米社会の分断や米中対立は、誰が大統領になっても変わらない構造的な現象
-ピュー・リサーチ・センター前ディレクターのストークス氏

2019年9月09日

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 米国の世界的な世論調査機関ピュー・リサーチ・センターでディレクターを務めていたブルース・ストークス氏は9月9日(月)、言論NPOの公開フォーラム「アメリカ大統領選挙の行方と民主主義の現状」に参加し、現在、米国で起こっている社会の分断や、自由と民主主義の牽引役という立場からの米国の撤退、また米中対立に伴う世界の分断は構造的な現象であり、大統領選でトランプ氏と民主党候補者のどちらが勝利しても大きく変わらない、との見方を示しました。

 フォーラムにはこのほか、米国通商代表補代理や在日米国商工会議所の会頭などを歴任し、現在は米国の先端政策研究所で上席研究員を務めるグレン・S・フクシマ氏、そして国際政治学者、文化人類学者として米国社会の状況に詳しい渡辺靖・慶應義塾大学教授が参加しました。


支持政党により大きく影響を受けている個別政策への態度

IMG_9062.jpg ストークス氏は、同センターが実施した米国の世論調査結果を紹介しながら、トランプ政権下における米国社会の構造を説明。同氏はまず「米国人は今、非常にストレスを感じている」と指摘しました。そして、過去50年間で、非白人や海外生まれの人が人口に占める割合がそれぞれ3倍になった、と紹介しました。そして、移民の割合が今と同程度まで増えた1920年代にも、中国人や日本人を排斥する現象があったとし、今起こっている反移民の動きは、米国の歴史に見られるパターンの再来だ、との解釈を示しました。

 続いて、自身の地元、ペンシルベニア州バトラー郡における2016年の大統領選結果に触れ、「同郡は失業率や平均所得が全米平均より良く、海外生まれの割合も低いが、トランプ氏が67%の票を獲得した」と紹介。同時に、「他国の影響からアメリカ的な国民生活を守る必要がある」と考える人が、民主党支持者では4割なのに共和党支持者では7割を超えることに触れ、トランプ氏への支持が根強い背景には、経済状況よりも、米国人の文化的な誇りが脅かされているという感情にあるのではないか、との見方を示しました。

 さらにストークス氏は、米経済の現状への評価や自由貿易への賛否などで、共和党支持者と民主党支持者が正反対の傾向を示していることを指摘し、「これは純粋に経済のことを言っているのか、それとも、共和党員だから全てが素晴らしく見え、民主党員だから全てが酷い状況に見える、ということかもしれない」と、個別政策への態度が支持政党によって大きく影響を受けている米国社会の分断の状況を明らかにしました。

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トランプは分断の原因でなく結果であり、それは民主主義国に共通する現象



kudo.jpg これを受け、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、「こうした米国社会の分断は、大統領選を経てさらに加速するのか」と問いました。

 ストークス氏は、2年半前のトランプ政権発足以降、その支持率が共和党では8割を超え、民主党では1割に満たないという結果が継続していることを挙げ、こうした固定化の傾向は選挙戦を経ても続くという見通しを示しました。

watanabe.jpg 渡辺靖氏も、「これだけの分断が回復したケースは世界史の中でもない」と悲観的な見方を提示。トランプ氏の出現は分断の原因ではなく、経済格差や人口構成の変化、情報環境の変化が複合して起きた「結果」であるとし、こうした民意の「タコツボ化」や、それに伴う自国第一主義、強権的指導者の台頭は民主主義国全体に共通する現象だとしました。

fukushima.jpg 一方、フクシマ氏はこうした見方に基本的には賛成だとした上で、中長期的には異なる方向に向かうだろうとの意見を披露しました。同氏は、2044年には白人の人口が米全体の過半数を割る見通しであることや、非白人や若者は自由貿易や移民、気候変動対策に肯定的な傾向があることに触れ、今後は政策動向が変化する可能性を指摘。人口動態の面で米国全体の変化に先行しているカリフォルニア州の知事がトランプ氏と真逆の政策をとっていることからも、「中長期的にはこれが米国の将来像だ」と語りました。


対立、分断を煽ることが選挙の勝敗を左右するという構図に

 また工藤は、「トランプ政権の行動により、世界の自由貿易や多国間主義に摩擦が生じている。にもかかわらずトランプ氏は、既成の政治や移民などの敵をつくって社会を分断するという手法で、今度の選挙戦にも挑もうとしている。こうしたやり方がいまだに米国では通用するのか」と疑問を投げかけました。

 これに対し渡辺氏は、選挙戦の勝敗のポイントは「両党のどちらかが、支持者を投票所に向かわせようという熱気を醸し出すことができるか」だと発言。過去の大統領選では、既存の政治と距離があるアウトサイダーが勝つ傾向が強いとし、トランプ陣営は「バイデンは40年近く政治家だったのに、何も変えられなかった。自分の改革がうまくいかなかったのも民主党が邪魔したからだ」と支持者を鼓舞できる、と語りました。一方、民主党については「米国の民主主義の今後を考えたときに、トランプのままでいいのか」という世論を、党派を超えてどこまで高められるかにかかっている、としました。


民主党政権でも中国への強い姿勢は続く

 さらに工藤は、言論NPOが議論に先立って実施した日本の有識者アンケートにおいて、中国との通商問題やTPPなど自由貿易、気候変動、イラン問題といった様々なグローバル課題について、民主党候補が勝てば進展するという期待が高いことを説明。「それは本当なのか」と尋ねました。そして、特に、米中対立に伴う世界経済の分断は、民主党政権下ではどうなるのか、と問いました。

 ストークス氏は、そう簡単な話ではない、という見方を提示。具体的には、「民主党候補は、トランプ氏と違い日本や欧州と連携して中国と対峙していくだろうが、中国への圧力という結果は変わらない。気候変動対策には積極姿勢に転じるが、市民生活に犠牲が伴う各論では慎重になるだろう。民主党はイラン核合意に復帰に前向きだが、選挙までに復帰が不可能になるほど合意自体が崩壊している可能性がある。ロシアのプーチン大統領には友好的ではないのは明らかだが、ロシアへの厳しい姿勢には限界もある」と語りました。

 一方、ストークス氏は、次の景気後退が選挙後の2021年になるという見通しから、「次期政権は経済対策が最優先にならざるを得ず、景気後退が自分たちのせいでなかったとしても批判を受ける。したがって、世界課題への対応は二の次になるだろう」と語りました。

 さらに、ストークス氏は、「米国は比較的衰退しており、世界のリーダーに戻ってはいけない。日本にも欧州にも役割が必要である。自分の役割が変わったと米国自身が理解しないといけない」とした上で、その点を正直にアピールしていることがトランプ氏の魅力になっていると解説。米国が戦後秩序の中で担ってきた、国際的な公共財の分担を見直さなければいけない、と主張しました。

 また、ストークス氏は米中対立について、民主党候補が当選した場合は対中関係の修復を試みるだろうと予測しながらも、「中国の軍事的野心は我々が経験したことがないものであり、米中の緊張関係を意味する。香港や台湾に対する中国政府の姿勢にも、米国社会はかなり批判的だ。それが現在我々に立ちはだかっているチャレンジだ」と、米中対立は長期化するとの見通しを示しました。


 これに対し、渡辺氏は、民主党候補には、トランプ氏のような「米国が国際的な枠組みや同盟関係から搾取されている」という認識はなく、「安全保障で日本がただ乗りしている、という発言が抑制されるなど、変化はあるだろう」と発言。ただ、伝統的には保護貿易色が強い民主党は、「貿易では中国に強く出るだろうし、対日貿易でも甘い期待は禁物だ」と展望しました。

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日本で予測されているほどトランプ優勢ではない

 さらに工藤は、「民主党候補者のテレビ討論会が始まり、世論調査では民主党候補が優勢という結果も出ている」という状況に触れ、選挙戦の行方を問いました。

 渡辺氏は、民主党の指名争いでバイデン前副大統領がリードしているという報道に対し、「立場が似ているサンダース、ウォーレン両上院議員が連携することで、バイデン氏を抜く可能性がある」と、指名獲得の行方はまだ分からない、と予測しました。

 フクシマ氏は、言論NPOの有識者アンケートで、トランプ氏の勝利を予測する声が多数派となったことについて、日本の有識者には共和党に有利な意見の方が伝わりやすいからだ、と理由を説明。具体的には、共和党の関係者にはビジネス界出身の人が多く、彼らがビジネス目的で来日した際、日本の経済人や政治家、官僚と会って共和党の宣伝をしていると語りました。また、過去の民主党の大統領は、選挙の1年前には無名だった人が多いことを挙げ、「ウォーレン氏やハリス上院議員のような、ワシントンの政治に染まっていない人が有望なのではないか。大票田カリフォルニア州の予備選がある3月には絞られるだろう」と予想しました。

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 最後に工藤は、自由と民主主義、多国間主義の規範を守るという立ち位置から今後も大統領選の動向に注目していきたいと語り、議論を締めくくりました。

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