【座談会】評価会議:社会保障 「国民に説明できない負担と給付の覚悟」(会員限定)

2003年10月08日

oshio_t031008.jpg小塩隆士 (東京学芸大学教育学部助教授)
おしお・たかし

1960年生まれ。83年東京大学教養学部卒業後、大阪大学にて国際公共政策博士号を取得。83年より経済企画庁、91年よりJPモルガンに勤務する。94年立命館大学経済学部助教授、1999年より現職。主著に『教育の経済分析』『社会保障の経済学』などがある。

nishizawa_k030826.jpg西沢和彦 (日本総研調査部経済・社会政策研究センター主任研究員)
にしざわ・かずひこ

1965年生まれ。89年一橋大学社会学部卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)入行。98年さくら総合研究所へ出向を経て、2001年組織変更により日本総合研究所調査部。専門分野は社会保障。著書『年金大改革』、共著『税制・社会保障の基本構想』がある。

nakamura_m031008.jpg中村実 (野村総合研究所研究理事)
なかむら・みのる

1949年生まれ。73年に一橋大学卒業後、野村総合研究所に入社。87~89年には、米国経済担当エコノミストとして、ニューヨーク事務所に勤務。資本市場調査部、経営調査部など経て、97年研究創発センター・研究理事に就任。2000年より経済同友会保障改革委員会主査。主な共著に『日本再生への処方箋』など。

yumoto_k031008.jpg湯元健治 (日本総研調査部 経済・社会政策研究センター所長)
ゆもと・けんじ

1957年生まれ。80年京都大学経済学部卒業後、住友銀行入行。84年日本経済研究センター、92年日本総合研究所に出向。98年経済戦略会議事務局に出向。2001年日本総合研究所調査部、金融・財政研究センター所長兼主席研究員。02年より現職。大蔵省主税局「税制研究会」委員、日本銀行エコノミスト懇談会メンバー。

概要

小泉総理は自らの任期中は消費税率の引上げはないと断言した。しかし、年金など日本の社会保障制度は維持可能なのだろうか。そもそもこの問題を考える視点は何なのか。3人の専門家が議論に参加し、小泉内閣の社会保障制度改革を評価した。経済財政諮問会議の場や厚生労働省の改革案など議論が活発化していることは大きな前進だが、国民負担の問題も含めたトータルな視点や具体的な方向性などは未だ踏込み不足であり、評価は極めて厳しいものとなった。

記事

工藤 小泉政権には社会保障の改革では何が求められ、それをどう評価するのかで議論をお願いします。その前に湯元さんから小泉政権の社会保障改革は、どう進んだのか、説明していただきたいのですが。

湯元 小泉政権は、改革の大きな方向性あるいはビジョンとして、何を打ち出したのか。それを骨太の方針から読み取りますと、政権誕生後の2001年6月の方針では、社会保障に11ページを割いており、相当力が入っていたわけですが、そこでは3つの改革の大きな方向性が描かれています。

第1に、国民の信頼感を確保できるような制度の構築、第2に、持続可能で安心できる制度を創る必要があるとし、キーワードとして、「自助と自立の精神を基本に痛みを分かち合う」という考え方を打ち出しています。さらに3番目は、国民にとって多様な選択に対応できるような制度にしていくことで、「世帯単位」から「個人単位」へという方向性を打ち出しています。

また、医療、介護、保育などのサービス分野での規制改革を進めていくとしており、特に医療については、持続可能な制度をつくるため、「医療サービス効率化プログラム」を打ち出しました。ここには医療の質を維持しつつサービスを効率化し、増大する医療費に歯止めをかけるための具体的方向性が示されています。医療費総額をいかに抑制するかは大きな課題で、特に膨張する老人医療費に何らかの形の数値目標的な伸び率管理制度の設定を検討してはどうかということが提案されたわけです。これに対しては、経済財政諮問会議の中でも賛否両論があり、厚生労働省からは、機械的にマクロ経済の名目成長率の伸びに医療費の伸びを抑制していくというのは、医療の質を落とす危険性が高いという強い反論があり、具体的な制度設計については見送られています。

医療制度改革はこの2001年の議論を経て、2002年に法改正が行われ、小泉政権からは「三方一両損」というキャッチフレーズで、病院における患者の自己負担の引き上げ、保険料の引き上げ、それから診療報酬の引き下げが同時に行われました。

これに対して、年金制度改革については、網羅的に大きな方向性を示しつつ、安心の持てる、信頼感が持てる、そして持続可能な制度をつくっていこうということを基本に据えて各種の課題を列挙するにとどまっています。残念ながら、2002年の骨太方針では、社会保障の記述はわずか3ページで終わってしまい具体化の方向性が出ませんでした。2003年の骨太方針になってようやく、ある程度の具体的な方向性が示されました。世代間・世代内の公平を図ること、持続可能な制度を構築するために、適切な給付と負担のバランスを考えていくこと、さらに税と保険料を合わせた将来の国民負担率の上昇を極力抑制していくということでした。さらに社会保障全体の制度相互間の効率性を確保する、あるいは個人の社会保障制度に対する信頼感を高めるために、自分の将来もらえる年金等の給付額が分かるようにするために、「社会保障個人会計(仮称)」を導入してはどうかという提案が出されました。これは骨太の第1弾で提案されたものがもう一度出てきたものです。

年金制度改革については、基本的には厚生労働省案に沿った方向で書かれており、現役世代の負担が将来的に過重にならないように、その意味で早期に給付調整を図る、あるいは保険料引き上げも早期に行うと書いてあります。それから、基礎年金国庫負担2分の1引き上げの問題も引き続き検討するということになっております。

この時点ですでに、厚生省から年金改革案の骨格が示されていたわけですが、それに沿う形で将来における負担の水準を一定に固定するということ、それから、今、現実にもらっている人も含めて、人口構成あるいは経済情勢等が変化した場合に、自動的に給付を調整する仕組みを導入すること、国民年金の未納、未加入に対する徴収強化という問題も触れています。

医療制度の改革については、厚生労働省が2002年に発表した「基本方針」の中に示されています。その大枠は、まず、保険者を今までの市町村単位から都道府県単位に再編統合していく。2番目に、財政的にもパンク状態の高齢者の医療制度は、新しい高齢者医療制度につくり直し、高齢者自身にも一定の保険料を負担してもらう形にしていく。3点目は、診療報酬体系を抜本的に見直していく、ということです。

2003年の骨太方針では、この厚生労働者側の「基本方針」を具体化していくということが盛り込まれただけにとどまっています。


不調和音の諮問会議と厚生労働省

工藤 では、社会保障の評価の議論に移りたいと思います。

小塩 基本的には、2001年の骨太方針で唱えられている政策目標、つまり、「安心、安全とか、あるいは世代間の公平性や制度の持続可能を高める」ということが、これからの社会保障を考える上で非常に重要な点だと思いワす。

今までの政府の社会保障に対する取り組みとちょっと違うのは、マクロ全体を統括する経済諮問会議からボールが投げられたということだろうと思います。今まで社会保障というのは、厚生労働省の専管事項みたいなところがあったわけですが、小泉内閣になってからマクロ経済全体の中で社会保障のあり方を議論しようという枠組みになった。これは画期的なことです。

しかし、ここ2、3年の動きを見ますと、今、湯元さんが説明されたように必ずしも当初の目標に沿った実績が挙げられたとはいえない。小泉内閣に期待していたのは、諮問会議という上部組織が、いろいろな審議会なり各省庁に命令を出すという形で改革を進めていくという仕組みになるということでした。しかし、ふたをあけてみると、諮問会議も一つのプレーヤーにすぎないという状況にとどまっている。

西沢 諮問会議の位置づけは、社会保障に関しては、医療、年金、介護をバラバラに論じるのではなく、社会保障の重要な財源である税も合わせて、一体的に論じる役割にあるはずです。しかし、必ずしも一体的に論じられているとは言えない。また、社会保障の議論はテクニカルな問題になることが多いのですが、諮問会議にはそれを論じられる論者が参加していない。

中村 公的年金の給付はCPI(消費者物価指数)スライドが当たり前なのに、実施が見送られ、近年やっと実現した。過去3年間で公的年金分野での最大の特徴は、給付を削減することへのアレルギーがやっと消えてきたことだ。

来年、五年に一度の年金改革があるのですが、予定される総選挙でも争点となっておらず、本格的な年金改革ができるかどうかわからない。その次は2009年ですけれども、そこでも改革に失敗すると団塊の世代に年金受給権がついてしまう。つまり、年間270万人の4年間生まれたベビーブーマー世代に今の高い水準のままの受給権が生じる。ということは、その後、一度、年金受給権をもらった人間の年金額を削減するという荒わざも、必要になる場合も出てくる。本来なら来年度である程度の公的年金改革をやるべきなのですが、今の政治的雰囲気はそうではない。ということは、2009年にすべて集中してしまうのではないかというのが私の認識です。

医療に関しては、医療改革は、少子高齢化時代の中で高齢者に対する医療給付にとんでもない値段がかかり、現役の賃金が伸びないから効率化が必要だということをきちんと言っていない。高齢者に応分の負担をという言葉だけで逃げている。そろそろ医療給付の合理化が医療改革であるということを言わないといけない。

次に介護保険ですが、市町村では赤字のところが出てきており、市町村レベルの再編成が必要になっている。介護保険のファイナンスに占める税金のウエートはかなり高いため、介護保険の利用が増加すれば、公費投入に限度があるので、すぐ保険料値上げの話が出てくる。この時、何で40歳以上だけが負担なのか、みんなが寝たきりになるリスクがあるから20歳以上の全員で負担すべきだ、という議論をすべきである。それと、今は特別養護老人ホームのホテルコストまで全部介護保険で見ており、つまり、在宅と介護施設がイコールになっていない。このため、コスト上有利な施設介護に20万人以上の人が待っている。これではいくらカネがあってももたない。だから、特別養護老人ホームに入ったなら家賃コストを自己負担する制度にしなければならない。これは特別養護老人ホーム側で言うなら減価償却を計上しろということで、介護保険の分野において、在宅と施設介護の費用負担上の不公平がまじめに論じられるべきである。

先進国に比べて日本で遅れているのは、ターミナルケア(終末期医療)に対する盛り上がりが弱いということです。ヨーロッパ、アメリカでのホスピスの普及等を考えると、かなり遅れている。終末医療を地域でという議論があるけれども、それに対するビジョンはまだどこからも公には発言されていない。「人々の安心ある生活を守る」「高齢者にも応分の負担」からもっと踏み出して、個別具体的な解決案を、少子高齢化の事実を直視して議論すべきです。


世代間の公正は提起されたか

小塩 諮問会議に一番手を付けてほしかったのは、世代間の公平性を確保する仕組みにするような改革を打ち出すということだった。その1つのアイデアとして社会保障個人会計が提案されましたが、これは厚生労働省からかなり強い反発があってまだ実現されていない。

年金というのは、世代と世代の助け合いです、ということで国民に理解を求めているわけですが、若い人が一方的に損になっていく仕組みは困るわけです。ですから、諮問会議としては、この問題を解決するためには、給付の削減が一番重要だということを全面的に押し出したらいい。世代間でこれだけ受益の差がありますよ、給付をこれだけカットしたらこういうふうノ改善します、という具体的な数字は、厚生労働省が出さないのは当然です。しかし、諮問会議も出していない。これは非常に弱い点だと思います。

諮問会議からの反論は当然あって、国民負担率あるいは潜在的国民負担率の数字を出して、50%を目途に引き下げるぞと言っているとおっしゃるかもしれないですが、国民負担率というのは非常に曖昧です。負担が高くても給付がその裏側でついていれば問題ない、という反論も当然あるわけです。そういう反論に答えるためにも、世代ごとにどういう負担と受益の関係になっているかを示すべきだったと思う。

西沢 年金改革で取り組むべき課題の1つは、世代間の格差の是正です。生れた世代によって、保険料負担と受益に大きな格差が発生している。これを是正することが、先ず重要です。2つめは、国民年金の空洞化です。国民皆年金と言われつつも、保険料を払わない人が拡大している。これでは財政も持たないし、まともに保険料を払っている人も払いたくなくなってしまう。3つめは、積立金の運用に関する問題です。巨額の積立金を今後とも持つべきか否か、株式などのリスク運用を続けるべきか否か、および、運用する組織はどのようにあるべきかなどが具体的な課題です。

2003年の骨太方針を見ますと、確かに、それぞれについて触れています。保険料負担と受益に関しては、保険料の早期引き上げだと書かれている。ところが、早期とは一体いつなのかというと、非常に曖昧です。給付も早期に調整するとは書いてあるのですが、早期とはいつなのか、調整とは、上げることを指すのか下げることを指すのかもわからない。

また、国民年金の空洞化については、一生懸命頑張りますというトーンにとどまっていますが、頑張るだけで空洞化が改善するとは思えない。積立金については、現在、年金資金運用基金というと特殊法人のあり方などが問題になっていますが、骨太方針では、第三者機関で行うと書いています。この書きぶりのままでは、年金資金運用基金が第三者機関ですと強弁することもできますし、あるいは、より客観的で中立的な組織を目指しているのだと諮問会議は言うかもしれません。

結局、問題の解決方法が、骨太方針では非常に抽象的になってしまっている。諮問会議が目指している方向は、議論の経緯を議事録で見ると、厚生労働省が目指している方向と明らかに違うはずなのですが、骨太方針という文章に落とされる段になると、厚生労働省の「年金改革の骨格に関する方向性と論点」を否定するものでは全くなくなってしまっている。結局、どっちの方向を目指したいのかわからない。

中村 企業総資本の立場から言えば、たらたら上げられるのは嫌だ、一回スパンと上げてあるレベルに止めてくれ、人件費コストがわからないでは経営はできないということです。そして、保険料を固定した時、物価が上がる、長命化する、子供が生まれないといった、外生変数の変化に対して、自動調整機能をつけたいわけです。皆は一回保険料はピタリとどこかで止めて、あとはオートマティックに物事が調整される仕掛けはないかと願っている。そのためにスウェーデン方式をみんなが注目している。ただ、スウェーデン方式は、長命化に対するリスクにどのように対応するかに重点をおいた制度です。日本の最大のリスクは少子化だから、スウェーデン方式はまねしづらいかなという面がある。

また、今のフリーターは月給15万円ぐらいだと思うのですが、そのような人たちに、月1万3,300円の国民年金を自発的に払えというのは、10分の1給料を減らせということです。だから20代の4割が払っていない。20代においてフリーターとか非正規社員のウエイトが上がり、2004年の公的年金改革ですなおに計算すれば、国民年金は値上げになるはずです。しかし、賃金が上がっていないわけですから、負担が重いと、より多くの人々が払わなくなる。ですから、定率に近いようなものにして、たくさんの人から払ってもらうという方向にしないといけない。今、厚生年金保険に自動調整を主張して、国民年金の未納率の上昇に対して抜本的な解決策を出さないのはおかしいのです。

工藤 小泉改革は、今まで出たことをやらなければいけなかったのだけれども、負担のところについてきちっとした説明ができなかった。給付削減とかの合意形成をつくるという努力がされなかったということだと思います。当初の目標について、今の状況と動きを見たら、問題は解決していない、という状況ですが、どうするべきなのでしょうか。


国民の合意形成と説明責任

小塩 今の枠組みだとどうしようもない。部分的な調整を繰り返している今までのパターンとそんなに変わらないですから、全然問題は解決されていない。

骨太の方針というのは、少し語弊があるかもしれませんけれども、暴力でないと困る。民主主義的なプロセスを超越したことでないと無理です。民主主義的な意思決定プロセスを前提にしたら、それこそ給付はカットできませんし、保険料の引き上げは将来世代に先送りしようという話が出てくる。各省庁の審議会もそういう意見を集約した形で答えを出してくるわけです。

かなり超長期にわたって制度設計をする場合、民主主義的な意思決定プロセスというのは機能しないという気がしてならない。機能しないからこそ骨太の方針というのがあって、この時点で我々は超長期の日本経済あるいは社会保障の将来像について、こういうデザインを描いていた、それを想定してこういう意思決定をしましたということを後々の世代の人に対して示しておかないといけない。それがいわゆる説明責任だと思う。そこまでの迫力がない。政治側はそこまで覚悟を決めて、選挙で負けてもいい、刺し違えてもいいからこの方針を出しましょうというところまで来ていない。

西沢 世代間格差を是正しようとすれば、現在おおむね40歳以上の人たちの年金給付をカットするなり、保険料を上げるなり、増税するなどして金銭的な負担を負ってもらうことで得られた財源を、それ以下の世代につけかえることが必要です。これは、政治家が、有権者としてはマジョリティーを構成する40歳台以上の人たちに損の受け入れを説得して、有権者のマイノリティーである20歳台、あるいは、子どもやまだ生れていない将来世代にメリットを与えることで実現します。このように、政治家にとっては、有権者の大部分を敵に回すというリスキーな決断をしない限り、世代間格差については是正することができない。

しかし、政治家は、「損」を受け入れさせられた人たちが、次の選挙で再び自分に投票してくれるとまでは、国民を信頼していないでしょうし、国民もそこまで年金の現状はわかっていない。それでも、政治家が丹念に国民に状況を説明し、国民の合意が得られて格差が是正の方向に向かうのであれば、ハッピーだと思います。

国民年金の空洞化に関しては、これまで実績のほとんどなかった保険料の未納者への資産差し押さえも含めて、保険料の徴収を強化しますと言っている。でも、強制徴収といったムチばかり振りかざすのではなくて、アメも必要です。世代間格差是正に向けて、若い人たちにも払った保険料に対して、ある程度はもらえるという応益性を高めてあげるとか、国民年金の保険料を現在のような定額性ではなく、所得比例にして、低所得のときは負担が減るような仕組みにしてやることなどが考えられます。

あるいは、現行の基礎年金拠出金といった制度間の財政調整の仕組みを改めて、お金の流れをわかりやすくするとか、本当は制度体系の議論をしながら空洞化対策を行うべきでしょう。今の制度を維持しながらムチばかりを振りかざしても、空洞化はとまりにくいと思います。

工藤 諮問会議の議論でほかの改革の展開を見ていても、何となく相入れないところが少しずつ相入れるような議論をして、結局、元に戻っているとか、あるいは、主張は一応入れたが、実際の実行段階、法案作成段階でそこら辺はもうほとんど無視されているとか、そういうことが目立ちます。それがまさに今の政治や政策の決定プロセスの問題と密接に絡んでいるように思えます。どういうプロセスで改革をやり遂げたらいいのでしょうか。


諮問会議と各審議会の関係

西沢 改革のプロセスに関しては、1つは、社会保障審議会と経済財政諮問会議の関係をどう考えるかが重要です。社会保障審議会の年金部会は去年から22回も開催していまして、財政検証をいろいろシミュレーションしながらやっているわけですけれども、諮問会議で抜本的な制度設計をしようとしても同じような財政検証ができない。本来、いいアイデアがあったら、それを具体化するため、財政的なシミュレーションをして肉付けしてやる必要があるわけですが、それができないということは問題です。これは議論というよりも初歩的な問題です。諮問会議からは、いろいろなアイデアは出るが、そのアイデアに財政検証で肉付けしてやるという作業ができていない。

もう1つは、選挙です。やはり、選挙を通じて各党が政策を戦わせ、そこで大原則が信認されたのであれば、その大原則をもとに、選挙後は、さらに財政検証を伴いながら具体案をつくり上げていくというプロセスにしないと、国民が合意形成に参加する機会がなくなってしまう。

中村 そこで問題があるのは、若い人たちの投票率が低いことです。20代の人々は自分の生活をどうするかに追われているから、この問題について投票をする必要があるとは余り感じていない。負担が重ければ、保険料を支払わないで解決している。重要なことは、お年を召した方、50代以降の方々が、子供とか孫を守るためには少し自分たちの給付が減って仕方があるまい、という意思決定をするようなキャンペーンが政党ゥら出てくることです。

公的年金改革は、年金世代と現役世代の対立でが、今の給付水準を続けるためには、現役の負担が重くなりすぎる。したがって子供のために親が我慢するしかないわけです。現役もOB世代も守りますと、政治家が言い続けると解決手段はない。


基礎年金と消費税の引き上げ問題

小塩 基本的に、基礎年金は税金でやったらいいと思っています。3分の1から2分の1に引き上げるというのは基本的にはいいと思うのですけれども、小泉さんは、自分の任期中は消費税率の引き上げはありませんと言っている。そうすると、財源の裏付けというのは物すごく大きな問題として宙に浮いてしまう。結局、国債で将来に負担が先送りされるという最悪の結論が出てくるという可能性はかなり高い。財源の話なしに3分の1、2分の1という議論をするのは非常に危険なことだと思います。

中村 今とられている財政の基本戦略は、景気に対して増税がマイナスになる以上、仕方がないから徹底的な歳出の削減でいく、とりわけ公共投資を減らすということです。基礎年金に関して、消費税で対応すればいいとの主張に対しては申しあげたいことがある。今のままの6万7,000円の給付でやれば2025年で多分総支払額が28兆円となる。もしもこれを消費税でやるとしたら、2兆円で1%ですから14%の消費税が要ります。この国で消費税を14%、基礎年金のために使うのはいいのですが、、国家財政がこれまで例のない債務残高比率の時に公的年金にそれだけの税金が投入可能なのかどうか。私は無理だと思います。そうすると社会保険料をもっと取るしかなくなる。私は国税庁と社会保険庁は統合して、納税者番号制を入れ、未納率を下げていくべきという意見です。社会保険料のいい点は、赤字企業からも取れること。日本の中小企業は赤字決算にして法人税を払わないようにしていますが、社会保険料で取れるのならなるべく取った方がいい。

湯元 この基礎年金の問題は、将来的な全額税方式への移行をにらんで公費負担を原稿の3分の1から2分に1上げるという話なのか、そもそも保険財政の状況が極めて厳しいので2分の1に上げるという話なのかがはっきりしていない。本来ならば、基礎年金の位置づけそのものを考え、1階部分と2階部分をクリアに分けていくという考えの中で、公費負担の引き上げの必要性が議論されなければならないと思いますが、そうした方向性がどうも見えない。そうした点も踏まえて、まず厚生労働省改革案について、現状どのように評価されているのかをそれぞれお話願います。

小塩 いろいろな論点が厚生労働省案にはあると思うのですが、世間で一番注目されているのは、保険料固定方式というものです。どこまで上がるかわからない保険料の上限を設定して、あとはお金が足りなくなれば、入ってくるお金で基本的にやり繰りしましょうという方向に転換したという点が、一番今までと違うポイントです。それは一歩前進だと思います。

国民にできもしない約束をし続けて、債務がどんどん膨らんでいくという状況から見れば、とりあえず入ってくるお金でやり繰りするということは、悪くない発想です。ただ、それで全部問題が解決できるかと言えば、そうではない。この改革を行うことによって世代間の公平性は保たれるのかということになると、厚生労働省も内閣府も数字を出していない。

西沢さんが計算されているのを拝見すると、現行の制度に比べて大体同じ、ひょっとすると悪くなるということです。そうすると、今の制度が抱えている大きな問題は全然是正されないまま続いてしまう。それともう一つは、女性の年金の問題があります。第三号被保険者問題とか遺族年金の問題、そこら辺はまだ議論されていない。全体としてみると、全く意味がないというわけではないのですが、現在の年金制度の抱えている問題が全て解決されるという状況では決してない。

中村 厚生労働省の厚生年金保険において、まず保険料を固定化し、あとはいろいろなマクロ変数の変化に合わせて給付を動かすというやりかたは、実質的にはサラリーマンの報酬比例を削減するための戦略です。さらに、今後の出生率を1.31で置いているけれども、これが落ちたら、年金給付額は本当に減ってきます。だから、自動調整制度の移行にあわせて、かなりの少子化対策を打っておかないと大変なことになる。

もう一つの問題点は、国民年金のことを何一つ議論していないことです。サラリーマンの報酬比例で払っている人たちは、保険料を固定して、出生率が落ちたらあんたの老後は貧しくなりますで終わりですが、国民年金の話は何もしていない。国民年金分野では、20代の四割が未納となっている。若年層の賃金が低迷している時に、この定額制の保険料は維持できるのかについて、何も見解が出されていない。

西沢 年金改革の課題で重要なのは、負担と虚tの問題、国民年金の空洞化の問題、および、積立金の問題だと私は考えていますが、この中で「方向性と論点」が対象としているのは負担と給付の部分だけです。中村さんがおっしゃったように、国民年金の空洞化の部分は外してありますし、積立金の部分も外してあります。負担と給付をどうするかというところだけ扱っている。「方向性と論点」の給付を抑制するという方向性は正しいと思うが、給付が抑制される対象は誰かというと、それは20年後、30年後に年金を受け取り始める人たち。これでは給付削減の先送りと言える。

保険料の負担については、「方向性と論点」では、保険料固定方式という名前をつけていますけれども、2022年までは毎年上げますということになっている。これでは従来の段階保険料方式と変わらないわけで、その性質を大きく引きずっているわけです。名前と中味がかなり違う。


見えない給付と負担の格差是正

西沢 給付が抑制される水準を厚生労働省は試算しています。現在、所得代替率(その時点の現役世代の平均手取り年収に対する年金給付割合)で測られる給付水準が、民間サラリーマンの場合59%です。厚生労働省の試算では、2032年に52%になります。この52%という数字は広く世間に行き渡っていますが、これは出生率が今よりちょっと上がるぐらいの将来見通しで、初めて成り立つ数字です。厚生労働省は、あわせて、低位推計、すなわち、出生率がより低下する場合の給付水準も試算しているのですけれども、これが2040年で45%です。45%というのは、今のモデル年金が23万8,000円とすると18万円程度です。これは基礎年金2人分に5万円弱の厚生年金を上乗せしたぐらいにすぎなくて、ものすごく減ってしまうわけです。この45%でも実現するかというと、必ずしもそうではなくて、さらに空洞化が進んだり、賃金が伸びなかったり、積立金の運用利回りが低下したり、あるいは、高齢化がさらに進んだりといった条件が重なればさらに低下する可能性もある。そうすると、2階建の公的年金に入っているはずのサラリーマンの年金も、現在の基礎年金分ぐらいしか残らないというような状況になるわけです。

そういった低い給付水準になるのは、これから高い保険料率を負担していく人たちであって、果たしてそれでいいのかということを真剣に考えなければならない。マクロ経済スライド、保険料固定方式などのきれいな言葉の陰に隠れて、国民がそれを十分に認識していない。

現在の年金改革スケジュールですと、年内には政府案をまとめると言っていますから、政権交代でもない限り来年には国会に提出され、結局可決してしまうのでしょうが、こういった方法で果たしていいのかというのが非常に問題だと思います。

工藤 11月に総選挙があるときに、今の医療制度とか年金改革の争点とか、政党は掲げることはできると思いますか。

湯元 給付水準の削減だけを争点にしても、政治家にとってまさにリスクは高いわけです。だから、給付をカットしても安心が確保できる方策を提示できるかどうか、そこが政治に問われていると思います。

小塩 今の政党の議論を聞いていると無理かもしれません。各党は、もっとスタンスを明確にすべきです。我が党はスリムでいきましょう、つまり、基礎年金部分だけを公的年金として維持して、それ以外の部分は、仮に制度としてあったとしても今までと全然違って、払ったお金だけちゃんと戻ってくるというような仕組みに衣替えしましょうと、そういうのを打ち出すか、いや、我が党はそうではなくて、もっと負担を高めていって、給付もそれに応じて充実します、というようにめりはりをつけた方が国民にわかりやすいと思います。一番よくないのは、低負担、高福祉の幻想を国民に抱かせ続けるということです。

西沢 前回の年金改革の際、強く印象に残ることがありました。前回の年金改革法案は、2000年3月に可決しまして、給付を抑制する方向は正しかったと思います。そのとき、民主党は、年金を減らすことへ抗議する趣旨の新聞広告を打ったわけです。それから3年たって、劇的に民主党が変わっているかというと、そう思えない。本来であれば、前回改革時に、民主党は「その程度の削減で将来につけ送りをするのか」と言うべきだったでしょうし、今回もそう言うべきでしょう。加えて、「ある程度給付を削減しても、給付の確実性が高まります」と説明すべきでしょう。政府としても、払えないような年金額を約束するよりも、払えるだけにとどめて、確実性を高めるということで、国民に安心感を与えますというふうに発想を転換しないといけない。

選挙権も発言の機会もない将来世代の保険料率を、今から上げる方向で決めておく権利が現在の世代にあるのでしょうか。この点を考えなければいけない。ただ、それには時間も情報も全然足りない。情報としては世代間格差フ試算値などが必要です。また、保険料率を引き上げるというシナリオの実現可能性を検証するには、国民年金ではなく厚生年金の空洞化もどれくらい進んでいて、保険料率を上げていけば、企業収益や労働需要がどうなっていくのかということも、データをもとに慎重に検証しなければいけない。

工藤 一番まずいのは、給付はいじくらない、負担もいずれ検討します、と。

中村 そう。それで、積立金だけ減っていく。しばらくは大丈夫ですねとなるのが、抜本的改革を遅らせるのでまずい。

小塩 坂口大臣は今ある145兆円の積立金は、給付を維持するために取りしていきましょうと言っています。非常に明確なマニフェストがなければ、明確な方針なしに積立金を削っていくという最悪のパターンが、選択される可能性はかなり高いと思う。

西沢 ただ、それは過度な期待を抱かせることで、本当に改革するというインセンティブを削いでしまう。本来は5番目ぐらいに来る話にすぎない。


厳しい小泉政権の社会保障評価

工藤 今日は医療制度改革の評価には行かなかったのですが、とりあえず年金の議論では論点が浮き彫りになりました。社会保障問題でマニュフェストに何を期待すべきか。それから、今の小泉政権のこの分野での採点を最後にお伺いしたいのですが。

西沢 評価対象を小泉政権と世の中全体の年金改革に関する動きという2つに分けるのであれば、小泉さんは0点でしょう。一方で、世の中全体の動きに関しては、前回の改革では、まだ諮問会議はなく、年金審議会を中心にやっていたわけですから、今回、諮問会議が新たに登場したことはよかったと思いますし、政党のマニュフェストの草稿を見る限り、民主党は、内容がまだ不透明な部分が多いとはいえ、年金改革も盛り込んでいますから、改革全体の動きに関しては50点ぐらいでしょうか。

中村 0点というよりも、彼にとって正念場は2004年ですから。だから、もしも削減に踏み込めたら評価できます。給付の削減が明快に来年の法案で通ったら評価できます。少子高齢化対策が始まるからです。世代間扶養の原則により運営される公的年金制度を守るために、給付を削減し、現役世代の負担軽減が必要と、明快に政党が発言するようにならないといけない。また、ジャーナリズムもそろそろオピニオンを持っていただきたい。年老いた方の年金を切る気かとかいう数値では困るわけです。負担が重くてまた制度不信から、20歳代の4割が国民年金を払っていないことをあわせて、公的年金制度を存続させるためにはどうすればいいかを語るべきです。

小塩 小泉政権マクロ経済全体で、年金問題あるいは社会保障の問題を議論しましょうという枠組みをつくったということは、プラスに評価できると思います。ただ、全体を通して見ると、小泉さん自身は余り関心がないような印象を受けます。郵貯の民営化を進めるというが、どこまで意味があるのか。それより社会保障の改革に力を入れて国民を納得させていただくような議論をしていただきたい。

我々の議論は、厚生労働省に対する批判が強かったですが、担当者は現行制度の問題点というのは我々以上に深刻に受けとめているはずです。特に、年金の数理を担当している人たちは、今の制度は維持できないということをきちんと理解している。自民党の議員も、今の制度は維持できないというのは皆さんわかっているはずです。

ですから、だれかが、今の制度は維持できません、こういうように改めていかないといけませんと言えば、結構、国民は合意できるのではないかという気がする。もちろん、年金を削られると困りますという議論は出てくると思いますが、そんなことを言っても維持できません、今の若い人を見てください、ちゃんと払っていませんからと言えば、普通、常識のある人だったら、やっぱりこのままでは無理だなというふうに納得するはずです。強行突破できるような気がしてならない。そういう期待を残しておいて、40点ぐらいと高めにしておきます。今後の期待という意味で。

湯元 基本的にキャッチフレーズの打ち出し方の問題だと思います。給付カットが必要なのは間違いないわけですが、それをストレートに打ち出せと政治家に言ってもなかなかできない。例えば、アメリカの年金は、公的年金と401Kと合わせたら、1人平均で27万円もらっている。日本もそういう方向に持っていきます、といったような打ち出し方だったら、国民のコンセンサスを得やすいかもしれない。もちろん、給付がカットされる部分については皆さんの自己責任や自助努力でカバーしていただかないと今の制度はもちませんと、そこまで明確に説明ができて、将来においても不安がないような姿を提示できるのであれば国民も納得できる。しかし、今の議論をみているとそうした視点が欠けていると言わざるを得ませんね。

工藤 ありがとうございました。


(司会は工藤泰志・言論NPO代表)