が選んだからそのドラマが始まったのであって。

田中: だから政党は選ぶけれども政策は嫌だというのは有権者のわがままで。

工藤: そうは言っても政策的に間違っていたり整合性に欠けたりということもあるわけです。財源が捻出できなかったとか。そういう状況の中で、政権はマニフェストを実現するという立場からも、「政府としてここは実現する」ということを絶えず説明する、まずは国民との約束の循環をつくってほしいと思います。

田中: 有権者も、政党が変わるなら政策も大きく変わるのだということを理解しないといけないわけですね。

工藤: その中で有権者側にも「もっと政策を勉強しよう」という気持ちも生まれるし。そういう動きが出てくることで民主主義が強くなっていくわけです。言論NPOもそういう社会が望ましいと思っています。あとは、鳩山首相は新しい公共という市民主体の動きについてメッセージを出したわけだから、なおさらマニフェスト型の政治にしていかないといけないと思いますね。

政権はチャレンジを続けながら、国民の目線で絶えず説明してほしい。同時に市民も強くならないといけない。そうやって民主主義が強くなっていくのです。そのドラマが始まったのだと思います。言論NPOは100日の段階で、今回はこれまでとは異なり、きちんとした評価を公表します。そのための作業を開始して、今の政権に対して言うべきことを言っていきたいと思います。

(文章は、動画の内容を一部編集したものです。)