尖閣問題をどのように解決していけばいいのか

2013年10月20日

2013年10月20日(日)
出演者:
宮本雄二氏(元駐中国特命全権大使)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
松田康博氏(東京大学大学院情報学環教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


今こそ大きな役割が求められる民間外交

工藤:現在、政府外交が様々な局面の中でジレンマを抱えてしまっている状態です。そのような状況の中で、民間にできることは何かないのだろうか、と我々自身が問いかけるような局面になってきています。

 さて、有識者アンケートの設問の一つに、「東アジアの近隣諸国との対立の中で、ナショナリズムがかなり加熱してきている。政府外交だけでこのような事態を解決できると思うか」という設問がありました。この設問に対して「解決できないと思う」が40.9%、「どちらかといえば解決できない」が39.0%となり、8割の有識者が政府外交だけでの解決は非常に難しいと判断したと読み取っても間違いないと思います。

 この結果から、事態があまりにも悪化してしまっている、そして、ナショナリズムの加熱によって政府外交の行動が狭められてしまい、本来果たすべき役割を果たすことができなくなっているのではないか、という有識者の懸念が読み取れます。

 先程、宮本さんがおっしゃったとおり、政治家が強いリーダーシップを発揮すれば、政府外交が動けなくなってしまう現状を変えることができる可能性もありますが、現実的には日中両国ともにそのような状況に至っていません。そのような状況の中で、政府外交の役割と、それを補完する民間外交の役割をどう考えたらいいのでしょうか。

宮本:41年間政府で仕事をした経験を踏まえて申し上げますと、この41年間の中で一番大きな変化は、外交問題がほぼ内政問題になったということです。職業外交官・政府指導者による、ごく限られた人たちのエリート外交から徐々に変質し、私が退任する直前には、どこの国でも、外交は大きく国内世論の制約を受けるものに変化していました。今の時代の外交は国民世論の制約を受けるので、まず国民世論が変わらないと政府は動けない、ということが政府外交の実態だと思います。そうだとすれば、政府外交と民間外交はもう分けて考えることはできなくなっているということになります。

 日本国内で色々な議論がなされて、その結果、政府の行動の選択肢が広がっていく可能性は十分あります。具体的な方策にしても、国民の間で議論していくことによって、政府の選択肢も増える可能性もあります。政府外交と民間外交はそのような相互関係になっていると思います。

高原:中国の場合でいえば、中国共産党のメディアに対する影響力が非常に強い。

 ナショナリズムの高まりの原因には様々なものがありますが、今、中国が近代化の真っただ中にあるからナショナリズムの時代にあるのであって、ポスト近代の時代に入れば、ナショナリズムも少し冷めるだろうという考え方です。それも一理ありますが、中国共産党の影響力のもとにある公式メディアの果たしている役割も大きいと思います。ですから、逆説的ですが、ナショナリズムの温度を下げるには、民間の役割が重要だと思います。つまり、政府のチャネルともいえる中国の公式メディアとは別のルートで、中国の一般大衆に日本側の正しい情報や本当の思いなど、事実と感情との両方を伝えていくことが特に求められているのではないでしょうか。

松田:民間にできることというのは非常に大きいと思います。例えば、世論調査一つをとっても、政府による「外交に関する意識調査」は長期にわたるトレンドを見るのには適していても、尖閣諸島問題に対する意識のように、短期的に変動する世論の把握については対応ができません。ですから、このような調査を民間が機動的に行っていることで、例えば、日本の有識者で「領土問題の解決に向けて交渉を開始する」を支持している回答者は4.2%、「日本の国有化を撤回する」を支持している回答者はわずか1.9%というようなデータを中国の人たちに見せることができます。このようなデータを提示すれば、中国側にも、自分たちが、一般の日本人にとって受け入れ不可能なことを関係修復の前提条件として要求している、ということなどを分かってもらえると思います。このような機動的な調査は、政府にはなかなかできません。その上、政府の調査というだけで、中国側から見るとデータの信憑性が落ちます。機動的な調査によるデータを提示し、得られた情報を相手に伝えていくことで、中国側に「問題を全く解決できない方向に我々は足を踏み出してしまったのだな」、「これは何とかしなければならないな」、ということを理解してもらう役割を担えるのはまさに民間だと思います。

 また、民間が「日中関係の大局を大切にしていこう」というようなことを繰り返し発信することで、指導者の背中を押してあげる役割を担うこともできると思います。現在の中国政府は、日本との関係を重視していた胡錦濤政権とは異なります。また、現在の日本の安倍政権も、過去の歴代政権と比較すれば、おそらく日中関係改善に向けて積極的な政権とはいえないでしょう。そうであるからこそ、民間レベルで日中双方が「日中関係は非常に重要だ」という世論醸成をしていくことがきわめて重要だと思います。

工藤:「東京-北京フォーラム」は、日中関係が非常に厳しい時に「日中関係が直面している困難を民間の対話の力で乗り越える」ために、立ち上げました。しかし、延期になったのは今回が初めてで、正直ショックを受けました。なぜなら、どんな困難があっても、この対話を延期したことは絶対になかったからです。しかし、このような状況だからこそ、民間の役割が問われており、民間対話の必要性は強まってきていると思います。

宮本:我々の古い友人で、外交関係者でもある呉建民さんも、中国青年報に「中国外交の最大の問題は国内である」というような連載記事を寄稿しました。国内世論がもう少しバランスの取れた考え方をしなければ、外交は立ち行かない、という内容の記事です。このように、外交政策において民間側から政府に注文を付けるような論説も展開され始めているので、中国側にも民間外交の動きは出てきたと実感しています。

 私は、「東京-北京フォーラム」の最大の強みは、我々の議論が公開されるということだと思っています。議論が公開されれば、その内容がより多く中国の人たちに伝わって、日本の視点、感情、考え方というものを中国の人たちに直接伝えることができます。また、「東京-北京フォーラム」の中国側参加者は日中関係に関する考え方のバランスが取れている方が多いので、そういう方たちの意見が日本国民に伝わる良いチャンスでもあります。


「東京-北京フォーラム」の果たす役割とは

工藤:最後に、10月25日から開催される「東京-北京フォーラム」への期待、希望、要求があったらお聞かせください。

高原:日本側の参加者は、中国政府が昨年の秋から様々な反日宣伝キャンペーンを実施した結果、中国国内で相当ゆがんだ日本イメージができあがっていることを前提にフォーラムに臨んだ方がいいと思います。つまり、日本側も、ある程度中国側の間違った理解を想定しておいて、「実はこうなのだ」と積極的に中国側に真相を語りかけるべきだと思います。中国人も、日本の専門家の発言を直接聞くと、対日理解を深めやすいと思います。また、直接会うと分かる、ということはたくさんあると思います。今回の「東京-北京フォーラム」が、中国人参加者に対して「実際に日本人に会ってみたら、今まで考えていたことが変わった」というような印象を、会場の至る所で与えられるようなフォーラムになることを期待しています。

松田:日程調整で中国側に振り回されるということは、それだけこの「東京-北京フォーラム」が中国側にとっても重要になってきたことの表れだと思います。

 日中の間で対話をする時にはコツがあります。中国側主催者は純粋な民間団体ではありませんので、フォーラムで話し合われたことはまとめられ、政府のしかるべきところに報告がなされます。そこで、中国側の人たちが「本当はこういうことが言いたい。しかし、立場上、どうしても言えない」ということを日本人が代わりに言ってあげる。これが一つのコツです。そうすれば、彼らが「本当は言いたいのだけれども、自分には言えない」というところを日本人の声としてまとめて、外に発信したり、あるいは上に伝達したりということができるようになります。むやみやたらに日本の立場だけを強硬に述べることも、中国側が建前で言っていることに迎合することもいけません。一番良いのは、中国側が「本当は中国のためにも、日本との関係をこうした方がいい」と思っているところを、かゆいところを掻く感覚で代弁してあげるとよいのではないでしょうか。ぜひ、そういう対話をしてきてください。

宮本:やはり、覚悟しなくてはいけないのは、中国側主催者が、今回は自由に行動する余地が少なくなっている、ということです。そのような中国側に我々が対処することになるのだ、と覚悟しておく必要があります。また、日中間でほとんど対話がない状況で、唯一規模の大きい「東京-北京フォーラム」が北京で行われたこと自体、大変大きな意味を持っていると思います。

工藤:来週後半から、私たち言論NPOは宮本さんとともに北京に行くことになります。そこで、対話の議題としても尖閣諸島問題があがってくるだろうと考え、中国政治に詳しい高原さんと松田さんに加わっていただいて、尖閣諸島問題について議論しました。

 この「東京-北京フォーラム」には三つの原則があります。一つ目は、批判するための議論はしない。二つ目は、政府の立場をただ反芻するような議論はしない。三つ目は、あくまでも課題解決に真剣に向かい合うというものです。今回も中国側にこの三原則を守って議論したい、ときちんと通告しております。もしかしたら、対話の一部分を非公開にしたい、という要望が出るかもしれませんが、私たちは対話を堂々と公開し、なるべく多くの人たちにこの対話での議論を伝え、両国民がともにアジアや両国関係の未来を考えていく場、そして冷静な議論が民間レベルで始まる場を作っていきたいと思っています。

 今日は「尖閣問題をどのように解決していけばいいのか」についてお送りしました。ぜひ皆さんにも、「東京-北京フォーラム」に注目していただきたいと思います。皆さん、今日はご参加いただきどうもありがとうございました。

   


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