日中間の領土問題は解決できるのか

2012年6月19日

2012年6月12日(火)収録
出演者:
秋山昌廣氏(海洋政策研究財団会長、元防衛事務次官)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2部:なぜ中国は尖閣問題で日本に強硬姿勢をとるのか

工藤:それでは引き続き議論を続けていきたいと思います。ちょっと今の話を聞いて高原さんに伺いたいのですが、今の、石原さんが購入するという議論を中国はどのように見ているのでしょうか?

高原:中国ではナショナリズムの嵐が吹き荒れています。大変敏感な問題になっています。なので、日本側は相当慎重に言う事、やる事を考え、軽率な言動は慎まなければならない状況だと思います。

工藤:先ほどの秋山さんの話によると東京都が購入すると、今は2002年から国が借り上げていますけど、その変化は中国にとって大きなことなのですか。


中国では誤った情報がかけめぐっている

高原:情報が適切に伝わらない面があります。例えば日本国政府が2002年に土地を借り上げた時も現状維持のために借りたわけです。しかし、中国側としてはまたなんかやったという目で見るし、そういう報道が当時もあった訳です。いろいろな謬論、間違った情報が中国中を回っていまして、例えば50年時効説というものがあり、1972年に尖閣を実効支配し始めてそれから50年実効支配を続ければ自分のものになると語っている等、無茶苦茶な議論を信じている中国の人たちは結構います。専門家の中にも。これまでの歴史的経緯であるとか、日本側の議論がどうであるとかを良く知らないままに熱くなっている困った状況にあります。

工藤:一方で日本国内の問題ですが、東京都が購入することは生ぬるいという議論があれば、先ほどの秋山さんの話から東京都に所有権が移っても、実効支配のレベルを高めない限りは納得しないという議論もあります。秋山さんに伺いたいのですが、東京都が購入しただけではあまり意味はないわけですね。


東京都が購入すれば、中国は対抗措置も

秋山:それはそう思います。ただ、東京都が購入すれば所有権と国との関係が切れます。東京都が国との契約を維持すると思いませんから、東京都はそこに人を派遣する、調査する、場合によったら、東京都の碑を立てる等、まあ極端なことを言えば、そういうことが出来ますから、中国にとってかなり刺激的になります。実効支配というよりも、非常にセンシティブなことになります。それがいいかどうかの問題があります。

工藤:そうなってくると、さっきの中国の高まってきている言動を増幅してしまうのではないですか?

高原:そうですね。いろいろな対抗措置を中国政府も取らざるをえなくなる可能性が高いと思います。

工藤:そうなってくると日本政府としてこの問題をどのように考えなければならないのでしょうか?


大きな日中関係の利益を第一に考えるべき

宮本:日本国民の方々に是非考えて頂きたいのは、大きく日本という国が追求しなければならない国の利益、よく国益と呼ばれますけど、それはどういうものかを問うために考えて頂きたいと思います。ですから、領土問題だけに入っていきますと、先ほど申し上げました通り領土問題は黒白の世界ですから、ここで何らかの措置を取ろうというのは不可能です。
 しかし、中国との関係は経済問題もそうですし、安全保障の問題も、日米安保をしっかりさせないといけないのですが、同時に中国との間の政治的に安定的な関係を作るというのは日本の安全保障でもあります。ですから、これからどのようなアジア太平洋の秩序を作っていくのか、日本と中国が話し合わなければ絶対できません。そういう風に日本と中国は領土問題以外にも多くのそれぞれの国の利益を抱えています。ですから、その大きな両国関係の中でこの尖閣諸島の問題をどのように位置づけるのか、どのように対処していくのか、こういう判断を国民の皆さま方と議論しながら日本の国家社会として早く作り上げた方がいいのではと思います。
 領土問題は先ほど言いましたように黒白の問題ですから、私も日本の立場に当然立ちます。中国は当然、中国の立場に立ちます。そうすると、この問題は出口のないものになってしまいます。その時により大きな日本と中国の両国関係が持っている意味を考えてみた時に、それ以外の尖閣問題への我々の対応の仕方があるのかないのかということを考える糸口が見つかってくるのではないだろうかと思います。だから、視野を広げてもう一度この問題を眺めてみることが必要だと思います。

工藤:今回の問題に対して日本政府は発言しましたか。黙っている感じですね。揺れている感じですよね。

宮本:揺れています。買う事を検討すると言ってみたり、それを否定したりしています。


尖閣に関する中国の方針転換の背景は?

工藤:何をしたらいいのかわからない状況に今なっているのですけど、多分、熱気の中でどうしたらいいのか戸惑っている感じなのかもしれません。もう一つ、この有識者アンケートは今日のお昼から緊急に取ったので100人程しか回答していませんが、あなたが尖閣諸島問題で一番懸念しているのは何ですか?と問うと、43%が両国間のナショナリズムの台頭、27.6%が日中関係の全面的な冷え込み(経済の冷え込みを含む)、尖閣で本格的な軍事衝突も約20%あります。
 なので、今回の問題は一般の人を含めてどのようにすべきかを考える段階に来ていると思います。そもそも中国との領土問題、日本が実効支配していますし、戦後も日本の領土として扱われてきたものなのですが、どうしてこのような大きな問題になったのでしょうか。中国の中で大きな方針転換があったのでしょうか。高原さん、いかがでしょうか。

高原:それはよく言われていますように、60年代末70年代初めに行われた国連機関の海洋地質調査で尖閣の近海の海底に相当量の資源(石油)がありそうだという結果が出てしまったので、俄然、台湾、中国が興味を示し始めました。
 周恩来さん自身が1972年に語っていますけど、石油が出たので、一部の歴史家が騒ぎ出したと。だけど、自分はこの問題に関心はないのだと。だから、日中国交正常化の交渉の中ではこの話はしないようにしましょうという発言をしました。

工藤:つまり後世の英知と言うか見識に解決を委ねると、当面大きな問題にしないということが1972年にありました。

高原:1972年に周恩来さんは国交正常化交渉でそう言っていますし、友好条約締結の批准書交換のために来日した鄧小平の言い方だと棚上げするのが良いということですね。

工藤:それがどうしてこのような展開をしたのでしょうか。海洋問題に詳しい秋山さん。


中国が戦略的に尖閣を取りにきているとは見ていない

秋山:中国が国家として尖閣問題を日中間の争いの大きな問題として例えば取り返そうという方針を決定したとは考えられない。いろいろな議論、いろいろな人がいる。領海法を作ったときも。中国が戦略的に尖閣を取りに来ているとは今も見ていない。中国が自制している面も結構ある。この問題が両国でエスカレートして抜き差しならない状況になるのは日中にとって不幸な話です。
 日本がやるべきことは実効支配であり、日本は中国側がちょっかいを出す理由にならないようにうまくやる。つまり、陸上の支配である。このために海上保安庁の強化と職員の陸上における権限強化が必要である。これに日本の海軍が出てくる。向こうの海軍が出てくるとエスカレーションする。取りあえず法執行機関でゲームをやって実効支配を強め、様子を見ていくしかない。

工藤:これはどういう風な大きな流れの中でこういう状況になっているのでしょうか。

宮本:私は争点をいかに管理するかという問題だと思います。従ってトータルな日中関係で尖閣をどう位置づけて処理したら、今後の対応を含めて、中期的に日本の利益を最大にするのかを考えるべきだと思います。国家としては、基本的な立場をはっきりさせておく。同時に外交では、日本のそれ以外の国家利益が損なわれないようにする。トータルな国家利益の考え方の位置づけを議論しなければならない。この問題だけでは、いくら話し合っても出口がありません。中国側も広く考えることによって話し合う意味が生じます。

工藤:中国が本格的に尖閣を取りに来ると見ていないのですか。宮本さんはどのようにご覧になっていますか。


中国の国家運営は山積する国内問題にエネルギーを集中

宮本:そこまでは当然来ていませんね。中国の国内でいろいろな議論があるというのはその通りです。ただ中国の国家運営の立場に立てば、国内問題が山積していて、そこに全てのエネルギーを集中しています。まだ外に出てどうこうしようという余力は感じません。国家として大戦略を定めて、一歩一歩やっているとは私も感じません。
 しかし、国内の体制が整備されて、それぞれの法執行機関は何かをやらなければならなかった場合、それは外交的な配慮で抑えなければならないが、そのコントロールが効きにくくなった中国の現状があります。よって、中国が次々に攻めてきていると見えますが、それは現象が生じているだけであって、国家としての明確な意思ではありません。

工藤:高原さん、中国にとっての尖閣の位置付けは? 中国は何をしたいのでしょうか。日本だけが空回りしている状況なのですか。

高原:すごく重視しているわけではないです、本来。海洋法執行機関から見ると東シナ、南シナ海で中国が領有権を主張する島々をパトロールすることが彼らの組織的な目的、存在理由ですから、それぞれの機関にとって大事です。しかし、中国全体にとっては重要な問題ではありません。

工藤:何年か前に漁船の衝突の前に中国の調査船が来ました。管轄権を主張して実力行使しようとしているまではいかないけれども、例えば管轄権を主張するということ、そこまでは来ていないと思ってもいいのですか。

高原:2006年に出来た条例によって、東シナ海でも領有権を主張する、定期的なパトロールするということになったのですね。だから、彼らの任務としてのそういう仕事をしなければなりません。

宮本:2008年に中国の公の船が尖閣の領海に入った時、中国の国内法に従って中国の領海に対する任務を遂行していると主張して帰りましたね。その意味では、彼らは法を前に進めている。

工藤:それが本格的な領有権の実行に・・・。

宮本:きちっとした国家戦略ではありません。そうならば、これは読める。むしろ偶発的な事件が事態を悪化させるということを私は心配しています。


共産党の統治が不安定になると、尖閣は危うい問題に

秋山:例えば東シナ海の状況を4、50年前から眺めていくと、中国は弱い相手には武力行使をすることでとろうとする。戦略と言っていいものか、戦術に近いものですが、そのような方針を決定して実際にやっています。戦車などを利用して。それと同じように尖閣をとるという意思決定はしていないと思います。資源とか軍事とか安全保障とか海の軍事の問題など色々あるけど、非常に大きな要素は国内問題、つまり共産党の統治の正当性にからんでいます。
 ですから、もし共産党の統治が不安定になると、偶発的というよりも、戦略までいかないとしても、尖閣問題は非常に危なくなります。統治の正当性が保てないし、国民を引き付けられなくなります。そのような状況はあり得るし、これが最も怖いと思います。今、戦略として中国が尖閣を取りに来ているとは思えません。

工藤:では一番初めの質問に戻りますと、現状に対しては騒ぎ過ぎと見ていいのでしょうか。高原さんどうですか。

高原:日本は自分たちが考える正しい情報を中国に伝える必要がある。ただ、ある地方自治体が買い上げるというようなことで解決する問題では到底ありません。それを冷静に理解し問題がエスカレートしないような賢い対応をすることが非常に重要です。

工藤:ここでまた休憩を入れて、その後、最後のセッションに入りたいと思います。


   

放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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