アベノミクスの成功と財政再建にどのようにめどをつけるのか

2015年2月13日

2015年2月13日(金)
出演者:
小幡績(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
鈴木準(大和総研主席研究員)
山田久(日本総合研究所調査部長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。いよいよ2015年の日本の様々な課題について具体的に議論を開始したいと思います。今回は第1回目として、経済問題について議論したいと思います。先日2015年度予算が閣議決定されて国会に提出されています。今年はアベノミクスの成功と同時に、財政再建にどのように目処をつけるかが大きな課題となっています。この予算の中でその道筋が見えるのかも含めて、日本の経済の状況と今後の展開について皆さんと議論したいと思います。今日のゲストは、日本総合研究所調査部長の山田久さん、大和総研主席研究員の鈴木準さん、そして慶應義塾大学大学院准教授の小幡績さんです。よろしくお願いします。

 まず私たちは年明けに「2015年の日本がどうなるか」と題して行ったアンケート結果を公表しました。有識者およそ300人に回答をいただきました。その回答について皆さんがどう考えるかについて伺いたいと思います。

 まず2015年の日本をとりまく政治経済そして社会問題で、特に関心を持つことを尋ねたところ、今年はやはりアベノミクスへの関心が再燃しました。「安倍政権の成長戦略が成功できるか」が37.6%で、特に気になっていることの中で最多となりました。そして注目すべきは、「日本の財政再建」と「将来を見据えた社会保障制度の改革」を、2015年の関心事だとする回答が、それぞれ10ポイントずつ増えて、日本の財政再建は33.7%、将来を見据えた社会保障制度の改革は29.7%になりました。つまり「アベノミクスの成長戦略が成功するかどうか」と同時に「財政再建」と「社会保障」が、有識者層の中でも争点になってきています。

 そして2015年の安倍政権はどうなるかということも尋ねました。これに対しては、様々な問題が表面化して、黄色信号・赤信号が灯るという回答がかなり多いです。日本の有識者というのはネガティブに考える傾向が強いとはいえ、今年も6割くらいの有識者がこのように答えたのは注意する必要があります。

 また、私が驚いたのは、「安倍政権がリーダーシップを発揮して課題解決に向けて着実に動いていく」という回答が27.2%ということで去年と比べて10ポイントくらい増えている。安倍政権が先程申し上げた課題に上手く対応することを期待したいという声があるということです。こうした2つの傾向を踏まえて、経済分野での関心事について伺います。山田さんはどうでしょうか。


有識者の2015年の関心事は「成長戦略」、「財政再建」、「社会保障」

山田:私もまさに「成長戦略」、「財政再建」、「社会保障」の3つのテーマに関心があります。実は安倍政権が発足する以前、民主党時代の菅政権の時に、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」と言っていました。いろいろな評価はありますが、アベノミクスの金融政策や財政政策によって、デフレ脱却の傾向が見られます。危機的状況から少しは先が見えてきたことで、もともと日本が抱えている大きな問題に再び注目が集まっているのではないでしょうか。

 また、2014年の衆院選の前に消費増税を先送りしたことで、今回財政再建と社会保障を関心事に挙げる人が増えたのだと思います。このままで財政再建はできるのか、前提となる社会保障の持続可能性に注目が集まる状況だと思います。

工藤:財政の悪化や社会保障費の急増がこのまま続き、日本経済が厳しい局面に直面するのではないかという懸念があり、今年は夏までに、2020年までにプライマリーバランスの黒字化を目指すための財政再建プランを、安倍政権が提出するという計画があります。せっぱつまった段階にきているという認識もあるかと思いますが、鈴木さんいかがでしょう。

鈴木:昨年12月末の最後の経済財政諮問会議で、甘利大臣がペーパーを出しました。そこでは、「経済の好循環の強化」と「経済再生と財政再建を両立させる取り組み」の2つがアジェンダセッティングされたのですが、これは正しい課題設定だと思います。今回の言論NPOのアンケートの結果では、「日銀が大量に国債を買う状況が長く続くだけではないか」ということや、あるいは「そうした仕組みはいずれ破たんするのではないか」という懸念が表れているのが特徴で、一応はそうした疑問に向き合うものになっていると思います。

 2015年の課題としては、まず消費税率の引上げを先送りにした影響が挙げられます。私自身は先送りには反対でしたが、首相のリーダーシップで決めたことという前提で考えるしかありません。今年の夏までに新しい財政再建計画を策定することに取り組むと言っていますが、よほど具体的なものでなければ財政再建の実現性について信頼されないでしょう。

 さらに挙げられるのは「デフレ脱却ができるか」、そして「経済の好循環が達成できるか」ということと財政再建の関係です。財政運営という点だけで言えば、現状の低金利は好ましいことですが、現在は日銀が大量に国債を買うことで異常な低金利が実現していて、マーケットの機能が損なわれている状況になっています。今後、デフレを脱却したときに財政再建をやっていなければ、金利上昇を伴う出口政策には向かえません。一方で、まだまだデフレから脱却できないということになると、日銀はさらに国債を買わなければならないかもしれない。少なくともこれから80兆円買うと日銀は言っています。しかし27年度の予算を見ると37兆円の新規財源債ですし、財投債などと合わせても、どこまで国債を買い続けられるかという技術的な制約も考えられます。デフレ脱却を実現できず、日銀が国債を大量に買って財政を支えているので、「財政再建しなくても大丈夫だ」という状況に慣れてしまうのが最悪です。この財政と金融の相互に影響し合う問題にきちんと対応するには、今後のインフレ目標と財政健全化計画をどうするのが望ましいかを議論しなくてはなりませんが、今回のアンケートでは、そこが不透明だという有識者の問題意識が明らかになっているように思います。


足並みが乱れてきた日銀と安倍政権

工藤:小幡さんは、アベノミクスと財政再建の展開について、どうお考えでしょうか。

小幡:今年は大きな展開はないのではないでしょうか。経済の問題も危機は顕在化しないでしょう。消費税を先送りして国内的に逃げ切ったように、危機を先送りして乗り切ると思います。しかし、2016年には危機が訪れると思いますので、2015年は嵐の前の静けさではないでしょうか。この20年間、財政、社会保障はずっと問題でした。それは逆に言えば現在は大した問題がないということを意味しているのではないでしょうか。

 ただ唯一問題を挙げるとすれば、黒田日銀と安倍政権のずれが出てきていることです。日銀はとにかく2%の物価上昇を達成するため、昨年10月に金融緩和を行いました。しかし、官邸サイドでは2%の物価上昇という無理はもうしなくてもいい、と思ってきている。これは妥当な判断だと思いますが、黒田日銀にとっては梯子を外された雰囲気があります。このことが日銀の空回りをもたらし、日銀の暴走を招くこともあるかもしれません。それが2015年に早めに顕在化する可能性はないわけではないと思います。

工藤:今回のアンケートでは、「アベノミクスと財政再建の見通しをどのように考えていますか」と尋ねました。すると「アベノミクスの成功で経済は成長し財政再建の環境が整う」という回答は、6.8%で1割もありませんでした。その代わりに、現在のアベノミクスは財政を日銀が実質的にファイナンスしている中で金利を下げているという構造がありますが、それが実際に破たんするのではないかと懸念する声が半数近くの43.0%もありました。また、破たんまではしなくとも現在の状況が長期化するとの回答が37.6%ですから、合わせると財政再建に対して厳しい見通しをしている有識者は8割にも上ります。有識者はアベノミクスを支えている構造を理解してはいるものの、どのように出口戦略をたてるかの見通しが持てていないと感じている人が多いというのが状況だと思います。また、安倍さんのリーダーシップを期待する人もいる一方で、不安に思っている人もいる。この結果はどうでしょうか。

山田:アベノミクスには、様々な要素が入り混じっています。もともと安倍政権が成立したときには、リフレ政策を大きく打ち出していました。しかし実際はリフレ派の考えと成長戦略や財政再建を重視する構造改革派の2つの考えが混然一体となっていると思います。ある時にリフレ派が強い、またあるときには構造改革派が強い、というのを行き来してきた。仮に原油の値段が上がっている状況では、2%の物価目標は達成できたかもしれません。しかし世界の状況が変わり、金融政策だけでインフレを達成するのが難しくなっている。小幡先生が先程述べられたように、政権の中でも軌道修正があったのではないでしょうか。いま本格的に成長政略や財政再建の方に移れるかの岐路に立っていると思います。

工藤:今までのアベノミクスのストーリーでは、第1の矢と第2の矢を実行しているうちに第3の矢がきちんと動き、そして経済の循環と転換が達成されると説明されていましたが、第3の矢は政策効果的に時間がかかると思います。第1の矢と第2の矢、つまり金融政策と財政政策のみが支える構造が長期化するのでしょうか。第3の矢をどのように考えればいいのでしょうか。


実質・名目賃金が上がり、インフレになるための成長戦略

鈴木:第3の矢は、生産性を上げるという話なので時間がかかることをもともと認識しておく必要があります。アンケートに回答した有識者の気持ちを解釈すると、インフレ目標について正当さと穏当さを求めているのではないでしょうか。つまり、円安やエネルギー価格の影響によるコスト高でインフレになるのではなく、きちんと生産性を上げて実質賃金を上げ、それによって名目賃金が上がって、安定的なインフレになるのが望ましい。これを目指すのが正しい成長戦略です。

 そして、2%のCPIを目指すとすれば3%や4%の賃金上昇がないと実現しないと思います。今後、成長戦略が上手くいった場合の賃金・物価を考えれば、例えば1%でも安定的な物価上昇が実現できれば、これは見事なデフレ脱却と言えるでしょう。アンケートに回答した有識者は、2%の物価目標に拘泥して日銀が国債をどんどん買っても期待した状況にはならないということを懸念しているのではないでしょうか。

工藤:日銀の黒田さんの発言と、実際の期待が食い違ってきているのでしょうか。

小幡:そもそも一部の海外投資家の間では、第3の矢はなかったというコンセンサスになっています。アベノミクスとクロダノミクス、金融緩和だけ大きく実行して、財政に関してはポピュリズム的に財政出動や消費税を先送りしただけではないでしょうか。だから金融政策が上手くいっている間は大丈夫ですが、効かなくなれば終わりです。海外のマーケットにとっては、経済が盛り上がればいいので、追加で金融緩和があるのかを気にしていますが、官邸はマーケットだけをみているのではありません。だから経済の雰囲気がよくなったからとにかく逃げ切ろうということで、今までもやる気はないですし、これからもやる気がないですし、リップサービス以上はないという見方です。



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