パンデミックから1年ー明暗を分けた教訓何がコロナ対策のベストプラクティスなのか

2021年3月01日

 新型コロナの世界的拡大で、主要都市がロックダウンされたパンデミックの経験から1年。先進国を中心にワクチンの接種が広がっているが、未だ終息の目途は付かない。

 言論NPOは、パンデミックの一年間からの教訓を学ぶため、新型コロナの封じ込めに比較的成功し、感染者・死者数を低く抑えている国、シンガポール、ベトナム、中国の専門家3氏にインタビューを行った。中国とベトナムは共産党一党体制で、シンガポールも他の民主主義国と比べ政府が強い権限を持っている国である。政治・社会制度に違いを越えて、コロナ対策のベストプラクティスとして、3氏が強調したのは、発生源の早期発見、感染経路の追跡と隔離、そして治療の3ステップを迅速かつ厳格に実施すべきだということである。さらに、水際対策の徹底や政府のリスクコミュニケーションの的確さについても指摘があった。

 シンガポール南洋理工大学Sラジャラトナム国際研究院非伝統的安全保障(NTS)研究センター所長のメリー・カベレロ=アンソニー教授、中国・北京大学国際保健医療学部長の鄭志傑教授、ベトナムの東南アジア研究所(ISEAS)フェローのレ・ホン・ヒップ博士の3名がインタビューに応じた。

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政治・社会体制関係なく、発生源の早期発見、感染経路の追跡と隔離、そして治療が感染対策の基本

 まず、3氏からのインタビューで明らかになったことは、ウイルスの発生源の早期発見、感染経路の追跡と厳格な隔離、治療の三段階をいかに迅速かつ厳格進めるかが重要だということだ。その上で、この基本こそが、社会・政治体制に関係なく、広く共有されるべきベストプラクティスであると主張する。

 未だ感染者約2,400名・死者35名の低水準で感染を封じ込めているベトナムの専門家・レ・ホン・ヒップ博士は、ベトナムの成功の背景には、2002年のSARSの経験を基に正しく警戒し、その上で発生源の特定から、接触追跡と隔離を厳格に行ってきたことが寄与したと強調した。この中で、接触追跡については、濃厚接触者やその接触者等を4段階に分け、厳しく追跡を行っていること、さらに隔離についても検疫専用施設を設け、厳格に隔離を行っている例を挙げた。

 この点は、同じく感染者を抑制してきたシンガポールも同様である。Sラジャラトナム国際研究院非伝統的安全保障研究センター所長のアンソニー教授は、大流行が始まった当初から、追跡・検査・隔離における政府の対応が一貫していたことの有効性を挙げる。そしてベトナム同様に、追跡と隔離を厳格に進めてきたことも強調した。

 そして、パンデミックの発生国で、その後ロックダウンと厳格な管理で昨年4月以降は感染者を低水準に抑えている中国。北京大学国際保健医療学部長の鄭志傑教授は、「早期発見、追跡、隔離、治療」は感染症の予防と管理の基本であるとした。そして自身の中国及び米国での経験から、この基本は、政府が強い力を持つ権威主義国、或いは国民の自由が確保されている民主主義国に関係なく従うべき原則だと話す。


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接触追跡アプリを広範に活用

 「感染経路の追跡と厳格な隔離」のステップで要となったのは、接触追跡アプリの活用である。シンガポール、ベトナム、中国はそれぞれ独自のスマートフォンの行動追跡アプリを導入し、社会生活のあらゆる場面で利用が求められ、国民に広く使われている。

 アンソニー教授は、シンガポールの場合、公共施設からショッピングモール、レストランまで入場する際には接触追跡アプリが必要となり、このアプリによって、陽性者が出た場合に細かい感染経路の追跡をすることが可能となっていると解説している。

 このようなプライバシーを侵害する恐れのある措置に国民の反発はないのか。この点について、鄭志傑・北京大学教授は、今回の新型コロナの特筆性から、「公衆衛生とプライバシーのバランスにおいて、公衆衛生が優先されることも必要」と述べる。シンガポールのアンソニー教授も「これが感染症を根絶する一つの方法だ」と肯定的にとらえる。

 日本の法制度や慣習から、もちろんこれらのすべての例が日本で活用できるわけではないが、早期発見、感染経路の追跡と厳格な隔離、治療のプロセスを徹底することが低い感染者数・死者数につながっていることが分かる。

 これらの三か国は、最後の「治療」の面でも、中央政府の強い主導の下、迅速に医療リソースの確保し、低い死亡率を維持してきた。コロナ患者用の施設や物資の確保、軽症者と重症者を区別した医療施設の整備は早い段階から行われていた。

 ベトナムの専門家・レ博士は、「社会主義体制ということもあり政府が物資や施設、人的資源を動員できたことも大きい」と述べつつ、高齢者やリスクの高い人を守るという強い意志の下、陽性者が病院で見つかった場合は、病院全体を隔離するなど徹底した処置を講じてきたことを紹介した。


ターゲットを絞ったPCR検査

 一年のパンデミックの経験から各国の方針が変わった点もある。その一つがPCR検査だ。日本では未だPCR検査数が不足しているとの批判も多いが、感染を効果的に抑えてきたこれらの国では、今は社会全体を対象とした検査は効果的、効率的ではないと考えが一般的になっている。

 北京大学の鄭教授は、「以前のように、費用のかかる大規模なPCR検査ではなく、濃厚接触者を中心に的を絞って検査している」と話す。これは、未だ感染が広がっている米国でも同様のようだ。これも一年間の教訓から各国が学び生み出したベストプラクティスであろう。


初期段階での迅速な水際対策の重要性

 多くの示唆を与えてくれるパンデミック対応成功国の学びだが、前述の点に加えて、ベトナムからは、早期の水際対策の重要性が示された。

 ベトナムは、2020年1月末、中国からの抗議にも関わらず、対中国境を封鎖。その後すぐに、中国に滞在歴のある外国人の入国を拒否した。日本をはじめ世界の多くの国が未だ国境を開いている中、かなり迅速な対応であった。レ・ホン・ヒップ氏は、「ベトナムの場合、初期に正しい措置を取ったことによって、国内の感染者を低く抑え、市中での大規模な感染を防ぎ、症例数も抑えてきた」と説明している。

 レ氏は、今後も国境を守り、入国者に検査と2週間の隔離を徹底させることが大切であると語る。この点はシンガポールも同様で、両国は隔離の為の施設も確保しており、14日間の隔離の間に入国者の行動を監視できるという。前出のアンソニー教授は、英国や南アフリカ等で変異種が拡大している中、さらに警戒してこれらの水際対策を徹底しなければならないと語る。


政府のリスクコミュニケーションの適切さ

 さらに、政府のリスクコミュニケーションの重要性についても指摘があった。シンガポールのアンソニー教授は、「なぜこの公衆衛生対策が重要なのか的確に国民に伝えることに政府は多大な努力をしてきた」と話す。感染の状況に応じて、政府は対応を調整。その度毎に、政府の担当機関が絶えず情報を発信し、これに対し国民も信頼して応じてきたことを評価する。

 アンソニー氏は、当初から秋・冬は感染が拡大すると医療関係者が警告し、政府もクリスマス期間の自粛を要請しつつも、国民が従わず、感染が拡大した欧米の例を挙げ、政府のメッセージの発信と国民の行動の変化の必要性を強調した。


国民の協力とルールへの順応


 
 最後に、3氏からパンデミックへの対応面への成否を決めたのは、国民が政府の方針に理解と協力を行い、ルールに積極的に順応してきたことだ。

 北京大学の鄭教授は、欧米の国民のように自由を主張し、自己判断で行動するのではなく、科学に基づいた警告や対策に国民が理解を示し、順応してきたことの成果を伝えた。鄭氏をはじめ3氏は、マスクの着用、ソーシャル・ディスタンス、自宅待機などのルールに基づき、「個人がきちんと行動すること」が重要であると示した。

 中国、ベトナム、シンガポール共に日本とは社会・政治制度、文化が異なり、全てを導入することは無論不可能だ。一方で、この3ヵ国の専門家が共に重要性を主張した、発生源の早期発見、感染経路の追跡と隔離の徹底、政府のリスクコミュニケーションの適切さや国民への説明努力、そしてこれらを基にした国民からの理解と協力は、広く共有されるべき、ベストプラクティスであろう。

 日本の場合、新型コロナに対しクラスター方式で挑んできた。それは、一年前の時点での情報量の少なさ、医療資源やインフラの限界から、日本が取りうるベストの手段ではあったが、市中に感染経路不明の陽性者が拡大した頃から厳しい状況になっている。クラスター方式を補完する手段も見いだせず、昨秋からは爆発的に感染が拡大し、経済活動とのバランスで政府対応は後手に回り、一年が経過した。ワクチン接種でも先進国の中で後れを取る中、未だ終息の目途は見えない。パンデミックから1年、見直すべき対応もある。

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記事:
西村友穗(言論NPO国際部部長)
インタビュー編集アシスタント:
篠田茉椰 ジュネーブ国際・開発研究大学院(スイス)国際開発・政治学専攻修士1年
畑仁美 国際教養大学4年

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