本格始動する「言論外交」

2014年3月07日

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本格始動する「言論外交」

聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事)


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田中:工藤さん、こんばんは。さて、民間外交というテーマで、このところ日本だけではなく、海外で精力的に動いていたと聞いています。どのような国に行かれたのでしょうか。


東アジアの多国間の対話の枠組みに関心度の高いオーストラリア

工藤:オーストラリアにいき、そのあと北京にいきました。言論NPOはアメリカの外交問題評議会が主催しているCouncil of Councils(CoC)のシンクタンク会議の日本代表のメンバーですが、今回の訪豪はその会議に出席することでした。ただ、その会議を利用して、現在、非常に厳しい東シナ海の問題について、オーストラリア政府と色んな形でコミュニケーションしようとしました。

今、日本と中国、日本と韓国の政府間外交が完全に止まっている状況の中で、私たちは民間の対話で現状を何とか改善しようと思っています。そこで、私たち民間レベルでは、日中、日韓の2カ国間だけではなく、東アジア全体の多国間による対話の枠組みをつくろうという計画があります。ですから、どうしてもオーストラリアの人たちにいま東シナ海で起こっていることをしっかりと伝えて、我々が取り組もうとしていることに関して、意見交換しようという狙いがありました。

結論から言えば、今回の訪豪での対話は非常にスムーズにいき、彼らも私たちの動きに色々な形で協力したいと言ってくれました。こういった私たちのような動きに、想像以上に関心があると感じました。

田中:想像以上の関心というのは、ポジティブな意味もあると思いますが、かなり心配しているということでもあるのでしょうか。


日本や東アジアに対する世界の懸念と民間外交への期待

工藤:そうですね。世界の23か国のシンクタンクが参加する今回のCoCではほとんど日本と中国の対立と、日本の様々な問題に対する質問ばかりでした。世界がまさに東アジア、特に日本と中国の関係、日本と韓国の問題、東シナ海の問題を非常に危惧していて、かなり質問を受けました。率直に言うと、それらの質問に対して私たちは防戦一方でした。色んな意見や批判があり、ここまで世界の国際世論が非常に厳しいということを改めて実感したとともに、日本人もしっかりと考える必要があると思います。

一方で、各国のシンクタンク関係者だけではなくて、オーストラリア政府も心配していました。その理由は、アボット首相が今年の4月に日本を訪れることになっており、安倍首相との会談が予定されています。その返礼として、安倍さんはオーストラリアに行くということを聞いています。そうなってくると、今年はオーストラリアと日本の外交にとっては、非常に大きな一年になってきます。そういう一念だからこそ、オーストラリア政府も東シナ海での問題について、非常に気にしていました。

そこで、私たちが日中、日韓で政府間の交渉が止まっている中、昨年の10月に民間レベルで私たちが行った中国と「不戦の誓い」を行ったこと、まさに対話のチャネルを安定的なものにしていくための作業も始めているという話をしました。皆さん、非常に驚いていまして、そういう動きがあることに非常に感動した、我々も何か協力することはできないだろうか、ということを、政府だけではなく国立大学、シンクタンクなど色々な人たちに言われました。ということは、東シナ海なり、東アジアという問題がいまや世界の最大の関心事になっているのです、それに対して、改善しようという大きな動きがあることに対して、彼らは非常に喜んでいたと感じました。

田中:素朴な質問なのですが、工藤さんはいちNPOの代表として行かれたわけです。その中で、「不戦の誓い」や東シナ海における国家レベルのリスクに立ち向かっていることに対して、オーストラリアの政府関係者は不思議に思わなかったのでしょうか。


民間外交は政府間外交の改善に向けた基礎工事

工藤:思わないですね。日本ではそういう意見がほとんどだと思います。しかし、世界ではそのような動きが既にあります。つまり、グローバルガバナンスに加え、地域のリージョナルガバナンスもそうですが、政府間関係だけでは課題解決が難しいということは世界では当たり前の話です。それに対して、民間なり、色んな人が当事者としてチャレンジをして、課題解決をするということが大きな潮流なわけです。それが世界の懸案事項である東アジア、東シナ海という問題についても動いていることに関して、彼らは非常に感動しているわけです。

我々も実をいうと、政府間外交と民間外交の領域について非常に悩むことがあります。つまり、民間では外交はできないわけで、本来、外交を行うのは政府です。しかし、いま日本と中国、日本と韓国は政府外交が存在していません。一方で、東シナ海には緊張関係が存在していて、ひょっとしたら偶発的な事故から軍事紛争になる可能性が強まっています。そこに世界の懸念があるわけです。つまり、政府が機能しない、メディアが報道することによってナショナリズムを煽ってしまう状況の中で、それを解決する当事者そのものが今は存在しないわけです。そのときに、我々は市民なり民間がやるべきだと主張しているわけです。その流れが去年の「不戦の誓い」をベースにして日中の間では不戦に向けての一つの動きが始まりました。

これに関連して、今度はマルチで、東アジア全域の人たちが参加して、そのような議論を進めようという動きに入ってきました。そうしたことを行うことによって、国際的な世論が東シナ海や東アジアで、民間レベルで「戦争をしない」という動きが始まってきたということを支持することによって、政府間外交の改善に向けた環境づくりになるわけです。我々が目指しているのは、そういう形での基礎工事です。それに対する一歩が始まってきています。その一歩が動いていることに対して、世界は非常に喜んでいるわけです。

田中:なるほど。工藤さんの話では、お付き合いされている各国の政府、あるいはシンクタンクの間では外交というものは、民間がイニシアティブを取ることもあり得るということをよく理解しているし、受け止める下地もあるということですね。そういう意味では、日本の国内と海外との間に随分温度差がありませんか。

工藤:先日の言論スタジオ(3月7日放送「パブリック・ディプロマシーと言論外交」)でも扱ったのですが、もともとは「パブリック・ディプロマシー」という概念があり、例えば、外交というものは政府間だけの協議では動かず、他国の世論に対して何かを伝えるという形がありました。ジョセフ・ナイも言っていますが、そういった行動が通じなくなりました。政府による世論工作になってしまうと、あくまでもプロパガンダと同じことになるからです。

今度は民間が課題解決に動き出したということをどう考えれば良いかということを、「ニュー・パブリック・ディプロマシー」という形で捉えようとしていますが、日本の中ではそうした形で位置づけて動いていくということは、学問的にまだ整理されていません。しかし、実際にそういうことは始まっています。そして、東シナ海でいま私たちが行っている動きが、まさにその新しい動きなのです。つまり、戦争を起こさないという誰もが認める概念をベースにした形での合意が形成され、それが世論になることによって初めて課題解決の一つの糸口を作り上げるのです。そして、その糸口から政府外交を動かすという形を「民間外交」といい、その中でも世論を重視する形を私たちは「言論外交」と名付けました。その実験が東アジアで始まりました。そして、我々はその実験をスタートさせるために国際シンポジウムを東京と開こうとしています。そこに6カ国の人たちを呼びます。日本、中国、韓国、アメリカ、イギリス、シンガポールの有識者を集めて、東シナ海なり東アジアで、民間レベルで何ができるのかということを協議します。このシンポジウムを皮切りに、我々は今年、本当の勝負をかけるためのスタートを切ろうとしています。そのためのオーストラリア訪問でしたし、その後、北京にも乗り込んだのです。

田中:北京では東アジアの紛争を回避するための対話をどう作っていくか、という話し合いをされたわけですね。

工藤:そうですね。去年、「不戦の誓い」を行いました。中国の周近平体制は、こういった動きを「民間外交」と名付けました。「民間外交」というのは政府から頼まれて行っているわけではありません。民間が対話の運営を行っています。しかし、これは課題解決の意思を持った対話なのです。それに関しては、政府だけではなく、民間の様々な交流が必要だという形で、日本も中国も歓迎しています。そして、いまや日中間小重要なチャネルになっている「東京-北京フォーラム」が今年10年目を迎えるわけです。そのためにこの対話をどうするかという打ち合わせが今回の北京での主要課題でした。

田中:既に工藤さんからご紹介いただいておりますが、3月29日にANAインターコンチネンタル東京で、「新しい民間外交の可能性、東アジア地域の紛争回避と政府間外交の環境づくり」というテーマでシンポジウムを開かれるそうですが、これは一般の方でも参加できるのでしょうか。


自分たちで「外交」を考えるための機会に

工藤:私たちは300人くらいの枠を用意して、招待しようと思っています。このフォーラムで私たちが言いたいのは、「当事者性」ということです。つまり、外交というものは僕たち市民から見ると、遠いい話のように聞こえます。しかし、どこかで紛争が起こってしまうということになると、自分たちの人生そのものの問題になってしまいます。だから、日本の問題だけではなく、地域の問題も自分たちの問題、当事者として考えようということなのです。政府にただ任せるわけではなく、自分たちも考えようということです。そのために、民間に何ができるのだろうか。今のままでいけば、東シナ海では偶発的な事故の可能性が非常にあります。そういう状況にならないために、本当は政府が取り組んでほしいのです。しかし、なかなか取り組まない状況の中で、民間ができること何かと、「外交」とういうことを自分たちで考える大きな機会になると思います。

今回、私たちと同じような問題意識を持っているアメリカからは「外交問題評議会」、イギリスではシャングリラダイアログをつくっている「戦略研究所」、シンガポール、公共外交を言及している趙啓正さん、そしてパブリック・ディプロマシーの権威である韓国のEAIの代表が集まり、日本の有識者と議論をしようと用意しています。その人たちとかなり議論をすることになるのですが、おそらくこの局面で日中韓米が東シナ海の問題を含めて、議論するということはかなり稀なことであり、実現することは難しいことです。しかし、こういった動きが始まることによって、我々は東アジアにおける民間外交のスタートを切りたいと思っています。そして、これをベースに、日中、日韓、そしてマルチの対話をこの1年、2年で言論NPOは次々に実現していく予定です。そのためのキックオフだと考えていただければ幸いです。

田中:参加申し込みは言論NPOのホームページからご応募いただけます。ご成功をお祈りしています。