日本の外交に今、何が問われているのか ―鳩山外交を評価する―

2010年3月09日


100120外交座談会
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参加者:明石康氏(元国連事務次長)
    白石隆氏(政策研究大学院大学 客員教授)
    添谷芳秀氏(慶應義塾大学東アジア研究所所長、法学部教授)
司 会:工藤泰志(言論NPO代表)


第3話 日米関係は修復できるのか

工藤泰志工藤泰志 それでアメリカとの関係ですが、アメリカとの「緊密で対等な関係」を作っていくということで、「日米地位協定の見直し」を提起し、米軍基地のあり方も「見直しの方向で臨む」と。その後、普天間問題では、十何年やってきたことをひっくりかえしてしまいましたが、これはどう評価しますか。


軍事的な領域で「対等」を持ち出すのは最悪

明石康氏明石康 「緊密で対等な」の順番が大事なので、本当に緊密な関係に立てば、二国間の関係でも色々な今までの歪みみたいなものを直し得るのですが、そのためにはまず新政権がオバマ政権と正面から向き合い、色々な問題について忌憚なく話し合えるような関係を作っていなくてはいけない。それなのに、「対等な関係」というものを最初から持ち出したから、ボタンの掛け違いが始まった面もある。


添谷芳秀氏添谷芳秀 繰り返しですけど、最悪なのは軍事的な領域で「対等」という象徴的スローガンを掲げているということです。当然、日米関係にも対等性を追求すべきところはあります。でもそれは軍事ではない。軍事はやっぱりある意味所与にして、言い方は悪いけど、軍事的に日本はアメリカのサブシステムですから、そういうものとして整備する。そこで対等性を言ってもそれは日本外交の土台、資産を壊すだけの話ですから、軍事関係をうまく運営しつつ他の領域で対等性をというのなら成立しうる話です。アメリカもそれはむしろ歓迎すると思いますけどね。
 そうなると「対等な日米関係」で日本がどう変わるかというと、おそらく日本の役割が高まる。おそらく軍事的な面も含めて。そういう日米同盟の進展というものはアメリカも大歓迎です。オバマさんが日本に来た時に、「日米は昔から対等だった」みたいな言い方をしたけれども、アメリカから見て対等というのは日本がちゃんと役割を果たすということなわけです。その意味で、鳩山さんとオバマさんは、完全に前提が違う。

明石 「対等」という言葉もね、これは法的に対等だということですよね。主権国家として、主権において大きな国も小さな国も対等だということは国連憲章に謳ってある言葉だし、実は50年前に当時のアイゼンハワー大統領が、まさに「日米は対等で相互理解の上に立ったパートナーシップである」ということを言っていますが、その場合の「対等」というのは、かなりレトリカルな、概念的な対等であって、添谷さんがおっしゃるように現実に軍事的には対等じゃない。アメリカは今は唯一の超大国ではなくなったと思いますが、にもかかわらず世界で一番力を持った国だと言えるわけですね。そこら辺を読み違えてはいけない。「対等」という言葉に何かメスメライズ(魅せられる)されたようなアプローチは、滑稽といえば滑稽ですね。

白石隆氏白石隆 日本の外交戦略が新政権になって変わったかというと、変わっていない。日米同盟堅持ですし、アジア重視です。東アジア共同体は今、注目されていますけど、最初にこのことばを使ったのは小泉さんです。ということは、現在の政権がやっていることは再調整、英語で言うとrecallibrateしているのであって、決して基本戦略そのものを見直して変更するということではない。
 不幸なことは、再調整するつもりで、事実上、基本戦略の前提となっているアセットを壊していることです。日米同盟について言うと、すでにお二人から話があったように、「対等」ということでどういう関係を作りたいのか、そこでおよその着地点も考えずに寝た子を起こしてしまった。equality、対等な関係ということばをワシントンの人たちが聞いたとき、かれらは歓迎した、日本はアメリカと対等にburden-sharingをやってくれると考えた、ところがそうではなくて、日本はdecision-makingのところで対等と言っているようだということになった(笑)。

添谷 アメリカのプレゼンスを減らすことによってイコールになると(笑)。

言葉の重みがわからない総理大臣

白石 そう。だから、日本は自分たちができるところまでやる。しかし、それでは少しまずいのではないか。それが基本戦略そのものにどう跳ね返るか、それをおそらくそれほど深刻に、政権が交代したのだから当然だろう、ということでやってしまったというところが大きいと思います。
 それから、もうひとつ、また信頼関係の問題に戻るのですが、政治は言語です。総理の言葉の重みというものには凄まじいものがある。それがはたしてどれほど分かっているのか。オバマ大統領に「トラスト・ミー」と言って、その翌日には「いや、あれは」と言ってほとんど否定するに等しいことを言った。あれには正直言って、ぞっとしました。。自分の言葉がどれくらい重いか、総理はそれを十分すぎるほどに理解しておく必要がある。僕にはこの2つが今の日米関係を非常に難しいものにしていると思います。
 ただ誤解のないように言っておけば、今の普天間のゴタゴタで日米関係が崩れるかというと、そんなことはない。東アジアの安全保障の構造、日本とアメリカの戦略的合理性がどういうものか考えれば、日米同盟がこれくらいのことで壊れるということはない。現政権に批判的なメディアは、相当、アラーミスト(alarmist)で、「こんなことをしていると日米同盟が壊れてしまう」といった記事を書く。それは特に、ワシントンの要人の誰かが何か言うと、本当に飛び上がったような記事が出てくることに見る通りです。しかし、これは正直なところ、もう少しバランスを考えて書いた方がよいと思う。

添谷 最終的には日米関係を壊すような話ではないと思う。なぜかというと、今の民主党政権、あるいはそのリーダーシップを支配しているような情念は、日本の世論にずっとあった。従来はそうした国内政治環境を前提にプロが安保政策を作ってきたわけでしょう。その世論の部分、国内環境であったものが、政府のトップからそのままボーンと出ている。
 だから、昔からそれが政府の政策を覆すことができなかったように、あるいは決定的に縛れなかったように、それをトップがやったって形にならない。いずれ世論レベルの情念に沈殿せざるを得ない。そこに早く政府とトップが気付かないと、いつまでたってもこの状況が続く危険性はあります。だけど日米同盟は崩れないですよ。日本の右と左の情念が攻撃してきてもずっともってきたというこれまでの50年の歴史、あるいは1951年からすれば、もっと長い歴史はやっぱり相当重いし、そこには何か重要な理由があるはずです。そこに早く気付かないと、混乱した状況が続くというのが最もあり得るシナリオですね。

明石 一時、韓国であったように、国民の反米感情が、結局政権の対米政策を変えるというところまでいくと、大変なことになる。今の政権になってそこの舵の切り具合がまたもとに戻ったわけですけれども、あまりムード的なものが政策そのものに反映するならば、日米関係も本質的に変わってしまう。誰がやっても修復できないということになりかねない危険性はありますね。

白石 それはもちろんあります。

添谷 マネージメントは難しくなりますね。

工藤 今の段階で、日米関係の修復が可能な兆しというものはどういうところに...。

政治家はリスクをとって決断すべきだ

白石 兆しはありません。しかし、政治的リーダーシップとはなにかというと、結局のところ、リスクをとるということです。リスクを取らずに、あらゆる方面にいい顔ばっかりしようとすると、こういうことになる。リーダーはリスクをとると思い切ればよい。

明石 鳩山さんの年頭の記者会見を見ても、国民の考えを体現するのが政治家の役割であるというのがある。しかし、国民の意見を十分に踏まえたうえで自分で判断し、悩み、決定するんだという政治家の役割が、ぽかんと欠けているような感じがするのですね。

工藤 民主党はこの日米問題の修復はできるのでしょうか。

白石 重要なことは、いまやっていることは再調整、recallibrationだということを思い出すことです。不幸なことに、もう寝た子を起こしてしまった。いまやるべきことは、少しくらいコストはかかっても、ともかくリスクを取ってまた寝かせるしかない。そのためにはともかく決定することです。

添谷 日米の間でもとに戻すのはそんなに複雑な話ではないと僕は思う。ただ国内はね、たとえば沖縄問題はねえ、もう無理。これは元に戻っちゃったね。

白石 公共事業しかない。

添谷 名護市長選挙の結果も反対派に戻ってしまいました。

白石 最悪ですね。

添谷 またそれが、明石さんがおっしゃったように、「国民の声を代弁するのは私だ」みたいな流れになってしまっている。

工藤 今の政権は、自分たちの目指すべき何かについて国民の合意を形成するような努力をするような政権に進化できるのでしょうか。

添谷 民主党はやっぱり経験して勉強するしかない、と思います。これはもう自民党に変えれば戻るかって、そういう話ではない。そうなったら、それはそれでまた時計の針が戻る。民主党が勝ったというのが日本の政治の進歩であることは間違いないから、それはそのまま前進しないといけない。すると当面は、民主党が変わって民主党の中で立て直しをするという展望にしていかないと。
 この論理はアメリカも分かると思います。アメリカの誰かがこの議論をしていますよ。つまり政治的変化の意味の方が重いんだから、普天間の見直しにアメリカは応じろと。これは軍事的論理じゃなく、政治的論理です。
 だから、そういう前提でアメリカが対応してくるというのはひとつの展望だと思います。つまりアメリカがそれくらい懐を深く対応すればね。その時にやっぱり政治的変化の意味を第一義的において、「まあ民主党にはちょっとお付き合いするか」という前提でアメリカが出てくれば、なにか展望は開けるかもしれません。それはそれで悪くないと思います。
 ただ、そうなると普天間は当分残る。少なくとも、新しい議論をしている間は。アメリカから見れば、それは軍事的には悪くない。日本国内がそれで持つかというと、それは別問題かもしれません。ただ、そのぐらいの対応をアメリカがしてくると若干アメリカへの感覚も変わっていく可能性はありますね。

明石 現政権は世論というものにあまりにも敏感だが、もう少し理性的な代議制民主主義というものの中での政治家の役割を深く自覚する必要があります。いわゆる「民の声」という漠然としたもののなかにあの人たちが埋没しないようにするためには、「民の声」が非常に多層的なもの、多様なものであるということに気がつく必要があるし、そういう意味では知的により優れた世論というものが形成されていかなくてはならない。そのためには、私は「言論NPO的なもの」が、やや高次な外交政策での合理的な選択肢を政治家に提示しうるような足腰の強さを備えていくことが必要だと思います。

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 言論NPOでは、鳩山政権の評価議論を随時公開します。第1回目は、「外交政策」です。日本の外交に今、何が問われているのか、鳩山外交はそれにどう答えたのか、を白石隆氏、明石康氏、添谷芳秀氏の3氏が語り合いました。司会は言論NPO代表の工藤泰志です。

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