東アジアの安定化を目指す「言論外交」

2013年9月22日

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東アジアの安定化を目指す「言論外交」

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言論NPO代表の工藤泰志です。いよいよ10月25日、「第9回東京―北京フォーラム」が北京で開催されることになりました。実はこのフォーラムは8月12日に開催される予定だったのですが、私たちが8月に行った日中共同の世論調査結果が示した通り、日本、中国ともにそれぞれの相手国に対する国民感情の悪化が非常に深刻な状況となり、中国側から「今は時期が悪いので、十分な準備を行ってから開催しよう」という提案がありました。しかし、私たちは「日中関係が深刻な状況だからこそ対話をするべきである」と考え、粘り強く中国側主催者と交渉をし、ようやく今回の開催にこぎつけました。

今年は日中平和友好条約35周年です。この日中平和友好条約の第1条には「すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えない」とあります。東シナ海で緊張が高まる今、この第1条の精神こそが非常に重要な意味を持つ局面に来ていると私たちは考えています。私たちは民間の立場から、この第1条が持つ今日的な意味を再確認して、両国の民間人の間でしっかりとした議論をして、その結果を日中両国、そして世界に向けて発信したいと考えています。


政府外交の問題点と民間外交の意義

政府の外交は東アジアの不安定な状況を変えるために基本的に非常に重要ですが、残念ながら、現在、事実上機能していません。この前、G20で安倍首相と習近平国家主席が立ち話をしたことからも分かる通り、両国政府は何とかこの困難な状況を乗り越えようと努力はしています。しかし、それでも首脳会談実現の目途すら立っていません。そこで、民間としてこの状況を何とか打開しなくてはならないと、私たちは考えています。

現在、政府外交とは別に、この民間の外交が、日中関係改善のために非常に大きな意義を持つ局面にあります。理由は2つあります。一つは政府外交そのものが持つジレンマです。政府外交は「主権」を背負うため安易な妥協ができません。しかし、両国がお互いに従来通りの自国の主張を繰り返す、ということになると、解決にはほど遠い状況になってしまうわけです。そこで、政府外交のロジックから、もっと違うロジック、つまり、民間が納得できるアジェンダの設定の変更が必要になる局面だと私たちは考えているのです。それがまさに紛争の「平和解決」であり、今の状態をこれ以上エスカレートさせない、ということなのです。

つまり、どんなことがあっても戦争を起こしてはいけないということを、両国の有識者が当事者として合意して、それを両国と世界に向けて発信する。そうした呼びかけが多くの人の共感を得て、大きな世論となることで、今の膠着した状況を変えられるのではないか、と私は考えているのです。

もう一つが、今回の両国の対立の背景には国民感情の悪化があり、それが政府間の外交を非常に難しいものにしている、という問題です。つまり、ナショナリズムの過熱という国内問題が、さらに事態をエスカレートさせている。日本と中国ではこの状況を課題として認識して、共有する。そして、これがさらにエスカレートすることを抑える冷静な動きが必要です。そうした冷静な動きが民間の中から始まることが、この事態を打開するために非常に重要な局面なのです。そこで、私たちは次の「東京-北京フォーラム」でこうした国民の相互理解に向けた具体的な一歩を踏み出そうとしているのです。


言論NPOが提唱する新しい民間外交である「言論外交」とは何か

今までも東アジアには、様々な民間のトラック2の仕組みや民間対話が存在していました。政府外交を補完する意味で民間の対話がいろいろな機能を果たしている、ということはこれまでの東アジアにもあったと思います。しかし、今、私たちが考えているのは市民が当事者として、課題の解決に向かい合う。そして政府外交の方向をさらに良いものにしていく、という作業だと思います。

世界では歴史的に見ても、地雷原の撤去をはじめとして、様々なNGOが紛争処理や安全保障の問題に関わるケースがあります。政府間のコンセンサスを作ることが容易ではなく、課題解決に向かって動き出せない時には、その状況を打開していくものが民間の力だったわけです。その時により重要なのは世論の力です。平和や人道的な見地から、「こういう課題は何とか解決しなければならない」ということが、国際的に大きな共通認識となり、国内的にも世論となる。そして、その動きが政府間関係を後押しして改善していく。まさに今、東アジアで求められていることも同じだと思います。

私たちが考えている民間の外交は、基本的に様々なアクターが当事者意識を持つということなのです。様々なアクターが当事者として、課題解決のための舞台に上って、そこで議論をする。しかも、その場が公開されることによって、健全な世論と連動していく。つまり、当事者の議論が大きな世論へと発展して、政府間外交を後押しし、課題を解決するための動きとなる。まさにそういう動きが今、東アジアにも必要だと私たちは思っているのです。この動きを私たちは新しい民間の外交として、「言論外交」と名付けることにしたのです。この「言論外交」は、市民や政府関係者、ジャーナリストなど様々なアクターが、当事者としてその解決のために向かい合う。その議論がその周りにいる多くの市民なり国民の議論と結びつき、大きな世論をつくり出していく。つまり、世論に支えられた新しい民間の対話。これが私たちが提唱する「言論外交」なのです。

そして、言論NPOが「言論外交」を通じて取り組みたいことは、この東アジアの不安定な状況を改善し、平和な環境を作り出していくという作業なのです。そのための第一歩が、尖閣をめぐる東アジアの紛争回避であると私は考えています。


東アジアの安定化のために「言論外交」はどう取り組んでいくのか

東アジアの平和と安定のためには、政府の外交、つまり首脳間の対話も当然に重要です。その意味で私も安倍首相、習近平国家主席の対話が是非実現してほしいと思っています。しかし、厳しい言い方になるのですが、政府外交、つまり主権を背負った議論、対話だけではなかなかうまくいかない面もあると私は考えています。

先週、言論NPOは2000人の有識者を対象とした緊急のアンケート調査を実施しました。その中で私が特に気になったのは2つの設問に対する回答でした。一つは、「尖閣問題を巡る日本と中国の対立について、あなたが最も懸念していることは何か」という設問です。その回答は2つに意見が集中しました。「東シナ海における偶発的事故による軍事紛争の発生」。つまり、東シナ海において非常に不安定で、緊張感が高まっている情勢が、ひょっとしたら私たちが望まない形での軍事紛争を引き起こしてしまうのではないか。それを何として止めてほしい、という答えで44.3%と最も多い回答でした。次に多かった回答が、「ナショナリズムの過熱による日中両国の本格的な対立」、つまり国民の感情的対立のエスカレートの問題です。これが37.9%でした。

さらに、私が注目した設問は「日中間における尖閣問題に、政府外交はどう対応する必要があるか」という設問です。これも一番多いのは「日中間のホットライン構築など、偶発的事故回避に向けた取り組みを行う」で36.7%でした。これは現在、海上でのトラブルを防止するため、防衛当局者同士のホットラインが日中間に構築されていないことに関連しています。次に多かった回答が、「紛争の平和的解決に向けた合意をする」で、これが21.6%でした。

ちなみに、「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」という回答は、わずか4.2%でした。つまり、多くの日本の有識者は、領土問題そのものの解決よりも、日本と中国の海上での希望しない軍事衝突、そして国民感情の悪化に伴う本格的な対立ということを何とか食い止め、これ以上のエスカレートを抑えることが、今の両国の間の最大のアジェンダであると認識しているわけです。

これが領土問題に主眼を置かざるを得ない政府外交と、民間が考え課題解決に向けた外交、つまり、言論外交のアジェンダとの違いなのです。

このアジェンダの違いは別に政府外交と民間外交が対立しているというわけではありません。優先順位の違いです。私たちが真っ先に実現すべきと考えているのは、対立のエスカレーションを抑え込むための仕組み作りなのです。突発的な事故を防止し、仮にそれが起きた場合でも、それを抑えるための仕組み、さらに、そうした事態が国民間のナショナリズムを加速させることを抑えるための仕組み作り。そのためにはまず、民間レベルがさまざまな形で対話をし、国民間に冷静な環境を作り出さなければならない。こうした環境が政府間の対話の基盤を作り上げていくのです。つまり、政府間で領土問題での言葉や条件の折り合いをつけるだけでは、この不安定な状況を改善できないのではないか、と多くの人が感じ始めているのです。

そして、今こそが、民間が当事者として、紛争回避に向けて、対話を行い、互いの手を握り合うということが、東アジアの平和構築のためにより重要な決定的な局面だと私は思っているのです。

私はアメリカの外交問題評議会など世界の主要シンクタンクが集まる会議(カウンシル・オブ・カウンシルズ:CoC)のメンバーとして、ワシントンでもよく議論をしますが、世界が求めているのも、東アジアにおける紛争回避です。ですから、まずこの問題から私たちは取り組みたい。言論外交の議論は、東アジアの不安定なガバナンスの安定化に向けた様々な当事者による議論であり、それを公開しながら、多くの人たちの合意を形成していきたい。そして、この日中関係や東アジアでの紛争回避とガバナンスの安定化に向けた取り組みを開始しなければならないと思っています。

その第一歩が今度10月25日から行われる日中の対話である「第9回東京―北京フォーラム」だと私は考えています。ここでは両国の100人くらいの有識者が、まさに課題解決のために本気の議論をします。私たちは政府の言葉をただ反芻したり、お互いを批判し合うということではなく、まさに課題を解決するために集まります。そして、その北京で必ず何かしらの合意をして、それを世界に向けて発信して、一つの流れを作り出したいと思っています。そのためにも言論NPOはこの「東京-北京フォーラム」の準備を皮切りとして、言論外交の取り組みと議論作りを開始します。

是非皆さんにはこの動きに注目していただきたいし、また参加していただきたいと思っています。