戦後70年を経て疲弊したシステムを日米両国が再構築し、 主権国家としての責任を果たす局面に
 ~「日米対話」第1セッション報告~

2019年1月17日

⇒ 「日米対話」非公開会議 報告
⇒北東アジアの平和秩序実現に向けて、足元を固めつつ将来にも目を向けた議論を
 ~「日米対話」第2セッション報告~

⇒ 「北東アジアの現状についての有識者調査」結果 はこちら



 言論NPOは1月17日、東京・港区の国際文化会館で、「米中の対立と北東アジアの平和」を全体テーマに、米中の経済対立の行方と、米中対立が、北東アジアの安全保障や北朝鮮の非核化や朝鮮半島の平和プロセスに与える影響などを議論する、「日米対話」を開催しました。会議には日米13人の識者が出席し、米中の対立と北東アジアの平和課題について意見交換しました。

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戦争を起こさず、持続な平和の仕組みを北東アジにつくるための対話に

k.jpg 開会に先立ち言論NPO代表の工藤泰志は、北東アジアに平和秩序を実現するために、危機管理の問題として、戦争を起こさないこと、そして、持続的な平和の仕組みをこの地域につくることが必要であるとの見解を示しました。その上で、①北東アジアに平和秩序をつくるための中核となる日本とアメリカが、この地域の安全保障の現状を分析し、平和な環境を維持するための課題を明らかにすること、さらには新しい仕組みの方向性や骨格、原則を日米で考え、すり合わせること、②多くの市民の理解に支えられた強い日米関係をつくる。そのためにも日米両国が共有する課題に取り組み、幅広い人たちが一緒に考える仕組みをつくりたい、と今回の対話の目的を語りました。
 
 そして工藤は、2つのテーマをパネリストに投げかけました。

 1つは米中対立の本質とその行方。ワシントンでは、40年に及んだ対中国のエンゲージメント(関与)政策は終わり、戦略的競争に変わったという見方が支配的になっている状況を指摘し、こうした対立が、この北東アジアにどのような影響をもたらすのか。

 さらに、米中の貿易戦争は90日間の休戦状態にあるが、事態は通商面での対立だけでなく、AIや第五世代移動通信システムといわれる5Gなどデジタル面での競争が強まり、ルールや規範がないまま、覇権争い、あるいは新冷戦になっているとの見方が強まっている。「国家が経済を主導する中国にどう向き合うのか、アメリカの同盟国である日本はどのような立ち位置を取るべきなのか」と問いかけ、日米各2人が問題提起しました。

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中国の揺れ戻しと、国際機関の軽視が国際秩序に与える影響が今後のポイント

f.jpg まず、日米協会会長で元駐米大使の藤崎一郎氏は、トランプ大統領の政策についてアメリカの中でも中国に対してやや乱暴ではないかとの意見がある一方、これまで中国は増長し過ぎていたので、丁度いいのではないか、という考え方もある。さらに、知的所有権などについては、長いものに巻かれろで、言うことを聞くのではないかと思っている人もいて、「毀誉褒貶の状態だ」との現状認識を示しました。さらに、トランプ大統領が国連やWTOなど国際機関へ十分な配慮がないことで、そのすきをついて、中国が自由貿易の旗手の振りができることを挙げ、「今の中国に対してのアメリカの強行的な対応はアメリカ全体のもので、共和党の穏健派や民主党も根底から変わってきているのではないか」と、アメリカの姿勢の変化に不安を隠しません。

 さらに藤崎氏は中国についても、「鄧小平氏は"韜光養晦"(とうこうようかい)といって、自らの力を隠し蓄えるまで静かにしようと言っていたが、今の中国は、そうなってはいない。アメリカは、昔の対日以上の警戒心を持っているのではないか」と指摘しつつも、「しかし、本当にそうなのか。3年ほど前から中国に警鐘を鳴らしていた人もいて、多くの人がエンゲージするべきと議論していた。では、中国に対する揺れ戻しは本当にないのか」と疑問を投げかけました。

 その上で、国連の代表権問題、ニクソンの訪中ショック、台湾海峡危機、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)などを巡って揺れ動いた当時の米政権、そして、オバマ前大統領を、「全ては間違いだった」と全否定しているトランプ大統領を見ると、将来への不確定要素も多く、これからの米中は「関与」でなく、「対立」でいくのか、中国の揺れ戻しはないのか。そして、国際機関の軽視は、国際秩序に悪い影響を与えないのかが重要なポイントだと語りました。

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米中間の戦略的競争では、同盟間の政策調整が必要に

s.jpg 次いでカーネギー国際平和基金日本部長のジェームズ・ショフ氏は、かつての対日貿易摩擦との比較を語りました。「アメリカは、当時、日本の脅威を過大評価していたのではないか。交渉していくうちに、アメリカが思っていたほど悪くはなく、日本は無敵ではなかったということが分かった。日米貿易戦争は次第に沈静化し、統合された経済関係でパートナーシップが生まれ、双方に経済政策を調整する備えもあった。現在日米は、貿易交渉で同じところに立っている」と話し、そうした過去の経過からか米中対立を一般化しないことが重要ではないかとの見解を示します。さらに、「中国の潜在的脅威は明確ではなく、米政府高官の間でも意見は分かれている」とし、そのためにも「AIなど新しい経済テクノロジーやWTO改革などのルール化が必要だ」と語ります。そして、「今の経済戦争が5年、10年続くとは思わないが、米中の戦略的競争について、同盟間で政策調整が必要になってくるだろう」との見通しを示しました。

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米中摩擦を冷静に受け止めつつ、日本のリーダーシップに期待

wa.jpg  続いて国際経済関係に詳しい慶応大学教授の渡邊頼純氏は、米中対立について短期と中長期の二つを考える必要がある、と話します。「短期的には、制裁と称して高い関税を掛けあうが、これがエスカレートすると双方とも足腰が弱くなり、米中ともに疲れてきて、除々に解決の方に向かっていく。一方で、中長期には、ハイテクを巡る覇権と優位性の闘争が起こり解決には時間がかかるだろう」との見方を示します。

 また、「国際分業の在り方として、比較優位の問題は時間の関係が大きく、自動車産業では、日米欧が打ち勝ったことがあったが、時間が経つと、中国、インドに負けていく可能性もあり、時間のフレームの中で摩擦というのは起こるもので、米中摩擦も冷静に受け止めること」が必要だと語ります。

 さらに、アメリカが保護主義に傾いている状況については、「間違っており、マルチの対話が重要だ」と述べました。TPP11が発効し、日欧のEPAが発効間近、さらにRCEPの議論も活発化していて、日本がマルチのアプローチで、「皆で作ったルールを皆で守る」ということを率先してモデルを提示し、実行していくことが重要だと語り、日本のリーダーシップに期待を示しました。

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対中強硬派のナバロとの共同著者が語る対中姿勢

g.jpg  最後に問題提起したのは、米政権きっての対中強硬派と言われるピーター・ナバロ米大統領補佐官と、中国の脅威について共著「Death by China」(中国が世界を破滅に向かわせる)のある南カリフォルニア大学准教授のグレッグ・オートリー氏です。彼は言います。「最も重要な点は、潜在的な敵国と議論する際には、真実に基づかなければいけないということだ」と。

 さらに、アメリカは、中国をオープンな形で、資本主義化するのではないかと思っていたが、習近平は"韜光養晦"がベストではなく、それを止めて世界を支配したいと思っている。どのような手段であっても、中国の利益を取ろうとしている。しかし、現状については正直になった。法の支配や多国間の合意があるからだ、と厳しい言葉が続きます。

 また、知的財産権を無視し、WTOの協定を守らない中国は、「軍事的な強さを投影しているが、張子の虎だと思う」と観測します。「中国は今後、6%の経済成長率は達成できず、脆弱性が高い。だからこそ積極的になっていて、時間をむだにできない。知的財産権の問題は窃盗以上であり、技術を獲得して武器化し、サイバー空間でのスパイもやっている。さらには、ベネズエラ、アフリカなどへ専制政治を輸出しているが、こんなことは人類の利益にはならない」と口を極めます。

 「しかし、私たち同盟国にやれる道はある。エビデンスベース、交渉ベースのソリューションで、ルールを尊敬するというアプローチだ。今後、道筋がつくことを願い、オープンな対話を期待している」と話しをまとめました。

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対中政策の認識が分かれているが、アメリカの対中姿勢は変更されたのか

 4人の問題提起を聴いて工藤は、「日米間、あるいはアメリカの中でも認識が分かれている。日本がアメリカを見る時に、中国政策に大きな変化があったと感じるが、日本は、まだ揺れ戻しがあるのではないかと考えている。日本側の見方は甘いのか、アメリカは本当に中国に対するエンゲージメントはやめて、強く出ることにしたのか」と率直に疑問をぶつけました。

w.jpg これにヘリテージ財団アジア研究センター政策アナリストのライリー・ウォルターズ氏が答えました。「ペンス副大統領の昨年10月のスピーチ"中国は米国の民主主義に介入している"が的を得ていて、米国民の目は開眼したのだ」と。この間、日米は異なるアプローチをとり、日本は新たな多角的な貿易協定の締結、貿易の自由化、より強いサプライチェーンを作っていった。一方で米国は二国間のアプローチを行い、いつも友好的ではないが、最低限、伝統的なルースベースの秩序はあったと指摘。その上で、「中国とディールして、WTOでの義務と同じようなことを課すこができるのか。交渉は続いているが、90日の間に解決できるとは思っていない」と悲観的に語りました。

rg.jpg 一方、パシフィック・フォーラム理事長で、元海軍少将だったロバート・ギリエ氏は、「重要な課題は、信頼の再構築が必要だということだが、だからといって、原則を破ってはいけない。今の社会は接続性があって、ありとあらゆるものが、みんな繋がっていて、これが解決策となる。全体的に共有する価値も重要で、これが一つに繋ぐものになる。人の活動は継続性を持って展開する。変化も多いから、様々な解決策が出てくる。協力の時期、対立の時期、いろいろあるが、もっと話し合いが必要だ」と、穏やかに話すのでした。


米中間の戦略的競争とは、「関与」と「対立」が入り混じった競争

 「戦略的競争とは何か、中国を封じ込めることなのか」とさらに工藤は米側に問い続けます。「エンゲージメントと対立が入り混じった競争」と説明したのは、前東アジア・太平洋担当国務次官補だったダニエル・ラッセル氏。「競争を悪化させようというわけではないが、トランプ大統領と習近平の組み合わせが物議を醸している。政治的に北朝鮮問題は米中の決定的問題になるかもしれないし、南シナ海やサイバー攻撃も新たな摩擦を呼ぶ可能性もあり、危機に陥るかもしれない」と、米中経済摩擦が政治的対立にまで発展することを心配しました。

 これに対し、藤崎氏は、「米中貿易対立の中で、日中は接近の方向にある。これは日米関係にどんな意味を持つのか。安倍首相は訪中した際、競争から協調へという言葉を使ったが、実際には第三国での話であり、一帯一路にも4条件があり、即座に一帯一路に入っていかないことはアメリカでも理解されている」と日本の状況を説明しました。さらに、「政冷経熱という言葉があるが、これまでは経済の暖かい風を、政治に入れていこうとしている。今は逆で、政治は暖かくしたいが、経済がなかなかついてこない」と指摘。その背景として、中国の賃金上昇や、中国以外の国の実力が上がったこと、さらにアメリカからの圧力もある。日中が接近しても、中国に舵をきったということにはならない、との見解を示しました。

n.jpg 元防衛事務次官の西氏は、サプライチェーンについて補足します。2018年10月に、某企業のサーバーのマザーボードの中に、盗聴用のチップが入っていたことで、政府機関が甚大な被害を被ったとの報道を紹介した上で、「盗聴チップなどの技術は精緻化しており、日本には精緻なものをチェックをする機関がない」として、これからは直接的な武器ではなく、盗聴チップやルーターのバックドアなど情報の流出などのセキュリティチェックはさらに厳しくなり、それが貿易紛争の原因になる。日本だけが知らないということになる可能性も挙げて、関心を払っておくべきことだと日本の脆弱な点に注意を呼びかけました。

o.jpg 続いて、元航空自衛隊航空教育集団司令官の小野田治氏は、軍事的に日米の協力関係は発展しているが、セキュリティ、技術の囲い込みの観点から、F35の組み立ては日本国内で行っていても、実質的にはロッキード・マーティン社の技術者が行うなど、装備面では分断が広がっていると指摘します。さらに、昨今の技術がもたらす影響として、「技術を握った方が圧倒的に強くなる。だからアメリカも負けるわけにはいかない」として、米中貿易摩擦、知的所有権の問題は、次世代経済のドミナンスが一つの大きなポイントだ、との見解を示しました。


現在の米中対立は「衝突」ではなく「摩擦」であり、どう管理するかが重要

 ここで工藤はギリエ氏に、「今起こっていることは、衝突ではなく摩擦だと言っていたが、どう考えているのか」と問いかけます。これに対して、ギリエ氏は、「関係は摩擦といえると思う。したがって、摩擦をどう管理するかを考えなければいけない。長期的な摩擦の中にいるが、それは対立、衝突ではない」と回答。そのために、透明性のメカニズムやルールの必要性、ひいては信頼の問題になるとして、ルールベースのメカニズムが必要だと強調しました。

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 この見解に対して工藤は、「少し安心した」とする一方で、日本が心配しているのは、米中貿易が全面戦争になり、デカップリングまでは行かなくても、経済的なサプライチェーンの分断や、国際社会の断層が起こること。そうなれば、国際的な経済システムがかなり不安定になると指摘。その上で、工藤はさらに問いかけます。「アメリカが戦後目指した仕組みはルールベースの社会だったが、今、アメリカが目指している戦略的な競争の出口、目指している社会は何のか」と。


アメリカが目指している戦略的な競争の出口、目指している社会は何なのか

d.jpg これに対して、ラッセル氏は「強い当事者というのは自分たちがルールで拘束されているとは思っていない。むしろ邪魔になると思っている。だからこそ、ルールベースのシステムを維持することには期待できない」と語った上で、日本やその他の志を同じくする国々と協力して、中国がとった問題行動に対して、それを無くすように働きかけ、影響力を及ぼして、そうした行動を止めさせようと努力すべきだと説明しました。

33.jpg 続けてリパート氏は、第二次大戦後につくられてきた国際的な制度が機能しなくなり、多変数の方程式が同時に動いてしまうような21世紀の問題には対応できなくなっている、と指摘。そこで必要なこととして、新たな21世紀型のコンセンサスを得られるように、国連やIMF、WTOなどの国際機関においてもオーバーホールを行い、国際社会の変化に追い付いていかなければいけない、との見解を示しました。

 こうした見解に西氏も「国際社会の秩序を変更しなければいけなくなった」と賛意を示しました。その上で、「第二次大戦が終わった時に、国際社会をデザインしたのはアメリカだったが、当時のような能力と財力を持ったアメリカはもはや期待できない。それがトランプ大統領の不満の種だったのだと思う」と語り、過去70年の国際社会のシステムは、アメリカのコストの上に何とか運営されてきたのだと説明しました。

 さらに西氏は、「冷戦当時、西側の中では共通のシステムで国際社会を動かせることができたが、中国が入ってきたことによって、システムが複雑、あるいは矛盾をはらむものになってしまった。本来、中国を入れた段階で新しいシステムが何かを議論しなければいけなかったが、中国にはその気がなく、13億というマーケットを前にして、西側社会が譲歩してしまった」と当時の状況を説明します。その上で、中国のフリーライドを終わりにして、矛盾したシステムを作り直し、中国を始めとするシステムから外れてしまっている国々を、新しいシステムにどのように引き込むか、重大なチャレンジをする局面に差し掛かっているのだ、との見解を示しました。

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 これには藤崎氏も「国際社会のシステムが金属疲労を起こしている」と同意した上で、新しいシステムができるまでは、無秩序な社会に陥いらないように、今あるシステムを大事にしながら対応することが、ルースベースでの議論で一番大事なことでないか、とこれまでの議論をまとめました。

 最後に工藤は、今こそ日米両国が国際社会の新しいルールをつくるという、主権国家としての責任を果たさなければいけない局面だ、と議論を振り返り、第1セッションは終了しました。


【アメリカ側参加者】
・マーク・リパート(前駐韓大使)
・ダニエル・ラッセル(アジアソサエティー政策研究所バイスプレジデント、前東アジア・太平洋担当国務次官補)
・ロバート・ギリエ(パシフィック・フォーラム理事長、海軍少将(退役))
・ジェームズ・ショフ(カーネギー国際平和基金日本部長)
・ライリー・ウォルターズ(ヘリテージ財団アジア研究センター政策アナリスト)
・ダニエル・シュナイダー(スタンフォード大学アジア太平洋研究所前アソシエイト・ディレクター)
・グレッグ・オートリー(南カリフォルニア大学准教授、ピーター・ナバロとの共著に「Death by China」)
【日本側参加者】
・小野田治(元航空自衛隊航空教育集団司令官)
・工藤泰志(言論NPO代表)
・徳地秀士(元防衛審議官)
・西正典(元防衛事務次官)
・藤崎一郎(日米協会会長、元駐米大使)
・渡邊頼純(慶應義塾大学教授)

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