「内に結束、外に平和を」 市民の統治への意思と、他国を尊重する態度を取り戻すべき / クリスティアン・ヴルフ(第10代ドイツ連邦共和国大統領 )

2020年3月25日

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 この「東京会議2020」で、民主主義における協力強化という非常に重要な問題について、皆様と意見交換できることを非常に嬉しく思います。


オープンな未来に向けて、リベラル民主主義の有り様について考え続ける必要がある

 今回のテーマに関して、6点述べたいと思います。まず1点目。未来はオープンであること。それを理解する必要があります。一定の間隔で常に取り上げられる仮説の1つに、歴史の終焉があります。ヘーゲルは、歴史の終焉をプロイセンの官僚国家において、フランシス・フクヤマはリベラル民主主義において、歴史の終焉を見ました。しかし、両方ともかつて間違っていたし、今も間違っています。未来はむしろオープン、開かれているのです。

 誰も、20年後、30年後、さらには100年後のヨーロッパや日本の生活について明言できません。社会において、どのような前提条件が支配的になるか、AIがどのような役割を果たすか、などは誰も明言できないのです。

 とはいえ、私は国家が安定的で参加型であればあるほど、前提条件はより良好になると確信しています。独裁政権は動的なさまに大きく欠け、不安定で、最終的に信用できないと歴史上、常に証明されてきました。これに対し、民主主義は動的でなければなりません。理由は、前提条件が常に変化しているからです。ゆえに、あらゆる社会が、それぞれの環境に鑑み、リベラル民主主義の有り様について考える必要があります。

 同じように、各世代においても民主主義を常に新しく形成すべきです。ドイツ元首相でノーベル平和賞受賞者のヴィリー・ブラントは、次世代に対し、「何もせずに物事がうまくいくことはない。変わらず安定が続くことはごく稀。時代によって求められる答えは、異なるということ。そして前向きな変化を実現するには、最新の事情を心得ていなければならない」と語りかけました。


「優れた回答」が必要だが、それを妨げる勢力に留意すべき

 2点目です。大きな変化のためには、「優れた回答」が必要だということです。我々の周りからは確実性が失われ、アメリカ大統領は、真実は交渉可能であると言ってはばかりません。予見できるのは、デジタル化が我々の民主主義の根底を揺さぶるということだけです。顕著な例として、米国、英国、ブラジルなどを挙げることができます。しかし、今の新しい参画のチャンスに対して、民主主義者がどう対応するかにより、社会が変化し、社会の中核が打撃を受けることになるでしょう。500年前、マルティン・ルターも、最新の印刷技術をもってキリスト教世界を変えました。人々は直接、聖書を読むことができるようになり、もはやゲートキーパーである聖職者に依存することはなくなりました。それは既存の秩序を揺るがすこととなりました。そして今、同じことがまさにデジタル化によって再び起きています。人々は直接、公的ディスクルスに参加できるようになり、当時の教会と同じように、従来型のメディアは独占的立場を失っています。

 最初は、全員参加型の、真の意味での民主的ディスクルスを組織することは、簡単に思えました。しかし、この参加の可能性を積極的に利用して、誤情報を流し、アルゴリズムを用いて、人々を操り、ひいては民主的な意思決定を、国益ではなく、個人の利益に即した方向に誘導する勢力も台頭していることに、我々は徐々に気づき始めました。例えば、アメリカのドナルド・トランプ氏の選挙運動。ブラジルのボルソナロ大統領の人権との戦い。そして、イギリスのブレグジットの国民投票です。こうした勢力が「優れた回答」が出るのを妨げる危険性については留意すべきです。


国民自身も支配する意思を持たなければ、急進勢力に取って代わられることになる

 3点目は、民主主義では、国民も支配する意思を持つべき、ということがあげられます。

 民主主義とは元来、民衆による支配を意味するものです。1920年代のドイツの歴史を見れば、人民が統治する意思を失ってしまえば、または民主主義者に積極性が足りない場合に、どのような事態が起こるかがよく分かると思います。

 急進勢力はどんどん強さを増してきています。なぜなら、彼らは戦術的に有利な立場にあるからです。彼らの主張は、声高で画一的です。世界は濃淡様々なグレーで構成されているにもかかわらず、白黒で語る術を持っています。

 とはいえ、彼らも、その時代の喫緊の課題解決への答えを持ち合わせてはいないのだと、人々はすぐに気付きます。当時は経済危機や大量失業について、そして今日では気候変動やデジタル化という問題です。彼らは権力を獲得するために、人々の不安を触媒として利用しているにすぎず、答えなど持っていないのです。

 こうした急進勢力への我々の唯一の対処法は、多面的な視点と立ち向かう意欲を持つことです。デマゴーグとポピュリスト達が成功するのは、民主主義が機能しない時だけです。例えば、我々が弱すぎるとか、躊躇しすぎる場合などです。ここで認識すべきは、我々のリベラル民主主義を守る時は、まさに今だということです。今日も待ちの姿勢のまま過ごせば、明日にはもう独裁政権の中で目覚めることになるかもしれない。民主主義は立ち去る前に教えてはくれないのです。ここでは民主主義全員に責任を課し、あらゆることに対して全員が責任を持つべきだと訴える必要があります。民主主義者は最新のあらゆるコミュニケーション手段を駆使すべきであり、これらを権威主義者や独裁者の手に委ねてはならないのです。


過ちを繰り返さないためには、記憶を鮮明にすることが不可欠

 4点目です。本質的な記憶は鮮明に保たなければなりません。ヨーロッパでは、残念なことに、大惨事の後になってようやく初めて、協調することでしか全ての人間のために平和と発展を達成することはできない、ということを自覚しました。1918年以降、国際連盟や、ドイツ外相シュトレーゼマンとフランス外相ブリアンによる独仏和解は第一次大戦後の例です。また1945年以降は、国連、NATOおよび欧州連合が、ヨーロッパ史上、最も幸福な時代を可能にし、大成果を上げている平和プロジェクトとなっています。

 こうした学習のプロセスでは、酷い経験から「ネバー・アゲイン!」という認識に至った人々が、常に密接な連帯をしていくことが不可欠です。つまり、「二度と戦争を、二度とナショナリズムを、二度と少数派の差別を許さない」という認識です。これは戦後世代へのメッセージでした。今、第二次世界大戦を経験した世代はもうほとんどいません。彼らはナショナリズム、反ユダヤ主義および人種差別が何を引きおこすのかを、痛感していました。奈落の底を垣間見た人々です。

 幸いにも今の欧州連合に生きる私の世代は、同じ体験をしないで済んでいます。私の世代は、生まれてからこのかた、ヨーロッパ史上、比類なき幸運を平和のなかで享受しています。しかし、多くの、特に若い人の中には、ヨーロッパがかつて流血紛争によって、どれほど荒廃したかを忘れている人は多いようです。

 至るところで、「一度ポピュリストと組んでみれば、おのずと本性が露わになるだろう」、というような声も出てきています。これは、1933年にドイツでナチスについて書かれたことを彷彿させます。当時、多くの民主主義者は、無関心や諦めという態度を基本的に取っていました。それから、3カ月足らずでドイツの民主主義は廃止され、ユダヤ人は迫害され、大惨事を引き起こす前兆が見られました。二度と起きてはならないことです。左から右までの民主主義の敵に対し、断固として立ち向かわなければなりません。今、私たち自身がやらねばならないことです。


良き愛国心と、危険なナショナリズムの間に明確な線引きをすべき

 5点目、 愛国心を持つこと自体はどの国においても良いことであり、重要でありますが、ナショナリズムは大惨事につながりかねないので注意が必要であるということです。人々がポピュリストのもとへと群がり、単純な解決策に惹かれるのは、世界が大きく変化する中で、人々の拠り所が失われつつあることとも関係しているのでしょう。地方色がますます失われるにつれて、自分の居場所がどこなのかと、案じる人も増えているようです。その不安への答えの鍵となるのが、アイデンティティーと故郷です。人は、自分が地域に、土地に根付いている感覚を必要としている。ですから、愛国者となり、自らの故郷を誇りに思ってもよいのです。

 ただし重要なのは、良きものである愛国心と、危険なものであるナショナリズムの間に明確な線引きをすることです。ここで大切なのは、他国の人に対して驕り高ぶるのではなく、感情移入を伴う愛国心を持つ必要があるということです。つまり、内には、多くのアイデンティティーを受け入れるスペースを持ちながら、外には、同じように、みずからのネーションを愛する他の愛国者に対し、平和な態度で接することです。要するに、内に向けては、多様性とその受け入れが重要となります。グローバル化とデジタル化の当然の結果として、世界中で社会はますます多様化していくからです。

 だからこそ、多様性に前向きに取り組むためにも、我々はしっかりと次の2点を考慮しなければなりません。まず、寛容は良い土台ではありますが、現状では十分に整備されていないため、各社会の中で、互いを理解しようとする努力のレベルを上げなければなりません。

 次に、社会で定めたルールを例外なしに、貫くということが大事です。そうすることではじめて、多様性における共存が実現するのです。「多様性」はイノベーションを生む価値でること、また「議論を戦わせる良き論争文化」は必要な変革を生む価値であると捉える必要があります。


"良き長き外交"による国際協力の重要性はかつてないほど高まっている

 最後の6点目ですが、協力が欠かせないとの認識が必要だということです。外に向けて必要なのは、良き長き外交、つまり、共通の展望を育む努力の中で、他者の立場に立つこと、そして相手を尊敬し、対等に接することが重要です。この点が、今、一番不足しているのではないかと思います。

 補足すると、自分や自国のことだけを考えていれば、すべての人や国のことを考えることに繋がるという考え方は、粗悪な外交であり、危険でナンセンスだということです。第一次世界大戦の前哨戦でも大惨事を引き起したこうした考え方に、全力で対抗しなければなりません。現在のアメリカ政府の外交政策であろうと、中国やロシアの戦略であろうと、このような考え方に立ち向かわねばなりません。具体的には、人、理念、モノ、サービスの活発な交流が重要です。それゆえ、メディアが分裂を引き起こすのではなく、共通点を強調できるように、財政支援を行うことが必要です。例えば、BBC、TV5、Deutsche Welle、Euronewsなどのメディアは、国々を争わせて、漁夫の利を得ようなどしていません。彼らがこうした姿勢を今後も維持できるようにする必要があります。
 
 また、1918年と1945年の記憶を風化させないことも肝要です。つまり、密室外交を避けて、国連やNATOを強化することが重要なのです。

 結局のところ明確なことは、どんなに強く大きく見える国であっても、地球の人類にとって本当に重要な問題を、一国だけでは解決することはできないということです。連携して取り組むしか他に方法はない。そうでなければ、問題を克服することはできないのです。したがって、ナショナリズムは、現在の主要な課題においてまったく役に立ちません。世界経済を成長させるには、自由貿易拡大に向けた共通の努力しか他に選択肢はないのです。同時に、債務危機の持続可能な解決のためには、倫理的に正しい経済・金融政策が必要となります。これには、WTOや世界銀行などの多国間組織の強化も含まれます。

 ただし、課題もあります。権威主義的な資本主義体制を持ち、米国と世界一を争う中国をいかに取り込むか、あるいはアフリカとのパートナーシップの構築など、関係国すべてが恩恵を受け、損害を被らないようにするにはどうしたら良いかという課題です。

 平和維持や紛争当事者間の仲介、およびテロ対策の調整に関しても、共通かつ効果的なツールが必要となります。とりわけ、国連の強化が大事です。

 そして何よりも、気候変動対策、再生可能エネルギー、海洋と熱帯雨林の保護といった分野では、国際的な協働なくして解決はありえません。みなさんもご存知のように、そして若い世代が主張するように、もう残された時間もないからです。

 さらに新しい領域の問題も出てきています。デジタル化が国境を越えて進む中、私たちは協力して、新たな参画という課題に取り組まなければなりません。その際、人は、敬意、安心、参画を必要としているということを念頭におく必要があります。そして、デジタル化の利便性をあらゆる分野で明示する必要もあります。たとえば、少子高齢化に対処するため、インフラだけでなく、再教育や継続教育など、人への投資においてデジタル化を利用するということなどがあげられます。


最後に、ドイツのハンザ都市リューベックのホルステン門に刻まれ、また、トルコの創設者、アタチュルクも語った言葉を皆様にご紹介して、私の基調講演の締めくくりとさせていただきます。この言葉は、21世紀でも有効であると私は確信しています。それは、「内に結束、外に平和」です。


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 言論NPOでは、「東京会議」に参加する世界のシンクタンクのトップが音頭を取って、「#私たちは世界を分断させない」と題したキャンペーンを開始し、議論を始めています。

 その一環として、東京会議にも参加した世界の賢人3氏が、自由と民主主義、多国間主義に基づく世界を守るという決意を語りました。

 コロナウイルスの感染拡大が私たちに問うているのは、国境を越えた共通課題に対する多国間協力の強靭さや、自由と寛容の精神、さらに、課題解決に強く機能する自国の民主主義の在り方でもあります。

 こうした時だからこそ、彼らのメッセージを日本の多くの方に広めていただけますと幸いです。

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