農協改革で日本の農業は強くなるのか

2015年2月27日

工藤:次は、具体的に農協改革の中身について議論していきたいと思います。まず、政治力を持つ全中が一般社団法人になって政策提言などを行う、そして地域農協への強制的な監察権がなくなり、地域農協が他の監査法人も自由に選べるようになる改革となっています。また準組合員のサービス利用に関しては当面見送る改革案になっています。これらの改革案が持つ意味はなんでしょうか。


大きな一歩を踏み出すも、本来目指した農協改革からは後退

山下:私なりに整理すると、3つの問題があったと思います。1つ目は農協が様々な場面で政治力を行使することです。特に全中という政治的な団体が、農家の利益や農業の利益よりも農協の利益を代弁して政治活動をやってきた。こうした状況に歯止めをかけたかったのではないでしょうか。生協とは違って農協は、戦前の統制団体を転換した団体です。したがってボトムアップの組織ではなく、トップダウンの組織でした。その上からコントロールする手段として有効だったのが監査制度でした。全中の強制的な監査をなくして、一般の監査法人と選択できることにすることで、全中のグリップを弱くしたと言えます。ただこの改革が不十分だったのは、県の中央会を残したことです。県の中央会は農協から賦課金を300億円くらい集めていますが、この都道府県の中央会を残しました。つまり全中を一般社団法人化したとしても、県の中央会は全中の会員ですから、集めた賦課金から全中にお金を上納することは可能です。だから政治力が完全にそがれたわけではありません。

 2つ目の問題は、JA全農(全国農業協同組合連合会)という組織自体にあります。全農も協同組合の連合会だからという理由で、独占禁止法の適用除外を受けています。肥料で8割のシェア、農業機械や農薬で6割のシェア、米でも5割以上のシェアを持っている巨大な独占事業体が独占禁止法の適用除外になっています。だから日本では、肥料などの資材価格もアメリカの倍になっています。全農が高い資材価格を農協に押し付け、農協はそれを農家に押し付けることで、農産物が高くなっている現状があります。そして、高い農産物を維持するためには関税が必要だからこそ、TPPに反対する仕組みができあがってしまった。つまり全農を株式会社にして独占禁止法を適用するという思惑があったのだと思いますが、今回の改革では、株式会社になるかどうかは全農の判断に任せるとなりました。この部分は相当後退したと思っています。

 3つ目の問題は、准組合員の問題です。地域の誰でもが加入できる准組合員を規制しようとしたのは、農協を本来の農業協同組合にする思惑があったのだと思います。先程も説明したように、現在の農協は農業協同組合ではない。准組合員が正組合員の数よりも75万人も多い。ただ5年後に判断を先送りしたということで後退していると言わざるを得ません。

工藤:今の話を聞くと、今回の改革は中途半端だと思うのですが、改革の意味はあるのでしょうか。

大泉:非常に大きな意味があると思います。大きくわけて2つの意味があると思います。1つは、全中は農協全体のピラミッド構造の頂点にいて号令をかけるので、県連や単協に対するグリップを外したことに関しては大きな意味があると思います。しかし、今回の改革で単協の自由になるかといえば、まだ中途半端だと思います。単協に対する自由度を奪っているのは、全農の品物を買わなければいけないとか、全ての農産物を農協に出荷しなければいけないという経済事業にあるわけで、そこが改革されていませんから、まだまだ道半ばであると思います。

 もう1つは、農協は既に農業振興団体なのか金融機関なのかわからなくなってきているという点です。農協は今まで組織改革をやってきましたが、農協の組織の中に金融機関があることによって、例えば相互監視機能の必要性、信用事業の常務が1人必要とされたり、組織自体を金融事業に合わせた改革をしてきました。そうした農協への監査というのは、金融機関と同じく第三者監査を入れなければダメだと思います。しかし、農協の金融機関に対する監査については、全中は内部監査ではなく、会計士もいる非常に高い質を持った監査であると主張していますが、社会的には内部監査であったと見られたわけです。今回、内部監査制度で金融機関を監査できるわけではない、ということで監査部門が分離されたことは大きいと思います。裏を返せば、農協は金融機関だと証明されたとも言えます。

工藤:今回の改革の全体像は政府の頭にはあるのでしょうか。それとも、今回の農協改革で終わりなのでしょうか。

大泉:全体像を描いている人はいると思います。しかし今回、全中の監査に絞って実行したので、全体像が見えづらくなってしまった。平場で議論している人たちはこの改革が持つ意味とか、農業振興とどう関わるのか、という全体像が見えないままに議論が行われていますが、このシナリオを描いた人は全体像が見えているのではないでしょうか。

工藤:第2弾、第3弾の改革があり得るのかもしれません。ここでアンケートを紹介したいと思います。有識者に行ったアンケートで「日本の農業の競争力は高まるか」と尋ねたところ、「大いに高まる」という回答は16.1%、「競争力は高まるがそう大きな効果はない」という回答が45.8%でおよそ半数、そして「競争力強化に役立たない」という回答が25.8%で、先程の農協改革に期待した人たちの間でもかなり意見が分かれています。

山下:そうした背景には2つあると思います。まず、全中がいつも政治力を行使して農業の構造改革に反対してきた。今回の改革で、この力をある程度はそぐことはできるので、農業の競争力の推進にはなるだろうと思われます。つまり兼業農家主体の経営から大規模経営への転換の第一歩になると思います。しかし全農が独占的な価格を押し付けてきた部分の改善については、提案したものの先送りかつ全農の判断に任せてしまったので、高コスト体質を変えることは難しい。改革が十分ではないということです。

工藤:今の話を聞いていると、全農というものが農業の高コスト体質をもたらしている。農業問題の大きな急所のような気がしました。

山下:そうですね。そして今回の強制監査をなくすことで、ある程度全農のグリップは弱くなりますから、地域農協が全農以外からも農業機械などを買いやすくなるのではないでしょうか。


日本の農業が生まれ変わるには、農協自身の意識改革が求められる

工藤:今回の改革の目的は、最終的に農協が自発的に競争力をつけて活気ある農業を作るというものだと思いますが、今回の改革で農協の行動は変わりますか。

大泉:少なくとも全中があれこれ指示する体制からは自由になるでしょう。そうすると地域農協の組合長たちの経営力にかかっています。今まで経営を考えたこともない農協組合長に重荷であることはわかります。ただ協同組合なのですから、彼らの経営能力を高めるような努力をしなければならない。とりわけ営農販売事業を再構築する必要があると思います。営農販売事業は、赤字という理由でどんどん縮小されてきました。しかもそれは、全中に限らず全農もそうですが、自分たちの資材を買え、あるいは自分たちのところへ出荷しろという形でこれまで行われてきました。地域の農協が自らの判断で営農販売組織を盛り上げる必要がありますが、その際に考慮するポイントは、農協というのは地域では集落をベースとした団体になっているということです。集落ごとの単位で全ての人に平等にという発想があります。ところが、集落はみな農業をやっていません。営農販売組織を作るときには営農を一生懸命やっている専業農家を中心とした組織が必要ですが、それを地域農協の組合長が決断できるかにかかっています。

工藤:もうすでに農協離れが起こっていて、自分たちで作った農作物を自分たちで売る動きもありました。競争力を持つ人は農協と競争するような形になるのでしょうか。

山下:専業農家の人が農協を通さずに売ろうとしたことがかつてあります。しかし農協に販売手数料が落ちないから、農協は徹底的に大規模な生産者をいじめたのです。しかし大規模生産者の影響力が大きくなってきたことから、売買先を確保したいこともあり、農協としては大規模生産者たちに抜けてほしくない。しかし農協は全農から高い資材価格で押し付けられていて、そのまま高い価格を大規模生産者に押し付けると大規模生産者は取引してくれない。かつては大規模生産者が困っていた構図が、今は農協が大規模生産者と全農の間に挟み撃ちになって、困っている構図に変わっています。

工藤:今の構図の下に改革が実施されるということで、単協はかなり大変ではないですか。

大泉:大変だと思います。しかし、1つの県に1つの農協しかない県も既に3つくらいありますが、力をつけるために広域合併するなどして対策が必要でしょう。そうしたことができなければ、農協の存在意義はなくなります。それぐらい腹をくくって農業振興や農業の成長産業化のために農協は動くべきです。

工藤:農協自身がこの改革に戸惑っていたり、何のためにやっているか理解していない人も多くいたりする現状があります。単協が改革を実施する必要性を理解しなければ、どうにも立ち行かなくなって、全中などまた誰かにすがることになるのではないでしょうか。

大泉:それは十分にあります。これまで単協と県の中央会は相談しあいながらもたれあってきました。そのもたれあい構造が今後も続けば、何も変わらなくなってしまう。だから地域農協の自主性、地方改革を促すような改革がもう1つ必要です。例えば、どれだけ農産物の売り上げが上がったかなどを評価するシステムが次の段階では必要になると思います。


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