第14回日中共同世論調査をどう読み解くか

2018年10月11日

2018年10月8日(月)
出演者:
加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)
園田茂人(東京大学東洋文化研究所教授)
高原明生(東京大学公共政策大学院院長)
坂東賢治(毎日新聞専門編集委員)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

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⇒ 「第14回日中共同世論調査」記者会見報告
⇒【論考】第14回日中共同世論調査の読み解き方/工藤泰志(言論NPO代表)

 言論NPOは10月14~15日に開催される「東京-北京フォーラム」(東京、ザ・プリンスパークタワー東京)に先立ち、14回目を迎えた日中共同世論調査の結果を発表しました。

 今回の調査は、米中の貿易戦争と自由をベースにした国際秩序の揺らぎ、またアジアにおいては朝鮮半島の非核化に向けた動きといった、歴史的な局面の中で行われました。
日本と中国の両国民は、様々な課題に直面するこの地域や世界の将来をどう考え、その中で相手国の姿をどう認識しているのか。今回の調査結果が持つ意味を私たちはどう受け止めればいいのか、中国の政治や世論の動向に詳しい4人の専門家を招いて議論しました。

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中国人の対日印象はなぜ大きく改善したのか

 今回の調査で顕著だったのは、中国側の対日イメージが大幅に改善されたことです。「(相手国に)良い印象を持っている」、「どちらかといえば良い印象を持っている」が、昨年の31.5%から42.2%まで大きく伸び、特に過去14年間で日本へのプラスの印象が4割を超えたのは初めてとなります。これに対し、日本へのマイナスの印象は昨年の66.8%から56.1%まで下がって好悪の差が縮まり、このペースが続けば来年は、日本に対する好印象が悪印象を上回ることになります。一方、日本人の中国に対するイメージはほとんど変わらず、依然として86.3%(昨年88.3%)が良くない印象を持っています。中国側の変化が急であるのに対し、日本側の変化がゆっくりしているのも特徴でした。この変化の非対称性にもかかわらず、「日中関係は重要だと思うか」という問いかけには、両国とも70%を維持しています。

5.jpg 相手国の認識について高原院長は、国内政治、国際環境、経済の三つの要因を挙げます。中国の国内政治では共産党大会で習近平総書記への権力集中が言われ、国際環境では米中貿易紛争が厳しさを増しています。こうした背景から、中国経済の今後にも不安が高まり、こうしたファクターがいずれも日本側にプラスに働いて、中国側の対日イメージアップにつながった、と説明します。

2.jpg 園田教授は相手国への渡航時期に注目します。近年は訪日する中国人の方が訪中する日本人より圧倒的に多く、調査対象者のうち訪日中国人の9割はこの5年以内に渡航していました。言論NPOのこれまでの分析でも、実際に中国人が日本に来てみると、日本の清潔度とか安全性など"接触仮説"で印象がじわじわと良くなっている、とされています。


1.jpg また坂東専門編集委員は、訪日中国人がSNSを通じて送り返す写真が多くのプラスイメージを生んでおり、中国メディアの日本に対するマイナスの情報が非常に少なくなっている、と指摘がありました。


中国との未来をまだ描けていない日本人

 こうした中国側の反応に対し、日本側では9割近くが中国に対してマイナスのイメージを抱いています。その理由として去年より多くなっているのは、中国が国際社会でとっている大国的行動が強引で違和感を覚える、というものでした。「今後10年間で、どの国がアジアにおける影響力を高めるか」という設問では、中国側の88.3%、日本側の60.9%が「中国」の力が増大していく、と答えていました。その「強国・中国」と日本は将来、共存できるのか。「その未来に自信がない日本からすると、まだまだ中国に対してプラスのイメージを持てないのかな」(坂東専門編集委員)ということでしょうか。

日中関係はなぜ重要なのか、ロジックの構築を

 ここで本質的な問題に移ります。「日中関係はなぜ、重要なのか」。日中の対立が厳しかった時からでも、両国とも7割くらいの人たちが日中関係は大事、と答えてきました。しかし、現実を見ると、急激に関係を改善できず、フラストレーションを同時に感じているという状況が、今後も続いていくのでしょうか。工藤代表は言います。「日中関係の重要性について、一つのビジョンなり考え方が国民レベルで整理されていないし、政治でもそういう議論がないので、"隣国だから"とか"経済規模が世界2位、3位だから"という話で終わってしまう。しかし、世界やアジアの環境を考えると、今こそ日中関係の意味付けをしないといけないのではないか」。

 では、中国は中日関係をどう考えているのでしょうか。「対米関係が悪くなってきている中で、必然的に日中関係をどうするのか、という議論が中国国内で出てきているのは間違いない。しかし、その先、対米関係を改善するために日中関係を良くするのか、また別に独立した課題として日中関係を良くしていくのか。その辺のロジックはまだ定まっていない、と思う」と、加茂教授は日中関係の位置付けについて分析します。

日中平和友好条約40周年。「反覇権」の意味を再確認すべき

 今回の世論調査では初めて、日中平和友好条約の評価、「その理念は実現したのか」と聞きました。日本側ではなんと、「すべて実現している」は0.1%しかなく、「一定程度実現している」が14.7%、「あまり実現していない」が36.2%で、「全く実現していない」を合わせると約4割が実現していないと答えました。中国側では、「実現している」が40%くらいありましたが、「実現していない」も46%くらいありました。つまり、国交正常化の後で、先人たちが作った大きな理念を、日中両国国民の4割以上が「実現していない」と評価しているのです。

 一方、同条約の項目で何を今後も発展させるべきか、という設問では、中国側は「恒久的な平和友好関係の発展」と「全ての紛争を平和的な手段により解決する」を6割くらいが選びました。「両国は覇権を求めるべきでなく、他のいかなる国または国の集団による試みにも反対する」も、中国の人たちの53.0%がその重要性を認識していました。この「反覇権」条項を日本側は、19.7%しか選んでいませんでした。「覇権」という言葉については、条約を締結した40年前にも、その定義について詰めておらず、「反覇権」とは一体どういうことか、この40周年を機に両国政府でも国民の間でも確認すべき、という意見があります。日本側が「覇権主義的だ」と感じている中国の行動の多くは、中国が大国化、強国化してのもので、彼らからすれば、「主権」を守る行為だ、ということになります。「覇権」と「主権」のパラドックスを、中国の人に理解してもらいたい、と言う高原院長は「自分たちが主権の回復、主権の実現だと思ってやることが、他の国からすれば"覇権の行使"です。そうした事情について、他の人の立場から物事を考えることの重要性がある」と強調します。

北東アジアの安全保障問題をどう見ているか

 これに関連して、「北東アジアでの多国間の安全保障枠組みは必要か」という問い掛けに、中国側は6割近くが「必要だ」と答え、前年より11.4ポイントも増えました。日本側でも増えていますが、中国側の肯定的な声の強さには及びません。中国側で、日中間で軍事紛争が「起きるかもしれない」と答えたのは、日本側の27.7%の二倍以上になる56.1%を数えました。そこで多国間の安全保障の枠組みを考えるのですが、「米中間で軍事的な紛争が起きるか」という問いを中国側にした場合、それほど高くはない数字になるだろう、と高原院長は言います。「米国に対するある種の恐れがあるし、米国との関係は中国にとって重要だという認識もある。米国との関係を大事にしたいという気持が、もしかしたら、米国よりも日本を脅威だと思うという意識につながっているのではないか」と、米国との対立を巡る中国国民の深層心理を読むのです。

 これは朝鮮半島の非核化についても、「関係国の様々な外交努力は問題解決に向けた正しい方向か」という設問に、「正しいと思うが不十分である」という人が、中国側に36.6%もいて、「外交努力では解決できない」も、5.7%います。中朝関係は劇的に改善したと言われますが、「北朝鮮と我々は違う、という意識が中国の人たちの中にかなりあって、北朝鮮を信用していない人は少なからずいる、ということだと思います」(坂東専門編集委員)との指摘もありました。

中国人の"グローバル経済の受益者"という意識と欧米の視線

 今回の調査では、自由貿易とグローバル経済についても質問しています。例えば、「多国間主義に基づく国際協力は重要か」という質問では、中国では「重要だ」が約8割、日本では6割と中国の方が多い。それから、WTO改革についても中国では7割以上の人が支持しているなど、中国人は自由貿易や開放された経済、多国間主義を非常に支持しているように見える結果となっています。

 これに対し園田教授は、「我々はグローバル経済の受益者だ、という人たちが中国に非常に多い。それは単なる理念に対する共鳴があるからではなく、グローバル経済で自分たちの生活が良くなったという確かな感覚があるからです。したがって、彼らの実感、生活経験としてこれらを守るべきだと考えているのではないでしょうか」と読み解きました。

 高原院長はまず、中国にとって2018年という年が持つ意味を、「アメリカだけでなくヨーロッパからも中国に対する色々な批判が沸き起こって、ある種の戸惑いを覚えた年ではないか」と述べました。その理由として、「アメリカやヨーロッパが強調している点は相互主義(Reciprocity)。つまり、これまで中国は自由貿易体制の恩恵を享受してきたけれど、では我々(欧米)は中国を相手にして本当に自由貿易でやってこられたのかというと、実はそうではなく、色々な規制をかけられてきたではないか、と考えているわけです」と指摘。そして、中国がそのような試練に直面した年に行われたこの調査は、「中国が本当に自分を見つめ直さなければならない時に、大変参考になる視点を与えてくれるのではないでしょうか」とも語りました。

 工藤も今回の世論調査は、「この地域において、これから日中両国の協力関係を作る一つの大きな材料になる」とした上で、「第14回東京-北京フォーラム」に向けた意気込みを示し、議論を締めくくりました。

※詳細な議事録は、次頁よりご覧いただけます。但し、会員登録の必要があります。

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