日本だからこそ引き出せる中国の本音を
世界に発信する舞台に

2021年6月09日

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~川島真・東大教授に聞く 中国の現状と「東京-北京フォーラム」に問われる役割~

 言論NPOは10月下旬、17回目となる「東京-北京フォーラム」をオンラインで開催します。米中対立が深刻化する中で、世界の今後やアジアの平和を真正面から議論できる唯一の対話として、このフォーラムの役割が世界で注目されています。東京大学大学院総合文化研究科の川島真・教授に今年のフォーラムに問われる役割を聞きました。聞き手は言論NPO代表の工藤泰志です。

yk.png工藤:言論NPOは、17回目となる「東京-北京フォーラム」が10月末に開催します。その前の7月に中国共産党は100周年を迎えます。今年100周年を迎える中国をどのように見ていますか。


中国共産党の誕生100年は通過点。共産党の夢と国民の夢のズレを修正しながら2049年という長期目標に向けて突き進む習近平政権

kawashima.png川島:1921年の7月に中国共産党が誕生してから100年、この間に国民党政権を倒した共産党は中国をここまで大きくし、一人当たりのGDPが貧困地域も含め、どの地域でも3000ドルを突破したことを成果として挙げ、自分たちの統治がうまくいったということを強調しています。中国は2035年、2049年と二つの目標を掲げ、2049年にはアメリカに追いつき、世界のトップに躍り出る、そこに導くのは共産党だと言っているわけです。

 しかし問題点もたくさんあります。例えば習近平の掲げる夢、共産党の夢、中国国民の夢、これらがすべて重なればいいのですが、それぞれの夢にズレが生じ、習近平氏には良くとも中国と中国国民には良くないということが起きる可能性がある。

 加えて、中国はこれまで、民間と国、官と民を分け、共産党に富が流れるようにして経済発展をしてきましたが、最近になって民間のほうが強くなってきて、イノベーションを民が担い始めている。しかし官、つまり共産党のほうに重点が置かれていないと共産党の一党独裁が維持できないわけです。

 これからは民と官を更に明確に分けつつ、共産党による社会のコントロールを強化していくのでしょうか。それは非常に難しく、綱渡りになると思います。イノベーションが継続しないと生き残れないものの、イノベーションを起こすエンジニアはなぜ中国に残るのか、ということも含めてチャレンジが続くと思います。

 また、2030年前後にはアメリカにGDPが追いつくということがほぼ分っていても、人口の面では非常に厳しい状況になってきています。

 一人っ子政策を転換して、先日3人目の子供を産んでもいいですよと言ってみたわけですが、国内の女性や子育て世代から猛烈な反発が来て、「国の人口の問題を我々の責任にするのか」という声が上がってきました。

 厳しい状況の中で、何とか共産党の統治、また習近平政権の延長ということを目指し、2049年という長期目標に向けて動いていますが、なかなかそこにいたる道は簡単ではないというのが現状だと思います。

工藤:中国に対して、アメリカだけではなく他の民主主義国も批判を強めています。中国はそうした軋轢を覚悟して、このまま進んでいくのでしょうか。それとも何か変化があるという状況なのでしょうか、


「米中のどちらにつくか」というゼロサムではなく、分野や地域ごとに競争と協力を使い分ける時代になっていく

川島:世界的に見た場合、むしろ、民主主義国の数は頭打ちです。20年、30年前であれば民主主義がいいと胸を張って言えましたが、今はそういう状況ではありません。グローバル化の中で経済格差問題が出てきて、そういった中で機能不全とまではいかないまでも民主主義にも様々な問題が生じ、民主主義国側が中国に対して絶対に正しい、と言えない状況です。

 こうした難しい状況の中で、世界の発展途上国は先進民主主義国と中国の両方を見ているわけです。要するに世界は、経済発展をすれば民主化する国と、民主化しない国に分かれてきているのです。 どちらの国が正しいのかという理念的な話を置いても 多くの国は両方からどれだけ多くの利益を得られるかということを見ている。

 デカップリングも同じで、先進民主主義国、中国がそれぞれ主張をするのはいいのですが、結局相互依存が高いためにゼロサムにはならず、ある所ではデカップリングし、あるところでは協力するということになってくる。多くの国はそれを見ながら、どちらに引っ張られていくのか、ということになってきます。

 つまり、世界でどちらの方が支配的になるのか、受け入れられていくのか、これからが瀬戸際なのです。もしかしたら、地域別にバラバラになるかもしれない。案件別になる可能性もあり、現状では全くわかりません。

 アメリカ自身も中国を敵国認定はしていません。バイデン政権は中国を競争相手としてみており、競争するところでは競争し、協力するところでは協力するとしている。

 つまり、米ソ冷戦とは少し違う、ぶつかり合うばかりの冷戦ではなく、中国的なものと先進国的なものが部分的に混ざりあうような世界になっていくことが考えられるのです。

 日本でも安全保障の面や価値観の面では民主主義でアメリカ側であっても、日本が東アジアに存在する以上、中国とは経済的に社会的に関わっていかないといけない。

 つまり、日本もゼロサムにはならないわけです。その結果、日本は、ミドルパワーと言うか他の先進国と力を合わせて第三極を作っていくことになるのかもしれません。あるいは分野によって中国と協力したりしなかったりと、分野分けしていかないといけない時代がこれからやってくるのだと思います。

工藤:確かにアジアで見ると、民主主義国が少数派で、その民主主義国もそれぞれで問題を抱えています。もちろん日本も同じです。つまり民主主義というものが修復されるには、それぞれの国が頑張らなければいけない状況です。

 ただ、アメリカも中国も国内の経済回帰という点では非常に似ていて、大国が内向きになり、国内経済を強化すると、自由経済や国際協調のながれを誰が推し進めるのか、という問題も出てきます。日本の役割も問われていると思いますが。


「政経分離」という戦後日本の外交姿勢が大きく転換する

川島:今何が一番難しいかというと、経済安全保障にアメリカも中国も相当力を入れていることです。 アメリカはデカップリング、軍民両用いわゆるdual use(デュアルユース)の最先端産業に注目をし、中国は双循環ということを提起し、国内においては GDP の構造を国内需要中心に、国際的には中国の国内マーケットが頼られるようにするけれども、輸出管理法などで中国の最先端技術が国外に出ないようにしているわけです。

 この方向でやられてしまうと、少なくとも先端産業についてルールベースの自由で開かれた空間でやっていくのは難しいわけです。加えて日本はこれまで政治と経済を分け、軍事安全保障でアメリカに寄ってはいるが中国やイランとは経済的に付き合いたい、ということで日本はやってきたわけです。このような政経分離というのは、これから少なくとも部分的に非常に難しくなっていきます。

 軍事安全保障ではアメリカに頼るとすれば、軍事にかかわるテクノロジーで中国とは付き合ってはならない、と言われるわけです。しかも、何が軍事に関わるのかはアメリカが決めるため、日本は米中との板挟みになってきます。

 この結果、従来の国際分業という枠組みが部分的に崩れてしまい、これをどう立て直すのか、という色々な問題提起が起きているわけです。それぞれの国々が自国の経済をどう守っていくのかをデザインしていかないといけない。そうした面とルールベースの自由貿易や投資を作っていく、 人の流れと物の流れをどう両立していくのかが重要になってきます。

 もうひとつのチャレンジはデジタル空間という新しいビジネスを、既存の経済の枠組みにどのように入れていくのか。もしアメリカと中国が違う方向に進んでいくのならば、日本など、アメリカ以外の先進国G7のメンバーが中国とも関係を保ちつつ枠組みを作っていけたら成功だと思いますが、非常に難しい話になると思います。

工藤:つまり今の経済と政治を分けて考えるのが難しくなったということは、日本の戦後外交の姿勢が大きく問われているということですね。

川島:そうです。非常に難しい局面です。経済安保については、アメリカと中国との両方を見る必要があります。

工藤:一方で国際経済が繋がっている中、世界経済が分断すれば、経済自身が縮小していく可能性もあります。それを防ぐため日本には国際協調を推進する姿勢が求められてきていると思います。


米中対立の中で問われる日本の役割

川島:中国経済の復調は顕著です。一方の日本は、コロナ禍で低成長だったところから経済を巻き戻していれば説得力も出ますが、未だに日本はそのフェーズに入れておらず、コロナの克服段階にあるために、まだ説得力がありません。

 今言えることは、経済の力が、アメリカが10であれば、中国は6で、日本が2です。でも日本の後ろには多くの国が存在していて、日本は第三グループの先頭にいるわけです。第一、二グループは単独で存在していて対立しているのであれば、日本が第三グループをまとめて何かできないか、ということになるのではないでしょうか。

 逆に言えば、米中対立の中で第3位の日本の役割は上がる面があるわけです。日本が米中間でうまく関係作りができればいいと思います。

 今回の日米首脳会談で黄色信号は出ていますが、まだ習近平の来日ということ消えておらず、まだ関係改善モードの中に日本は入っているというのが中国の公式な見解だと思います。そのため日本の発言はまだ一定の意味があるのかもしれません。

工藤:この米中対立下で、私たち進める「東京―北京フォーラム」が、10月末に開催されます。中国と世界やアジアの平和を真正面から議論できる対話だと世界が、注目していますが、私はこのフォーラムでの議論が本当に機能すれば、新しい流れができる可能性を感じています。この対話を今後の世界に、どのように生かしていくべきだと考えますか。


「東京-北京フォーラム」は、世界の多くの国が聞きたいことを中国から引き出すグローバルな対話の舞台に

川島:中国側と対話をする上で考えるべきことは、その会議の場所が中国にとって宣伝の場所なのか、情報収集の場所なのか、あるいは喧嘩する場なのかということです。そして言論NPOが行っている「東京-北京フォーラム」はおそらくこの全ての場になっており、世界でそうした舞台は今、必ずしも多くないというのも事実です。

 ですから、情報を収集しながら自分の宣伝を行いつつ、戦うところでは戦うという複雑な構造の対話に恐らくなると思います。ですから色々なことができると思います。

 二つ目に「東京-北京フォーラム」が重要な点は、アメリカやヨーロッパが中国と交流を従来よりも縮小している中、このフォーラムは国務院系を始め多くの中国人が参加し、中国の主流のあるレベルの話が聞こえてきます。

 ですから、アメリカやヨーロッパ、発展途上国の色々な国が疑問に思っていることを、うまくぶつける必要があると思います。

 つまり中国と日本の二国間だけではなく、背景に存在するプラスアルファの国々も考えた質問をぶつける、日本語と中国語の議論が英語になって世界に出たときに世界から注目されるような議論が可能だし、それを世界は注目していると思います。

 例えば中国は、CPTPPに入りたい等、色々なことを言いますが、輸出管理法や国内の循環についてはどうしていくのか。輸出管理をするということ自体がCPTPPとはそぐわないし、国内の様々な規制はどう撤廃するのか、帯一路のプロジェクトは、今回のコロナ禍でどうなっているのか等、世界の人々が聞きたいことを聞いていく。

 また、中国は世界でなぜここまで嫌われてしまったのか、どうやって好かれようとしているのか等、色々なことを引き出すべきです。アメリカも中国にこうなって欲しいなどぶつけようとしていますが、なかなか成果が出ていないようです。その原因を探るような試みを、この我々のフォーラムはいろいろできるわけです。

 それは、アメリカと中国双方に関係を持ちながらやってきた日本だから、こそ、それができるのです。日本との領土問題や日中関係だけではなく、世界に広げた議論の場になるといいと思います。

工藤:今年の「東京-北京フォーラム」は17回目となりますが、全体テーマを「日中両国は不安定化する世界と国際協調の修復にどう取り組むか」となる予定です。

 世界の課題に我々は本気で議論し、それを世界に発信したいと思います。今日はありがとうございました。