言論NPOが20年で果たしてきた役割と、期待すること(地球規模課題編)

2021年12月13日

ポジショントークから脱し、オープンマインドで知の集約を
~世界課題に対する言論NPOの取り組みと、今後への期待~

 言論NPOは毎年、「地球規模課題への国際協力の評価」を公表しています。その地球規模課題の中で近年、世界各地で異常気象や温暖化の報告がなされており、地球温暖化を解決するためには待ったなしの状況です。こうした状況下で、2021年8月にIPCCが発表した第6次評価報告書の執筆にも携わった国立環境研究所の江守正多氏に、気候変動の問題で今起こっている世界の変化、そうした変化の中で、言論NPOに期待していることなどについて、お話を伺いました。(聞き手:工藤泰志)

kudo.jpg工藤泰志:江守さんは気候変動問題への取り組みに非常に努力されているのですが、今地球に起こっている変化は我々に対してどういう決断を迫っているのでしょうか。先日、COP26が行われましたが、ここでの議論も含めてお話しいただければと思います。


気候変動によって個人のみならず、地球全体のシステムにも危機が迫っている

emori.jpg江守正多:気候変動は確実に人間活動による温室効果ガスの増加によって起きていて、今の化石燃料に依存した社会システムが続く限りはどんどん進行していくのは明らかです。これはもう疑う余地がないというところにまで来ているわけです。

 これが我々にとって突きつけている意味というのはいくつかあると思いますが、一つは異常気象、例えば記録的な暑さや大雨と、それが引き起こす災害や健康被害ですね。これはもうすでに起こりやすくなっている。大きな被害に自分も巻き込まれてしまうリスクがだんだん増えてくる、という個人にとってのローカルな問題でもありますし、同時に地球全体がシステムとして今後も安定していられるかわからないというグローバルな問題でもあります。気温が上がると、例えばアマゾンの熱帯雨林がどんどん枯れていってしまう、南極の氷床が崩れていく、そういうティッピングポイントという、ある限界点を越えると不安定化することがあり得ると言われています。今の科学ではそれが気温何度で起こるのかはっきりわかっていませんが、確実にそういうところに徐々に近づいている。

 もう一つは社会システムへの影響です。この気候変動問題は社会的な弱者も深刻な被害を受けるけれども、その原因を作っているのは豊かな人たちから排出されるCO2なのだという非常に不公平な構造をしている。温暖化がさらに進行すれば発展途上国の乾燥地域とか海面上昇のリスクを受けるような地域で難民がたくさん発生するようなことがこれから起こるかもしれませんが、それは基本的には先進国・新興国が出したCO2による被害です。CO2を出していない人が出している人のせいで被害者になっているという構造ですよね。それに同じ国の中でも弱者から被害を受けますし、将来世代が被害を受ける。そういう不公正さ・倫理的な問題を乗り越えないといけないという認識が必要なのだと思います。


途上国が経済成長しながらCO2排出量を0にするためには先進国の支援が不可欠なのに、それが進んでいない

 今回のCOP26ですが、色々なことがありました。1.5度をぜひ目指すべきだという決意が合意されましたし、インドから2070年に脱炭素、カーボンニュートラルを目指すという宣言がありました。また、2020年に先進国が途上国を支援するために「1000億ドルの資金を集める」ということを言っていたのですが、それがまだ集まっていないとので、これからさらにやっていきましょうという決意がなされていました。

 非常に注目されたのは、緩和対策のない石炭火力発電について「段階的な廃止」をするという文言がどんどん弱められて「段階的な削減」になったことです。最後にインドが反対したので段階的な廃止ではなくて削減に弱められたわけですね。

 インドは2070年にカーボンニュートラルにすると言っても国内には貧困層をたくさん抱えている。人口もまだ増えている。これからどんどん経済成長をしていく。ということは、エネルギー需要がさらに増える。それにもかかわらず2070年にカーボンニュートラルにすると言ったのは、決して経済成長を諦めるわけではなく、経済成長をしながら、エネルギー需要がありながらCO2の排出量を2070年までに0にするというとても大変なことを目指す宣言をしたわけです。

 それを実現するためには先進国の資金的・技術的な支援が絶対的に必要ですが、しかし2020年に約束したお金が集まっていないじゃないか、と。発展途上国・新興国を含めてやらないと世界全体の脱炭素にならないわけですよね。1.5で温暖化を止めるということはあと30年で世界の実質CO2排出量が0にならないといけないことなのですが、これから発展する国に排出0にしてもらうためには先進国が本気で手伝って「一緒にやっていきましょう」ということにならないと実現しない話なんですね。しかし、(そのための支援が)やっぱり不十分だということが今回のCOPですごくあぶり出されたような感じがしました。

 気候変動の交渉の歴史というのは、先進国対発展途上国の対立でもあって、京都議定書では発展途上国が「これは先進国の責任だ」と言って、先進国だけに削減義務が生じたわけですけれども、それだと(排出量が増えている)中国・インドが参加しないので温暖化が止まらないことがはっきりしてきた。なので、パリ協定ではすべての国が削減義務を置くということになったのですが、途上国が経済成長との折り合いをつけるために、「そこは先進国が手伝いますから。最初はできる範囲の目標でいいですから皆で削減義務を負いましょう」と言って、すべての国が削減することになったのがパリ協定なわけですよね。だけど、やってみたら、先進国が約束したお金は集まっていない。それなのに途上国から見ればどんどん厳しい約束を出せと言われ、「約束と違うじゃないか」という風に見えているのではないかと思うのですね。それが僕のCOP26を見た上での現状認識です。

工藤: 1.5度という地球を守るための目標から逆算して考えると、そういう方向への努力がまだまだ不十分だということですよね。

江守:本当にできるか別として、2050年に自分の国の排出量実質0にするということをほとんどの先進国が約束したわけですが、途上国もそうしないと世界全体ではカーボンニュートラルにはならない。でも、途上国が経済発展しながらそれができるのかということが、これからいよいよシビアに問われるフェーズに入ってきているということではないかと思います。先進国がカーボンニュートラルになるということ自体も大変ですから、途上国が成長しながらカーボンニュートラルになるということにはもっと厳しいハードルがある。そのことがようやく本格的なイシューになった感じがします。

工藤:それに対するソリューション、答えは先進国が自分たちのことだけをやるのではなく、世界全体のことに関してもやるしかないということですか。

江守:そうではないかと思います。支援がないままで1.5度を目指すということは「途上国は成長を諦めてください」ということを意味していますが、それはまずいだろうと思います。

工藤:先進国が支援し、発展途上国も一緒にできるという構造にまで、革命的な転換をしないといけないという大きな課題が見えてきました。そのために努力しないといけない。そのためにはどうすればいいのか、という課題がまずあります。しかし、それだけではなく、努力が上手くいかず、1.5度目標が達成できなかった、排出0がうまくいかなかった場合、セカンドプランをどこかの局面で考えないといけないと思います。しかし、それはリスクを背負ってしまうことになりますよね。


地球温暖化は地政学的なリスクにもつながっていく

江守:そうですね、良いシナリオも悪いシナリオもあり得ると思います。

 リスクという点では他にもあります。例えば、再生可能エネルギーがどんどん安くなっているので、どんどん増えていますが、一方でこの冬みたいに色々なところでエネルギー不足が問題になっています。化石燃料への投資を早くやめすぎたのではないかという指摘もありますが、移行の段階ではそういう問題も出てきます。あるいは、今まで化石燃料産業とか自動車産業に勤めていた人たちが新しい仕事に就けるか、という問題。産油国が今までと同じようにお金を稼げなくなっていく中で新しい経済構造に移行できるのか。これがうまくいかないと地政学的に非常に不安定な状況が生まれるなど困難が待ち受けていることは明らかであるわけです。

 それで「温暖化を止められない」と世界が諦める雰囲気になってしまうと、先程も申し上げたような異常気象がさらに猛威を振るうことになる。そして大量に難民が発生したり、不足する食料・水を奪い合ったりと無秩序なフェーズに移行してしまうこともあり得るわけですよね。そういうリスクにも直面することになると思います。

工藤:世界の危機がそこまで進んできているわけだから、これ以上の悪化を抑えるためには協力しないといけないわけですよね。自分の国だけを守るのではなく、国境を越えて皆で協力を進める機運が必要だと思います。言論NPOはそこに挑みたいと思っています。ここで民間の取り組みが勢いを失ったら地球や日本の未来にとって致命的だと思っています。江守さんから見て、これからの言論NPOに「こういうことを頑張って欲しい」という期待していることは何かありますか。


ポジショントークから脱し、オープンマインドで知の集約をしなければならない

江守:まず、日本国内においてはこの気候変動問題はいまだに経済派と環境派の対立構造が非常に顕著です。国の審議会の経済産業構造審議会とか中央環境審議会の合同分科会にこの前僕も出ていたのですが、そういうのをご覧になっていただくとよくわかるようにすごく二つに分かれてポジショントークになっている現状がいまだに深刻だなと思います。もしかしたら、これはお互い重要なことを言っているけれど、「あっち側のポジションだ」と決めつけているので、異なる価値観から心理的に受け取れずにはねのけてしまうとかそういうことも起きている気がするのですね。

 例えばエネルギーの議論では、「環境が大事だ」と言う人は「再エネ100%にしよう」などと言いますし、産業寄りの人は「原子力はまだ使った方がいいんじゃないか」「0エミッションの水素やアンモニアにした上で火力発電を残した方が電力システムが安定するのではないか」などと言います。環境派から見るとそういうことを言っている人は100%ポジショントークに聞こえるので聞く耳を持たない。だけどやっぱり彼らが言っていることも、少なくとも一部は再エネを進める上でも重要なことを言っているかもしれないわけですから、もっとオープンマインドで知の集約をしないといけないと僕は思います。

 まず国内の議論・対話を正常化する余地があるのではないかと思っていますが、言論NPOのこれからの活動のスコープにそういうことが入っているのであれば、是非助けていただきたいと思います。

工藤:今のお話は非常に大事です。気候変動だけでなく、民主主義の問題を含めて僕たちがやっていることはひょっとしたらポジショントークになっているのではないかという懸念もあるんですね。だから、やはり課題解決をベースにしながらの考え方の違いを乗り越える作業を我々はやらないといけないというメッセージに聞こえましたが、それは間違いなくやります。課題をお互いが認識しているのであれば、歩み寄れるはずですよね。私は20年前に「言論不況」を唱えましたけれども、今の言論不況はそこですね。つまり課題解決に向けた議論の流れを作らずにポジショントークに走ってしまっている。この状況を壊さない限り言論は不況のままで、民主主義の基盤として大きなエネルギーを持ちえない。多くの言論人が初心にもう一回戻って、本当に頑張ろうとしている人たちや、不安を抱えている多くの人たちに何のメッセージも届かないという状況は避けないといけないと思いました。ですから、私たちは言論不況を乗り越えるために今江守さんが言われたことを必ずやり遂げたいと思います。江守さんも協力してくれますよね。


次にどちら側に転ぶか分からないからこそ、考え方の違いを乗り越える作業を我々はやらなければならない

江守:もちろんです。ぜひ協力させていただきます。

 「自分さえ良ければいい、自分を守るのが最優先だ」という考えに陥ると、気候変動問題は最悪のシナリオに向かっていくんですよね。トランプ政権下ではそうなりかけました。また、右派ポピュリズム政党にそれなりの人気が出てきたりしており、いつそちら側にオセロがパタパタとひっくり返っていってしまうかわからない世界に我々は生きている感じがします。今もバイデン大統領がアフガン問題で評判が悪くなって物価が上がって結構中間選挙が危ないという状況になり、次はどちらに転ぶかわからないんですね。今たまたま気候変動の問題ではいいところにいるだけで次どうなるかわからないということを考えると、工藤さんが今おっしゃられたところに本質的なことがあると思いました。

工藤:世界が協力しないといけないのに自分たちを守ることが市民にとっての一番の願いになってしまうことは非常に大きな問題です。しかし、市民がそう願うのは不安だからですよね。だから僕たちは市民からも逃げてはならないと思うんですよ。批判があっても「こういうことが大事だ」と一歩も譲らずに言い続ける知識層や言論人が必要だと思います。外交の世界でも「一般の人に話が広がると外交が駄目になるからフローズンディプロマシーでいい」と言う人もいるんですが、僕はそうではないと思います。一般の人たちもちゃんと考える、ちゃんと動かない状況だから分断が出てくるわけです。多くの人たちが様々な問題に対して「頑張ろう」となった時には世界の国も変わるんですね。だから、政府に何かを言って変えてもらうのではなく、市民がそういう方向に向かい合うようにする。そのために言論空間が役割を果たせるかどうか。それが試金石のような気がしています。今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

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