栗山尚一氏 第4話:「日本はどのようなアジアを目指していくべきなのか」

2006年3月14日

「日本はどのようなアジアを目指していくべきなのか」

 二つの巨大な国に囲まれる中で、日本はどのような価値のある国を目指すのか。これが、日本が考えなくてはならない基本的な問題です。それに関連して、グレン・フクシマさんがアメリカと日本の関係をかなり特殊だと指摘していました。それはある意味では無理もないように思いますが、少し誤解があるように思いました。

 これは、ドイツと日本と比較するとよくわかります。戦後の日本は、国際社会に復帰するときに、ある意味で非常に不幸でした。アメリカだけが頼りだったのです。他の連合国は、日本から賠償をとるべきだとか、天皇を裁判にかけるべきだとか、色々なことを言いました。ソ連だけでなく、イギリスや豪州も含めて、非常に反日感情が強かったときに、それを押さえて平和条約を作ったのは、アメリカの力でした。

 そのときに、冷戦で日本を西側陣営の中に取り込まなくてはというわけで安保条約を作り、日本に米軍を置き、日本を守るという体制をアメリカは作りました。これはまったく二国間の関係です。

 ところが、ドイツの場合は、軍事的にはNATOができ、経済的には石炭鉄鋼共同体から始まるヨーロッパの統合というプロセスがあって、その中にドイツを取り込んでしまおうという、フランスのイニシアティブを他の西ヨーロッパの国々がサポートして、ドイツをそこに引き入れました。そういう形になって戦後のドイツというものができた。日本はそれがなく、戦後ずっと、アメリカだけとの付き合いになってやってきたわけです。

 不幸なことに、日本の周りの国は、西ヨーロッパのような状況にはならなかった。日本は、アジアという地域的な枠組みを作って、その中に日本を置いて、そこを通じてアメリカとの関係を作っていくということはできなかったわけです。やろうと思ってもそれはできなかった。

 こうした冷戦中の50年間の背景がありますから、フクシマさんが言われるように戦後の日本の外交は、ある意味でアメリカ一辺倒でした。それは、日本の置かれた環境からいってやむをえないことで、他に選択肢がなかった。冷戦が終わって、初めて、そこにある程度、アメリカ一辺倒でない選択肢ができる余地が少しずつ今できつつあるわけです。しかし、そこで非常に問題となるのは、ヨーロッパのような国と違って、全然体制が違う国、全体主義の国を入れた枠組みというのはできないということです。そこをどうやっていくかということが問題なのです。

 日本のこれからというのは、二つの座標軸があります。ひとつは平和の問題です。あらゆる紛争や対立に武力を使わないというルールを、このアジア太平洋という地域で確立するということに日本は全力を尽くすということです。もうひとつは、やはり民主主義の問題です。ブッシュのように力で民主主義を広めるということは日本はありません。しかし、長期的にみて、民主主義が広まっていくということは、この地域の安定、平和や発展ということにプラスなんだという認識は正しいと思います。

 ですから、どうやってそういう方向にもっていくかということを日本はもう少し真剣に考える必要がありますし、それをやる上で、日本には少しずつ仲間ができてきています。一番近いところでは韓国ですが、アセアンでもだんだん民主主義的な方向に行っている国が出てきていますし、豪州、ニュージーランドやカナダのような国もあります。そういう国との協力関係を作っていく。その中で、長い目で中国を取り込み、中国が変わっていくことを促していく。それは長いプロセスですが、長期的にはそういう方向しかないと私は思います。

 中国が、われわれが理解している意味での民主主義国になることは、予見しうる将来、私はないと思います。ただ、中国の指導者が好むと好まざるとにかかわらず、今の一党独裁的な体制というものが、もう少し多元的な体制に変わっていくということであれば、それは可能だと思います。それは、日本にとっては、長い目でみて、日中関係が良くなる唯一の道だと思います。それまでは、色々な問題が出てきます。靖国神社に行かなくても、東シナ海の石油の問題が解決するわけではないし、やっかいな問題としては、台湾の問題もあります。歴史の問題では、中国は必ず、歴史教科書の問題を持ち出すでしょう。日中間で政治面でも経済面でも今後とも問題があることは、避けられません。

 そのときに、やはり、中国が急速に大きくなってくることに対するある種の漠然たる恐怖感を日本人が持ち、それに対する一種のナショナリズム的な反応というものが日本側に高くなってくると、日中関係は非常に悪くなっていきます。

 私はアジア外交という言葉をこれまで使わないようにしてきました。「アジア太平洋」と言っています。それは、私が現役のときに外務省の中でも言っておりましたが、そのような発想は定着しませんでした。私は「アジア外交というのはやめてくれ」と外務省の次官のときに言ったことがありますが、それは、アジアというのは非常に視野が狭いということを言いたかったからです。

 アジアというのはそもそも何かというと、日本人は普通アジアといったときに直ちに考えるのは、大陸なのです。中国であり、朝鮮半島であり、アセアンです。しかし、これからの問題というのは、経済にしても、環境にしても、安全保障にしても、アジアだけで解決できる問題は大変少ないのです。また、日本はアジアの国かという問題もあります。日本は大陸国家ではありませんから、歴史的に海洋国家なのですね。海洋国家というより、むしろ、日本は太平洋の国なのです。

 福沢諭吉以来、脱亜入欧とか、その逆だとか言って、戦前に近衛さんが東亜と言ったということがありますが、日本がアジアの国だと考えると、視野が狭くなり、太平洋というものが視野からなくなってしまいます。これでは、日本の外交としては非常にうまくいかないと思います。太平洋の国としては、南の方に行けば豪州やニュージーランド、アセアンの国も半分は太平洋の国です。太平洋の向う側にはアメリカやカナダがあり、更にいえば、ロシアもそうです。視野をアジア太平洋に広げて日本の政策を考えていくべきです。

 アジアだけで物事を解決しようと思うと、日本の思うようには絶対なりません。経済的にみてもそうです。FTAなどを考えるときに、やはりグローバル化時代ですから、そういう視点でものを見るべきだと私は思っています。


※本テーマにおける栗山尚一さんの発言は以上です。

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発言者

栗山尚一氏栗山尚一(元駐米大使)
くりやま・たかかず
profile
1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」等

 二つの巨大な国に囲まれる中で、日本はどのような価値のある国を目指すのか。これが、日本が考えなくてはならない基本的な問題です。それに関連して、グレン・フクシマさんがアメリカと日本の関係をかなり特殊だと指摘していました。それはある意味では無理もないように