【vol.43】 横山禎徳 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第4回』

2003年8月26日

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■■■■■言論NPOメールマガジン
■■■■■Vol.43
■■■■■2003/08/26
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●INDEX
■ 論文 横山禎徳(社会システムデザイナー)
  『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第4回』


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■ 論文『日本の対アジア戦略をどう構築すべきか 第4回』
  横山禎徳(社会システムデザイナー)
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先のイラク戦争は世界の与件が大きく変化したことを物語っている。今や「大国の混
迷の見本」となった日本は、こうした外的な環境変化だけではなく、内的環境の変化
の中で、国家戦略の見直しの時期を迎えている。現在、フランス在住の横山禎徳氏は
国家戦略の立案の枠組みを提示、その中で日本が持つべきアイデンティティの一試案
として、日本がアジア諸国の「Thought Leader」になることだとし、そのギャップ
を埋めるための日本の強さの徹底活用を主張する。


●日本のアイデンティティ願望

このような日本の実力の理解を基に、第3ステップにある「日本のアイデンティティ
願望」をはっきりさせる課題を考えてみる。

「日本のアイデンティティはこうありたい」という願望は、時代認識に左右されなが
らもア・プリオリに出さざるを得ない。それが確立しないと、明確な国家戦略は導き
出せず、本来持っている強さを活用できないまま、状況によってその都度方向が振れ
る無定見な国になってしまう。というより、既になりつつあるという苛立ちが、私た
ちの間に蔓延し始めている。

かつては曲がりなりにも存在した日本のアイデンティティに対する共通認識を失った
現在、対アジア戦略に限らず国家戦略にかかわるテーマだと侃々諤々の議論になりが
ちだ。特に最近の中国、そして韓国の活力を見ていると、日本の長期的衰退との対比
で無力感に襲われ、自嘲的になる向きも多い。

今、中国人や韓国人は目を輝かせて頑張っているという話をよく聞く。しかし、私た
ちは子供の頃、「韓国の子供は目を輝かせて一生懸命勉強している。それに比べて日
本の子供は......」ということを聞いた記憶はないだろうか。いつの時代も日本人は
「目を輝かせて」努力するタイプではないようだ。アメリカ人が目を輝かせていると
いう話も聞かない。冷静に「自分らしさ」を定義すべきだ。「自分が自分であること」
がアイデンティティなのである。

日本という国が、パクス・アメリカナを当面の前提としたとき、そのコンテクストの
中でどのようなアイデンティティを持つべきなのか、あるいは、持ち得ると考えるべ
きなのかがはっきりしていないことが問題なのだ。ただし、ジャパン・アズ・ナン
バー・ワンと言われた1980年代初頭においても、パクス・ジャポニカを世界に展開
し得るほどの迫力を持つことができなかった日本は、今後も国家的覇権争いに参加で
きないことは分かっている。その点では200年前、多少とも、パクス・フランカを経
験したフランスのようなアイデンティティ・クライシスは日本にはない。

戦略は時代の変化に応じて変わっていっても、日本のアイデンティティの基になる基
本理念は長期にわたって変わるべきではない。では、そのアイデンティティとはいっ
たい何であるべきだろうか。言い換えれば、国内的には未知の経験である「豊かなる
衰退」過程にある日本が世界に存在を示すのは何によってなのだろうか。

ここで、日本が持つべきアイデンティティ願望の一試案をたたき台として提示する。
それは、アジア諸国の「Thought Leader」になることである。「他より先に課題を
発見し、他より深く考え、答えを組み立て、実現させて具体的に示す能力のあるリー
ダーとしての日本」である。それはアメリカやかつてのソ連、そして将来の中国のよ
うな覇権的リーダーとは全く違うリーダーである。ここでいう「Thought Leader」
は、軍事力や経済力が全く伴わないひ弱なリーダーではないが、それらの力に依存
し、誇示するリーダーでもない。

幸か不幸か他国より先に新たな課題を発見していることは、既に述べた。その解決を
日本の中で必死に組み立てることをやっていけば、それが、他より深く考えることに
なる。新たな「社会システム」のデザインと実施によって成果を示すことができれ
ば、当然、アジア諸国からの注目を集めるはずだ。「アジア諸国との友好」という掛
け声の下に出かけていって媚を売るより、今直面している国内問題を誰の目にも明快
に解決してみせることが、逆説的にアジア諸国の評価を受けることになる。

ただし、それは内にこもることではなく、国際的課題についての立場を常に明確にす
ることも必要だ。それも常に「ThoughtLeader」としての矜持を持って対処すべき
だ。例えば、FTAに関しても、他国に対抗し、結果的に同じように行動するのではな
い。閉鎖的なトレード・ブロックではなく、「開かれた自由貿易圏」はあり得ないの
かを考え抜き、その答を具体的体系として組み立ててアセアン諸国に提示するような
行動である。

一国の経済・社会の発展過程におけるそれぞれのステップにかかる時間を考えると、
日本がこのような行動をとるための新たな課題発見という先端性を失う状況になるこ
とは、たとえあるとしても数十年後であろう。当面は国内の「先端的」問題を解決し、
それを世界にはっきりと見せることだ。それによってしか新たな展望は開けない。

環境破壊をしながら高度成長を遂げた後の、一転して「美しい環境の中での豊かな生
活」のゆったりした側面と「文化的洗練と厚みの先端技術との融合」の刺激的側面を
バランスさせた日本が出現すれば、かつての「アメリカン・ウェイ・オブ・ライ
フ」、そして「アメリカン・ドリーム」に対峙する形で世界的普遍性と伝播力を持つ可
能性すらあり得る。これまでの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は「経済一流、政
治は二流で、生活三流」という見方と表裏一体であった。今後は、政治はいざしらず
「生活と文化と経済が渾然一体で一流」ということになることは望ましいことではな
いか。

反論は当然ある。例えば、日本が文化的な洗練と普遍性でアジアの近隣諸国に尊敬さ
れても、それだけではローマ帝国時代のギリシャになるのではないか。ローマの貴族
は洗練したギリシャ文化に憧れ、敬意を表し、子弟の教育にはギリシャに送るか、ギ
リシャ人の家庭教師を付けていた。しかし、ローマ帝国は強大であり、一方で、その
とき既にギリシャは国としては衰退し存在感がなかったではないかという指摘であ
る。しかし、日本はいくら人口が減っても50年後に最悪の場合で8000万人の人口で
あり、現在のフランスやイギリス、ドイツより大きい。かつてのギリシャのような小
国になることはあり得ない。社会、経済、文化の影響力を持った存在を築くことは十
分可能だ。

とはいえ、一方で、いまだ日本は古代ギリシャほどの永続的影響力のある思想を世界
に提示したわけでもないのも確かだ。日本が国内問題に大半のエネルギーを集中する
だけで、そのような普遍性のある思想と価値観を提示できるのだろうかという疑問も
大いに湧く。日本と古代ギリシャを比較するのは全く荒唐無稽な発想なのだろうか。
しかし、努力次第では全く可能性がないとは言えない。

アジア諸国が経験しようとしているのは、いわば「子供が大人」になるような成長で
ある。日本は既にそのフェーズを終えてしまった。「大人としての成長」を模索する
ことが要求されている。これが先に述べた先進的課題の別の表現である。そして、そ
の答えの可能性は「衰退しながら成長する」という方向である。このOxymoronな命
題に哲学的にも実学的にも答を見つけることができれば、幅広く「Thought
Leader」としての能力を日本は発揮することになるはずだ。アジア諸国だけでなく、
ヨーロッパ諸国を含めて影響力を持つことも可能だ。彼らは国内市場の飽和と高齢化
に日本と同じように悩み、EUという多少観念的な覇権主義では全ての解決にならない
ことを知っている

また、より積極的な価値観提示とそれに基づいた役割もあり得る。それは宗教の分野
である。本来、文明は「衝突」するより「収斂し、拡散」するほうが自然であり、実
は歴史的に見ても、国は征服するが文明には感化される例は多い。ギリシャ対ローマ
の例だけでなく、近くは清朝もそうであった。日本も中国文明には恩恵を受けこそす
れ「衝突」はしなかった。かな文字を発明したのは中国文明に対する反抗ではない。
「衝突」があるとすれば、宗教間にある。特に、本来同根であるはずのキリスト教対
イスラム教の相克に見られるような一神教間の「衝突」が歴史的に尾を引いている。今
後、この問題は新たな様相を示す可能性が高まっている。

「神仏習合」で1000年以上過ごした日本人には実感がないが、基本的に一神教は偏
狭である。異端を許さない。それはキリスト教もイスラム教も全く同じである。ブッ
シュ大統領が神を口にするとき、それはキリスト教の神であり、イスラム教の神でな
いこと、そしてその意味合いの重大さに気がついていないことが大きな問題だ。イラ
ク戦争をきっかけに両宗教の対立は拡大するだろう。

日本はその中で宗教的にはどちらでもないという状況にある。それをあいまいな状況
と考えるか、第3の価値観を提供できると考えるかは日本の選択である。後者の立場
を取るにはそれだけの迫力がいる。多くの人にとって不可知論者として生きていくの
はつらく、日常生活に宗教は必要である。しかし、それぞれの宗教の許容度拡大のよ
りどころになる思想はあり得るし、それを提示できる立場に日本はいることは確か
だ。このことは、「全く誇大妄想的かつ非現実的」と無視してしまわないで議論すべ
きひとつの可能性である。

このような「Thought Leader」であることを、日本がアイデンティティ願望として
持ったとすると、現実とのギャップは大きい。日本は、今や「混迷する大国の見本」の
ような存在として世界に扱われている。新たに強靭な精神的迫力を持ち得るのか疑問
視されているのが実態だろう。しかし、実はこれまで願望やアスピレーションが低過
ぎることが日本の問題だったのではないだろうか。


                          ──次号へつづく──


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