安倍政権1年の外交・安全保障政策をどう評価するか

2013年12月02日

2013年12月16日(月)
出演者:
川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
神保謙氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志工藤:今日は、外交・安全保障政策をどのように評価すればいいかということで議論を進めます。まず、東京大学大学院総合文化研究科准教授の川島真さん、そして慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保健さんです。早速、議論を始めていきたいと思います。初めに安倍政権になり、1年間で外交安全保障政策はどう動いたのか。総論からいきましょう。


国内政治基盤が安定し、進む"地球儀を俯瞰する外交"

神保謙氏神保:第2次安倍政権と、これまで6、7年間の政権の最も大きな違いは、国内政治基盤の安定性だと思います。おおよそ一年に1回、総理大臣が変わり、当然のごとく閣僚も変わるという状況の中で、外交のコンセプト、そしてその実行がほとんど細切れのような形で体系的に進んでこなかったという状況から、本格的な長期政権を予期した中で、ようやく外交を進めていけるという新しい段階に入ったと思います。そして、一年間を振り返って、安倍総理、外務大臣やその他の閣僚について述べると、極めて積極的に外交を進めてきたといえると思います。関係国への外遊の回数だけを見ても、全体で30か国近い国々が対象の中に含まれています。特に東南アジアということでいうと、総理大臣として短期間で初めてASEAN10か国全てを訪問しています。それだけではなく、ロシアや中東、そしてアフリカでは、日本で開催したTICAD(アフリカ開発会議)という枠組みもありました。さらにラテンアメリカへの資源外交を含む、様々な取り組みを、安倍政権は地球儀を俯瞰する外交と呼んでいます。その名の通り、本当にグローバルな活動という点では、極めて目覚ましい外交をしているというのが、私の全般的な評価です。

 ただし、いろいろ話がこれから進んでくると思いますが、特に近隣諸国、特に中国と韓国との関係という点では、様々な問題を抱えたまま、この一年の中でしっかりと首脳会談ができていないということをどう読み解くかということが、一年の外交を総括する際に重要なキーワードになるかと思います。

工藤:確かに、いま聞いていて改めて思ったのですが、この間、こうした評価を行うと毎年、総理が変わっているので、1年の評価をあまりやったことがありませんでした。やった時には、終わっているという状況でした。いよいよ本当に評価ができるなと少し喜んでいます。川島さんは、この一年間をどのように見ていますか。

川島真氏川島:私も、神保さんと同じような感想を持っていますが、やはり、国会運営が安定するということが、これほど首脳外交に有利に作用するということを改めて感じています。それから、長期政権が安定してくると、戦略が活きてくる。つまり、場当たり的でなくなってくる、ということがわかりました。安定政権ができることによって、外務省を含めそれぞれのアクターが、溜まっていたフラストレーションを出しているのだな、と思っています。

 まずはNSCにしても、長期的な戦略と組織という地盤ができてきたところだろうと思っています。いろんな意見がありますが、政権交代の際にも、長期的なビジョンに耐えうるような組織や方策を作ることが求められていましたので、そうした意味で評価できると思います。

 それと積極的平和主義という言葉にありましたとおり、日本の右傾化などを抑制しつつ、積極的に外交を展開するという大きなビジョンが出てきましたので、対東南アジア、アフリカ外交、ロシアの2プラス2を含め、これまでになかった試みがあったと思います。

 ただ、アメリカとの関係でいうと、民主党政権の最後の方から随分、修正されたにしても、もう少し信頼の回復には時間がかかるのかなという印象を持ちました。中国と韓国との関係は、野田政権の時より、何か踏み込んでいこうとしているわけではないと思いますが、なかなか決め手がないという状態の中で、安倍政権としてはこれまで以上に事態を悪化させることはしない、という最低限のラインを保っているのだろうと思います。

 一番大きな不満、もっとやっても良かったと思うことは、中国や韓国が非常に強いネガティブキャンペーンをやる中で、中国や韓国にどう対抗するかということがあります。少なくとも欧米その他の社会に対して日本の立場をより強く発信するということを、首脳外交のみならず、いろんな方法でもっとやってほしいと思っています。日本が新しいことを始めれば、いろんな解釈が出る余地がありますので、そこに対して、もっとしっかりと説明することは今以上にやっていいと思います。

工藤:中身について入っていきます。まずお聞きしたいのは、自民党のマニフェスト自体は、よく見ると日米同盟をしっかりとやっていくということ、中国の脅威に対して、ある意味で包囲をしていくような色彩がかなり強かったわけです。ただ、そのスタンスは、日本に問われている外交安全保障の1つの戦略的な考え方を示していたのか。おそらく選挙があったため、それを強調したのだと思いますが、政権をとったあとに、安倍政権はどのような戦略的な視点や視野を持って、それを国民に提起しようとしたのかを議論したいと思います。これが積極的平和主義ということに結実しているのかどうかを含めて、お願いします。


民主党政権-自民党政権、連続体としての安全保障

神保:一年前の選挙の際のマニフェストには自民党として民主党の3年3ヵ月の時代に失われた、あるいは損なわれた安全保障の基盤を何とかして回復して、さらに強靭な国家、強い防衛力を取り戻していくかというような決意が表れていたと思います。そして、政権につき、それをやろうとしたときに恐らくわかったと思われることがいくつかあります。一つは民主党といえども、特に菅政権、野田政権の下で基本的な国防力の強化、いわゆる中国に対する牽制という点では、かなり投資が始まっていました。特に、2010年の防衛計画の大綱は、動的防衛力というコンセプトを打ち出して、日本の南西方面に対するシフトを鮮明に打ち出したと同時に、野田政権の下では、アジアの沿海諸国との海洋フォーラムのようなものを提案して、積極的に地域的な安全保障を進めていこうという傾向が見えていたと思います。ということを考えると、実は自民党政権も突然、何かを変えられるわけではなくて、すでにそこには連続体としての安全保障があったということだと思います。

 先ほどの川島先生がおっしゃった対米関係については、もう少し信頼関係の回復が必要だといったところと密接に関わるのですが、恐らく当初の安倍政権はジャパンイズバック、日本が戻ってきたから、しっかりとした日米関係がこれで盤石になるはずだ、という方程式の下で日米関係を作ろうとした印象が非常に強いです。ところがワシントンの目から見ると、実は、野田政権の時には相当程度、鳩山政権時に失われた信頼は回復してきていた。それ以上に、例えば右派のイデオロギーのようなものを全面的に押し出した「国家強化論」、防衛を強めていくということを打ち出すとすると、それは対中国、対韓国のもとでの安全保障のジレンマというものを導き出すので、必ずしもオーバーコミットメントはよくないということに直面したのが、最初の半年間だったのではないかと思います。従って、そこには恐らく限界効用の低減といっていいのか、最低均衡理論といったらよいのかわかりませんが、恐らく安倍政権が当初描いていた、安全保障の基盤を作るということと、日米同盟を健全にし、強化するという方向性に若干の温度差が生じていたというのが最初の半年。後の半年でいえば、最近、結ばれた10月の2プラス2の共同声明というのは、最初の半年の反省をもとに、日米関係の基盤をもう一度戻した作業であり、日米の信頼回復のためのの大変重要な文章だと思っています。

工藤:川島さんはどうですか。安倍政権は、どのような戦略的外交の視点を持とうとしてきたのかということですが。


中国の存在が大きくなってきた中での、日米同盟のあり方

川島:神保さんがお話しした通り、民主党にはできなかったことを自分たちでやるという意思が一方であって、他方で継承する部分もあったと思います。アメリカとの関係については、「より良く」という思いがあったと思いますが、中国、韓国との主権を巡る関係はやはり譲れないので、野田政権と同じことをやるということになったのだと思います。

 アメリカから見た場合は、実は野田政権と安倍政権はあまり変わらなく見えたかもしれません。北京からは、安倍政権には、前の小泉さんの時のイメージがありますので、野田さんとは違うことをやってほしいという強い期待があったと思います。それがやはり、尖閣のことは当然、譲れるはずがないので、安倍さんも変えることはできない。その結果、中国では、安倍さんに対する失望が広がるということがあったのだろうと思います。

 アメリカについては、確かに神保さんが言うように、2プラス2はとても大きいと思います。それと同時に、ワシントンの対中観をどのように見るのかということがあります。2プラス2があるのですが、それと同時に、ライス大統領補佐官が中国との新しい大国関係を認めてしまうような発言をしていくわけです。民主党の野田政権、あるいは鳩山政権と今を比べた場合、中国の存在が大きくなってしまっているということが、日本がいくらバックしてきても、昔の自民党政権のイメージほどの全面的な日米同盟の信頼とはいかない、ある種の対北京とのバランス外交にアメリカもならざるをえないところに、もうひと押しできないような感じが付きまとうと思います。

工藤:鳩山政権の間に損なってしまった、同盟関係を何とか取り戻したい。しかし、日米同盟といっても、中国の存在もあり、世界そのものが多極化していく中で、アメリカはアジアにおいてどのような役割を日本に期待しているのでしょうか。

神保:オバマ政権から見たアジアというのは、中国では指導部の交代があり、習近平体制のもとでの新しいリセットを通して、対中関係を位置づけていく、ということを考えていたと思います。振り返ってみると、2009年から2010年にかけて、オバマ政権の対中政策はかなり固くなってきた部分があります。それをリバランスという言葉で位置づけていたわけですが、必ずしもリバランスという言葉は、中国を包囲するという意図を持っていたものではありませんでした。ただし、リバランスを通して、米中の関係性を安定化していくには、体制の変化を狙うしかないと思っていたはずです。

 そして、米中首脳会談がアメリカで開かれ、大統領補佐官であったトム・ドリロンが、アメリカのリバランス政策の中核にあるのは米中関係だと言ったわけです。そのくらい、対中関係の基盤を安定化させるということに対して、相当、アメリカ側も苦心していたと思います。

 振り返って日本を見ると、野田政権が2012年9月に尖閣諸島の国有化して以降、日中間では1回も首脳会議が成立していません。それどころか、今年に入り、海上自衛隊の艦船が中国の人民解放軍の船からファイアーコントロールレーダーを照射されたり、いろんな事案が発生し、東シナ海の安全を巡る問題で重大な懸念が浮上してきました。

 そこで、東アジアのどこで紛争が起きうるのかと考えると、日中間があがってきたということだと思います。一方で、米中関係を安定させないといけないという状況の中で、日中関係がきわめて不安定な状況になり、そこで登場した政権が、極めて中国に厳しい政権である。しかも、リベラルなオバマ政権からみると、保守的な安倍政権が例えば、国家の威信を回復するために、歴史をもう一度リビジョンするというマニフェストを掲げて、中国との対立姿勢を深めていくような時に、日本とどう接したら良いのかということは相当よく考えたと思います。

 その時に、いかに日中の関係を安定させるように導いていくのかということが、当初のオバマ政権の対日政策を基調づけたものだとすると、日本がやろうとすることを何でもOKというわけにはいきませんよ、という厳しい姿勢が、最初の半年だったのではないかと思います。


日米同盟の信頼回復は出来たのか

工藤:そのアメリカの厳しい姿勢は、変わりましたか? 信頼関係はできたけども、2プラス2もがっちりしたものではないですよね。

神保:タイミングもあったと思います。オバマさんは10月のAPEC(アジア太平洋経済協力)と東アジアサミットに出席できなかった。それを補うように、国防長官と国務長官が揃ってアジアを歴訪しました。2プラス2の歴史が始まって以来、初めて日本で4人の大臣が会い共同宣言を出しました。アメリカはオバマが来られなかったが、しっかりとアジアにコミットしているということを出すタイミングではあったと思います。ただし、そこに書かれていることは非常に重要で、安倍政権が進めている様々な安全保障の改革、NSC(国家安全保障会議)の設立、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使の見直しなどをエンカレッジするという文章が入っていたのです。それは、中国も韓国も真剣にテイクノートしていると思います。

工藤:日本では領土問題などがありますから、譲れないところもあるというのはわかりますが、対中国、アジア全体を見渡した構想がまだできていない。アメリカの日本に対する期待は収まったのでしょうか、川島さん、今の日米関係を分析してください。

川島:少なくとも安全保障の領域においては、今回の防空識別圏の問題も含めて、アメリカは理解をしてくれたのではないかと思います。なぜかというと、アメリカは米中関係を大事にして、中国が生み出している様々な経済機会をアメリカも一緒に享受していきたい、中国の台頭はチャンスだ、という文脈においてリバランスを言い出したわけです。

 ですが、日本からすると、リバランスと言われると中国包囲網のように見える。そこに意識の断層があるわけです。ですから、日本が抱いている脅威感というものをワシントンは共有してくれないと思いますが、防空識別圏を含めて、今年1年間で少なくともペンタゴンとは平仄が合ってきたかと思います。ただ、当時のホワイトハウスのイライラは、そもそもリベラルな民主党政権ですから、人権問題その他というものは基本的には北京に向けられるものでしたが、最近は歴史認識問題と慰安婦の問題で、宣伝効果が弱い部分もあって日本が劣勢になる部分がありました。そうした部分で、日本に適切に問題を処理してほしいというメッセージがアメリカから随分、来るのだと思います。もちろんソウルに対してもしっかりやってくれといっていると思います。そうした意味でこの間のケリー、ヘーゲル両長官の千鳥ヶ淵戦没者墓苑訪問の件は、強烈なメッセージであったはずだと思います。ただし、それが日本のメディアを含めて、どれほどの反響があったかは別問題ですね。


積極的平和主義とは何か

工藤:次にマニフェストの具体的な点について、「積極的平和主義」のところです。これは安倍政権の外交の一つのベースで、世界の平和と安定に積極的に関わる国になる、と打ち出されましたが、これが安倍政権の戦略としてどういう意味を持っているのかわかりにくい、マニフェストには書いてないので、何を意味しているのかよくわからない。マニフェストでは選挙で世論受けする「対中国に対する厳しい姿勢」に関しては書かれていましたが、安倍政権は外交の手段を通じて何を実現しようとしているのか。

神保:私は、あまり消極的な解釈をしたくないのですが、まずは安倍政権に対する誤解の払拭が大きなモチベーションだったと思います。誤解とは、右傾化した政権で、かつての第一次安倍政権では自由と繁栄の弧など価値観外交を掲げて中国を民主主義国で包囲するということをやってきた経緯があります。しかし、状況が変化し、戦略をどう進めていくのかと考えた時、やはりドグマティックなことはできないのでリアリズムに基づかないといけない。もう一つは、日本がこれまで大事にしてきた外交的な継続性は、いわゆる平和主義に基づくものであり、それを継承していることを内外にアピールするものとして「積極的平和主義」を打ち出しているのではないかと考えます。この言葉自体は昔からあるもので、必ずしも安倍政権が何をするということを導くコンセプトではない。その意味では、新しいコンセプトをベースに、何か新しいものを導いていくものではないというのが私の暫定的な考えです。

川島:この言葉自体は、おっしゃるように随分前からいろいろな論文に見え隠れしており、安倍政権が発明したものではない。ですので、この言葉自体が安倍政権の外交の核として長く歴史的に残るものかと言われれば、そうではない気がします。神保さんがおっしゃるように平和主義の部分は、明らかに安倍政権の右傾化と日本が再び軍国主義化に向かうのではないかという諸外国の懸念に対応しているものです。積極的というのは、それでもなお、やるべきことをたくさんやるという程度のイメージです。

 ただ海外から見ると、この言葉は、誤解を解くためには、良い言葉かもしれません。

 具体的にいえば、軍国主義化するのではなく、法の支配などルールを重んじるような外交、また、それぞれが地域の経済繁栄を志向する外交をやるのだ、ということで、何ら新しいことは言っていません。加えて、日本の外交の基本は、一番には平和主義ですが、順守すべきなのは日米同盟、国連とアジアという3大項目があり、それぞれが対応しています。日米同盟、国連の活動の強化、平和維持活動をきちんとやると。
 
 安倍政権の外交で変わってきているのは、東南アジア重視です。これは明確に、これまでと違います。もう一つは、トルコに2回訪問するとか、ロシアだとか、これまであまり出てこなかったスタイル、すなわち多様なアクターとかかかわりを持っていくということです。これは積極性として評価できる。ですから政権が安定したことを背景にして、様々な方針や制度を作りながら、これまでの外交の継承と今までできなかったこともやっていく、そういう意味では優等生的な方向かと思います。

工藤:価値観外交や中国包囲網みたいな方針は変わったのでしょうか。変わったとすれば、それに代替するものとしてアジアに対する戦略的な展開は、どういうふうに変わる兆しが見えているのでしょうか。


"冠外交"の意味するもの

神保:少なくとも当時の自由と繁栄の弧や価値観外交を、そのまま公式の外交文書なり所信表明なり外交演説なりで使用することはなくなりました。これは重要なことだと思います。ただ、発想として何が展開されているかといえば、それは当時、ユーラアシア大陸を取り囲む海洋と大陸の国家、更にヨーロッパに行くと民主主義の確立に勤しんでいる移行国家というところに、マラソンの伴走ランナーのようにサイド・バイ・サイドで日本が支援していくという発想自体は、今の外交方針と似通っている部分はある。従って、外交の実態としては、当時の発想は現在も引き継がれている。ただ、大事なことは、冠をかぶせることによって失われる機会というのは結構多いのです。ASEANと握手しようとしているのを、価値観外交のため握手したいのです、と言うのか、それとも積極的平和主義や地球儀を俯瞰する外交として握手するのでは、される側としては、気分はかなり違うのです。そう考えれば、何を冠にかぶせて外交をするのかというのは極めて重要です。

川島:要するに中国側の影響力が強まっており、アメリカの外交そのものも多元化に対応している中、日本がゼロサム、白黒な対応をすることは、日本だけが浮き上がってしまう。

 ですから今回の東南アジアでの外交においても日本のスタンスは、どちらなのか白黒迫るというより、共通ラインを最低限取るということだと思います。白黒外交ができる相手であれば白黒付けていいですが、そこはメリハリを付けるという感じでしょう。

工藤:そうであれば平和とか法の支配でいいのですが、それをどのように実現していって、どうするのかということを打ち出せばいい、と思うのですが。

神保:東アジア情勢の緊迫化の中で、日本は、どういう外交のスタイルをとるのかというのを出すべきです。日本は建設的なアクターです、と。それはどういう意味かというと、当然、平和主義に基づき国際的なルールを重んじて協調的な外交を図る。それが徹底される中での、国防の整備や同盟関係の強化の方向性も常に一貫していることを示す、これが非常に重要なポイントであると思います。

工藤:次の政策は、日米同盟の絆を強化し、中国、韓国、ロシアとの関係を改善するという公約がありました。「改善する」という公約ですが、これは一年目で実行されましたか。


それぞれの思惑は変わっていないが、1年前よりはいい日中、日韓関係

川島:先ほどお話があったように、日米同盟の絆の強化は民主党政権の頃から始まっていました。そうすると安倍政権になって、もしかしたら当初、思っていたものよりも進んでいなかったのかもしれない。ただ、まだ懸念があるかもしれませんが、それが今回の2プラス2で大分進んだ。むしろ問題なのは日中、日韓関係をどう見るかということです。正直なところ日中関係については、もちろん大勢は全く変わっていませんが、主権を巡って譲歩できないという環境下においては、行けるところまで行きつつあります。つまり経済問題は別であるとか、地方交流は促進していいとか、少なくとも昔の政冷経熱の状態のところまでは来ています。安倍政権誕生前に見せていた、経済手段も全部使って日本に圧力かけるという中国側の姿勢は変わっている。

 日韓関係についても、韓国の中で日米の2プラス2を見て対日関係改善を求める声がメディアから出てくるようになったので、思惑は変わっていないが、日韓関係も多少、薄日が差してきている。ですから、日中、日韓関係については、思惑は変わっていないけど一年前よりは良くなっている。

神保:日米同盟の強化は、前半六ヶ月は思い通りの展開にならなかったけど、後半はその絆は強化されつつあるというのが端的な評価です。中国、韓国、ロシアについては、まず中国については、過去にない厳しい状況は継続し、且つこれからも関係改善が容易な状況ではないということを再認識して、しかも経済や文化面を除いて首脳会談の設定を巡って厳しい条件で争い、かなり手詰まり感がある。韓国は民主党政権最後の時に、李明博政権が慰安婦問題をめぐって対日関係をかなり強硬化させて、竹島訪問もした。その中で、冷え込んだ日韓関係を朴槿恵政権誕生でリセットしたいということで、就任式では「未来志向の日韓関係」を打ち出して、これをスタートラインにしたかった。ところが、それが思いもよらぬ展開で、韓国からほぼ一方的に首脳会談を拒否される状況が未だに続いている。この点から、2月以降の日韓関係の展開は、安倍政権が当初想定していたものよりマイナスの方向に向かってしまったのではないか。

工藤:1年前から見れば改善している感じがしますが、政府間の関係改善の手がかりはあるのでしょうか。安倍首相は「対話の窓は開かれている」と言いますが、もっと積極的にやることはできないのか。難しい問題なので、これは仕方がない、という感じなのでしょうか。


求められる早急な危機管理システムの構築

川島:政府間でできることがあるとすれば、これ以上事態を悪化を防ぐ装置をつくる努力をすることです。それが日中間の海上事故の防止協定などです。それ以外の部分は、なかなか難しいと思います。防止協定は具体的には動いていないけど、これは中国側にとっても大きな問題ですので、突発的な事故に踏まえてどう備えるのかという範囲のことは打診をしていく必要性はあります。

工藤:言論NPOが「東京‐北京フォーラム」で合意した北京コンセンサス(不戦の誓い)でも「危機管理メカニズムを構築するのに、政府間協議を開始することは<急務である>」とありますが、中国側がこの<急務>という言葉を加えました。ですので、やはりそれをやりたいけど、なかなか動けない面があるのでしょう。

 次に、ASEAN諸国やインドネシア、オーストラリアとの安全保障やエネルギー政策の協力を推進、というのは動いているのか、その方向に向かって動いているのか、何か大きな問題があるのかという点で、神保さんお願いします。

神保:これは評価としては二重丸です。ASEANには安倍首相は、延べ三回訪問して全ての国を回り、岸田外相、麻生財務相、小野寺防衛相との会合を含めるとかなりの密度でASEANとの交流を深めている。つい数日前も日-ASEANの特別首脳会議を行なって、向こう5年間で2兆円規模の経済支援とともに海上安全保障での協力、今回の中国の防空識別圏設定と南シナ海の情勢を念頭に置いた航空の安全を担保する、ということについての合意ができた点も、相当できるところまで協力を進めている、と評価できます。

 インドに関しては、天皇訪問があり、日印関係でも様々な発展が見られている。そしてオーストラリアについては、元々関係は良いのですが、保守政権が誕生して、オーストラリア側からの日本に対する協力強化の期待は大きいので、2年目、3年目含めて日豪関係を強化することは極めて高い。この点から、この項目については、日本外交はよくやっていると思います。

工藤:ということは5点満点中4点ですね。

川島:TPPでいえば、TPPはASEAN+3や+6との枠組みとは違うと思われがちです。ですから、日本がTPPを進めるとなれば、ではASEAN+3は中国が主導するのか、となると、そうではないと思います。マニフェストに書かれている「自由で豊かで安定したアジア」という大枠を考えながら、シーレーンも含めて、ベトナムやフィリピンに船を援助するとか、あるいはインドとの原子力協定を含めてエネルギー・安全保障協力をやるというのが、ASEAN+6やASEAN+3重視の指標になっています。これは非常に大きな成果があります。ただ公共事業の受注については、前よりは大きな成果が上がっていますが、必ずしも日本の思惑通りではありません。

工藤:次に「尖閣諸島の実効支配を強化し、離島を守り、領海警備を強化する法律を制定」とありますが、このような法律はあるのですか。


時間がかかる法的整備

神保:新規の法律という意味ではないといえます。ただ、今回の防衛計画大綱の主要なテーマの一つですので、当然ながら法的なものと能力の両面から、どのように離島防衛を確立するかということには相当、力を入れている。ただ、日本の法体系には様々な問題がある。今、問題となっているのは国家間の戦争になる、その前のグレーの事態についてです。これについての法律があるかといえば、今あるのは海上警備行動、調査研究という枠組みと海上保安庁の日々の活動についてです。その中で、離島防衛に関して向こうがエスカレーションをかけて来た時に、日本がその法律では十分に対応できないので、しっかりと実効性を担保するためにもまだまだ法的な整備が必要な段階です。

工藤:6月に国境離島の保全の有識者懇談会というものがあって、外国人による土地売買の規制とか、自衛隊に領海警備の権限を与えるとか、話し合われた。国際的に外国人の土地売買の規制は難しいという見解が示され、ここは止まっているとか。自衛隊の領海警備については、公明党が慎重なため進捗がないようですが、この点については。

川島:まず大きな枠組みとして防衛大綱を作って、その中で島嶼防衛の強化という論理を作った上で、これから細かい法律などに落とし込んでいく、ということだと思います。民主党が作ったものもありますが、これをもう一度、位置付け直しをしています。そのあとに具体化するという論理ですね。

工藤:一応、動いているということですね。

神保:その通りだと思います。ただ、これは海上保安庁がより強い火力の使用を可能にするとか、海上自衛隊が海保の職務権限に類する活動、つまり低レベルな紛争で武器使用を可能にするとか、極めて微妙な問題も入ってきます。ですから、公明党とも協議をしながら法整備をしていかないといけない。

工藤:一応その方向に向かっているのか、もしくはまだなのか、これはどうでしょうか。

川島:法律制定の一点にこだわれば難易度は高いが、大枠としては進んでいる。時間がかかります。

工藤:そして国家安全保障局、これは設置しました。あと集団的自衛権の行使、それに防衛計画、防衛大綱、中期防を見直しして拡充する、と。

神保:これはホットです。向こう5年間で26兆円とか円でいうとプラスになるんです。10年間ずっと下げていたのがプラスになるんですが、ドルベースで見ると、円安ですからガクンと減るんですよ。つまりアメリカから輸入する調達コストを考えるとあまり旨味がない。75円から100円ですからね。

工藤:本当はそれも加味したプラスになっていなければいけないわけですね。

神保:まあ本当は。さらに、インフレターゲットで2%でしょう。そうすると全部、相殺されるんじゃないかと思っています。

工藤:でも、イージス艦は2隻増えるとか。

神保:それは、スクラップアンドビルドで立派なんですが、ペース的にはちょっと足りないです。中国は、第四世代戦闘機を670機持っていますから。第四世代というのはJ-10とかJ-11とか、今度はJ-20になるとか。日本とアメリカ足しても450機くらいです。去年から中国の方が優っています。ミサイルが並んでいる数も圧倒的に向こうの方が上ですし。

工藤:中国のミサイルってどこを照準に当てているのですか? 日本? 米軍基地?

川島:三種類あって、千何発は台湾に向いていて、あとDF-21っていう中距離のものが、数え方にもよりますが、日本に向いている。あとは大陸間弾道です。

工藤:日本のどこを向いているの? 米軍基地?

神保:全域ですね。

川島:東側を向いているんですよ。

工藤:こういう話の方が面白いんですけど、評価とは関係ないので。残っているマニフェストのパフォーマンスを見ていきたいと思います。まず一つは官邸の指令機能強化で、国家安全保障会議を創設する、国家の情報収集・分析の能力の強化及び、情報保全、公開に関する法整備による体制の強化を図る、こういうものを掲げました。これをどう評価しますか? 実現したんですか? 実現の方向なんでしょうか?


進む官邸の指令機能強化

神保:日本版NSCといわれる国家安全保障会議に関しては、12月初旬に法案が衆参両院を通って実質的に設定されたということになっています。基本的には4大臣会合といわれる首相、官房長官、外務大臣、防衛大臣が定期的に協議をして、国家安全保障に関する諸事務をしっかりと共有し、情報を集約して協議するという枠組みを作る。これ自体を法律にできたということは、非常に大きいことだと思います。実際にこれを組織として動かすのは来月からで、1月には国家安全保障局という事務局が設置され、そこに60人規模のスタッフが配置され、この4大臣会合を補佐するという枠組みになります。その点においてはマニフェストに掲げられたことで、ここはしっかりと実現の方向に向かっていると評価できます。

工藤:この前の特定秘密保護法案が自民党のマニフェストからは読み取れないんですが、例えば、この国家の情報収集分析能力の強化及び情報保全公開に関する法整備において体制の強化、というところに入っているんですかね? 情報の保全に関する体制の強化ってことになると思うんですか、このあたりをどうやって読み取れば良いんですか?

神保:特定秘密保護を巡る法案については、NSCの設置と表裏一体だと見なしているんだと思います。なぜこの法律が必要かというと、秘密情報の漏洩がないようにすることで、様々な人材をNSCの下で情報を扱えるかたちのクリアランスを取っていくということと、それが取れていることを内外にアピールすることによって、外国の機関、組織からの情報を得やすくし、情報提供をより容易にしていくという意味を持っています。NSCを作るのだったら、秘密保全をしっかりしなくてはいけないという関係性にあるのだと思います。

工藤:ここは、マニフェストからはちょっと読み取れない。よほど考えないと、見えないようなところがありますよね。川島さんはNSCについてどうですか?

川島:国家安全保障局を作って、その上に4大臣会合をおくのはよいと思います。これまでも閣議があって、官邸に外務省や防衛省から情報があがるシステムがあるんですが、それを集中的に明示化しました。ポイントは、そこにスムーズに情報が集約されるかどうかで、局から4大臣会議に上げられて、そこで機能していくのかどうかがわからない。小泉政権の時の経済財政諮問会議が機能したのは、総理がそこを重視したからで、こういう局が新設されても、安倍政権や今後の政権が、そういう重要な役割を担うものであると考えなければ機能しないと思います。法制を見ますと、安全保障局の方が外務省や防衛省に対して、こういう情報を出しなさいと命令できることになっていて、新規案件に関してもこれを調査してくれといえるようになっています。そういう法案に基づいた運用がどう行われていくのか、というのがこれからの争点だと思います。

工藤:政府の国家安全保障上の戦略なり方針は、今後どこで作られることになるんですか。

神保:官邸とNSCの関係が極めて重要になると思います。これまでも官邸の役割は非常に大きくて、内閣府官房の安全保障危機管理室とかいくつかの調整をする組織が文章をまとめていたんですが、それでも実際の頭脳を持っていたのは、やっぱり各省庁だったと思うんです。その分散化された情報を、いかに内閣官房の下で集約して最終的には官邸に持っていくかということが重要だったんですけど、安倍政権には、巨大な官邸があるというイメージですね。

工藤:そうすると外務省と防衛省は何をするんですか。

川島:双方で情報を上げ、縦割りだったものをちゃんとまとめてオールジャパンのチームを作ろうというのがコンセプトだったと思いますが、上手くいくかどうか。

工藤:その次に、集団的自衛権の行使を可能として、国家安全保障基本法を制定するということを約束したわけですが、これはどうでしょうか。


集団的自衛権の行使など国家安全保障策は公明党次第

神保:今年の年末までに集団的自衛権の行使を可能とする何らかの法的、政策的枠組みを出したかったのだと思います。ところが、それを検討するために立ち上がった安全保障と防衛の法的な基盤を考える懇談会が、今年の2月と11月の2回しか開催されていません。ここまで慎重な運営をしている背景は、率直にいえば公明党が慎重な対応を崩さないからです。公明党自体がこの問題を拙速に進めていくと、党内の議論をまとめていくことはできないという危機感が、この判断を遅らせているのだと思います。今のところの見通しからいうと、国家安全保障戦略と防衛大綱は先に出しておき、これから予算を巡って通常国会に入りますから、しっかりと来年度の予算を連立政権の中でまとめ上げて一段落したあとに、もう一度出てくると思います。

工藤:諦めているわけではないですね

神保:実現すると思います。

工藤:どちらのほうですか。憲法解釈の方ですか。

神保:おそらく、閣議決定をして法解釈を変えた上で、関連法制を変えていく。例えば、自衛隊法や武器の使用を巡るケース。あと、まだ論点が分かれている部分があります。例えば、ネガティブリストとポジリストといういろんな言い方があるのですが、このような時に集団的自衛権を行使してもいいというリストを明示するやり方と、流石にこれはやってはいけないというリストを提示するやり方では全く方針が違います。これがまだ整合的に決まっていないということがあります。

工藤:川島さんはどうでしょうか。

川島:全く同じです。つまり、先ほどと同じ論点ですが、公明党のことがありますので、各論に入る前に大きな枠組みを決める。今年は大枠を決め、来年の段階で政治的な交渉をして、法案としてまとめていく。できないものは閣議決定するということだと思います。

工藤:公明党が飲めますか。

川島:わからない部分もありますが、様々な取り引き材料を用意するということになると思います。優先順位が法案の中にありますので、重要なものから通していくという話になると思います。

工藤:神保さんは、最終的に公明党は飲むと見ているわけですね。今はその方向に向かっていると考えていいわけですね。

神保:はい。公明党も自らの党の平和主義をどのような位置付けで維持していくのかということは、最後までこだわると思います。集団的自衛権の行使の条件に関する論争に、相当踏み込んだ注文を出してくると思います。

工藤:防衛大綱と中期防の見直し、自衛隊の人員装備予算を拡充する、これはどうでしょうか。

川島:これは、民主党政権時にできた防衛大綱に対する自衛隊などの内部にある不満が、自民党に結びついたことだと考えています。特に、北海道から島嶼防衛を中心にしていくという段階において、民主党政権の防衛大綱は陸上自衛隊の数を減らす方向のものでした。それに対抗した部分があります。今回の自民党政権になってから、この部分は補正され、新しいスタイルの島嶼防衛をするところに人員を割くという方向になりました。そうした意味で、見直しをし、自衛隊の人員などを拡充すると、。従来の民主党案よりも増やすという方向でまとまりつつあるのだと思います。民主党案で移転かつ人員削減したものを、返還するわけです。

工藤:中期防はどうでしょう。十分ではないと先ほど言っていましたが。


日本の防衛費にノビシロは望めない

神保:防衛大綱とセットで出てくるのは、中期防の見直しです。中期防には、向こう5年間の防衛費のシーリング、いわゆるどのくらいを上限とした数値になるかということで、今回はこれまでの上限を拡大して25兆円弱程度の防衛費になるということです。実質的に増加ということになります。これまで過去10年間の防衛費の推移を考えると、極めて大きな転換であるということは評価できると思います。ただ、諸外国は、「日本も大規模に防衛費を拡張するのではないか」と見るかもしれません。日本国内でもGNPの1%枠をはるかに超えた形で防衛費を増やさないと、とても中国に対抗できないのではないかという意見をよく聞きますが、日本の防衛を伸ばすノビシロというのは、相当、他の要因に制約されています。他の要因とは、当然ながら、日本の財政状況。つまり、国と地方を合わせたら国の借金と、そこから得られる予算の制約があります。それが、とても大きな重しになっている。積極的平和主義といっても、皮肉ながら、日本はそこまで簡単に防衛費を伸ばせる国ではない。いくら安倍政権で積極化したとしても、そこまでノビシロはないと改めて感じました。

工藤:基本的に防衛大綱や中期防を作成する時には、アメリカと一緒にやりますよね。つまり、アジアにおけるアメリカの方針や対策の中で、連携した数字がこれだという理解ではないのでしょうか。それともこれはどう考えればよいのでしょうか。

川島:アメリカの大きな方針としては、同盟国の方で賄うべきものは賄う、というものがあります。それに対して、日本なりに応じた結果なのだろうと思います。加えて、制約があるという側面と、積極的にいきたいのだが、平和主義でなかなかいけないという問題があります。中国は年間8%も防衛費をこの間伸ばしています。それに合わせて、自分も8%となると、中国が平和主義ではないというのであれば、日本も違うという話になります。ここは微増に抑えるしかないところもあると思います。中国に対して、私たちは平和主義だというためには、平和主義の範囲内での自衛の路線でもって、防衛力を強化でいくしかないという部分があります。これはギリギリの伸びとなります。

工藤:先ほど円安の話をしましたが、これは関係しているのですよね。あと、アメリカとの関係で一言お願いします。

神保:アメリカから装備品を輸入しようという時には、ドルでの決済で為替レートの影響を強く受けます。安倍政権下で為替レートは、70円台後半から100円台に入りました。伸び分は、正面装備費の中で相殺されてしまう可能性が高いと思います。加えて、これから安倍政権のインフレターゲットが2%で推移するとなると、その伸び分を加味した形で予算が推移しないといけないことを考えると、実は大幅な増額といわれていますが、実態はそれほど大きくはない、というのが私の評価です。


動き出す沖縄の地元負担軽減?

工藤:在日米軍再編の中で、抑止力の維持と沖縄などの地元負担の軽減を実現する。これはどうでしょうか。この一年間で動きましたか。

川島:特にこの数ヶ月ですが、石破幹事長を中心とする自民党は、沖縄に対して相当丁寧な交渉をしていると思います。長年、強硬な姿勢であった自民党県連は普天間基地の県内移設には反対という立場でしたが、10、11月にかけて、県内移転やむなしという方向に舵を切らせたのは、非常に大きな変化だと思います。二つ目は、来年に予定されている名護市長選挙ですが、これに関しても相当程度工作をやっているわけです。仮に受け入れやむなしという市長になり、県連が後押しすれば、仲井真沖縄県知事も決断しやすくなるということだと思います。従って、こうした環境を作り、いよいよ普天間基地を辺野古に移設するという道筋をつけ、同時にその他の在日米軍基地の比重を下げていくということができれば、長年進んでいなかった沖縄問題が動き出す年になるかもしれません。

工藤:かなり動き始めたという理解でよいのでしょうか。

神保:2014年の国内政治や対米関係にとって、とても大きなポイントになると思います。あまり日本のメディアは褒めませんが、石破さんの動きは相当、活発であったということが予想されます。県内の自民党議員達が、そこまでの決断をするとは思いませんでした。これは動き出したという感じです。ここがまとまれば、来年動くと思います。

工藤:昔の移転と最近の移転というのは状況が変わっています。アメリカがいろんな形で海兵隊を動かしたり、多面的にシフトしていますよね。これとの連携というのは、論理は変わっていないのですか。

神保:ダイナミックに変化していると思います。ただ、その変化にも色々な複雑な背景があります。一つの変化は、お金がなくなったということです。アメリカの財政事情が厳しいままなので、国防予算を相当、切り詰めた中で、アジアでのプレゼンスを確保するためにはどうしたらいいか、という点です。もう一つは、中国の軍事力の拡大によって、前方展開基地の意味が、つまり、中国の影響圏の相当、内部の中でオペレートすることがよいのか、それとも一度外に下がって、そこからアウトレンジで関与を深めた方がよいのかという、コンセプトを巡る議論があります。そうすると、沖縄とグアムをどう位置付けたらいいのかというのが、その議論の中にあるわけです。沖縄のプレゼンスをだんだん減らしていって、グアムに下がった方がいいという論理なのです。ところが、その論理にアメリカ議会はあまりお金をつけていない。その理由は、移転の前提となるのが辺野古の移設だという考えがあるからだと思います。他方で、いったん中国の影響圏の外に出たら、もう一回入るときのコストが非常に高くなります。だから、レンジの中にいて、そこでオペレーションした方がいい、という議論があります。そのような複雑なロジックの中で沖縄問題が位置づけられています。

工藤:それに対して、安倍政権はまずは移転しながら、考えるという形になるのでしょうか。

神保:その通りだと思います。しっかりと沖縄における海兵隊の基盤、特にこの戦闘部隊が駐留を続けていく基盤を作るということによって、アメリカの移転論に関する議論をぐらつかせないということです。それを日本が支持できるかどうかということが大事だと思います。

川島:中国の方からすると、尖閣の問題を大きくすればするほど、沖縄が前線に見えるわけです。前線に見えれば見えるほど、アメリカは軍隊を置きたがらない。従って、グアムのほうに撤退していって、沖縄は日本に任せるようになっていく。尖閣にはそういう意味があるわけです。日本はそこに適切に対応しないと、日本が中国に対するフロンティアになってしまうことは得ではないことはあると思います。

工藤:そうすると、しっかりとそこにいてもらった方がよいということですね。ということは、動き始めたということですね。成功するというところまでは来ていないですが、動き始めたというのは意味がありますよね。ただ、それが成功というところまでは現段階では見えてないという理解で良いですか。

神保:2010年の鳩山政権で一度、壊れた関係の中で、特に地元の利害関係の構造が相当、大きく変化してしまっていました。それをもう一度、組み替えるところまで来たということだと思います。

工藤:最後に北朝鮮関係ですが、対話と圧力で拉致問題の完全解決と核ミサイル問題の早期解決に全力を傾注し、関係諸国と一致して取り組む、とあります。これは、日本は何をしたいと考えているのでしょうか、空回りしているような感じもしますが。


張成沢粛清後の北朝鮮体制の推移を注視

川島:拉致問題というのは、安倍政権あるいは安倍さん個人にとっても大きな問題であることはわかります。しかし、日本が直接、触れられることではないというのが現状です。ですから、6者協議再開という大枠と国連決議などにおける北朝鮮への様々な制裁と中国への働きかけという基本的なことをやり続けるしかないのだと思います。今回の平壌における様々な政治状況の変化によって、新しいすき間ができればいいのですが、まだそれは見極められてはいないのだと思います。ですから、この一年間においては、全力で傾注したかどうかというのは何とも言えませんが、できる範囲のことはやったのではないでしょうか。2014年に北朝鮮の政治状況が変化して、新しい空間ができれば、2国間関係でできることが何か出てくるかもしれないという程度だと思います。

工藤:安倍政権は、何か動いたのでしょうか。

神保:水面下では相当、進めていたのだと思います。特に内閣官房参与の飯島さんは一度、訪朝しています。本人の講演などによれば、訪朝から数か月で大きく物事が動くだろうという見通しを述べていたくらいですから、拉致問題の進展に関して北朝鮮から何かシグナルを受け取っていたと思います。しかしながら、その後の展開が思わしくない中で、北朝鮮もここ数日の動きから権力抗争の大きな変化が見られます。相手側が政治体制を整えないと、なかなか前に動けないということがあると思います。

 昔は、核、ミサイルと拉致をいかにセットで動かしていくかということで、日朝が動いていなくても、6者協議などマルチの場が動いているということがありました。どこかに対話のインターフェースをとることができたのだと思います。外務省もアジア大洋州局北東アジア課が、積極的に北朝鮮のカウンターパートと協議をするのですが、今はそこまで活発には行われていない状況にあります。特に、国防委員会の副委員長であった張成沢が銃殺されるという衝撃的な粛清があったのちに、そう簡単に対話のトラックが戻ってくる情勢ではないと思います。

工藤:今、北朝鮮はどうなっているのでしょうか。

川島:新しい政権基盤を確立していく最中にあり、政権を維持していく上では、少なくとも中国からの様々な援助があってこそできるということですね。至上命題は、軍隊を中心にしながら経済発展を模索するという方向にあると思うのですが、食料生産を含めて、なかなかうまくいかない。張成沢という人物は、対中関係で非常に重要な役割を果たしていたわけですが、彼がいなくなることによって、対中関係はどうなるのか、今後、観察していかなければいけません。

工藤:対北朝鮮ではできることとできないことがあります。今までは同時解決といつも言っていましたが、拉致問題、核ミサイル問題・・・こうした問題解決に同時に取り組むというアジェンダ設定でよいのでしょうか。

神保:我々がそこまで動揺するべきではないと思います。つまり、我々が見ている問題は、北朝鮮の核開発、ミサイル開発、そして通常戦略の問題と拉致です。これを原則的には、繰り返し主張していくということが大事なのだと思います。ただ、これまでは日本政府の首相や外相、拉致問題担当相が交代してきました。北朝鮮の交渉ラインはけっこう一貫性があります。例えば、宋日昊という対日関係の人がいて、そして党と外務省がいました。それが今回の大規模な粛清によって、何らかの変化をもたらすとすれば、もしかすると、もう一度リセットして考えなければいけない局面に直面するかもしれないという気がします。

工藤:これは、点数はどうしたらよいでしょうか。解決への道筋は見えなくても、全力で取り組んだということでしょうか。

川島:何をもって全力とするのか、という定義の話になります。要するに、与えられた条件の下でできることをやったかどうか。2国間での飯島さんの派遣、猪木議員も行きましたが、バイでできる範囲のことをやりました。また、6者協議、国連でできる現状において可能なことはやったと、打つべき手は打ったと思います。

工藤:安倍政権をこの1年間という軸で見ると、5点満点でいうと、動いたけどもやることが難しいということが2点、着手したものの、今後どうなるかわからないというのが3点、予定通り動いていて目標達成の方向に向かっているというのが4点だとすれば、点数としてはどうでしょうか。


今後の期待を込めて外交・安全保障政策の評価は4

神保:難しいですね。衆参の両方のマニフェストがかなりうまくできています。実現できなそうなものは言葉尻が変わったりしています。それはうまくできています。マニフェストの文言を尊重すると、4点くらいになります。

工藤:ただ、実質的にそれがどうなのかという話になってくると、何かよくわからないと。

神保:それはマニフェストを書いた方々もよく分かっていて、尖閣の問題もそうですが、~を検討する、とか、~考慮するとか、微妙な言葉遣いがたくさんあります。大きな方向付けがなされているが、できそうにないものについては、控えめになっています。それは民主党が前の選挙の時に、かなり大きなことをかなり断定調に書いたことによって、それがマニフェストを無視したという話になっていったことを踏まえているのだと思います。

工藤:安倍政権は外交という手段を通じて、何をしたいのかということを、もう少し明確に国民にわかるような形で説明した方が良いのではないでしょうか。

川島:日本の国自体のあり方がまだよく見えていません。彼らが考えているのは、ある種のほころびをもう一度正して、輝きなり、誇りのある国にしていきたいという部分と、周囲から受けている批判をかわしたいという両方があると思います。ただ、国をどうするかという話は、日本全体でコンセンサスがあるわけではありませんから、あまりにも強く新しい国家像を打ち出しても、国民の同意が得られなければ、慎重に最大公約数でやりながら、批判をかわす必要がある。そこで、積極的平和主義という、まさに中身がわからないけれども、とりあえず対外向け、対内向けになっているという言葉が出てきているところだと思います。

工藤:今の何点かという質問についてはどうでしょうか。

神保:期待を込めて4点です。やはり、ここ6、7年間を見て考えても、これはアベノミクスの成果もあると思いますが、ここまで日本に再び光が当たって、日本の経済と外交に対する肯定的な評価、少なくとも注目がしっかりと集まっているというのは久しぶりの感覚です。これは安倍政権が外交を進める上での資産であると思います。従って、安倍政権の経済と内政が安定していることこそが、外交のプラスに働いていることが非常に大きいということは、積極的に評価してよいと思います。

 ところが、減点1の部分は、中国との関係、本来であればもっとうまくいったであろう韓国との関係がうまくいっていないこと。それと、日本全体のソフトパワーという点でいうと、日本の好感度、歴史認識を巡る日本の態度がどう評価されているかというところでは、まだまだ改善の余地があると思います。従って、ハードパワーとソフトパワーを兼ね合わせた日本外交の点数でいえば、改善の余地がある部分はいくつかあるということです。

工藤:今日は、外交・安全保障政策の評価をやりました。有難うございました。

 "普通の国"を目指し、積極的平和外交を旗印にしている安倍政権。国内政治基盤の安定に乗って、日米同盟の修復に努め、ASEAN諸国との関係強化にも乗り出している。しかし、領土紛争、歴史認識問題などで睨み合いが続く、隣国・中国、韓国との関係は、解決の糸口すら見出せず膠着状態に陥っている。積極的平和外交とは何を意味し、こじれる東アジア情勢が日米の信頼関係に及ぼす影響はないのだろうか。集団的自衛権は、沖縄の基地問題は、拉致問題は・・・解決せねばならない争点は尽きない。