【vol.5】 特別対談 『日本の改革の障害と可能性 第1回』

2002年10月16日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.5
■■■■■2002/10/16
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言論NPOは、日本の政策課題について本物の責任ある議論を、ウェブ、雑誌、フォー
ラム等で展開しています。人任せの議論では決して日本の将来は切り開けないからで
す。政策当事者や財界人らが繰り広げる、白熱の議論の一部を皆さんに公開します。
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●INDEX
■ 特別対談 『日本の改革の障害と可能性 第1回』

  ドナルド・P・ケナック (AIGカンパニーズ日本・韓国地域社長兼CEO)
  マーク・ノーボン (日本ゼネラル・エレクトリック 代表取締役社長)

     司会:イェスパー・コール (メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)


─TOPIX─
■ 10月15日
  高橋進(日本総合研究所調査部長)
  ロバート・フェルドマン(モルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト)
  イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)

■ 10月8日「第2回アジア戦略会議」議事録を掲載

■ 10月3日「第3回アジア戦略会議」報告

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■ 特別対談 『日本の改革の障害と可能性』

  ドナルド・P・ケナック (AIGカンパニーズ日本・韓国地域社長兼CEO)
  マーク・ノーボン (日本ゼネラル・エレクトリック 代表取締役社長)

     司会:イェスパー・コール (メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)
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日本の変革は進んではいるが、その歩みは依然遅く、新しい変化、成長は大きな動き
となっていない。小泉首相は経済で政府が占める役割を削減することに焦点を当てて
いるが、民間で収益に向かって努力する企業が増えない限り、新しい成長は望めな
い。日本で成長を続ける外資の経営者は、日本で始まっている改革の可能性や障害を
どう考えているのか。日本GEのマーク・ノーボン社長とAIG日本社長のドン・ケナッ
ク氏の2氏が言論NPOの議論に参加した。

ノーボン マーク・ノーボンと申します。私は日本GE(ゼネラル・エレクトリック)の
    社長兼CEOです。GEが国際的に展開している業務は日本で全て展開し
    ており、中には100年以上の歴史があるものもあります。現在、日本国内に
    は1万5千人を超える従業員がいます。私自身は日本に来て約2年になりま
    す、日本国内の組織とビジネスの全てを統括しています。経歴ですが、私は
    GEに入社して22年になります。直近の9年間はアジアに滞在しています。
    うち2年間が日本、その前はタイ、インドネシア、台湾に駐在していまし
    た。それ以前は米国で事業開発部門に勤務していました。最初の配属は金融
    部門でしたが、その後GEの様々な事業での勤務を経験しています。

ケナック ドナルド・ケナックと申します。私はAIGカンパニーズ日本・韓国地域
    の社長兼CEOと本社副社長を兼務しています。私が初めて日本に来たのは
    1981年でした。私は当時コンサルティング会社に勤務しており、日本を含
    む顧客の世界戦略調査業務に携わっていました。
    その後、86年にコンサルティング会社に勤務していた時の顧客が保険会社を
    立ち上げることになり、それを手伝うために再来日しました。その顧客とは
    米国のエクイタブル生命です。この時、初めて日本のビジネスというものを
    経験しました。私たちは保険会社を立ち上げ、これを拡大し、91年に日本信
    販に売却しました。その後すぐ日本でAIGに入社しました。AIGに入社
    して10年経ちますが、今は日本と韓国の事業を統括しています。当社は日本
    で保険会社5社を運営しています。2つの生命保険会社すなわちアリコジャパ
    ンと旧千代田生命であるAIGスター生命保険株式会社、そしてAIU保険
    会社とアメリカンホーム保険会社の2つの損害保険会社、それからJTBと
    の合弁事業で旅行保険に特化したジェイアイ傷害火災保険株式会社です。
    AIGのグループには他にも資産運用会社、小さな消費者金融会社、および
    数社の金融関係の企業があります。日本に来て、もう15年以上がたちまし
    た。

コール 今年は2002年ですが、お二方とも日本在住で、日本で働き、大きな成功を
    収めて、現在も成長を続ける企業グループを経営しておられます。お二方の
    観点から、日本の将来の成長にとって最大の障害は何だとお考えですか。

ノーボン 現在の状況に注目すべきだと私は思います。まず最初に、最近浮上してい
    るプラスの兆候に焦点を当てましょう。円相場は安定しており、デフレは緩
    和しており、輸出は増加しているように思われますが、依然として無視でき
    ない大きな問題も残っています。不良債権は恐らく将来の成長に対する最大
    の障害でしょう。また、政府債務も非常に巨額です。私の考えでは、本当に
    不透明なのは力強い景気への道が達成されたときに何があるのかについての
    ビジョンです。やるべきことはこういった大問題のいくつかと真正面から向
    かい合い、早期の解決を図ることではないでしょうか。詳しくどのようにす
    べきかは分かりませんが、日本は問題を解決し、将来のことに専念しなけれ
    ばなりません。日本は国民が望む国家のあるべき姿について明確なビジョン
    を構築すべきであり、そのようなビジョンをできる限り早期に実現するため
    に、明確な方向性を持った政策決定を行っていくべきでしょう。

ケナック いきなり障害のお話になりましたが、日本に来てから日本がどう変化し改善
    したのかという話を飛ばしてしまいました。まず、私が日本を初めて訪れた
    当時を振り返りましょう。81年に私が取り組んでいたコンサルティング・プ
    ロジェクトは非常に伝統的な流通システムに絡むもので、金融には全く関係
    がありませんでした。このプロジェクトは消費財、すなわちアルコール飲料
    に関するものだったのですが、本当に伝統的な流通システムでした。当時、
    メーカーと消費者の間の流通システムは、例外なく多層構造になっていまし
    た。しかし、この20年間でこの構造は著しく変化し、流通システムはどんど
    んフラットで効率的なものとなっています。

    また20年前、外資系企業は優秀な日本の大学からは有能な学生を採用できま
    せんでした。当時の学生たちは、「御社に入社したい気持ちはありますが、
    結婚相手の母親が御社のことを知らないという理由で良き伴侶に恵まれない
    かもしれません。だから、有名企業に入社するほうが私にとっては安全なの
    です」と言っていました。

    この件については、状況は根本的に変わりました。現在、GEやAIGのよ
    うな企業は若者たちに良いキャリアを提供することができ、入社してもらえ
    ます。さらに、金融業界で起きている大きな変化を考えて下さい。規制緩和
    は現在も進行中です。多くの人々の反対にもかかわらず、新たな金融商品が
    開発されてきました。

    例えば、識者は日本では証券化は実現しないと主張していました。日本の銀
    行が支店の数ではなく自己資本利益率を重視するようになるという考えはあ
    り得ないものと見なされてきました。しかし、現実には大きな変化が起こっ
    てきましたし、現在もそれは続いています。私の見るところ、いずれもが明確
    なビジョンが国民的コンセンサスを得て達成されたものではなく、あるいは
    コンセンサスがあったとしても極めて少数です。それぞれ異なる規模および
    異なる理由から、それぞれの課題に取り組んできた企業、官僚、政治家、オ
    ピニオンリーダーおよびその他の人々の努力が組み合わさってこれらが達成
    されたのです。国家レベルでの動きとはそういうものです。国というものは
    複雑で、変化はいつも起きているのです。当然、経済にも重力の法則は存在
    します。古い障害は消え、新たな障害が発生します。不良債権問題は確かに
    大きな問題であり、すぐにはなくならないでしょうが、問題の核心だとは思
    いません。問題の核心は企業の収益性です。

    考えてみてください。問題にはそれぞれ2つの側面があります。不良債権に
    ついては貸し手と借り手が存在します。借り手は収益を上げない限り、融資
    を返済していくことができません。基本的に、企業の総資本利益率と収益性
    は日本ではあまりにも低すぎます。これが株式市場が低迷している理由であ
    り、消費者心理と投資家心理にもあらゆる種類の波及効果を及ぼしていま
    す。さらに、銀行の資本や経済システムにも波及しています。

    従って、何にもまして主要な問題は、いかにして企業業績を向上させるかで
    あると言わざるを得ません。言論NPOを支持する人の中にはこの課題に取り
    組もうとしている人々もいます。社外取締役、株主民主主義、ディスクロー
    ジャーの強化およびコーポレート・ガバナンスの強化といったアイデアを議
    論することは重要です。ただし、結局のところこういったアイデア全ての最
    終的な目標は、収益向上に向かって努力する企業を創出することです。それ
    が、日本の問題の核心だと思います。企業の収益が向上すれば、日本の株式
    市場は回復し、銀行は健全化し、不良債権は減り、消費者の心理は改善し、
    高齢化社会を支える年金基金に収益をもたらすことができるようになり、不
    動産価格も回復するでしょう。企業の収益性を中心に考えないと、こういっ
    たことのいずれもが起こり得ないのです。

ノーボン 全くその通りだと思います。まさに表裏一体の問題ですが、株主価値の創造
    を問題の中心に据えることが株式市場の活性化と全体的な資産価値の向上に
    必要不可欠だと私は考えます。

コール このようなことが日本で困難なのはなぜなのでしょう。60年代、70年代、
    そして80年代の前半までは、日本企業の業績は素晴らしく、多くの日本企業
    の収益率は世界でも最高のものでした。その後日本はバブル経済を経験し、
    全てが安易に流れ、企業経営者は焦点を見失ってしまいました。経営者の多
    くは中核事業の改善を忘れ、不動産投機や「財テク」というマネーゲームに
    走りました。このような状態から事態を改善するために、お二方だったらど
    のような点から着手されますか。日本の企業経営者は何に焦点を絞るべきで
    しょうか。

ノーボン 非常によい質問だと思います。私は、日本が過去に持っていた利点の多く
    は今もなお存在していると思います。製品の品質は高く、生産性もよく、技
    術は素晴らしく、公共インフラもしっかりしています。経営者の抱える問題
    は日本の競争優位が失われたことではなく、そういった優位性の多くがグ
    ローバル化したことではないでしょうか。過去には日本でしか行えなかった
    多くのことが、今はわずかなコストで中国で行うことができます。世界は変
    わったのです。世界は開放され、グローバル化しています。これにどう対応
    するかが大きな問題です。

    日本企業には、競争優位とともに強い社会的側面が常に存在していました。
    現在、競争優位はグローバル化しましたが、企業の社会的便益と社会的責任
    はまだ残っています。新たな競争優位を育て上げると同時に、企業に浸透し
    た大きな社会的責任を維持することは大きな課題です。

ケナック 私はこの問題については、新たに付け加えることはあまりないと思いま
    す。既にこのことについてコメントしている学者は数多くいます。ですが、
    日本的経営手法の成功と優位性は全て高度経済成長期に発達したものである
    と思います。高度経済成長期に日本がリストラ技法を発達させられなかった
    ことはやむを得ないでしょう。経済成長期におけるコアスキルは、品質を改
    良する方法、市場シェアを上げる方法、新たな市場セグメントを創出する方
    法、人々が頻繁に買い替えるように製品のライフサイクルを短縮するための
    小さな改良を行うことでした。コスト構造の劇的な見直しを考える必要はな
    かったのです。中国のように人件費が10分の1の競争相手が突然現れた場合
    に直面して初めて対応策を考えます。米国企業は日本企業よりも少し前にこ
    のような競争上の脅威に直面していました。

    これについて別のコンサルティング・プロジェクトを思い出しました。私は
    ある製品で自社を世界第1位だと考えていた部品メーカーの仕事をしていま
    した。その後、ある日本の競争相手が現れ、製品コストを約3分の2引き下げ
    て数年でほとんど全ての市場シェアを奪ってしまいました。そのため、私の
    顧客は突然抜本的なリストラを迫られることになりました。結局、その方は
    この事業から撤退し、全く新しい事業に参入したのです。それは生き残りの
    ために必要であり、また、非常に迅速に行わなければなりませんでした。

    日本にとって時間がかかりすぎているのは、リストラ技法の開発であると思
    います。リストラ技法は新たな能力を必要とします。つまり、間接的ではな
    く直接的に問題に対処し、社長や会長に悪いニュースを報告し、率直にその
    問題について話し合う準備ができていなくてはなりません。多くの日本人に
    とってこれは非常に難しい。米国、フランス、ドイツ、あるいはどのような
    国でもこれは容易ではありませんが、安定成長期にはうまく機能していた日
    本の伝統的なコミュニケーションの慣行や企業の組織的意思決定プロセス
    は、この種の率直な議論、率直な意思決定および抜本的な改革を阻害してい
    ると思います。

    変革は始まっているのですが、そのスピードが遅いのです。マクロレベルで
    は規制緩和の良い傾向がいくつも存在します。リストラのよい傾向が多く見
    られ、ある意味では構造改革が進んでいます。しかし、その速度にはやはり
    問題があります。こういった決定をどの程度迅速に行い得るか、どのくらい
    速くビジョンを設定し、行動することができるか。これはタイミングとペー
    スの問題だと思います。私の知る限り、何をなすべきかについて合意してい
    る人は非常に多いのですが、ではこの国にとってどの程度の速さなら受け入
    れられるのでしょうか。これは国民的決定です。このような変革は痛みを伴
    うため、日本がどの程度の速さの変革を望むかは、日本の行うべき決定で
    す。


                          ──次号へつづく──

              (この座談会は2002年5月30日に行われました。)


●上記の記事はウェブサイトにも掲載されております。
https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/0207_c_3.html

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─TOPIX─

■ 10月15日
 「デフレ前提に長期戦の覚悟」       高橋進(日本総合研究所調査部長)

 「金融庁とRCCの二軸で積極転換すべき」
    ロバート・フェルドマン(モルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト)

 「大切なのはデフレ回復での政策協調」
        イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)

https://www.genron-npo.net/

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■ 10月8日 「第2回アジア戦略会議」議事録を掲載

今回は、国分良成氏(慶応義塾大学教授)による中国地域研究の立場からの、イェス
パー・コール氏(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)によるドイツとEUの関
係を踏まえた、それぞれのお話に対して質疑応答が展開されました。

https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021008_c_01.html

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■ 10月3日 「第3回アジア戦略会議」報告

今回は、伊豆見元氏(静岡県立大学教授)をゲストスピーカーに迎え、朝鮮半島情勢
を中心とした日本の安全保障問題について議論が展開されました。

https://www.genron-npo.net/jp/summary/frameset/021003_c_01.html

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