民間外交を通じて、国境を超えた国際的な輿論づくりへ

2013年4月01日

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民間外交を通じて
国境を超えた国際的な輿論づくりへ

聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)


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田中:工藤さん、3月は大変にお忙しくて、初旬にはワシントンDCに行かれ、4月1日からは中国へ。具体的な活動内容を話していただけますか。


ワシントン訪問の目的とは

工藤:私たちがやっているのは、民間の外交です。今、なぜ民間の外交が必要なのかと言えば、世界でも政府間の交渉だけでは様々な課題に対して、答えを出せなくなってきています。それに対して、民間の私たち市民がどのように参加して、課題解決に乗り出せるかということが、今、問われていると思います。

 アメリカの外交問題評議会(CFR)という世界的なシンクタンクが同じ問題意識を持って、昨年の3月に世界に呼びかけました。つまり、グローバルなガバナンスが、かなり不安定化している。その中で、世界の民間のシンクタンクが集まって、それに対する答えを出す努力をしませんか、と。そして世界23カ国の主要なシンクタンクが参加する会議(カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC))が発足した。その2回目の年次総会があり、私はワシントンに行ってきました。そこでは、気候変動や貧困対策、宇宙空間やサイバー空間のガバナンスなどが話し合われましたが、こうしたグローバルなアジェンダに対し、日本が主張するということは当然必要なので、私も議論に参加しました。

 ただ、私のもう一つの関心は、アジアのリージョナルなガバナンスの問題です。この地域では経済的な成長という点では、非常に大きな可能性があるのにも関わらず、北朝鮮の問題、中国などとの領土に関する紛争を抱えている。この不安定なガバナンスをどうすれば解決できるのか、ということが私の最大の問題意識なわけです。それをアメリカを巻き込んだ形でどう進めたらいいのか、ということで、ワシントンの主要なシンクタンクや大学のトップやアジア担当の責任者、それから、アメリカの上院などの議会の上級スタッフとも議論を重ねました。

 私が今回、北京に行くのは、ある意味でその延長にあります。今、日中関係が非常に悪い中で、この問題を民間の対話、私はそれを、「パブリック・ディプロマシー」と言っているのですが、民間外交、民間の対話の中で何ができるのか、ということをいろいろ試行錯誤しながら、北京で問いかけてみたいと思っています。


田中:「パブリック・ディプロマシー」、民間外交というのは、政府が担う外交と何が違うのでしょうか。


グローバルガバナンスの不安定化

工藤:ワシントンに行ったときに、CoCの会議で痛感したことがあります。私たちが向かい合っている問題は、政府間の協議だけではなかなか答えを出せなくなっているということです。

 その背景には中国など新興国の台頭もあり、アメリカをはじめとする先進国だけでは意見の調整がほとんどできない状況になってきているわけです。これは気候変動の問題などすべてに共通するのですが、政府間だけではコンセンサスがなかなか得られない。これを私たちが、グローバルガバナンスの不安定化と言っていますが、そういう問題が様々な分野で起こっているということです。

 つまり政府だけに任せられない、ということになると、私たちがこうした課題の解決にも参加しなくてはならない、という局面なのです。議論の中では「マルチステークホルダー」という言葉がよく出ます。つまり、その課題には実に多くの利害当事者がいるのです。地球の温暖化も、これは政府の問題だけではなく、地球に住む全員が利害当事者です。そういうステークホルダーが政府にお任せするだけではなく、自分の問題としてこうした課題に向かい合わない限り、解決に向かう大きな流れは作れない。そういう認識が、世界の主要シンクタンクの議論でも当たり前なのです。
 つまり、日本であれば、私たち市民が、世界が直面する課題に対する議論を作り、それを世界に発信して、国際的な課題に取り組まなければいけないと思ったわけです。


政府間外交の空白を埋めるのが健全な輿論の役割

 それから、私がもう1つ感じているのは、輿論ということです。外交とは政府間の協議ですが、政府間が動いている取り組みに、一般の国民はその内容を具体的に知っているのか、ということなのです。私はよく言うのですが、一般の世論と輿論は異なるものだと考えています。 

 輿論とは、一般の空気というか、雰囲気ではなく、責任ある意見です。こうした輿論に支えられた外交こそ、強い声となるのです。
 国際的な課題で、政府間の合意ができないのであれば、私は課題解決のための国際的なあるいは地域の健全な輿論を作れないか、と思うのです。
 特にアジアでは、国民間にはナショナリスティックな感情的な反発があり、それが政府間の対立を一層深刻なものにするという問題があります。
 これを逆に、国境を越えた輿論が課題の解決の広範な流れを作っていく。そういう取組みを私は行いたいのです。これは政府外交ではできないことです。
 つまり、流れを変えるのは、マルチステークホルダーであり、輿論なわけです。この輿論を健全な形で、課題解決に沿った形でつくっていかなければいけない。その役割を、僕たち言論NPOが果たしていきたいと思っているのです。言論NPOは12年前に生まれましたが、その時から健全な輿論をつくって日本を変えたい、と私は思っていました。それが、今、まさに国境を越えて動こうとしているのです。そのための、民間の果たす役割は一層大きなものになっていると、私は思うのです。


田中:当事者、様々なアクターが課題解決に取り組む、ということは確かにそうだと思います。工藤さんの発言を聞きながら腑に落ちたのは、私たち一般の国民が、その問題とどう絡むのか、ということだったのですが、ベースにはまさに健全な輿論が必要だということですね。


工藤:そういうことです。例えば、単純な話ですが、平和な環境は誰もが欲しい。それは多くの人が望むことだと思います。しかし、その平和な環境が、政府間の対立やナショナリズムの対立になったときに、誰がその問題に取り組めるのでしょうか。政府間で非常に厳しい状況になった場合に、それを変えていく原動力こそ、市民側にあり、健全な輿論がそれを支えるものになります。何とかこの問題を解決しよう、という民間レベルの動きや、強い声があって国際的な課題、地域のリージョナルな課題が解決へ向け、大きく動き出すと思います。

 この間、私は様々な議論を、国際間でも行ってきました。そこではっきりと分かったのは、政府間外交だけでは取り組めない分野があるということです。もちろん政府間外交は非常に大事なのですが、その空白を埋めるために、市民なり健全な輿論の役割が問われている段階にきていると思います。私たちが世界、アジアでやろうとしていることは、その輿論形成の一環なのだ、ということを理解していただければと思います。


田中:まさに、「私たち自身の市民社会」という言葉がぴったりだと思うのですが、そこが実は根っこにあって、問われているということですね。


中国と本気の議論を

工藤:そうですね。私たちが今回、中国に行くのは、領土問題に関しては、私たちも尖閣諸島は自分たちの領土だと思っていますし、これは譲ることができません。しかし、一方で、この紛争が、何らかの偶発的な事故から戦争になってしまうということは、何としてでも避けなければいけない。やはり、政府間の対話は主権を背負うものである以上、譲ることができないのは分かりますが、だからと言ってすべての対話がそれで止まってしまうというのは問題だと思います。

 何かの形で破局的な事態は避けたいという思いが、両国民間にあるとすれば、それを何とかして対話という形でできないか、ということが私たちの原点にあるわけです。だからこそ、中国の人たちと本気で議論をしよう、ということが、今回の訪中の目的であり、意味なのです。私たちが2005年から行っている対話は、困難を民間の議論で乗り越えるために行っているのであり、国民感情が非常に悪化している中だからこそ、こうした民間の対話、公共外交が大事なのです。

 私たちは、あくまでも本気の議論がしたいのです。ただ、議論を行えばいいというものでもない。成果につながる一歩が必要なのです。今回の訪中では、元国連事務次長の明石康さん、元駐中国大使の宮本雄二さんなど7人で北京に乗り込み、中国側と本気でやり合おうと思っていますが、その成果は、後日、みなさんに報告いたします。


田中:頑張ってきてください。