日本の外交に今、何が問われているのか ―鳩山外交を評価する―

2010年3月09日

100120外交座談会
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参加者:明石康氏(元国連事務次長)
    白石隆氏(政策研究大学院大学 客員教授)
    添谷芳秀氏(慶應義塾大学東アジア研究所所長、法学部教授)
司 会:工藤泰志(言論NPO代表)


第4話 アジア外交でリーダーシップを発揮できるか

工藤泰志工藤 アジアに話を移します。民主党は、「アジア外交の強化」で「東アジア共同体の構築を提唱」と言っています。でも具体的にどういう風にしていくというのはよく分からない。それからアジア・太平洋の域内協力体制とかFTAとか言っていますが、アジアの中で具体的な形で日本がリーダーシップを発揮できるという要素がこの間見えたのか、今後どういう形でそれできるのか、という点からお願いします。


白石隆氏白石 東アジア共同体構築という構想は以前からあった。別に鳩山総理が新しく言ったわけではない。通貨とか通商とかは少しは進んでいます。しかし、基本的には、ASEAN+1の枠組みにおいてです。その意味では、バイはすすんでいるけれども、マルチは2000年初頭と比べてまったく進んでおらず、やはりトークショップというところが相当ある。
 その意味で鳩山総理が「東アジア共同体構築をやります」と言ったことで、全体的な雰囲気としては「さてそれでは日本は今までと何か違うことを言うのか」と、みんな関心を持って見ている。そこでまた「トークショップやります」というと、「なんだ」ということになる。その意味で、日本としては、かなり具体的な提案していく必要がある。それを日本のオーナーシップとしてではなく、リージョナルなオーナーシップで提案していくようにしなければならない。そこはまだ始まったばかりです。しかし、この秋には、いくつか、そういうものが出るかもしれない。

中国の自給自足が進む可能性も

白石 もうひとつ、こっちの方を僕としはずいぶん心配しているのですが、今回の世界金融危機の中で一般的に言われていることは、アジアにおいて、アメリカをマーケットにした輸出主導型の経済成長モデルが終わった、これからは内需主導型の経済成長だ、そこでの内需というのは地域内需であり、その意味で東アジアは、これからますます大きな意味を持つ、ということです。その証拠に、新政権の成長戦略にもアジアが6つのキーワードのひとつになっている。
 では実際にどうなっているのか。中国は相当規模の財政出動で景気対策をやっている。しかし、中国の内需は地域内需になっていない。それどころか、2008年上半期の中国のアジア(中国以外)からの消費財の輸入は90億ドルです。それが2009年の上半期には60億ドルに減っている。アメリカは1100億ドルが750億ドルくらいに減っている。韓国は中国と同じで、90億ドルから50億ドルに減っている。つまり、はっきり言えば、消費財市場としての中国の規模は韓国と同じ、日本は300億ドルくらいですから、日本よりもはるかに小さい。そこが増えていないどころか減っている。これでは地域需主導の経済発展なんてできっこない。
 それからもうひとつ、これまでは、日本、韓国、台湾、アセアン諸国が、資本財と中間財を中国に輸出して、それが中国で最終財になって、アメリカに輸出されていた。それがこの7,8年の三角貿易の構造だった。しかし、近年、中国で産業高度化に従って中間財の生産が急速に増えている。その結果、ASEANが負けている。
 その結果、どうなるか。短期のデータで長期の趨勢を予測するのは危険が多いのですが、僕としては、中国がこれから自給自足になっていく可能性があるのではと懸念しています。東アジア共同体は、将来、この地域の国々が経済的にますます相互依存的になっていくということを前提にしている。しかし、本当にそうなるか。そこをきちんと見た上で政策的対応をしないととんでもないことになりかねない。日本としては、そういう可能性も考慮して、一つには日本企業のチャイナ・プラス・ワン戦略を政策的に後押しする、もう一つには日米FTAの交渉に入る、というのがいま求められていると思います。これからは東アジア共同体構築で行きます、これによって東アジアの経済はますます統合されます、万々歳です、という単純な話ではどうもなさそうです。

明石 それから鳩山さんの場合、「アジアの統合」とか、「協力関係の深化」というものがヨーロッパ型で進行するんじゃないか、というこれまた思い込みがあるように思います。東アジア共同体なんてものができる、できないに関わらず、アジアにおける経済協力は相当進んでいるし、さらに進むでしょうね。地域的な共同体といった制度的なものはその色々なプロセスの果てに浮かび上がってくるし、主導権を持ってどこかの国が旗を振るという性格のものであってはいけないのではないか。特に、かつて「大東亜の盟主」になろうとした国が真っ先に旗を振るというのはまた色々な誤解を招く。ASEAN諸国がやっていることはまだるっこしい思いはあるでしょうが、花は他の国に持たせた方がいいと思います。

工藤 中国も「ASEANを立てろ」みたいなことを言っていませんでしたか。

明石康氏明石 そうそう。中国はむしろいま白石さんが言われたように、自給自足するような経済に進んでいる節がある。そういう意味でも日本に旗を持たせないためにもASEANを盛りたてていこうという姿勢を取っているのだと思います。
 アジアとヨーロッパは似ている点もあるけれども違う点もたくさんある。ヨーロッパの場合は経済的な統合がEUという制度に結び付き、安全保障ではアメリカを含んだNATOというものが別途できた。NATOとEUのオーバーラップがあとで色々な問題を引き起こすわけですが、割とうまくいった。アジアの場合はやはり、安全保障はアメリカ抜きに考えてはいけないし、また東アジアと言っても、南アジアのインドあたりを無視できない構図もあるわけです。そういうことで、経済面では実態を進め、制度はその後に、ということで、それから経済と政治、軍事をどういう風に結びつけるかについてはやっぱりアジア的に考えていくことです。アメリカをどこかにおいてけぼりにした形での東アジアの、ないしはアジア全体での安全保障は考えられない、ということを肝に銘じながら進んでいく必要がある。けれど、民主党は長い間、野党であったせいもあると思いますが、何かこう、机上の空論と言うか、きれいごとの制度作りに走りたがる傾向がある。

ASEANとの関係を再定義すべし

添谷芳秀氏添谷 鳩山外交に希望があるとすれば東アジア外交かな、という思いはあります。アメリカ依存を軽減したいという見取り図のなかでアジアを向いているというのは戦略にならないと先ほど申し上げました。その前段部分は切り捨てて、アジアに向いているところをどうエンカレッジしていくかという発想が僕の意見の前提にあるのですが、鳩山さんが東アジア共同体と言ったとき、世界中が耳をそばだてた。これは大げさじゃなくてです。鳩山さんが何か言うと、みんな聞く。アジアはそうです。これはすごいチャンスです。意味のあることを言えば、ものすごいインパクトがある、そういう政治的環境が出来上がっているのです。だんだん、みんな、「なんだ、中味はないのかな」という感じになりつつあるのですが。そういう意味では非常にもったいない。だから本当に意味のあることを言えば、まだ周りはみんな聞きますよ。
 それで、鳩山外交には2つの潜在的な新しさがあると思っています。こういう東アジアの地域主義とか共同体の議論は、色々な国が言っていますが、奇妙な共通点は、どこも大体ナショナル・ストラテジーとしてです。要するにそれぞれの国の戦略として東アジア共同体という言い方をしている。しかし、そこを超えないと本当の超国家的なイニシアティブとかリーダーシップにならない。
 鳩山さんがそれをやる可能性があるとすれば、要するに日本が何をやるという話ではなくて、アジアの他の国との共同のオーナーシップで何かやるというような発想で、具体的なイニシアティブを出していくことです。その時に日本とASEANの関係というものは、やっぱり再定義する余地があるんじゃないかと思う。日本はずーっと「ASEANは大事だ」とお題目のように言ってきた、中国も今は同じことを言っている。それでASEANは「自分たち以外にオルタナティブはないだろう」という開き直りをずっとしてきた。そこで、なぜASEANしかできないのかというところをもうすこし掘り起こしたらどうか。日本とASEANの関係を、何か地域の秩序作りで共同行動をとる次元に引き上げていくといった発想で、日本の提案を組み直していく余地がありはしないかというのがひとつです。
 もうひとつは、鳩山さん先のシンガポールのスピーチでも、「アジアは様々に複雑な対立要因を抱えていて、それを乗り越えて共同体をつくるんだ」と言う。その時に「友愛でやる」という論理構成になっているわけですが、そこはさておき、そういうアプローチを取るときに日本が真っ先に取り組まなければいけない課題、あるいは日本が最も困難な問題を抱えている相手と言うのは近隣諸国だ、という出発点があるわけです。つまり、韓国と中国です。これはいわゆる歴史問題の話になるわけで、そこをクリアしないと共同体的なものはできませんから、これは日本側が発するメッセージとしては非常に重いと思います。
 鳩山さんが韓国に行ったときに「民主党は歴史を直視する勇気のある政権だ」という発言がありました。これは、単に日韓関係というバイで考えるのではなくて、今言った東アジア共同体的な志向性を持つ中で、近隣外交が大事だという位置付け、そこから出てくる対応だ、というように意義づけをし直すことができます。鳩山さんはそういうことを実は部分的に言っているのですが、それをもう少し明示的に強いメッセージとして、要するに東アジア共同体論の中での歴史問題および近隣外交の位置づけを明確に発信すると、メッセージ性がものすごくあります。もちろん国内で反発も一杯出ると思いますが。
 近隣外交に焦点を当て、日本独自にやるのではなくパートナーと一緒にやっていくという指向性を明示的に出して、そこに韓国も引き込むべきだというのが僕の持論です。鳩山さんがそういう東アジア共同体のコンセプトをしっかり作って、代表的なスピーチをバーンとやれば相当なインパクトがあると思います。

工藤 では、鳩山政権が続いたとして、アジア重視で何に取り組むべきなのでしょう。

歴史問題で大掛かりな研究のファンドを

白石 いま添谷さんが言われたように、歴史問題についてはいまがチャンスだと思います。もちろん一朝一夕には片付かない。時間はかかる。しかし、100億円位のファンドを作り、それで、「20世紀アジアにおける植民地支配と戦争と革命、反革命の研究」といったテーマで息長く、研究助成をすればよい。。

明石 面白いなあ、それは。

白石 その代わり、研究成果は全部、英語、韓国語、中国語、日本語等で、ウェブに出す。最近、痛感していることですが、南京�%

 言論NPOでは、鳩山政権の評価議論を随時公開します。第1回目は、「外交政策」です。日本の外交に今、何が問われているのか、鳩山外交はそれにどう答えたのか、を白石隆氏、明石康氏、添谷芳秀氏の3氏が語り合いました。司会は言論NPO代表の工藤泰志です。

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