日中の相互不信とメディアの役割

2006年10月14日


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第6回:「相手国のイメージは現状より先行きの不安を反映する」

張一凡 正直に申し上げますと、日本はもう戦後61年を経過しておりますが、日本が軍国主義化しているかというと、日本は1つの国として今後、軍国主義の道を進むことはないと考えています。歴史上で起こったことを申し上げたいと思いますが、1970年ごろ、中国は文化大革命の時期でした。中国国内で日本の映画が放映されました。例えば、山本五十六の映画、また、中国の新聞では日本の軍国主義を批判する文章が発表されました。そのとき私は若く、20代でした。私の父は日本とかなり縁がある人物で、私は日本との外交の仕事をしておりました。父は非常に厳しい中で日本から中国へ渡った友好代表団の受け入れを行いました。そして、中国に訪問する日本の人たちの口から、日本は軍国主義ではない、戦争しないということを信じてもらえるかというような話がありました。国交正常化する前に日本に行くことができた団体というのは、もちろん国交の正常化を望んで、非常に情熱を持った人たちだったわけです。ですから、私の父は周恩来総理にお会いしたときに、周恩来総理に、日本の軍国主義は復活したかどうか日本の人に話を聞いたと告げました。そして、そのとき、日本は日本の軍国主義を復活させるかどうかについて検討するというような言い方をしたのです。そういう報道がされてしまいました。

70年代にそういう問題が一度出てきました。そして、72年に国交が正常化されてから、もうその問題は言われなくなってしまいました。そして、80年代ももうそういう話は出なくなりました。90年代になってまたその話が蒸し返されてきたわけですが、日本は戦後、平和憲法がつくられています。そして、国際的ないろいろな局面の変化なども起こっております。また、冷戦も終わりました。50年前の戦争のような道を歩むということは、もうあり得ないと思っています。これは私自身の見解で、もしかしたら同意されない方もいらっしゃるかもしれませんが、工藤さんが質問されたこの問題については、私ははっきりとした私の見解として申し上げます。

範士明 工藤さんから質問をいただきました。私に問いかけられた問題だと思います。むしろ多くの中国人がこのように軍国主義が形成、それが復活されるというような意識を持ったのはなぜでしょうかという問いかけだと思います。私の答えは非常に簡単です。要は、感情的に気持ち的に申し上げまして、もう1人に対する見方、観察をするとき、または一つの国がもう一つの国を見るときに、それをただ単に一つのサブジェクトとして見ているわけではありません。やはりその心を見きわめようとしているわけであります。すなわち、相手側の国を見ると同時に自分の心、そのものを見きわめようとしているプロセスです。他人に対する認識は、そもそも自分の心理状態、気持ちの現われでもあります。

なぜ多くの人が日本は依然として軍国主義であると思い込むのか。原因について申し上げますと、そういう心配、懸念を抱いていることが、世論調査に反映されているのだと思います。日本の世論調査も同様な結果を見せていると思います。中国に対しては覇権主義と答えた人が一番多かったと思いますが、覇権主義に関しては、中国人にしてみれば覇権主義ではないと答えるでしょう。覇権主義と言われますと、アメリカを連想いたします。なぜ日本の多くの方は中国は覇権主義であるというふうに答えるか。やはり心配が効いていると思います。すなわち、中国はそのうち覇権主義になってしまうのではないかという懸念を抱いているがゆえに、そういう回答を選んだと思います。軍国主義の復活に関しても同様に、中国は調査を受ける側として自分の心配事を表しているだけだと思います。ですから�

 日本と中国の間に相互認識のギャップが広がっていることが、言論NPOなどが行った日中共同世論調査で明らかになっています。その背景にメディアの報道のあり方の問題が指摘されています。
先の東京―北京フォーラムで話し合ったメディア対話の内容を公開します。

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