世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか
―「東京会議2020」で世界の賢人3氏が基調講演

2020年3月01日

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 言論NPOが主催する「東京会議2020」は3月1日、東京プリンスホテルにて2日目の公開フォーラムを行いました。フォーラムの前半では、ドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領ら世界の首脳・外相経験者3氏が、「世界の民主主義国は自由秩序をどう守るか」をテーマに基調講演を行いました。

kudo.jpg 冒頭、挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の流行で様々なイベントが自粛される中でも、「東京会議」のために来日を決めた海外の要人や、会場に駆け付けた聴衆に感謝を述べました。

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世界の課題に向き合う政府、市民の覚悟が問われている局面

 工藤は、コロナウイルスの世界的な感染拡大は、文字通り「世界は一つ」であることを示しており、世界は感染の収束に力を合わせなければいけないが、今の世界はむしろ、地政学的な対立により分断が懸念されている、と憂慮。「世界の自由秩序や国際協力、そして世界の困難に向き合う各国政府やその市民の覚悟が問われている局面だ」と提起した上で、「そうした状況で、民主主義の発展を使命に誕生した言論NPOが黙っているわけにはいかない」と、今回の開催にかける強い決意を語りました。

 さらに、「東京会議」発足の経緯を「自由や民主主義の価値を守るために世界のシンクタンクが力を合わせようと言論NPOが呼びかけて2017年に誕生した」と説明。今回はコロナウイルスの影響で4カ国のシンクタンクの代表が来日を断念したが、会議の最後に発表する「未来宣言」づくりでは彼らとも連絡を取り合っていると紹介し、10カ国の「東京会議」参加シンクタンクの強い結束を強調しました。

 さらに、「東京会議」が、今回からシンクタンクのトップだけでなく世界の知識人も参加する議論の場へ発展することについて、「世界の課題に日本がリーダーシップを発揮し、東京からメッセージを発信する舞台があることに、世界のハイレベルな要人たちからは『この挑戦を応援し、議論に参加したい』という声がかなり出ている」と紹介。その中から、今回発言に立つ3氏を紹介し、挨拶を終えました。


akashi.jpg 続いて、言論NPOアドバイザリーボード・メンバーで元国連事務次長の明石康氏が挨拶。明石氏は、「未来宣言」の素案を読んだ感想として、「世界の分断を進めるのではなく、世界が一致して合意されたルールに基づく国家の共同体として共存する、という精神が土台となっている」と評価。同宣言が「目指すべき共通の未来に向けて、多くの人の支持を得るものだと確信している」と述べました。


「内に結束、外に平和を」。市民の統治への意思と、他国を尊重する態度を取り戻すべき

            クリスティアン・ヴルフ(第10代ドイツ連邦共和国大統領)

 初めに、急遽ビデオ出演での参加となったドイツのクリスティアン・ヴルフ元大統領のメッセージが上映されました。

c.jpg ヴルフ氏は、「『東京会議』で意見交換できることを非常に嬉しく思う」と述べた上で、民主主義における各国の協力強化という非常に重要な問題について六つのポイントを提案しました。


 第一に、「未来はオープンであると理解すること」だと指摘しました。ヴルフ氏は、「未来を予測することはできないが、国家が安定的で参加型であるほど前提条件は良くなるものだと、歴史的に証明されてきた」と発言。「前提は常に変化するので、民主主義は動的でなければいけない」とし、そのため若者を含めたそれぞれの世代が民主主義の在り方を常に新しく形成していく必要がある、と語りました。

 第二に、こうした大きな変化に対しては「優れた回答が必要だ」と主張しました。デジタル化により公的な議論に人々が直接参加できるようになり、従来のメディアが力を失っている状況を、かつて印刷技術の発明で誰もが聖書を読めるようになり、聖職者の存在意義が失われた歴史になぞらえ、「社会の秩序を揺るがす」ものだという解釈を示しました。そして、デジタル化は当初、真の意味での全員参加型の民主主義を可能にするものだと思われたが、「それを悪用して誤った情報を流し、人々を操り、民主的な意思決定を個人の利益に誘導する勢力が台頭している」とし、これが「優れた回答」を妨げることに強い懸念を示しました。

 第三に、民主主義においては、国民が「統治する意思」を持つべきだと強調しました。同氏は、「権威主義者は声高で単純な主張を展開するが、課題への答えは持ち合わせていない」と批判。権威主義の台頭を防ぐ唯一の策は「我々が課題に立ち向かう意欲を持つことだ」とし、これが失われた結果が、1920年代以降のナチスの台頭だ、と語りました。そして、「民主主義は立ち去る前に教えてくれない」と語り、今こそ民主主義を立て直すタイミングだ、と強調。「民主主義者は最新のあらゆるコミュニケーション手段を駆使すべきであり、これらを権威主義者に委ねてはならない」と話しました。

 第四の提案は「本質的な記憶を鮮明に保つことだ」と説明。現在60歳のヴルフ氏は、「私の世代は生まれてからずっと、国連などの国際機関がもたらした比類なき平和、繁栄を享受している」としつつ、「若い人の多くは、欧州の流血や荒廃の歴史を知らない」と憂慮。「ナチスが政権を掌握した1933年、多くの民主主義者は無関心やあきらめを持っていた。そこから3年で民主主義が廃止され、ユダヤ人の迫害が始まり、大惨事の前兆が生まれた」と歴史を振り返り、これに関し、「欧州では大惨事があって初めて、平和と安定は協調でしか達成できないと気付いた」と指摘。こうした記憶を次の世代に残し、国際協調や民主主義の重要性を伝えなければならない、と訴えました。

 第五は、「良き愛国心とナショナリズムとの間に明確な線引きをすること」だと語りました。ヴルフ氏は、「ポピュリズムに人々が群がっているのは、世界の変化の中で人々が居場所を失っていることにも関係しており、その答えの鍵となるのは故郷へのアイデンティティ」だと分析します。一方で、「内には多くのアイデンティティを受け入れるスペースを持ちつつ、自国に同様の愛国心を持つ他国の人に平和な態度で接する」ことが重要だと強調。グローバル化とデジタル化で世界がますます多様化するからこそ、「それぞれの社会で互いを理解しようする努力のレベルを上げ、同時に、社会で定めたルールを例外なく貫くこと」が大切だと語りました。

 六つ目の提案は、「協力が欠かせないという認識を持つことだ」と指摘しました。ヴルフ氏は、今不足しているのは、「共通の展望を育む中で、相手を尊重し、対等に接する」精神だとし、「一国主義に全力で対抗すべき」と主張。こうした多国間協力の規範を広めようとするメディアには公的な支援の充実が必要だ、とも提案しました。


 そして、「どんな強国も、一国では人類の問題を解決できず、密室外交を避けて国際機関を強化する必要がある」ことが二つの世界大戦の教訓だ、と重ねて強調。とりわけ、「世界経済の成長には、自由貿易の拡大に向けた共通の努力しかない。また、債務危機の持続可能な解決のためには、倫理的に正しい経済・金融政策が必要だ」とし、これらの実現には多国間組織の関与が必要だ、と訴えました。そして、このような多国間の枠組みにおける課題として、「異なる体制を持ち、米国と覇権を争う中国をいかに取り込むのか。また、全ての関係国が恩恵を受ける途上国支援の在り方をどう考えるべきか」と提起しました。

 最後にヴルフ氏は、中世ドイツで封建領主に対抗して結成されたハンザ同盟の主要都市・リューベックで、自由を象徴する言葉としてホルステン門に刻まれている「内に結束、外に平和を」を紹介。これを、六つの提案を総括するキーワードに位置付け、講演を終えました。

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日本が主導してアジアの民主主義国が連携し、

  世界のリベラル秩序の構造改革につなげることを期待する

                 ハッサン・ウィラユダ(インドネシア元外務大臣)

HIR_2272.jpg 続いて、インドネシアのハッサン・ウィラユダ元外相が登壇しました。同氏は冒頭、自国第一を掲げるトランプ米大統領の就任で世界は混乱に陥っているとし、その変化の中で時代に遅れになった「既存の世界秩序の抜本的な構造改革が必要」だと切り出しました。


 次に同氏は、世界秩序を考えるにあたって必要な基本原則は「国連憲章に基づく多国間の対話や協力」を推進することだと主張。19世紀のウィーン体制が欧州に100年の平和をもたらしたのは大国間の密な協議、協力が続いていたからであり、同様に国連憲章も安保理の5常任理事国間の協議を前提としているが、2001年の同時多発テロ後の米国が単独主義にシフトしたことを機にその協力が弱体化し、また現在は西側と中国、ロシアの緊張が高まり、「安保理は国際平和の維持という使命を果たせていない」との認識を示しました。

 また、経済の近代化とともに軍の近代化を進める中国の台頭を「第1次世界大戦前のドイツと重ねると不安になる」と述べる一方、トランプ政権がこれまでの米政権とは異なり中国を戦略的競争相手ととらえていることで、「米中関係は困難な問題となった」と指摘しました

 そして、冷戦終結で一時的に大国間の対話が活発化した90年代には、安保理メンバーの増員など国連改革の動きもあったが「それは失敗した」と結論付けた上で、「三十年戦争の後にウェストファリア体制が、第二次大戦の後に同体制を是正する形で国連ができたように、多くの場合、国際秩序が変わる契機になったのは戦争だ」と指摘。一方で、リーマンショック後、ブレトンウッズ体制が不十分だという認識からG20がつくられたように、「第三次世界大戦がなければ既存の国際秩序の改革ができないわけでもない」とも語りました。

 その上で、ウィラユダ氏は世界の民主主義とリベラル秩序の現状に言及。「欧州ではポピュリズムが台頭し、新しい民主主義国家は忍び寄る権威主義の脅威にさらされている」と、先進民主主義国、新興民主主義国のいずれも民主主義を機能させることができていないという見方を示しました。そして、これらの国々が、民主主義が国民に平和や富をもたらすことを証明できていないのは、「支配層が既得権益を失うことを恐れ、国内の経済構造改革が失敗に終わっているからだ」と話しました。

 同氏は、国際秩序についても現状を変えることの難しさを指摘。「新たな世界秩序では中国にも超大国として担うべき地位があるが、古くから秩序を担ってきた国々には簡単には受け入れることはできない」と述べました。

 そしてウィラユダ氏は、この状況を打開するアイデアとしてアジアの民主主義国の連携を提言。G20に加盟するアジア太平洋の5つの民主主義国、すなわち先進国の日本、韓国、オーストラリアと新興国のインド、インドネシアが連携して東アジアの民主主義を推進していくことが、いずれグローバルなリベラル秩序の変革につながることに期待を見せ、講演を終えました。

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トランプ政権には「先行努力」と「説得」、中国には「相互主義」が、

     日欧など民主主義国による連携の基本姿勢

                   ユベール・ヴェドリーヌ(フランス元外務大臣)

HIR_2306.jpg 最後に講演に立ったフランスのユベール・ヴェドリーヌ元外相は、「世界の民主主義国は挑戦に臨まないといけない」とした上で、「欧州では、日本で生まれた考察に対する注意が足りない。我々の考察を共有する必要がある」と、民主主義国間で議論する意義を強調。「まずは世界の状況を診断したい」と話し始めました。


 同氏は始めに、多国間主義の動揺は長期化する、との見通しを提示。「トランプ政権以前の米国や、日本、ドイツ、フランスなどの国々は多国間主義のアプローチを重視し、一国主義にならないよう特別な努力をしてきたが、そのスタンスがトランプ氏によって排除された」と振り返るヴェドリーヌ氏は、とりわけ今秋の大統領選でトランプ氏が再選しなくても、その後もトランプ氏の行動パターンが政治に色濃く影響していくであろう、と予測しました。

 ヴェドリーヌ氏は二つ目の「診断結果」として、自由秩序の中にも問題がある、と指摘します。同氏は「欧州の民衆はもうグローバル化を信じていない。グローバル化で何かを失った苦しさから、ポピュリズムが台頭した」とし、急激なグローバル化を通して世界経済における金融市場の影響力が増し、その中で貧富の格差が拡大した問題に言及。権威主義に対抗するだけでなく、自由秩序自身が持つ課題にも民主主義国が結束して対処すべきだ、と主張しました。


 ヴェドリーヌ氏はそれでも「リベラル秩序には欠点があったとしても、それ以前の体制よりはましだ」と強調。

 「魔法のような解決策はないが」と前置きした上で、「トランプ抜きにできることを洗い出すべきだ」と提案しました。同氏はその例として、「今後数年で最も重要な問題になるだろう」という環境保護を提示。「米国において太陽光発電のバッテリーの技術革新が進めば、気候変動の国際協調に背を向けるトランプ氏も立場を変えるかもしれない」とし、有志国や米国の州政府、さらには企業、研究者など、多様なアクターがそれぞれの立場で連携し、大国間の動きに先んじて課題解決の努力を進めていくことが重要だと述べました。

 一方でヴェドリーヌ氏は、「民主国家をリベラル秩序のもとに結集しようとすると、米国とある程度は緊張関係になることを覚悟すべき」と主張。「トランプ氏と対決してでもやるべきことある」と訴えました。例えば、トランプ政権はイラン核合意から自らが離脱するだけでなく、他国がイランに設定する信用供与枠を認めないなど、他国の合意履行をも妨げようとしていることに言及。ドル基軸通貨体制の下で行われるこうした措置の影響は甚大だとし、「各国が連携して、米国が理性を取り戻すよう説得すべき」と話しました。


 さらに、米中対立についてヴェドリーヌ氏は、米中が協力できる面もある、としながらも、「ともに世界の覇権を志向する米中の間には、長期的に見れば妥協が成立するとは考えにくい」との認識を提示。この中で欧州や日本にとっては、米中の妥協や緊張を「利用する」戦略が有効であると述べました。その際の考え方としては、マクロン大統領の中国政策でも掲げられている「相互主義」を提示。中国を途上国として特別扱いするのではなく、急速な近代化に見合った立場と責任を国際社会で与えていくことを目的とし、経済、技術、環境のような戦略分野において、欧州が日本やカナダ、新興民主主義国などを巻き込んで中国とどのような協力関係を築くかが非常に大きな課題だ、と語りました。

 最後にヴェドリーヌ氏は、「東京会議2020」の未来宣言について、「多国間主義やリベラル秩序を擁護する宣言は重要だが、それだけでは不十分。各国の世論が求めるのは確かな『成果』だ」と指摘。トランプ大統領や習近平主席の存在は私たちに挑戦を突き付けている、としつつ「民主主義が道徳的、倫理的にも最も良い制度だという国民のコンセンサスを、日欧、また新興民主主義国家も巻き込んで形成していく必要がある」と強く語り、基調講演を締めくくりました。

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 こうした3氏の基調報告を踏まえて、フォーラムはパネルディスカッションへと移りました。
のために問われる努力を明らかにしていきたい」と述べ、白熱した議論を締めくくりました。


0:00:00~ 挨拶・基調講演 / 1:20:30~ パネルディスカッション / 2:56:34~ 未来宣言・政府挨拶 】