世界とつながる言論

「アジアの将来と日中問題」/松本健一氏

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第2話:「多くの国々が陥るナショナリズムの罠」

 現在の日中関係は、最終的にはその二国間関係をアジアの方向に開いていかなければ、日本のナショナリズムも中国のナショナリズムも超えていくことができない、と私は考えています。日本は近代の中で、福沢諭吉さんの有名な「脱亜論」という言葉がありますが、アジアを抜けていく、アジアを脱出していくという考え方がかなり支配的でありました。その結果、西洋的価値観に同化してしまったような現在があります。西洋的価値観というものを普遍的価値と考えているような、歴史認識における欠陥が出てきています。

 一方の中国も、自らアジアということを主張するようになったのは、第二次大戦後、周恩来さんのときからです。もともと中国という国は、自分たちをアジアとはなかなか認めようとしませんでした。1907年に亜州和親会という会合が東京でありましたが、そのときには、章太炎さん以外の中国人のほとんどはこれに加わりたくないと言っていたわけです。なぜならば、「我々中国は中華である」という考え方だからです。中華の外側に西洋があり、東洋がある。中国が東洋というふうに自らを意識したという歴史は非常に浅く、薄いのです。

 ですから、明治の頃までのとらえ方では、世界地図を書いた場合に、中国のところに中華と書いてあり、ヨーロッパのところの海には西洋、日本のところの海には東洋と書いてあるわけです。我々は、明治以来、パシフィックオーシャン、太平洋と呼んでおりますが、中国の伝統的な地図の中では、これを大東洋と呼んでいた。そして、大東洋の海の中にある日本だから、日本のことだけを東洋と呼ぶという伝統的な意識があったわけです。

 現在においては、世界はグローバリゼーションの時代である、1つになりかかっているということも言えましょう。特に経済、金融、情報という側面においては1つになりかかっている。そういう時代であるからこそ、世界の中でどのように生き残っていくかということのために、世界各国にナショナルアイデンティティーを再構築するということが必然とされているわけです。

 しかし、このナショナルアイデンティティーの再構築という問題は、各国各民族がすべて強いられている状況ですから、世界中にナショナリズム対立が生まれてくるという状態は、自然と言えば自然なのです。それぞれに古い歴史と文化を持った国にとっては、その文化や歴史を糧にナショナルアイデンティティーを再構築しなければならないわけですが、アメリカのハンチントンという「文明の衝突」を著した思想家、戦略家は、ナショナルアイデンティティーの再構築というものは簡単だ、という結論を出しております。それは、自国の外に敵を作り出せば、必ず国の中は1つにまとまるという考え方です。

 実際には、アメリカを初めとする多くの国々が、この"ハンチントンの罠"に今、陥っていると私は考えています。日本も中国も韓国も、自国の外に敵を作る、そのことによって国民を一つにまとめるという罠に陥っている。アメリカの場合には、自国の理念である「リベラルな民主主義」に対する敵としてイスラム文明を対置し、イラクの後はイランに攻撃の矢を向けているという形の戦略的な弊害が現れてきている。

 我々は、もちろん、日中双方が必ず敵であると言って、自国の外に敵を設定して対立するという状況は非常にまずいと考えていますし、それを何とか乗り超えていくことを必須のこととして考えているわけですが、現状においては、日本、中国、韓国も皆、外に敵を設定することによって国民の関心を集め、国民として一体感を持つという罠に陥っていると思わざるを得ません。韓国の竹島問題も、中国の昨年4月の反日暴動や、尖閣列島の問題や海底資源の問題、靖国の問題も、そのほか全て日本を敵とするかのようなハンチントンの罠に陥ったナショナリズム対立というものが煽られているような側面があると私は思います。

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発言者

matsumoto_060803.jpg松本健一(評論家、麗澤大学国際経済学部教授)
まつもと・けんいち
profile
1946年群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。京都精華大学教授を経て現職。主な研究分野は近・現代日本の精神史、アジア文化論。著書に『近代アジア精神史の試み』(1994、中央公論新社、1995年度アジア・太平洋賞受賞)、『日本の失敗 「第二の開国」と「大東亜戦争」』(1998、東洋経済新聞社)、『開国・維新』(1998、中央公論新社、2000年度吉田茂賞受賞)、『竹内好「日本のアジア主義」精読』(2000、岩波現代文庫)、『評伝 佐久間象山(上・下)』(2000、中央公論新社)、『民族と国家』(2002、PHP新書)、『丸山眞男 八・一五革命伝説』(2003、河出書房新社)、『評伝 北一輝(全5巻)』(2004、岩波書店、2005年度司馬遼太郎賞、毎日出版文化賞受賞)、『竹内好論』(2005、岩波現代文庫)、『泥の文明』(2006、新潮選書)など多数ある。

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