安倍政権4年実績評価「経済・財政政策」

2016年12月29日

2016年12月16日(金)
出演者:
内田和人(三菱東京UFJ銀行常務執行役員)
加藤出(東短リサーチ代表取締役社長、チーフエコノミスト)
田中秀明(明治大学公共政策大学院教授)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)



第1セッション:経済分野の政策をどう評価するか

c6dd8e0f38aeb31a09125418246176135ef9cb04.jpg工藤:言論NPOは、2004年から定期的に政権の実績評価を行っています。第二次安倍政権が12月26日に4年目を迎えるにあたり、今回も安倍政権4年の実績評価を行います。そこで、今日は、経済政策について議論したいと思います。

 経済政策に関して安倍政権は、3本の矢からなるアベノミクスを掲げ、経済を立て直して好循環を日本経済の中に起こすと約束しました。この間、選挙の政策の中で数値目標も含めて様々な経済分野での公約を出していますが、なかなかうまくいっていないのではないかという問題があります。これを、どのような視点で評価していけばいいのか、というところから議論したいと思います。

 今日、評価していただく4人のゲストをご紹介します。三菱東京UFJ銀行常務執行役員の内田和人さん、日本総合研究所副理事長の湯元健治さん、東短リサーチ代表取締役社長でチーフエコノミストの加藤出さん。最後に、明治大学公共政策大学院教授の田中秀明さんです。

 まず内田さん、経済政策、財政も含めた経済分野をどのような視点で評価すべきでしょうか。

経済政策と財政健全化の整合性がとれているか、という視点が重要

2016-12-28-(2).jpg内田:安倍政権はアベノミクス、デフレ脱却という好循環という流れの中で3本の矢の政策を行っています。第1の矢は、金融政策によるデフレ脱却で、2%のインフレ目標のターゲットを掲げてやってきました。そうした2%の目標に向けて実際の金融政策は、有効的に効いたのか。効かないのであれば、どの部分で有効性が足りないのか。あるいは課題があるのか、というのがまず1点です。

 次に財政の視点については、デフレ脱却によって税収を拡大し、経済成長並びに名目GDPを600兆円に向けて進めることによって財政収支を改善させる、ということがあります。日本は今や、世界最悪の248%の債務残高を抱えています。こうした状況下で、財政再建にどうやって道筋をつけ、ピークアウトさせてバランスをとるか。いわゆるプライマリーバランスであったり、全体の国債債務のバランスをどうとるか、というところが2つ目のチェックポイントだと思います。

 最後に、日本の場合は金融政策、財政政策で需要を拡大させても、経済成長が加速しない最大の理由はサプライサイド(供給側)にあると言われています。資本が積まれたり財政で刺激されていても、新たな産業や、規制が撤廃されて新たな事業が展開されにくい。そうした事業が展開されるようなプラットフォーム、仕組みができているか、といったことが第3の矢になるわけです。そういった点を、一つひとつのアジェンダをチェックしながら評価をしていくというのが重要だと思います。

湯元:ここの4年間の経済パフォーマンスを数字で見た上で、内田さんからご指摘のあった3本の矢が、果たしてどのように有効に作用して一定の成果を生み出したと見られるのか、あるいは有効性が発揮されていないとみるのか、一つひとつの矢をしっかりと評価・検証することが大事だと思います。つまり、名目成長率3%以上、実質成長率2%以上という中期目標に向けて、何がどこまで達成されているのかという実績評価が1つあると思います。

 2つ目として、経済成長は、本来的に持続的なものでなくてはなりません。そういう意味では、潜在成長率が0.5%以下に低下してしまっていますが、それは少子高齢化や人口減少など様々な構造的要因の影響を受けているためです。この潜在成長率を引き上げるという課題こそがアベノミクスの中の一番重要な課題なのです。そこで第3の矢である成長戦略が、いかに有効に実行され、どのような成果をあげているのか、そういうところを評価していく必要があると思います。

 そして3番目は、内田さんからご指摘があった通り、特に第2の矢の財政、機動的な財政支出拡大と、中長期的に見た財政健全化がどれぐらい整合的に実行されてきているのか、という点も非常に重要な課題です。財政支出が拡大して、財政赤字だけが増え続けるということであれば、それは政策として正しい政策とは言えません。私は、アベノミクスの第二の矢が財政健全化と整合性が取れているとは言い難い状況だと評価しています。

 概論的に結論を申し上げると、私の見解は3本の矢のうち、安倍政権は第1の矢、第2の矢に過度に依存しすぎた。他方で、第3の矢はスピードが非常に遅く、成果がなかなか現れにくい状況になっている。その結果、持続的な経済成長、実質2%以上、名目3%以上という目標になかなか到達していない、あるいはインフレ目標も2%には程遠い状況にあるということだと思います。

中長期的に国民の将来不安を低下させていくか、という点にウェイトを

2016-12-28-(7).jpg加藤:金融政策は、この4年間に非常に大胆で、かつ壮大な社会実験をやってきたわけですが、その結果、金融政策だけではうまくいかないなということは、共通認識になってきたのだと思います。経済のムードを明るくするきっかけ作りとしては良かったと思うのですが、湯元さんもおっしゃったように、中長期的に潜在成長率をいかに押し上げていくか、ということをやっていかないと自然利子率も上がっていかないわけです。人々の将来不安も和らいでいないこともあり、金利を下げれば効果があるかというと、どうしても限界が出てしまう。また、潜在成長率を引き上げていかないと、財政再建を進めていく上でも、社会保障費などを相当切り詰めていく必要があり、かなり将来が暗くなってしまいます。いかに中長期的にアプローチしていくかが重要です。

 安倍政権は当初からかなり支持率が高く、海外から見れば今でも高い支持率を維持しているわけですから、サッチャー改革、あるいはシュレーダー改革のように、もしかしたら安倍政権中は成果は出ないかもしれないけれど、後の世代には大きな恩恵があるというところまで本当は踏み込んで欲しい。しかし、これまでのところは、どうしても目先の対応にとらわれてしまっている、と思います。

 ただ、新3本の矢の、安心につながる社会保障、夢を紡ぐ子育て支援、希望を生み出す強い経済、といった視点は非常に大事だと思います。今年、マイナス金利を取り入れているスウェーデン、デンマークに行ったのですが、社会保障が手厚い国では、人々に将来不安があまりないので、マイナス金利になっても老後の生活資金が心配だ、というような議論があまり出ていませんでした。金利を下げることが、日本に比べるとポジティブに受け止められている面もあり、金融政策の効果は人々のマインドとの相対的な関係に大きな影響を受けることを痛感しました。そういう意味でも、中長期的にいかに将来不安を低下させていくか、ということによりウェイトを今後置いていってほしいと思います。

立ち止まって問題分析や政策の優先順位の再考を

2016-12-28-(5).jpg田中:安倍政権は日本経済を立て直すため、名目3%、実質2%の成長率を達成し、でデフレから脱却するとことを目標にしていたわけですから、それが達成できたかどうかが最大のポイントだと思います。最初の1年くらいは円安効果で期待を高めましたが、残念ながら芳しい成果にはならなかった。

 安倍政権を評価する上で考えなければいけないことは、そもそも目標が妥当だったのか、あるいは目標を達成するための手段が、本当に問題を解決するための手段だったのかということだと思います。政策は、実施してみないと分からないこともあるのですが、残念ながらうまくいっていないわけです。そこで改めて立ち止まり、何が日本経済を低迷させている要因なのか、を考えることが重要だと思います。まず、潜在成長率の低下が大きな要因だと思いますが、なぜそうなっているのか。問題を正しく分析しないと、正しい政策を立案することはできません。病気の原因がわからない限り病気は直せません。そうした視点で、アベノミクスをレビューし、更に必要な政策の優先順位を考えていくことが、この時点で安倍政権がとるべきことではないかと思います。

経済の好循環は起きているのか

工藤:今、田中さんが指摘したことはその通りだと思いす。実際に、安倍政権が掲げた数値目標をベースにした経済目標は実現していないわけです。この問題をどうすればいいのか。今年7月の参議院選の公約では、当初掲げた目標の数字すらなくなっていました。そこで、自民党政調会長代理の新藤義孝さんに「なぜ公約に数値目標を書かないのか」と聞いたところ、公約に書かなくても骨太の方針や、政府の政策に入っているから書かなくてもいいのだ、と話をしていました。しかし、政府の政策に入っているのであれば、公約に掲げてもいいのではと思いました。そうしたように、掲げられている目標がことごとく崩れてきた。しかも日銀に関しては、物価目標が黒田総裁の任期中にはできないということを事実上認めました。加藤さんは壮大な社会実験と言いましたが、かなり大きな社会的な実験なので、引くに引けないような話になってきてしまっている。「一度立ち止まって」という田中さんの指摘はその通りだと思うので、もう一回基本的な質問をさせて頂きたい。

 確かに数値目標は達成できていないのですが、しかしこの経済目標は、数値目標を掲げた経済政策目標を提起し、それを実現しながら国内における資金の好循環を作っていくことで、色々な形で波及していくサイクルが起こるという立てつけでした。しかし、今まではそれが何回も起こっていない。これから起こってくると言いながら、起こっていなくても中央の話が地方に波及するとか、色々なロジックだけは用意されてきたわけです。しかし、本当に実現したのでしょうか。この目標はとんでもない、まったく無理な目標だったのでしょうか。それとも、目標はうまくいっていないが、経済の好循環という動きの展開に道を開いているのでしょうか。それとも、それすらできない、目標と手段も含めてすべてに疑念がある段階なのでしょうか。

内田:まず、名目GDP・600兆円という数字があります。安倍政権がスタートする前の2012年は474兆円でした。それが、GDPの基準の改訂があったこともあり、直近の数字では一応537兆円になります。従って4年間で約50兆円超は増加している。基準改定がありますから、実際は30兆円ぐらいですが、いずれにしても名目GDPとしてはそれなりに上がってきている。ただ、600兆円をベースにするとかなり距離感はあるのですが、問題はそこに向けたプロセスだと思います。600兆円があり、2%というインフレ目標に対して、例えばアカデミックや我々実業家の中では、こういった先進国の中では実体的には1%そこそこのインフレ率が良くて、潜在成長率がほぼ0%台ということであれば、名目成長率も1~2%程度の成長率がベースにある。ここがある意味コンセンサスではあると思うのですが、それについて高い目標を設定すること自体は良いことだと思います。

 ただし、そのアプローチと政策の適切性、有効性を必ず評価しなければいけないと思います。加藤さんがおっしゃったように、日本銀行の政策というのは今や国債を大量に購入して量的緩和をするという政策ですが、わずか4年間で日銀の国債を購入する規模、日銀の総資産とGDPの関係で言うと、これまで30%程度だったものが、今では100%に迫るぐらいに増えています。欧米の中央銀行は大体20~30%ですから、あまりにも乖離がある。この乖離に対して、その有効性はどうなのかと評価した時に、明らかに量を拡大しても実態経済の方にマネーが回らないということは、ある意味実証されているわけです。どうしてマネーが実体経済の方で回らないのか、あるいは賃金が上がったり企業収益が上がるにも関わらず、設備投資に回らないのか。こういうチャネルのプロセスが問題であって、私なりの回答は冒頭申しましたように、日本経済にパイが広がらないような制約要件がある。規制であったり、新しい産業へも積極的に投資するという環境づくりが無いということで、プロセスを明確化するということが評価には絶対的に必要ではないかと思います。

求められる飛躍的規制改革  ――物価先行上昇策に誤りが?

2016-12-28-(4).jpg湯元:マクロ経済や物価目標の数値が妥当なのかということは識者によって見解が異なると思いますが、少なくとも安倍政権としてはかなり背伸びをした、非常に高い目標を設定しています。目標が高いだけに、現実はその目標に簡単に近づいていくような動きにはなっていないということなのですが、その最大の要因は、先ほども申し上げた通り、3本の矢のうちの最初の2本にかなり依存していて、その最初の2本が想定した通りの効果を発揮していないということだと思います。具体的に言えば、金融政策の方は、量を大量に出すというところから始まり、ついにマイナス金利という領域に入り、更には長期金利を0%に固定するという、政策としては進化を遂げてきたということだと思いますが、最大の狙いは、やはりインフレ期待を引き上げるということにあったと思います。ところが、現実的には日銀自身も検証している通り、日銀が物価目標2%に向けて大胆な金融政策をやるので、2%に物価が上がるだろうというのは「合理的期待形成」という経済理論の中の話であって、現実には国民は現実の物価上昇を見ながらインフレ期待を抱く(「適応的期待形成」)ので、物価上昇率が高まる時はインフレ期待も高まりますが、物価上昇率が下がる時には実際にはインフレ期待も落ちてきてしまっている。つまり誤った理論に基づいた政策を打ったがために、想定通りの姿になかなかなっていないと評価できるのではないかと思います。

 財政支出の方も、相当規模で出しています。安倍政権になってから6回の補正予算を組み、総額の規模で国費ベース、真水と言われるベースでみても26兆9000億円もの資金を出しているわけです。それで出てきた効果というのは、例えば公共投資の拡大がGDPを押し上げる効果は1年目で0.5%ありましたが、2年目はほぼゼロで、3年目はマイナス0.1%。財政政策は、前年よりもさらに金額を積み上げていかない限り、持、続的に経済成長を押し上げる力はない。つまり効果は非常に一時的であり限定的であるということです。結局、残ったものは財政赤字、あるいは財政規律の喪失ではないかと思っています。

 一方で、経済成長率の目標を達成するためには潜在成長率を2%以上に引き上げていかないといけないわけですが、それを達成するために様々な改革が実行されています。女性の活躍推進もそうですし、外国人労働者の活用も労働力人口の減少に対応した政策だと思います。規制の撤廃、特に岩盤規制を撤廃するために、国家戦略特区を作って大胆な規制改革を推進しようとしていますが、これがまだまだ期待したような成果に結び付いていない。効果が表れていない理由は、そもそもこうしうた政策の効果が出るまでに3年から5年ぐらいはかかるため、そう簡単に目に見えて効果が表れない。成長戦略も細かく見ていくと、もっとより大胆なことができるのではないか。特に規制改革の分野だと思いますが、まだ物足りなさを感じる部分があります。こうした成長戦略を量・質とも飛躍的に進めていかないと、なかなか前に進んでいかないのではないでしょうか。

 それから、「経済の好循環」についていえば、企業業績が良くなったことは事実なのですが、それが賃上げ、特に実質賃金の上昇になかなか結び付いていない。物価目標2%を先に設定して、そこに持っていくように金融政策を運営した結果、当初為替が円安になって物価が先行して上昇し、賃金が遅れて上昇しましたが、賃金の上昇幅がまだまだ弱いため、どうしても実質賃金はマイナスになってしまう。このため、個人消費はなかなか大きく増えない、経済成長率自体も上がっていかない。つまり、物価を先行して上昇させるという考え方自体に、本来的な誤りがあるのではないでしょうか。本来、ターゲットすべきは物価上昇率ではなく、実質賃金だと思います。

財政への信認を維持することが、今の金利を維持するための施策

工藤:湯元さんのお話は、特に金融政策の分野に理論上の誤りというか考え方の誤りがあった、というかなり厳しい指摘なのですが。加藤さん、安倍政権はどう評価しているのでしょうか。

加藤:日銀は9月に総括的な検証を発表しましたが、その中でこれまで基本的な方針は誤っていなかったし、うまくいっていたのだが、原油価格の低下や消費税の引き上げで消費が悪化したといった外部要因でうまくいかなかったのだという説明がなされています。しかし、根本的にはまさに湯元さんがおっしゃったように、当初の見立ての誤りがあったのだと思います。日本銀行の資金供給あるいは緩和の姿勢が手ぬるいために、日本経済が苦境にあるのだという視点は、政権にとっては心地よい面があったのだと思います。。日本経済の実力は悪くないのだ、日銀がちゃんとやればうまくいくのだ、弾みがついたところで、腰を据えて構造改革に取り組めばいいということだったのでしょうが、日銀が緩和をするだけではうまくいかなかったという現実が出てきてしまったのだと思います。

 日銀は金利を随分押し下げたわけですが、金利低下の最大の刺激効果は、将来の需要を手前に引っ張ってくる「需要の前借り効果」です。例えば、住宅でいうと頭金をある程度積まなければ金利が高い時には家を買えないのに、金利がこれだけ下がれば買いやすくなります。しかし、今の我々のように少子高齢化の中で、住宅を購入する世代の人口が減っていると、金利低下で刺激して将来の需要を先食いすると、だんだん枯れてきて将来の需要がなくなってきてしまう。住宅だけではなくて他の様々なジャンルにおいてこうした現象が起きています。ですから、全体的に消費の市場が先細りしていく中で、金利低下で経済を刺激しようとしても、なかなか次の循環に進まない面が出てきているのだと思います。

 一方で、インフレ率はなかなか2%にいかない。湯元さんがおっしゃったように、賃金の上昇と良い循環の中で2%を目指すならいいのですが、インフレを先行させて2%を達成させよう、あるいは円安を先行させて2%を目指すということがやはり難しかった、というのが、この3、4年の経験だと思います。しかし、インフレが2%に届かないのは政府にとって必ずしも悪いわけではなくて、日銀が金融緩和の出口に行きづらいですから、非常に低い金利の状態をキープできる。特に9月以降の日銀の10年物の国債金利を0%近辺に維持するという政策の下では、国債発行コストをかなり抑えることができる。一番心配されるのは、構造改革に役立つ財政の使い方なら良いのですが、かえって財政規律が緩んでしまう単なる痛み止め策に今の政策が陥ってしまうという危険性がある、ということだと思います。

工藤:日銀が今の状況を変えないでやり続けることが、低金利の状態が続くということだと思うのですが、日銀の政策そのものに持続性はあるのでしょうか。それとも、これを大きく変えないといけないというところに追い込まれてくるのでしょうか。

加藤:インフレ期待が上がってくるという形で長期金利が上がってくるならば、当面は、日銀は技術的には国債を買い続けられると思います。しかし、根本的には潜在成長率を上げながら財政再建を進めていくという道筋が見えてこないと、日銀が財政資金を捻出するための便利な豚の貯金箱のような存在になってしまう。そういった中で財政への信任が崩れてくると低金利が維持できるのか、というと限界が出てくる恐れがあります。

工藤:湯元さんの話だと、この4年間で真水で26兆9000億円の財政政策が打たれたということでした。1回限りかと思ったらずっと恒常化していくような、更に去年より予算を増やしていかなければいけないという状況になってくると、3本の矢の位置づけが初めの起爆剤ではなくて、永遠にやる並行した政策体系みたいな形に、結果としてならざるを得ない状況になってしまいます。そうすると今度は財政リスクの方が気になってきます。

一方で、2%、3%の目標は変えればいいえはないかとの指摘もありますが変えられない。それはその目標値をベースにした財政的な長期フレームを作ってしまっていて、目標を見直すことになると、プライマリー赤字、その後の黒字化も含めた立て付けを、もう一度全部作り直さなければいけない状況になってしまいます。

田中:まさにそうですね。見直しは政治的には難しい。財政リスクに関して申し上げると、アベノミクスの最大の問題は、当初の目的が達成できずに、財政規律を低下させていることです。金利の低下により確かに政府は利払い費が浮きます。しかしそれはタダではないのであって、日銀が買う国債の評価損に変わっているだけなのです。また、我々は現実の政治を考える必要があります。経済的に言えば、バランスを考えながら、というのは決して悪いことではありませんが、現実の政治状況ではマイナス金利だから、借金をして予算をどんどん使ったらよいではないかとなってしまいます。安倍政権は高い成長率を達成して財政再建をすると言っていました。もちろん経済成長は財政再建にとって非常に重要な要因であることは間違いないのですが、税収増の多くは補正予算で結局使ってしまっているのが現実です。若干、国債の発行額を減らしていますが、税収が増えると使ってしまう。経済財政諮問会議の議論でも税収増は先使いすればいいじゃないかという議論になっています。

 財政リスクは徐々に増大していますが、日本が直ちにギリシャのような状況になることはないと思います。多少のショックはあるかもしれませんが、まだ日本には貯蓄があって、巨額の政府債務を何とか賄っている。ただ、それがどこまで続くか。色々な推計が出ていますが、オリンピックが終わってから、2020年から2030年の間には国内貯金で政府の借金を賄えなくなり、経常収支が赤字になると予測されています。経常収支が赤字になったら、すぐに危機が来るというわけではありませんが、1つの大きな転機にはなります。経常収支が赤字、すなわち海外からの資金で賄うことになりますが、低い金利で調達できるかです。日本経済の成長を信頼してお金が入ってくるかです。残念ながら、日本国は尻に火がつかないと必要な改革ができない。病気は早く発見して直すことが重要ですが、日本は病気の症状がないので、かえって問題が悪くなっていると思います。

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アベノミクス全体のパッケージを検証すべくいいタイミング

工藤:皆さんの評価に入る前に、基本的な立て付けを聞きたいのですが、この3本の矢の基本的なフレームは、これをやり続けないといけないのか、やり続ける中で中身を大きく変えていくということもあるかもしれませんが、これはちょっとかなり難しいと判断するのか。皆さんの基本的な考えは、どちらの方向に向かっているのでしょうか。

内田:3本の矢というのは、時限性のあるものではないと思います。3つの構成要素は、経済政策を進める上で極めて重要な要素であって、その中身を実態に即して変えていく。第1の矢、第2の矢の役割を少しずつ落として、特に第3の矢に持っていく。ただ、先ほど湯元さんがおっしゃったように、第3の矢については時間がかかる分野ですが、今回の年金改革や、TPPについても米国がどうなるか分かりませんが、自由貿易にしっかり対応するという意味では、この3つの枠組みは今後も続くものだと思います。ただ、持続性とか副作用については注視が必要だと考えています。

湯元:アベノミクスは第1の矢、第2の矢、第3の矢の3つを併せて同時にやっていくという触れ込みでスタートしたわけです。本来的に言わなくてはいけなかったことは、第1の矢、第2の矢は、第3の矢の効果が表れるまでの間の時間を稼ぐために、一定の経済成長ペースを維持する。しかしながら、それは長期的にはできないものであって、第1の矢に副作用が現れれば、第1の矢を終息に向かわせる必要がありますし、第2の矢を何度も何度も出し続けると、財政という問題に直面してしまうので、最初の1、2年、あるいは第2の矢をやるとしたら、消費税を引き上げる時の経済悪化を防ぐ場合に限るという理屈でやるのであれば意味があると思います。しかし、景気がそれ程悪くなっていないような状況の中で、第2の矢を打ち続けていくことには大きな問題があったと思います。そういう意味では国民に対して、3本の矢のうちのどれを、どれぐらいの期間実行しようと考えているのかということを事前に知らせた上でやっていく必要がある。そこが曖昧になっているので、第3の矢に思い通りの成果が出ない。従ってもう1回、第1の矢、第2の矢に頼っていこうという悪循環に入ってしまったということだと思います。

加藤:アベノミクスの「第一の矢」としての日銀の政策は、2年間でインフレを2%にするのだ、そのためにはあらゆる手段を投入するのだ、という意気込みで開始されました。しかし、うまくいかなかった。今年9月に発表された「総括的な検証」で明らかにスタンスが変わって、非常に低い金利の状態を維持したまま、じっとそのままでいて、うまく風が吹いてくれればインフレがいずれ2%にいくだろうという政策に事実上シフトしています。実際に使える追加緩和手段がなくなってきた中ではそういった「検証」は必要だったといえますが、本来は日銀の政策だけではなくて、アベノミクス全体のパッケージがどうだったかを検証すべきだったと思われます。始めてから4年近く経ったわけですから中長期的な改革のタイムスケジュールをもう一回練り直すいいタイミングだろうと思います。

田中:基本的に湯元さんがおっしゃった通りなのですが、第3の矢について、なぜ効果が乏しかったかというと、問題の分析がなく、各省がやりたい政策、ウィッシュリストを単に束ねただけだったからです。問題を解決するための施策のプライオリティーがない。それから、合意形成が難しい政策、例えば雇用や労働市場の問題、医療や介護、社会保障、規制緩和などについては、格好いいことは言うのですが、歯を食いしばって関係者を粘り強く説得して施策を実現しようとしているかというと、そうではない。長時間労働の是正や非正規の問題、それについて本当に歯を食いしばってやるつもりはあるのか。色々聞いているとやはり無い。全体をまとめて言うと、安倍政権の様々な経済政策、成長戦略は、賞味期限は半年しかないと思っています。半年経つと国民も忘れてくるので、地方創生、一億総活躍云々と、半年ごとに、次々と打ち出していく。それでは、なかなか効果のある施策の実現は難しいと思います。

工藤:それは何が問題ですか。政策の体制、ガバナンスの問題ですか。

田中:端的に言うと、経済産業省の人たちが政権を支えているわけで、彼らのカルチャーだと思います。最初に格好良くアドバルーンを上げます。しかし、じっくり問題を分析して、それに対して取り組むということは、あまりない。

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