尖閣問題について我々はどう対応すべきか

2012年11月14日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、アジアリージョナル会議に出席した工藤が、会議の席で何を主張したのか、具体的な内容に踏み込みました。工藤がテーマとして語ったのは「尖閣問題」について。各国の反応などを含めて議論しました。

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で2012年11月14日に放送されたものです)
ラジオ番組詳細は、こちらをご覧ください。


工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝さまざまなジャンルで活躍するパーソナリティーが自分たちの視点で世の中を語る「ON THE WAYジャーナル」、今日は「言論のNPO」と題して、私、工藤泰志が担当します。

 先週は、シンガポールで行われたアジア・リージョナル会議に日本の代表として出席し、アジアなり世界にどんな課題があるかということで、それを皆さんに報告させてもらいました。

 ただ、実を言うと、私は今回、日本の尖閣問題を20ヶ国の中で議論するために行ったわけです。そこには欧米のシンクタンクのトップだけではなくて、中国からも今の楊潔篪外務大臣の弟なのですが、上海国際問題研究所の所長の楊潔勉さんや、韓国からも代表が来ていました。そこで私は尖閣問題である提案を行いました。今日は皆さんに私が何を世界に伝えたのか、についてお話したいと思います。ということで、今日の「ON THE WAYジャーナル 言論のNPO」のテーマは、「尖閣問題について我々はどう対応すべきか」ということでお送りしたいと思います。


先人の知恵はもう通用しない?

 シンガポールでは5つの会議があったのですが、私の尖閣問題、すごく白熱しました。次々に質問が来て、ゲストで日本の外務省の元次官もいたのですが、その人からも質問を受けてしまいました。日本人同士が議論しているその光景を、世界がニコニコして見ていたという、これも始めての感覚ですが、私も非常に勉強になりました。
 私が尖閣について話したのは、「平和的な解決をどうすればいいか」という一点です。

 日本の尖閣問題の議論というのは、どこか違うなと思っているわけです。私は尖閣諸島が日本の領土だという点は譲れない事実だと考えています。しかし、領土紛争がないかと言えば、これはあるわけです。中国も領有権を主張しているので、事実上、紛争が起きているわけですね。この紛争を解決するとなると、これはかなり難しい局面だと思います。だから、この領土紛争はもう当面、解決できないと思っています。それを覚悟して、議論を行うべきだと私は考えているのです。1972年の日中国交正常化と、78年の日中平和友好条約の際に、あの時の主役は周恩来とか鄧小平、日本は田中角栄とか大平さんとか、そういう人たちなのですが、まさに中国が領有を主張し始めたのはその頃です。しかし領土問題というのは非常にナショナリスティックな動きに発展するので、鄧小平さんとか周恩来さんの提案、つまり先人の知恵もあって、棚上げしたわけです。棚上げというのは、外交上棚上げを認めたことにサインしたわけではなくて、お互い、これは後世の人たちの知恵に任せよう、ということで、もう議論しないようにしたわけですね。それが複雑になってしまったのは、その経緯がよく分からないまま、みんなそれぞれ自分勝手に解釈するし、特に外務省は「棚上げまで合意した覚えはない」と表向きに説明しているので、「先人の知恵は何だったんだ」とか、よく分からない状況が続いているわけです。だけど、はっきりしていることは、中国の領有権主張は不当だけれども、その後、長い間この尖閣問題で紛争は起きていなかった、ということです。

 つまり、棚上げということが実態的に行われていたわけです。私の知り合いのある学者が、「歌舞伎プレイ」だというのです。つまり、見栄を切っているということです。日本国内には「領土問題はない」、表ではちゃんと実質的に棚上げしている。中国も表では議論しているようで、国内では日本が実効支配していることは多くの人が知らないのですね。そういうふうな文化、裏表とかいうことを切り分けることが、実をいうと外交だ、と。これは私も勉強になったのですが、外交というのはそういうところがあるわけで、それが今回バレてしまったわけです。

 領土問題がある、中国はそれに対して、日本車を暴力で壊す。なぜ、あそこにまでなったかというと、初めはそうした暴動を政府も容認していたような不自然さも感じます。しかし日本製品のボイコットになるまで中国国内の反発が大きいのは、日本が尖閣を支配していることを知らない人が多いからです。領土問題というのは、どこの国もそうですが、国内を刺激したくないためにいつも国内向けの話をすることになるのです。しかし、ここまで事態が明らかになると、過去の知恵に頼ることはもう不可能なのですね。中国の楊潔勉さんとも議論しましたが、昔の知恵があるじゃないか、という議論はもう通用しない、そうなってくると新しい知恵を出さないといけない。

 しかし、今の日本は選挙を迎えようとしている政治状況で、また中国の政治も指導部が交代する時で、アメリカも大統領選、まさに権力移行がどうなるかわからない状況の中で、すぐに新しい知恵が出るということは100%不可能ですよね。そうなってくると、これはかなり時間がかかる。時間がかかるときに、どっちが正しいかを争うだけだと、まったく解決できない状況になってしまう、ということを、私は非常に憂いているのです


偶発的な事故が軍事衝突に――防止するのはホットラインだが

 先週もお話ししたように、世界はこの問題を、固唾をのんで見守っています。もし、日中が軍事的な衝突になったら、アジアの経済だけでなく世界の経済にも決定的な影響がでます。日本は貿易の圧倒的な比率が対中国なのです。長期投資、つまり資本の投資もしています。中国は、対日本の輸出依存はそんなに高くありません。高くはないのですが、中国自身がEU危機の影響を受けて、経済成長が急減速しています。それを支えているのが日本の投資なのです。その投資をしている日系企業がいろんな形でボイコットされたりして、みんなこのまま中国で商売していいのか、見直そうという動きになってしまう。それが万が一長期化し、軍事的な衝突になってしまったら、経済活動がほとんど止まってしまいますから、日本の成長率も数%下がってしまう。それが日中だけではなくアジア、世界に波及する。つまりこれは何を言っているのかというと、グローバル経済の中で、紛争を起こしたりすることは本当に難しいのです。むしろ、大きな戦争を起こせない仕組みになってきているわけです。

 日本は9月11日に尖閣の国有化を閣議決定しました。決定したのは10日ですが、同じ日に、中国も領有権があるということは既に中国の領土法で決めていたのだけれど、具体的なアクションを政治がその後取ったわけではなかった。しかし、今回は国連にその地図を出し、領土・領海であることを前提にした国際社会へのアピールが始まっています。また、現実にはお互い領有権を主張している尖閣周辺を、日本の海上保安庁と中国の巡視船が並走している。何が怖いかというと、お互いそこで、「ちょっと待て、あなたたちは近づきすぎだ」とかいうホットラインが日中にないのです。これは米ソ冷戦時代でもありました。実は、もう日中で調印するだけの状況だったのですが、中国が調印に応じていないという問題がある。これは中国が良くないと私もシンガポールでも主張しましたが、やはりそういう問題になってくると、偶発的なちょっとした事故が軍事的な衝突になってしまう恐れもあるのです。


尖閣問題を封じ込める(contain)紛争管理

 尖閣問題で今、私たちが考えなければいけないアジェンダというのは、領土問題では、国際社会に日本の主張を理解してもらわないといけない、ということです。日本の政治はこれまでそういう努力をしていなかったわけだから非常に問題だと思います。重要なのは、今、この紛争が軍事的な衝突にならないように、どう知恵を出すか、ということなのです。そういうアジェンダの設定が、日本の政府でもメディアでもまだなされていません。日本と中国の政府は、事務レベルでは協議をやろうとしていますが、その展望がまだ見えない。そうなってくると誰が話し合うのか。私はシンガポールで、「言論NPOがやります」と言いました。言論NPOだけではないかもしれませんが、今、言論NPOは日中の議論のチャンネルを持っていますから、つまり世界もそうであるように、トラック2、トラック1.5である程度、議論せざるをえないのだと思ったのです。

 では、私たちは何を議論するか。領土問題そのものは議論することができません。それは国家と国家の議論なので、そこまで民間で議論することはできない。私たちができるのは「Contain」、つまりこの尖閣問題を封じ込めることなのです。この問題が軍事衝突にならないために、まずお互い自分の立場を言い合ってもいいから対話のチャンネルを作りましょう、それから、政治とは切り離して、この問題を学問的にも議論するチャンネルを作ることができるかもしれない。また、中国も、韓国もそうだと思っているのですが、領土問題って必ずナショナリズムを刺激して、それを政治が利用する場合があって、収拾がつかなくなってしまう。ついには加熱して爆発してしまうという状況が、戦争を起こす前提なのですね。そこを民間レベルでまずちゃんと話をして、その上でそういう紛争にならないように合意をすることはできると思ったのです。

 私はこの話を皆さんの前でしました。世界各国から私に対して、トラック2での対応についての質問がありました。私は民間の対話が政府よりも半歩前に進めると思っています。政府が自国の主権の主張をするのは当たり前じゃないですか。だから、政府がそれを引っ込めるということは100%ありえないし、それはすべきではないと思います。であれば民間ができないか、というのが私の主張で、それに対してはヨーロッパの人たちからも、けっこう賛成する意見がありました。「どういう可能性があるんだ」とか「どういうふうにできますか」と、かなり聞かれました。

 私はそれに関して、この番組でも話したことがあるのですが、今年7月、中国とのハイレベルな民間対話をやった時に、「東京コンセンサス」というのを合意したことを説明しました。

 尖閣問題を管理しよう、軍事的な紛争にならないように事態を管理しましょう、という内容で、これを今度は、もう封じ込める、真空パックで封じ込めて日中関係の全体に影響しないようにしたい、というのが私の主張だったのです。これは紛争を起こさないために、日本が自国の主張を取り下げると言っているわけではありません。実は、スピーチの中で一番初めに私が言ったのは、中国に「あなたたちは地図を国連に出すくらいであれば、国際司法裁判所に提訴したらどうか」と言ったのです。「でも、あなたたちはそれをできないだろう」と。「紛争というのは国際法に基づいて解決するのは当たり前だ、日本はちゃんとそれをやります」と。けれど日本は、日本政府そのものが「領土問題はない」と言っているので、世界は「どうなっているんだ」という感じになっているのです。もし中国が提訴するのであれば、日本はちゃんと受けて立って、やはり国際社会の中でそれを解決しよう、と。でも中国がそれをできないのであれば、やはり領土問題はみんなで議論していかなければいけないけれど、当面は紛争することを避けましょう、という話なのですね。

 やはりそういう形に話を持っていかないと、紛争が衝突になりかねない状況なのです。そうしたら、韓国の代表者から「竹島とか北方領土はどうするんだ」【という追求もありましたし、それから米軍の】問題、日本は米軍とくっついて戦争を起こすつもりじゃないかとかいうような意見がありました。


戦争は起こさない―今こそ民間外交で対話を

 こうした議論が出てくるのは、日本の主張というものが世界になかなか伝わっていないからだと思います。質問に答えながらこの状況はよくないなと思いました。中国の方が戦略的に広報をしているために、日本の主張がなかなか世界で理解できない状況なのです。で、現実的に紛争があり、世界も報道し始めている。けれど日本は問答無用で「紛争はない、領土問題はない」と言うだけで、この事態をどう解決しようとしているのか見えない。中国は世界に「日本は紛争が起こっているのに、それをないと言い切る、ということは、日本は協議をしないつもりか」と言っているわけです。そうではなくて、日本が国際的に主張すべきことは、「国際的なルールによって解決する、しかもあれはあくまで日本の領土だ、中国の言い分には正当性がない」と、それを国際社会が理解するように説明すればいい。しかし、世界が気にしているのはそれが軍事紛争になる可能性ですから、それに関しては、軍事紛争を起こさないための協議を再開しないといけない。その再開まで止めてしまうことはないだろう、というのが私の主張なのです。

 こうした日本の立場はなかなか分かりにくく、玄葉大臣も、「領土問題はないけれど外交問題はある」と言い始めていまして、なにかよく分からない。世界もよく分からない。だから、私は外交問題でも政治問題でもいいから、まず話し合いを始めるべきだと思っているのです。日本の政治も、ただ対立を主張してどちらが正しいか、というだけではなくて、平和的な解決を重視するメッセージを世界に送るタイミングに来ているのではないかと思うのですね。

 私がアジア・リージョナル会議で最後に言ったのは、先週もお話ししたのですが、「民間の力」ということなのです。私も昔は外交というのは政府がやるものだと思っていました。でも政府だけではできないということがますますはっきりしています。つまり政府だけしかできないのであれば、交渉もないわけですから、軍事的な緊張が高まってしまう、この状況を国民は指をくわえて見るしかない、世界もそれでいいのか、ということです。では誰がこれをやるのですか、と。少なくとも、戦争を起こさないとか平和的な解決とか、最低に共有できる一致点に基づいた対話を誰かが仕掛けないといけないと思うのです。私はその後も世界20ヶ国の人と議論しましたが、皆さん、そういう意識なのですよ。しかも、世界には様々なグローバルな課題があるわけですよ、環境から、いろんな話があります。それらに対して、国際的な、様々なガバナンスが揺らいでいて答えを出せない。新興国も台頭してきている。やはり議論の仕方をいろんな形で変えていかないといけない、ということを、世界は痛感しているのですね。たぶん今回私たちが問われている問題も、そういう局面の1つだと思うのです。私は、韓国と中国の代表には特に個別に会いまして、「戦争を起こさないために民間ベースで協議をしましょう」と言いました。「少なくとも紛争を起こさないということは、認めるよね」と言ったら、「私たちも同じだ」とおっしゃっていましたので、そこに糸口があると思ったわけです。

 日本に帰ってきて驚いたのは、こうして世界が日中の対立を息をひそめて見守っているのに、総理の国会のあいさつでも外交の話はなく、政局は選挙を行うかどうかでモメている。もちろん、有権者はこの国の未来を支えるために選挙というものは考えなければいけないのだけれど、一方で世界の国では距離が広がっている。こういう国際的な問題に関しても日本がどう役割を果たしていくのか、そういうことを考えていかないとダメな局面だということを痛感した次第です。

 ということで、今日は、私がアジア・リージョナル会議で主張した尖閣問題の考え方を皆さんにお伝えしました。私が伝えたメッセージの全文、英語も含めて言論NPOのウェブサイトで公開していますので、ぜひ読んで、またご意見があればどしどし寄せていただきたいと思っております。
 ということで、今日は時間になりました。ありがとうございます。

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、アジアリージョナル会議に出席した工藤が、会議の席で何を主張したのか、具体的な内容に踏み込みました。工藤がテーマとして語ったのは「尖閣問題」について。各国の反応などを含めて議論しました。