【国際シンポジウム】言論外交はアジアの平和構築に寄与できるか ~北東アジアの平和的な秩序づくりのために民間の果たす役割とは~

2015年3月21日

国民の世論が外交に大きな影響を与える現代だからこそ、言論外交が必要
―ビジョンの提示、政府間外交のサポート、国民同士の対話の先取りという役割―

宮本:外交官として長く外交に携わってきた私の皮膚感覚で申し上げますと、現代の外交は内政に近づいてきていると思います。すなわち、内政、国民の世論が、外交に大きく影響を及ぼしている時代に入ってきたわけです。民主主義社会では、国民社会が強い力を持つことになります。その中で、本当に安定した外交をしていくためには、国民社会が受け入れられるような外交である必要があります。ただ、これは逆に言えば、国民社会の姿勢如何によっては、外交が危険な方向に行ってしまう側面もあるということになります。ですから、成熟した国民社会を作るのが私たち民間の重要な任務となります。

 現在の日本の民主主義は「成熟民主主義」と言われています。選挙で国民によって政府が選ばれる。政府の一挙手一投足が国民に厳しく監視される。政府の政策に対して国民から意見が出てくる。この「成熟民主主義」は情報公開法などの法制度や、インターネットなどの高度情報通信技術をはじめとする様々な客観的条件が整ってきたことにより、形成されてきました。ところが、ポストモダンの時代では、国民の価値観、利害、関心などは全て多様化してしまう。したがって、多様性を持った国民社会は、関心も利害関係も異なるバラバラな社会になっており、一つにまとまらなくなってしまっている。それが現在、私たちが置かれている状況です。

 その状況の中で、言論外交は、どのような役割を果たしていくべきなのか。
 私は、具体的に三つの大きな役割を考えています。最初の役割は、価値観や関心が多様化し、バラバラになった社会を再びまとめることです。そのまとめる力を持っているのが、ビジョンであり、理念であり、価値観だと思います。価値観も大きな価値観になると、国民をまとめる力を持つと思います。一つの例が、2013年の東京―北京フォーラムの際、北京コンセンサスの中に盛り込んだ「不戦の誓い」です。これはまさにビジョンであり、理念であり、価値観です。不戦の誓いとは平和を追求する、戦争はしない、だからこそ対立は全て話し合いで解決する、ということがパッケージになっているわけです。言論外交の柱は、これをいかにして具体化していくべきか、ということです。そして、言論外交はこの不戦の誓いを単なる宣言ではなく、課題解決のためのものにしていく。何かを言ってそれで終わるのではなく、こうすれば解決できる、という解決策も含めて提案するわけです。不戦の誓いのルール自体は、国際連合憲章にも書かれていますが、それを私たちは具体化していく。すなわち、ビジョン、理念の実現に向けて提案していく。それも民間レベルから提案していくことが重要です。

 二つ目の役割は、国内世論が過熱して政府外交が動きにくい状況になったときに、言論外交が政府外交よりも半歩先、一歩先に議論を始め、政府が再び動きやすいような状況を作るということです。政府にとってはリスクが大きいために踏み出せない、ということも多いわけですが、民間であれば自由度は高いため、私たちの言論外交は一歩早く議論を始められるわけです。例えば、尖閣問題によって日中の政府間外交が停止した際、言論NPOは世論調査で、「尖閣問題について日中は話し合うべきか」について国民に問いかけました。これはまさに半歩先の行動だと思います。そして5割を超える人たちが「話し合うべきだ」と回答しました。このように話し合いをすることに対して国民的な支持があることを示せば、政府も動きやすいわけです。

 三つ目の役割として、国民同士の対話の先取りがあります。私は中国との関係は長いですが、日中関係で強く感じるのは、国民間が相互に誤解し、相手に対しての理解不足が甚だしいということです。それが相手に対する歪んだイメージを作り上げ、過熱した世論を作ってしまう。ですから、対話は重要になるわけですが、それを言論外交が先行させていく。言論NPOは、その議論を全て公開しています。今日のこの議論も実況中継している。どこの国からも議論を見ることができる形をとっている。ですから、国民の議論・対話をして、相互理解を深める役割を果たすための第一陣として、言論外交はまさに最適なわけです。

 こうした三つの重要な役割を担う言論外交を強化することで、アジアの平和構築に向かって一歩、二歩と進めるのではないかと思います。

工藤:どうもありがとうございました。市民が課題を認識してその解決のために議論をする。そうして出てきた世論が政府の行動を支えていく、という形を目指す必要があると思います。ただ、外交や世論という問題を考えた時に、これをどのような言葉で表現すればよいのかしばらく悩んでいました。当初は、「パブリック・ディプロマシー」という言葉を使おうかと考えていましたが、これは政府が相手国民の世論に影響を与えていくという、「広報外交」としての性格が強い。田中明彦氏(独立行政法人国際協力機構理事長)から、「『パブリック・ディプロマシー』という言葉を使うと政府間外交の領域に入ってしまうので、新しい言葉を作るべきだ」とのご提案をいただいたこともあって、「言論外交」という新しい言葉を作ったわけです。

 世界中を見渡してみても、現在、パブリック・ディプロマシーそのものが大きく揺れています。つまり、政府の宣伝広報が相手国の世論に十分な影響力を発揮できていない。もっと民間が持っている自発的な課題解決に向けたパワーが、多くの他国の世論を巻き込んでいくという展開が求められている。それは世界の潮流としてはっきり見えてきていると思います。これをどう分析すればいいのでしょうか。そこで基調報告の2人目として、パブリック・ディプロマシーの先駆的研究者であるナンシー・スノーさんにお話しいただきます。

報告を読む / 議事録を読む  2   

1 2 3 4 5