尖閣問題をどのように解決していけばいいのか

2013年10月20日

2013年10月20日(日)
出演者:
宮本雄二氏(元駐中国特命全権大使)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
松田康博氏(東京大学大学院情報学環教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



尖閣問題を「パンドラの箱」に戻すことは可能か

工藤:松田さんから解決するべきものでも解決を急ぐことによってかえって解決できなくなるかもしれない。場合によってはその問題を遠ざけたり、相対化して小さくすることによって問題を封じ込めるという対応もあるのではないか、というお話がありました。アンケートでの有識者の回答もそのことを意識していると思います。この松田さんの問題提起についてどのように考えていけばよいのでしょうか。

宮本:そのためには政治的なリーダーシップこそ必要となります。日本、中国双方の政治指導者が、松田さんが言われたように日中関係を大局的な見地から大きく捉えて、この尖閣問題を非活性化して抑え込んでいく、という知恵を出さなければならない。現在のグローバル経済の中で世界第2、第3の経済大国が揉めるということは世界に大変な迷惑をかけることになるので、両国首脳が「解決しなければならない」、という決意さえ固めさえすれば、両国政府が出す声明の具体的な文言などはすぐに考え付くものです。

 これまで尖閣を巡って色々なことが起こり、中国国内では尖閣領有権を正当化する独自の「物語」が作り上げられ、その物語に中国の指導部も拘束されて、その中でしか解決策を模索できないでいる。しかし、日本には日本の「物語」がある。そこで、いかにして尖閣問題を脇に置いて、「日中関係は重要だからもう一回見直そう」、という方向に持っていけるのか、ということが重要なポイントになります。

高原:そもそも42年前に尖閣の領有権について中国側から異議が提起された時に、どう対応したのかというと、国交正常化が直後に控え、さらに数年後には平和友好条約締結への動きがあったので、「それを壊しかねない尖閣問題には触らないでおこう」という日本、中国両国の暗黙の了解があったといっていいのではないかと思います。その後、中国が国力を増大させるにつれて、尖閣に触り始めてきたというのが日本側では一般的な認識となっており、実際そうだと私自身も考えています。ただ、尖閣に触って問題を大きくしても中国にとってもプラスにはならない、という認識も一方で広まってきているのではないかとも思います。ですから、「問題はどうにもならない。触っても無駄だし、かえって損だ」という新しい認識が形成され、この尖閣問題を「パンドラの箱に戻そう」、という合意につなげるような動きが出てくるのではないか、という気がしています。

工藤:パンドラの箱に戻れば本当にいいのですが、そのような流れを作ることは可能なのでしょうか。

松田:私は可能だと思います。現在、日中両国政府は、非常に過激な言葉や行動のやり取りを避けようと今年になってから非常に努力をしています。例えば、中国側でも今年は大きな反日暴動はデモも含めて起きませんでした。また、香港のいわゆる保釣運動家のような人たちも中国側が色々な手段を使って出航もさせない、という状況になっています。

 日本は台湾に対して大きな譲歩をして、日本と台湾との間で日台漁業取り決めを結びました。台湾の漁民が昨年9月25日に行ったように尖閣海域に侵入するというような事態を日本と台湾が協力をして抑え込んでいます。

 ですから、現状、基本的には民間発の不測の事態は抑え込まれている状態だと思います。これは関係各国が努力をした結果であり、偶然でこうなっているわけではありません。

 先程、高原さんからもお話がありましたが、なかなか中国の上層部が「日本との関係を良くしてかまわない」と言ってくれないので、みんな周りを見ながら「どうしようか」、と戸惑いながら少しずつ関係が回復しているという状態です。あと一押しか二押しくらいで局面が変わるのではないか、というところまでは来ていると思います。一方的にずっと事態がエスカレーションし続けているわけではなく、かなり最近は落ち着いてきています。しかし、何か不測の事態が起こったら、また一気に悪化してしまう危険性は残っているという状態だと思います。


政府外交が動きやすいような環境を民間が作ることが重要

工藤:今の状態はその通りですね。不安定だけれど一応は抑え込んで均衡は保っている。こういう状況の中で、両国政府の政治指導者が動いたら一気に情勢は動きますが、現実はそうなっていない。そこで、政府外交を動かすためにはどうすればいいのでしょうか。

宮本:そのためには小さなことの積み重ねが必要です。まず大切なのは良いメッセージをお互いに送ることです。「日中関係はアジア太平洋のためにも非常に重要である」、「日中は共生すべき」、と言って日本が関係改善に向けて積極的な姿勢を示すとそれに中国も応えていく。尖閣問題に触れずに徐々に社会の雰囲気を変えていって、政治指導者が決断しやすいような環境作りをする、ということだと思います。

工藤:政府間では日中関係を改善したいという意思は持っているのですよね。でも、どうしたら交渉のテーブルにつくことができるのか、という点にはかなり日中両国に意見の差があると思います。

宮本:外交ではどうしても「自分の方が正しい」ということになりがちで、しかも、ほんの少しでも自分の過ちについては認めにくいものです。そこで、政府同士の交渉が引っかかっているのだと思います。やはり、こういう時には中国の国民世論から「そろそろ日本と関係を改善した方がいいのではないか、関係を改善した方がお互いにとって利益になるのではないか」という、より多くの声が出てくることが、政府外交にとっても非常に大きな後押しの力になると思います。


日中平和友好条約の今日的な意義を考えるべき

工藤:そういう冷静な声が民間から起こってくる、というきっかけ作りのために「東京-北京フォーラム」は役割を果たさなければならないと思っています。その話に入る前に日中平和友好条約についてお話を伺いたいのですが、今年は条約締結35周年です。この歴史的な先人の業績から、今日的な意味を引き出すとしたらどういうことを考えるべきなのでしょうか。

高原:日本と中国の間には、平和友好条約を含めていくつかの文章がありますが、いずれも内容はものすごく今日的な意義を持っている重要な文章であり、日本でも中国でも多くの人がその意義については理解しています。平和友好条約では、何か揉め事があっても、それを決して武力、あるいは武力による威嚇を通して解決しようとしないという姿勢を徹底するというところに一つの眼目があります。また、覇権主義に反対するという項目も重要です。今こそ、日本と中国で多くの人がこの条約を読み直して、日中関係の原点の一つとして学ぶべき意味はものすごく大きいと思います。

工藤:私たち民間では色々な形でその条約の意義について考えることができますが、その条約を結んでいる当の政府間ではその意義を考えるということは難しいのでしょうか。

宮本:現状は外交の入口で止まってしまっていますが、国家の外交の姿勢として間違っていると思います。一つの問題で両国の関係全体が動かない、というのは正しい外交の姿ではありません。日中平和友好条約35周年という記念すべき年なのですから、本当は少し尖閣問題を脇に置いて、日中両国政府はこの現代的な意義について議論をして欲しいのですが、特に中国側は現段階ではそのような姿勢になっていません。

工藤:松田さん、先程おっしゃったような、問題を隔離する、問題を相対化するためにはどのようなプロセスを踏めばよいのでしょうか。

松田:経験則として中国がこれまで台湾、日本も含めた色々な国と関係を悪化させて、それを改善させていくプロセスは繰り返しありました。それを見ていくといくつか分かることがあります。まず、一つには「時間」が必要だということです。基本的にどのような問題でも、ほぼすべて中国側が怒って関係を途絶させ、それを回復するのも中国側から始めるというプロセスです。中国国内のナショナリズムの盛り上がり、世論の盛り上がりを少しずつ抑えていく必要がありますが、これには時間がかかる。

 もう一つは「きっかけ」です。例えば、先日、G20が行われましたが、そういう場では両国首脳がお互いに顔を合わせざるを得ない。そこで握手もしない、目も合わせないということはあり得ませんので、しっかりと握手をし、言葉を交わす。そういうことを繰り返していくと、「首脳会談がないのはおかしい」という流れになる。

 それから、我々東アジアの人間にとっては「季節の変わり目」というものが非常に重要な意味を持ちます。年が変わると新しい気持ちになるので、そういう節目を上手く活用した外交努力というものを積み重ねていくことが大切だと思います。

   

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