「2002.11.26開催 アジア戦略会議」議事録 page2

2003年1月31日

〔 page1 から続く 〕

入山 アジアの英字紙を幾つかアメリカが抱えましたよね。ファー・イースタン・エコノミック・レビューは今ではアメリカ資本でしょう。

加藤(暁) そうです。

入山 サウスチャイナ・モーニング・ポストはどうでしたか?

加藤(暁) サウスチャイナ・モーニング・ポストは親中派の人が買いました。親中派といってもシャングリラ・ホテルのオーナーで、中国に食い込んでいるロバート・コック(郭鶴年)が買いました。

今の話を私自身がアジアにいて思ったことで言わせていただくと、マハティールが固定相場制を導入し、アンワルを逮捕した時、いわば一番追い詰められたともいえるその頃にたまたま日本に来ることがありました。当時、普通の人の意見を聞きたいということで、毎日新聞で講演会を計画しましたが、追い詰められているときに批判されている当人がしゃべってもだれも聞く耳を持たないので、榊原英資と当時のジェトロの畠山理事長と3人でパネル・ディスカッションをやりました。それがきっかけで、マハティールさんにお願いして月に1回コラムを毎日新聞で書いてもらうようになりました。彼は忙しいので締め切りが守れないということで、私が伝書バトのようになって1カ月1回行って1時間ずつマハティールにインタビューし、ドラフトをつくる。彼は英語を書くのが物すごく好きなものですから、「加藤さん、これはaじゃなくてtheじゃないとだめだ」とか、そういう文法まで直されました。(笑)そういうのを1年半ぐらいずっと続けたんです。

そうしまして、マハティールの考え方や、どうしてこうやっているのかというのが私は非常によくわかるようになったものですから、そういう原稿を日本の新聞に書きます。そうすると、本社から必ず電話がかかってくるんです。APやロイターやニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストと君の記事は違う、選挙の見方も違うと。しかし、私は与党、マハティールにある意味で食い込んでいるので、数字などで結局ほかの新聞よりも勝つわけです。

こんなことを言ってはなんですが、東南アジアで雇われている欧米メディアの人たちは、本社から送り込まれた人でなくて、現地で雇われた人なので、必ずしもジャーナリストとしての能力があるかどうかというのは疑問符なんです。特にマレーシアの場合ですと、欧米人は反マハティールですから、そういうキャンペーンを打つわけです。最初からマハティールが悪であるということを前提にして記事が書かれるわけです。

入山 マハティールに限らないですね。ミャンマーもそうですし。

加藤(暁) そうです。ミャンマーもそうなんです。そうすると、全然違う見方になってしまうわけです。

私は一番苦しかったのは、日本の自分の本社と闘うというか、いかに書いていることがそうなのだということをわかってもらうことでした。非常に大変だった時期もありました。そういう意味で、日本の新聞社では、偉くなっていく人、トップになっていく人はみんなワシントンやロンドンの特派員を経験している人ですから、なかなかアジアのことがわからない現状がありまして、欧米のメディアを鵜呑みにしてしまうんですね。これを変えないといけないのではないかと私は痛切に感じています。

今度日・シンガポールの経済連携協定の中にcorporation in the field of broadcastingが入ったのですが、これはテレビです。実は私がマハティールに、今度もし経済連携をやるのだったらぜひプリンティング・メディアについてもこのようなことを入れてほしいと言ったのです。バンコク・ポストだとかネーションだとか、アジアで生まれている英字紙もあるんです。マレーシアのニュー・ストレーツ・タイムズはちょっと政府寄りだからいかがなものかと思うのですが、スターなどの華人系英字紙できちんとした新聞もあります。

私は活字メディアでもそういう連合をつくって、例えばパソコンで「マハティール」と押したら、バンコク・ポストからネーションからすべての新聞のマハティールに対する論調が一瞬でわかるようなシステムは、今のこういう時代ですからすぐできることだと思うんです。ですから、そういうことがやれたらいいなというのは私の夢の1つです。

それから、もう1つ今私がやりたいなと思っていることは、決してマハティールがもうおしまいだと言っているわけではなくて、マハティール、リー・クアンユーの次に来るような人たち――それはリー・シェンロンであるかもしれないし、マレーシアで言ったら次の次の次ぐらいの首相になるヒシャムディンとか、それなりに論客である政治家がアジアにはたくさんいるのです。むしろ日本の政治家は彼らから本当に学ばないといけないとうのです。こういう若手の、次の次の次ぐらいに首相になりそうなアジアのリーダーを日本に集めてきて、毎年毎年シンポジウムをやり続ける。そして、日本のことをわかってもらう。ほとんどの人たちがみんなアメリカ留学組です。だから、日本のことをほとんど知らない人たちも多いものですから、まず日本のことを知ってもらいたいというのが1つあります。それと、日本の政治家にもそういう人たちと話し合うことによっていろいろアジアのことを学んでほしいなというのが、私の夢としてあるのです。

もう1つ、さっき福川さんがおっしゃった中で非常に大事だと思ったのは、日本はアジアに対してグランド・ビジョンを描いていないということです。

谷口 それは役所に描かせるものではないと思います。

加藤(暁) いや、本当にそうですね。

谷口 どこそこの省とどこそこの省が相談して描くというようなたぐいのものではない。

安斎 これは議員内閣制の持つ弱みがね。アジアで何かリードしていくとか、何か統一するという前に、選択と集中というところの選択できる能力が日本の国内にないでしょう。だから、玉子焼きしていると、こっち(表)だといってこっち(表)をやると、だめだと言ってこっち(裏)をやる。このひっくり返しばかりやるような国民ですよね。すべてそうです。ですから、これは議員内閣制の極致みたいなところがあって、向こうの大統領制とか何かみたいに、それを生み出すためにプレゼンテーションをして選挙に勝った。4年間なら4年間その方針でいく。大統領になるまでは選挙の過程で物すごい闘いを演じて、政策も洗練されていって、それを実行していく。ところが、日本の首相は突然勝って、1~2年で終わっていくんです。だからこそ官僚が力を持ったということになるのかもしれませんけれどもね。(笑)

官僚はすき間産業的に自分たちの権益を守りながらやってきたから、そこからはダイナミックな構想が出てこないのです。しかし、マスコミが一番悪いんです。マスコミは非常に混乱している。こっちがいいと言ったと思ったら、すぐ卵焼きを裏返しにするように反対がいいとなる。そういう表裏のひっくり返しを繰り返しています。それは、政権を握った人の基本的な方針に対して、国民が圧倒的にそれをサポートしたという現実が日本にはないからなんです。

こうした状況を本当に議員内閣制のもとでどうするか。小泉さんを打倒するような次の人には政権の構想をしっかり打ち出してもらわないといけない。福川さんの研究所のようなところがグループをつくって、政権構想を打ち出して、その構想の闘いで首相になるというふうにしてくれないと、どこまでいっても日本自身が何も選択できない。日本自身が選択できないのに、何でアジアでリーダーシップを発揮できるのか、こういうことだろうと思うのです。

谷口 おっしゃるとおりです。

安斎 これだけ資源を持っていてできないのはそういうことです。

福川 私が言ってはいけないかもしれないのですが、各省庁は部分最適は考えている。それぞれの立場では一生懸命考えているのです。しかし、それが全体最適になっているかどうかというところの判断が問題で、その全体最適は本当は政治が議論しなければいけないことです。それから、議員内閣制の選挙をやるときには、イギリスのようにマニフェスト、構想をきちんとつくってやらなければいけない。それこそジャーナリズムや民間のシンクタンク、NPOなどが全体最適はどうだということをがんがん言う。それによって問題がはっきりしていくわけです。おそらく言論NPOの工藤さんもそういう一環を担うことを考えているのでしょう。こうした仕組みにしていかないといけないでしょう。

安斎 それが本当に必要ですね。

谷口 このアジア戦略会議の場というのは、せめてそこの最低の理解といいますか、共通認識を日本語の空間の中でつくることですが、きょうのお2人のお話も、それでとどまっていたのでは何の意味もないということですね。加藤(隆)さんも何度もご経験なさったように、シニカルなアメリカあたりの学者や元役人たちが徹底的に批判してくるのに対して、受けて立って、これを論破しなくてはいけない。その先にようやくアジアの通貨体制構想などを論じていく土俵ができていくわけですから、1人や2人の力でできることではないですよね。政治家にも必要なのは、いかに言葉に出して訴えていくかという能力です。

加藤(暁) アジアのシンポジウムに参加しますと、日本人が本当に少ないんですね。参加者が少ないだけでなくて......。

谷口 何も言わないでしょう。

加藤(暁) 記者会見でもそうですね。日本人で手を上げて質問する人はほとんどいないと思った方がいいと思います。

福川 新聞記者もですか?

加藤(暁) はい。

谷口 3年から4年ワシントンに滞在して、ホワイトハウスのブリーフィングで最後にとにかく手を上げるというのが日本の新聞社の目標というか......。(笑)

入山 加藤(隆)さんが域内資本市場育成にやや消極的だとおっしゃったのは、現実味が薄いという意味ですか。

加藤(隆) 資本調達の単位であるとか、どの程度投資家として信用できるのかとかは、考えてみれば難しい問題なんです。それにエネルギーをかけるぐらいたったら、例えばもう少し日本の資本市場を使い勝手のいいものにするほうがいい。

入山 なるほどね。

安斎 それも域内資本市場の発展に入れないんですか。なぜドルでなければいけないんですか。

加藤(隆) それは今既にあるという前提です。その使い勝手をよくしていくということです。

安斎 やはり、これだけ資金余剰がある国でありながら、円市場が世界のあるいはアジアの人たちの使い勝手がいいようになっていないことが問題ですね。

加藤(隆) それは確かにそうかもしれません。

安斎 それに対する不満が香港、シンガポールにあって、自分たちでつくろうと言っているわけです。今までは円が高くなる過程ばかりだったので、借金すると損したわけです。しかし、もうここまで金利が安くなってくると、円市場を本気になってプロモーションしないとだめですよ。

入山 さきほどアジアの日本から見た輸出で50%ぐらいが円決済とおっしゃっていましたが、逆はどれぐらいですか。

加藤(隆) 逆は20数%だと思います。

加藤(暁) タクシン首相が今盛んにアジア・ボンド・マーケットと言い始めていますが、外貨準備高の1%をそれぞれ各国が拠出し、それで買うという話です。発行体は民間などいろいろですが、外貨準備高で買っていくとそこにたまってしまうので、現実的に流通しないのではないか。これはあまりうまくいかないのではないかと実は思っているのです。ただ、問題点は、それを言い始めたときに一切日本の大蔵省には相談がなかったということです。彼らが言ったのは中国と韓国です。

谷口 宮沢構想であれだけ世話になっていながら、なぜタクシン首相はそうなんでしょうか。

加藤(暁) それは前政権のときのことだからというのもあるかもしれません。

加藤(隆) あと、ボンド・マーケットとなりますと、どうしてもそれぞれの通貨の交換性がないとなかなか流通性が出てこない。それはアジア通貨危機でみんな懲りて、オフショアの自国通貨取引をかなり制限しています。そうなると、香港ドルで起債して云々になるので、なかなか難しい面はいろいろあります。ただ、アジアの国は非常に意欲を持っていることも事実です。

安斎 さっき加藤(隆)さんがおっしゃったように、円の為替レートと、元を除くアジアの為替レートは連動しています。みんなペッグをとってしまったらそうなってきたんですね。これこそまさに円のボンド・マーケットがアジアに開放されても、彼らが大きな損を受けない条件が整ったということです。

問題は中国の元です。中国の元は日本だけでなく、アジアにとっても、世界にとっても、デフレの大きな要因になってきています。これはヨーロッパ、アメリカも間もなく相当な打撃を受けるようになりますね。通貨問題では、次は元をどうするかに必ずなるんです。ここが焦点だと思います。日本は今じっと我慢していますが、この問題が間もなくアメリカに行く。そうすると、我々はこのチャンスにまさに円のマーケットをアジアの人たちに本当に使ってもらうという努力をしないといけないと思います。

今までは円高だから、どうしたって円で調達すると損するわけですからできなかったのです。ODAで借りた中国でさえどんどん損する状況でした。しかし、今これだけ通貨の連動性が高まってきたのは絶好のチャンスですね。それはある面で日本が弱くなったからということではあるのですが。

福川 今はドルとユーロと円、3つで不美人競争をやっているわけですね。どこが弱いかというので、弱いところが遅れていくわけです。

アジア全体を見てどういう通貨体制が一番安定していて、アジアのために好ましいか。そのために中国は、さっき加藤(隆)さんもおっしゃったように、最初から15%ぐらいの変動幅でやるのか、いきなりもっと円を使わせる形でやっていった方がいいのか。こうした具体的なプログラムがもしここで提案できれば非常に斬新なことになるでしょう。それにはアジアだけ見ていたのではだめでしょうから、ドルやユーロなど、全体を見た上で最適解を何かつくれればいいと思います。

加藤(暁) 今特におもしろいなと私が思っているのは、昔からよく、戦争があると有事に強いドルと言われていましたが、9.11以後の今回は全然違うということなんです。ここが注目点で、サウジのおカネもアメリカから相当引き上げているということだし、シンガポールなどで言うと、外貨準備高におけるユーロの割合は3割、30%を超えてきています。日本や他のアジアの国でもユーロが10%を超えるくらいになってきている現状があります。しかし、その割に円という言葉がほとんどアジアから聞かれないのもちょっと寂しいですね。

福川 それはこんな状態ですから出てくるわけがないです。

加藤(暁) そうなんですね。

安斎 竹中さんを全面的にサポートしているわけではないですが、彼が出てくる前はあれほど騒いでいて、出てきてやると言ったらとんでもないとなる。これはまさに先ほど言った(玉子焼きの表と裏の)ひっくり返しをやっているんです。本当に政策について何を望むか、これすらはっきりしていない。それから、政権政党の方にも、これでやるんだという意欲が出てきていない。これは何にもしないと同じことなんですね。

加藤(暁) 野党がだらしないというのもあります。

安斎 野党もだらしないけれども、小泉政権は、小泉さんも含めてだらしないね。自分でリードしていくというリーダーシップの条件がないんですよ。日本が農業問題にしても何にしても選択と集中ができないというのは、負ける方、弱い方に加担するのが立派だという価値観、考え方があるからです。経済的な部分でも、価値とは別なところまでそういう考え方をするのです。そうすると、そこには何も合理性の追求がないことになる。日本人には、議論するなら自分で責任を持って選択したのだと堂々と言い続ける、そういう基盤がない。これは、さかのぼると教育問題になってしまうのですが。

谷口 先ほどの福川さんの通貨体制の話に関して言うならば、今日本にとって最もフェーバラブルな議論をずうっとしているのはロバート・マンデルです。ところが、日本からはこれに対する反応はうんともすんともありません。したがって、マンデルの議論は日本に対してのれんに腕押しですね。

福川 民間の方のお立場はいかがですか。何かご注文があるでしょうか。

植月 さきほどのFTAの話に関連してですが、12月初めにフィリピンのアロヨ大統領が来日し、そこで多分FTAの話が出ると思われます。それに備え日比経済委員会として、経済産業省からの要望もあり、アンケートをとって民間企業の声をまとめているのですが、そこに人の移動の問題をどのような取上げるかの問題があります。

ところが、産業界からしてみれば、看護婦の問題はリモートです。実際のベネフィシャリーは一般国民です。その必要性は確かに個人に戻ればありますが、日比経済委員会としてまとめることは場が違うのではないかとの感もあります。

要するに、国民の声を吸い上げるという意味での吸い上げ方自身も工夫がない。メリット・デメリット、産業界の意見は確かにいろいろあります。それは話し合っていけばあるところに落ちつくというやり方はあるわけですが、看護婦さんとか何とかという声をどうやって拾って、どういう声にして上げていくかという方法論すら多分経済産業省は持っていないのではないかと思うわけです。

これは人の移動の問題ですが、多分農業についても、農林水産省は農業従事者の意見はともかく、おそらく一般国民の意見をどうやって吸い上げるかの方法論は持っていない。常にそこでスタックしてしまう。だから、反対意見の方がどうしても鮮明に出てきてしまうということが起きているのではないでしょうか。

安斎 新聞というのは何でも反対意見しか載せない。(笑)もともとそうなっているんです。

加藤(暁) すみません。

植月 それをもう少し大きな声にして、正しい方向へ持っていくという方法論がないといけないでしょう。公共事業にしても何にしても、日本というのはすごく官の部分が大きいです。そこですぐスタックしてしまう。郵貯に典型が見られるように、それで常にスタックしてフラストレーションだけたまっているというようなことを感じます。

安斎 それでみんな選挙に出ればいいのだけれども、出てこないんですよね。

加藤(暁) 手前味噌でなんですが、私が今その下で働いている榊原英資が、5県の知事、三重の北川知事、宮城の浅野知事、岩手の増田知事、和歌山の木村知事、福岡の麻生知事と地方分権研究会を立ち上げました。

安斎 鳥取は入っていないの?

加藤(暁) 今度入りました。鳥取、岐阜、高知が今度入りましたが、とりあえず5人の知事で最初7月に地方分権研究会を立ち上げて、わずか4カ月ぐらいで中間報告を取りまとめることになりました。これまでの地方分権というのは提言を出すだけで、別に具体的に何かやるという話ではなかったので、私たちは行動する地方分権でいこうということでやりました。びっくりしたのですが、知事の権限は相当強いのですね。

我々は公共事業と教育、医療、福祉、産業、これらの分野で具体的なプロジェクトをやることになったんです。例えば教育ですと、小学校から県下の学校で英語教育を始めるとか、学校の評価システムをつくって先生も評価してしまう。あるいは、文部省管轄外に、国際人を育てるような学校を中高一貫でつくるなどです。医療の分野で言うと、県立病院を中心に、病院の規模や施設を審査するだけでなくて、第三者機関にゆだねてお医者さんも評価する。公共事業では、選ぶ・やめる・壊す・戻すという4段階で、地方でまずどういうものが必要なのかということを、NPOなども入れてみんなで議論をし、選んで、やめるべきものはやめてしまう。それから、壊すのは自然に再生するという意味ですが、今もし無意味なものがあるのであれば、壊して自然に戻そうではないかという基準をつくったりもしました。これを現実に一つ一つ今年からから来年にかけて予算をとってやっていこうということです。

アジアについても、日本に進出する企業のためのいろいろな情報を発信する。逆に、上海に5県共同で事務所をつくって、そこで日本の5県から進出する企業のためにいろいろな情報も公開しようということなど、いろいろ始めたのですが、結構大変ですね、新しいことを始めるということは。しかし、非常におもしろいです。

安斎 こういう分野はトヨタ自工さんにも絡むんですね。この間、トヨタの張さんがいみじくもパネル・ディスカッションのときにおっしゃっていたのですが、製造業として競争力を維持するために精いっぱい努力をしています。しかし、自分たちでどうしようもできないのは、日本の非製造業が自分の企業にもたらす物すごいマイナス部分についてです。その非製造業の分野には政府部門も入ります。徴税システムから会計制度、銀行制度、それから、郵貯、財投システム、こういう非製造業分野の非効率性がトヨタ自工の競争力にも影響を及ぼしているのです。非製造業分野は非製造業だけで競合しているのではない。

入山 トヨタがあれ以上勝ったらどうするんだという議論じゃないですか。(笑)

安斎 いやいや、それはそれで構わないです。そうすることが経済全体の発展になるわけですから。それでは円高になって困る産業がこっちになってしまうではないかと言うかもしれない。だけど、比較優位のところまで生き残るのが前提の雇用なり何なりに結びついていけばいいわけで、何かを残すためにそうでない論理はとるべきではないと思うのです。だけど、トヨタ自工も主張するときは遠慮がちですね。(笑)しかし、今日本の経済を支えているのは、円高だ、円高だ、大変だ、大変だ、と騒いでいる一番大変なところです。そういうところが実は勝ち残っているんですね。

谷口 そうですね。

安斎 それが経済を支えている。

入山 周りがばかをやっていてもこれだけできるのだから、いいよ、おれは自分でやるよということになるわけです。(笑)

安斎 そう思いますよ。だから、失業が増えるんですよ。

鶴岡 結局いつも最後は日本の問題に戻ってしまうんですね。安斎さんも何回もおっしゃっておられますが、私は総合調整能力の欠如が今の日本の病根だと思うのです。総合調整させないことを良しとする文化がどこかでできてしまったんです。それに対して今出てきているのは、素人の方が賢明だという信仰です。だから、専門家を排除して素人の声を聞こう。シンポジウムに出てくる人とか、いわゆる具体的な政策の審議会に入ってくる人で、専門家ではない人の意見の方が重用されるというか、求められる。かなり自虐的というか、(笑)不思議な社会現象が流れとして出てきています。それを問題だと認識してから、発信能力は確かに非常に重要だと思うのですが、だれが何を発信するかということはもっと重要です。間違いでも同じことを10回聞けば、何となくそうかなとみんなが思い始めるわけです。

それがこの何十年かの間に、日本の知識層の怠慢によって生じている現象です。役所は情報の宝庫が、情報公開法ができるまではもちろんのこと、できた後もなかなか情報を出さない。しかし、情報はどんどん出す。そして、それを消化する知識層が育つことが必要です。ある程度の知的な能力を持っている国民も、議論が整理されて提示されなければ理解も選択もできないんです。生の情報、一次情報が洪水のように出てきても無理です。

私も安斎さんと同じで、相当マスコミの責任が重いのではないかと常々思っています。博士課程を取っている専門記者が一体一流紙に何人おられるのか。論説委員の方々でも修士もPh.D.もなく......。

谷口 Ph.D.は一人もいないのではないですか。(笑)

鶴岡 皆さんよく解説記事が書けるなと私は思いますよ。世界のある程度の知識層が読むフィナンシャル・タイムズはもちろんのこと、それこそニューヨーク・タイムズであれ、ル・モンドであれ、学者に近いような勉強家の人たちが少なくないですよね。ですから、1000万部刷ることを前提に考えているから大マスコミはどうしても目線が下がってしまうのはやむを得ないと思うのですが、今インターネットで言論NPOがある程度選択された限定視聴者に対する情報発信をやっているように、もう少し質の高い言論が世論を形成していくことが必要なのでは......。

谷口 鶴岡さん、それは無理、無理。

鶴岡 日経ビジネスもやっておられるじゃないですか。

谷口 いやいや、例えばフィナンシャル・タイムズにマーティン・ウルフという、まさにどこのマクロ経済学者と議論してもやっていけるような論説委員がいます。しかし、彼が対象にしているのは世界何十カ国かの上澄みの読者を寄せ集めて何万部とかいう世界です。そもそもメディアの存立基盤として、英語をプラットフォームにしているものと日本語のように閉じた言語世界とは全然違うんですね。『エコノミスト』がなぜ成り立つかというのも同じです。要するに、各国の何百人かを集めるとあれだけの部数になるんです。

鶴岡 しかし、日本の国内市場が大きいのがかえって世界へ出ていくのを妨げているという問題があります。

安斎 そうです。それで平均化してあげているというのが問題なんです。

鶴岡 ただ、それは日本にとって大変な利点なんですね。これだけの安定した基盤があるということは、実はいろいろな冒険ができる余裕を生み出しているはずですから、その余裕があるうちに、いろいろ試行錯誤をやらないと本当に息も絶え絶えになってしまって、先ほどお話のあったようにASEANからも相手にされない、こういうことになりかねないです。ですから、いろいろな形で外国人を混ぜていくことが種をまくという観点から、一番の基本だと思います。教育も、大学を出るまで外国人と全然触れ合わないで終わるよりは、中学校なり高校なりで、アジアであれ、欧米の人であれ、一度机を並べて勉強した経験があるというのは全然違ってくると思います。

最後は少し消極的かもしれないですが、私はそういうことから始めるぐらいしか今できることはないのではないかという気がしています。

加藤(隆) 先ほど加藤(暁)さんからご指摘があったことをヒントに、例えばASEAN+3で少しおカネを出し合ってウェブを運営し、ポンとボタンを押せば日経ビジネスの記事が紹介されるとか、何かそういう仕組みをつくるというのも一つの手ですね。

鶴岡 ロサンゼルス・タイムズのコラムニストをやっているトム・プレートという人が、アジア関係をずっと書いているといったのがありますね。

加藤(隆) 僕の同級生だ。

鶴岡 彼が10年ぐらい前から、アジア・太平洋の英字新聞を束ねて記事の質を高めていこうということをやっています。彼はカリフォルニア州立大学の教授も兼任しているものですから、大学の一つのプロジェクトとして立ち上げていまして、日本はジャパン・タイムズが声をかけられて入っています。私も相談にのっているのですが、不幸にして、いわゆる日本の大新聞社はそういうものに関心がない。

加藤(隆) 日系の記事を英米文ベースで載せて、批判に耐えられるようなレベルのものにしてほしいと思いますね。

加藤(暁) でも、日本の英字紙のレベルが物すごく低いんですよ。

加藤(隆) だから、それを変えていかないといけない。

加藤(暁) そこが問題なんです。日本の論説が決していいとは思わないですが、例えば論説などがその日のうちにきちんと訳されていないため、英字紙には反映されていないのです。そこをやはりきちんとしなければならないでしょう。

加藤(隆) メディアをもう少しグローバルに考えていかないと......。

加藤(暁) いや、メディアは最も保守的なところだと私は思います。(笑)

加藤(隆) 国内でだんだん売れなくなりますよ。

安斎 そういう面では、メディアは一番悪い業種なんです。

谷口 銀行と同じなんです。

加藤(暁) そうです。再販制度の世界で保護されていますから。

安斎 1つアイデアとしてですが、アメリカの大学でも、日本人がトップクラスを奪っていった、韓国人が奪っていった、それからベトナム人が......という時代があるんです。どんどん変化します。ということは、アジアから日本に来る人たちに対して制限を加えないで、もっともっと数を増やしていく。そして、優秀なのは、日本人ではなくてタイの人たちだとか、そういう世界をつくって、日本の産業、企業がそうした優秀な人材を採用する。大学の活性化もそれしかないのではないですか。日本人の子供たちに何かをしていくかというより、外の刺激をどんどん持ち込む方がいい。

もう1つは、この間提案したように、例えば加藤暁子さんのように、会社に入ってからアジアで勉強する人を国で支援する。非常に回りくどいですが、そういうことをしていかないと日本はアジアの中で指導的な立場はなかなかとれない。アジアは物すごく多様ですから。

福川 そうです、そうです。

安斎 所得格差だけの多様性ではない。宗教もうそうだし、民族もそうです。こういう多様性の中では、お互いが知ることが何より大事なんです。回りくどいと思われがちですが、結局はそれが一番近道なのだと思います。

谷口 きょうのお話を伺っていて1つ議論した方がいいと思いますのは、国籍法の出生地主義をどうするかということです。今は出生地主義ではなく、血統主義ですね。これを出生地主義にした途端に、例えば在日韓国人・朝鮮人50万~60万、中国を入れると70万ぐらい、これが全員あっという間に日本人になります。こういう政策をどう考えるかというのが一つ検討課題ですね。

福川 そうですね。日本人は憲法というと9条問題ばかりやっていますが、憲法10条に、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」とあるわけです。

谷口 国籍法ですね。

福川 全部国籍法に落としているのです。例えばドイツでも国民の要件というのは憲法で決めますが、今日本では法律に全部ゆだねています。出生と準生と2つ、それから帰化があって、帰化は極めて限定的に運用しているのが日本の状態です。こうした国民の要件を一体どう考えるべきか。日本の文化や価値観を共通にする者を国民とするのか。アメリカの場合は自由を共有するなら国籍を与えます。それで、アメリカでは年に30万人ずつぐらい帰化を増やしていますが、そうした点の議論は確かに大問題ではありますが考えるべきことですね。こうした国籍の問題に加えて、就労滞在ビザの問題もあります。両方いろいろ問題があると思うのですが、これも結局は日本とは何なのだという根本問題になってしまいます。

入山 私は前に申し上げたとおり非常にかたくなな意見を持っていまして、外国人労働者だ、やれ何だと言う前に、日本を女性と高齢者がもっと生き生き働くような社会にしなければだめだと思っています。国籍条項だどうだといっても、そんな付け焼き刃ではだめでしょう。外人労働者を入れるのは二の次三の次の話だと思っています。

福川 そこは確かにそうだとは思いますが、ただ、日本の国というのは何なのだという議論を誰もしない。これは重要な問題の1つだと思います。

谷口 東京入管局長に坂中さんという局長がいまして、彼は在日韓国・朝鮮人問題を30年やっています。北に戻っていった10万人の朝鮮人と日本人がいるのですが、その人の属人データをこの坂中さんは全部データベースにして管理しています。

したがって、仮に北朝鮮が崩壊したとして、もう亡くなっている人が多いでしょうが、この10万人が戻ってきても虚偽の申告かどうかすぐわかる。在留資格は自動的に与えるつもりなんです。局長一人が思ってもしようがないことではあるのですが。しかし、この人は、次の課題は出生地主義か血統主義かということを考えています。先ほどの鶴岡さんのお話ではないですが、総合調整能力がないにしても、考えている役人はそういうところにいるんですね。

安斎 ちょっと、違う意見のとき発言しない。これが日本人のいけないところです。違う意見でも堂々と言いなさい。

福川 そのとおり、安斎さんのおっしゃるとおりです。

安斎 日本人はそれを嫌がるからだめなんです。酒を飲んで、おまえとおれは同じだよなんて握手して終わりで、本当は全然違うのね。

加藤(隆) 我々の出すレポートには少数意見というか、ここの点では自分はこう思うというのをつけて構わない。

安斎 絶対それをしていかないといけない。

福川 本当にそうです。

いずれ報告をまとめるのに、こういうことを入れたいというのを、ぜひご準備願いたいと思います。

加藤(隆) 発信能力の強化ですね。

安斎 我々は、内容その他も含めて、メディアの格付機関をつくりたい。

福川 いいですね。

加藤(隆) 怖がってだれもやらないですよ。(笑)

谷口 まじめな話、本当にそういう格付け機関があった方がいいですね。

加藤(暁) 署名記事にするというのは一つの手なんですよ。

安斎 そう、署名記事にすればいいね。

加藤(隆) 毎日新聞は比較的やっていますね。

加藤(暁) 毎日新聞は国内の記事も早い段階で署名にしましたが、今後非常に必要になってきます。

入山 アジアに日本語学校をつくるのは重要ですね。これまで私は、少子化時代の衰退産業である日本の大学は、英語で講義して、アジアから学生を引っ張ってくるしか生き伸びる道はないと思っていたんです。いわゆる立命館スタイルですね。しかし、今のお話を聞いていたら、それより現地にばんばん日本語学校をつくって、最初2年アジアで教育してという方が早いかもしれませんね。

福川 それで、本当に日本に来てくれるかどうかという問題はあります。

入山 しかし、英語の教員の質と量を増やすよりは、その方が本当に早いかもしれない。

谷口 それは慶應大学の鈴木孝夫さんという言語学者の説で、日本語ももっとカットダウン・バージョンが要るということですよ。

植月 英語のできる人間の方がグローバルにコミュニケーションできますから、日本語を勉強した人を日本企業が現地で雇ってくれと言われても、我が社(三菱商事)だったら、同じ能力なら英語のできる方を採りますね。

福川 そうでしょうね。トヨタ自動車の場合はいかがですか。

大辻 この間中国に行ってびっくりしたのですが、中国だけは日本語ができる人を揃えているのです。

特に中国の天津に合弁でつくっている自動車会社は、日本語教育を徹底的にやっている。海外工場で日本語を使っている非常に例外的なケースです。工場でパネルにいろいろ説明が書いてあるのですが、当然全てが日本語というわけではありませんが、日本語で表記してある。漢字がはいっていますから、漢字を見れば大体皆さんわかると思うのですが、こんなふうに日本語を一生懸命やらせているのを見ました。

福川 それではお話も尽きませんが、そろそろ時間ですので。本日は皆さん貴重なお話をありがとうございました。

(以上)

入山 アジアの英字紙を幾つかアメリカが抱えましたよね。ファー・イースタン・エコノミック・レビューは今ではアメリカ資本でしょう。
加藤(暁) そうです。
入山 サウスチャイナ・モーニング・ポストはどうでしたか?