気候変動、開発、核軍縮、保健、テロ、紛争、国際経済の専門家12氏が議論したコロナ禍で内向きになる世界にあえて問う
国際協調は幻想なのか?

2020年9月18日

⇒【専門家アンケート】
半数の専門家が「国際協調体制は崩壊しつつある」と回答

 新型コロナのパンデミックの経験では、国境を越える感染症という危機に対して国際協調の欠如が見られた。一部の学者の中では「国際協調は幻想」との意見も出ている。感染症のみならず、気候変動、国内外紛争、核不拡散、貿易・経済システム、テロ、貧困など多様なグローバル課題に国際社会は直面する中、若手を含む国内の専門家12氏は、今、世界で問われる国際協調の意味を今、どう考えているのか。

 議論では、研究者全員が自身の専門分野のグローバル課題が、コロナ・パンデミックの裏で国際的関心の低下や資金不足、また大国間の利害対立で取り組みが困難になっていることに強い懸念が示され、また分野によっては人道危機の可能性が高まっていることも報告された。

 一方で、専門家12名は、多国間協力の難しさを認識しながらも、国際協調は幻想との見方は明確に否定。未曽有の危機の今こそ、世界が力を合わせることの重要性で一致し、大国間の地政学的対立に関わらず、同じ目的意識を共有した国・アクターがまず取り組める課題で具体的に協力を進めていく意義を強調した。

 今回の議論は、言論NPOが主宰する地球規模課題を考える日本の34名の専門家チームによるオピニオン発信の一環として実施された。国際秩序の不安定化が進む中、日本としてグローバル課題を分野横断型で考えるために、各分野を研究する専門家が集まり、内外に発信することを目的にしている。この日のバーチャル会議にはその中から、気候変動、開発、核軍縮、保健、テロ、紛争、国際経済の専門家12氏が参加した。

【参加者】河合正弘(東京大学公共政策大学院名誉教授)
     小塚郁也(防衛省防衛研究所政策研究部防衛政策研究室主任研究官)
     小林周 (一般財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員)
     小林良樹(明治大学特任教授)
     坂元晴香(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学講座特任助教)
     佐藤寛 (ジェトロ・アジア経済研究所研究推進部上席主任調査研究員)
     志賀裕朗(JICA緒方研究所上席研究員)
     戸崎洋史(日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員)
     東大作 (上智大学グローバル教育センター教授)
     藤野純一(公益財団法人地球環境戦略研究機関都市タスクフォース プログラムディレクター)
     和田大樹(清和大学法学部講師)
【司会】 工藤泰志(言論NPO代表)


様々なグローバル課題に負の影響を与えている新型コロナ・パンデミック

 新型コロナのパンデミック一色になった2020年の世界。新型コロナは、多様なグローバル課題にどのような影響を与えたのか。

 言論NPOが事前に、このプロジェクトに参加する各分野の専門家20氏に対し実施したアンケート調査では、半数以上が「国際協調体制は崩壊しつつある」と回答。世界の国際協調の現状について強い懸念が示された。

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 この日の議論でも、各専門家から相次いだのは、各分野の国際協力がコロナ禍でより厳しくなっている状況である。

 紛争防止・核軍縮問題では、元々厳しい状況にあったがコロナ禍でさらに国際協調は困難な状況になっているとの意見が出た。中東問題や紛争を専門とする防衛研究所主任研究官の小塚郁也氏は、シリアやイエメンの現状を下に、元々国民に医療サービスを提供できる政府の機能が停止しているのに加え、コロナ禍で国連やNGOの人道支援も困難となっていること、さらに先進国も経済が苦境に陥り、援助を継続できる財政的余裕を失っている点を挙げながら、「紛争解決が難しくなっているだけではなく、人道危機も起こりかねない状況だ」と指摘した。

 核軍縮分野では、新型コロナの影響で多国間対話の機会が減少している問題点も挙げられた。核不拡散・軍縮問題を専門とする日本国際問題研究所主任研究員の戸崎洋史氏は、INF失効やアメリカのイラン核合意離脱を受け、この分野はコロナ以前から厳しい状況にあったと説明。その上で、新型コロナの影響からNPT会議が延期になり、協調に必要な議論を行うこと自体、難しくなっている点を伝えた。

 コロナ禍で新しい問題に直面している分野も多い。

 気候変動分野について、地球環境戦略研究機関プログラムディレクターの藤野純一氏は、コロナの対応に消極的な国は、気候変動への対応も消極的で似通っている、という点を指摘しながら、気候変動での資金が回りにくくなっているが、その中でも異常気象など気候変動の影響がより大きくなっていることを挙げ、「ビジネス界も巻き込み実質的に対応を進めないと間に合わなくなる」と警鐘を鳴らした。

 国際開発の分野も同様である。JICA緒方研究所上席研究員の志賀裕朗氏は、パンデミック下でも先進国‐途上国間の二国間の援助はさほど影響を受けず進んでいるとしながらも、援助を行うドナー間の多国間の連携が弱くなっている点を危惧。ドナー国間での協調が弱くなり、各国がバラバラに援助を行うことで、途上国側にマイナスな影響を与えている点を指摘した。

 さらに、新型コロナ禍が与える中長期的な影響を心配する多く聞かれた。

 テロ分野を専門とする明治大学特任教授の小林良樹氏は、先進国の南アジアや中東へのコミットメントや関心も低下し、紛争地でテログループの活動が進み易くなる問題点を指摘した。これに加え、清和大学講師の和田大樹氏も各国で経済低下や失業率の上昇で社会不安が広がり、若者がテロの世界に入ってしまう懸念を伝えた。


国際協調は幻想なのか―12名は明確に否定「今こそできる分野からでも国際協調を」

 続けて、司会の工藤は、国際協調の難しさから、「国際協調は幻想」との見方まで出ている、これに賛同できるか、と参加者に聞いた。
 日本の国際政治の学者の中では、国際政治の基盤を作っているのは、国家主権や国益、大国間関係、地政学であり、その要素が今の世界で支配的な傾向を示している、という見方が強まっている、ことを意識したものだ。

 これに対しては、会議に参加した専門家12名は、「国際協調は幻想」との意見を明確に否定。困難な面は認めながらも、世界が未曽有の危機の今であるからこそ国際協調の重要であり、世界が力を合わせない限り危機が収束しないという点で、合理性があると強調した。

 特に、一国だけでの取り組みでは解決できない感染症や気候変動の問題では、国際協調しかないという声が相次いだ。

 国際保健分野を専門とする慶応大学特任助教の坂元晴香氏と上智大学教授の東大作氏は、国際保健分野では、ワクチン開発・普及の国際的枠組みCOVAXのように国際協調が進むことへの期待を示した。坂元氏は、「大国間の政治対立に目が行きがちだが、テクニカルな面では各国間の協力が不可欠。まず意思のある国々ができることから進めるべき」と話した。

 東氏も、コロナは一つの国で封じ込めても世界で解決しなければ意味がないとし、感染症でも気候変動でもまさに日本がグルーバルファシリティターとなって、協調のための対話を促進すべきと主張した。

 相違があっても何とか共通の利益を見つけ出し、少しでも協力を進めるべきであるとの意見も相次いだ。

 核軍縮は、大国間の対立で協調が特に難しい分野であるが、戸崎氏は、小規模の紛争がエスカレートし、核の使用に至るケースもありうるとして、「軍備管理、核不拡散が進んでいない現状を当たり前と思わず、小さなステップでも進めていくべき」と述べた。

 また、国際協調における民間への役割を指摘する声もある。長年開発援助に携わってきたジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員の佐藤寛氏は、「企業は国際協調無しでは生きていけない」と述べ、マスクの国内への優先的な配布を求めるトランプ政権に抵抗した米メーカー3Mの例を挙げながら、民間側ではグローバルなサプライチェーンを通じ国際協調はこれからも進むと話した。

 さらに、今後の国際協調を展望する上で、米中関係など大国間のパワーゲームだけを注視する見方への異議も出た。

 日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員の小林周氏は、中東やアフリカなどの不安定な状況は、米中などの大国の対立ではなく、リージョナル・パワーゲームで引き起こされている点をもっと理解し、今後も警戒すべき、とした。また、藤野氏は、コロナ禍で急速に進むDXや分散化など新しい潮流を紹介。大国同士の争いのみで国際協調を考える従来の視点ではなく、感染症や気候変動の問題などを人類共通の敵とし、その意味での国際協調の意味を再考すべき、と説いた。

 最後に、国際協調を進める上で、中国がルールや規範を遵守することの重要性、そしてその橋渡し役としての日本の役割に期待する声も出された。

 東京大学名誉教授の河合正弘氏は、経済・貿易分野で「中国がどこまで本当に市場改革・国有企業改革に取り組めるのか」と述べ、中国が変わる重要性を強調した。その上で、中国を様々な多国間の枠組みに引き込み、ルールに従う方向に促していくのが、日本の役割であると述べた。

 最後に司会の工藤は、「国際協調は制度や秩序ではなく努力のプロセスである」と述べ、コロナ禍で世界のシステムが大きく変わる中、12名の専門家が参加した今回の議論のように、様々なアクターが横でつながりながら議論を深めながら、継続して国際協調体制の維持・強化に努める重要性を伝え、議論を締めくくった。

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(西村友穗 言論NPO国際部部長)


動画ハイライト(短編)

座談会「国際協調は幻想なのか?」

【参加者】河合正弘(東京大学公共政策大学院名誉教授)
     小塚郁也(防衛省防衛研究所政策研究部防衛政策研究室主任研究官)
     小林周 (一般財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員)
     小林良樹(明治大学特任教授)
     坂元晴香(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学講座特任助教)
     佐藤寛 (ジェトロ・アジア経済研究所研究推進部上席主任調査研究員)
     志賀裕朗(JICA緒方研究所上席研究員)
     戸崎洋史(日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター主任研究員)
     東大作 (上智大学グローバル教育センター教授)
     藤野純一(公益財団法人地球環境戦略研究機関都市タスクフォース プログラムディレクター)
     和田大樹(清和大学法学部講師)
【司会】 工藤泰志(言論NPO代表)


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