日韓関係を今後どのように改善していけばいいのか

2014年4月11日

2014年4月11日(金)
出演者:
スコット・スナイダー
   (外交問題評議会(CFR)朝鮮半島担当シニア・フェロー)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

 日韓の政府間外交が機能停止に陥っている中、アメリカを仲立ちとして日米韓首脳会談が開催された。今回の会談が、今後の日韓関係に与える影響とは。そして、現在の日韓関係をアメリカはどう見ているのか。アメリカ外交問題評議会のシニアフェローと共に議論した。


工藤泰志工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。私たちは3月29日、民間外交の力で東アジアの様々な困難に取り組もうということで国際シンポジウムを開催しました。いよいよその実践ということで、様々な議論を今日から開始したいと思っています。

 今日は「日韓関係を今後どのように改善していけばいいのか」と題して、韓国との問題について、アメリカからゲストをお招きし議論してみたいと思います。ということで、ゲストの紹介です。外交問題評議会(CFR)の朝鮮半島担当シニアフェローのスコット・スナイダーさんです。スナイダーさんには先月末のシンポジウムにもご参加いただきました。

 そして、いつも私たちの議論に参加していただいております慶応義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。よろしくお願いいたします。

 では、早速議論を行いたいと思います。はじめに、この前オバマ大統領の仲立ちで日本と韓国の両首脳が、アメリカを交えた3者という形でしたが会談しました。この会談の評価についてまずお聞きしたいのですが、今回の首脳会談は次のステップに向けての具体的な進展だと捉えていいのでしょうか。


日米韓首脳会談は、北東アジアの安定化に向けた第一歩

スコット・スナイダー氏スナイダー:今回、北朝鮮問題に焦点をおいて、オバマ大統領が安倍首相と朴大統領を会わせることができたことは非常に重要だったと思います。良好な日韓関係が、アメリカの国益にとっても極めて重要であることを示していると思います。過去10年間を振り返り、2000年初頭に遡ってみても、北朝鮮問題に対応するということが日米韓の三国間での首脳会談のコーディネーションの理由になりました。良好な日韓関係がアメリカにとり、より重要になったといえる一つ目の理由だと思います。

 また、日本と韓国が特定のイシューについてアメリカのサポートを巡って競合するような現象がみられていることは、アメリカにとって非常にやりにくい状況を生んでいました。一方で米日関係をアジアのコーナーストーン(礎石)だといい、他方で米韓関係をリンチピン(かなめ)といい、両国の外交官が辞書を手にどちらが重要視されているかを探求するようなことは避けたいわけです。さらに、リバランスという文脈からも、同盟国が相互に協力するということが非常に重要になるでしょう。これらのことを考慮した時に、オバマ大統領にとって、自身がアジア歴訪を行う前に安倍首相と朴大統領を会わせるということが非常に重要だったのだと思います。そうでなければ、東京での時間を日韓関係につかい、ソウルでもまた韓日関係に時間をさくことになってしまいます。しかし、今回の三者会談により、オバマ大統領はそれぞれの国でそれぞれの同盟の重要案件について意見交換ができ、また両国の関係の安定化に向けた下地ができたと考えているのではないでしょうか。

神保謙氏神保:スコット・スナイダーさんの指摘の多くに同意します。この日米韓の安全保障協力は1990年代終わりからの積み上げによって成り立ってきたと思います。2010年代は既に20年経っているわけですから、日米韓三か国の軍事的協力や安全保障上の政策調整はさらに進展していなければならない。しかし、今、日韓関係は不信と緊張に覆われており、本来であれば高い協力レベルが必要な関係が阻害されている。そして、ようやくマイナスをゼロのスタート地点に戻した、ということが今回の日米韓三カ国の会談の意味だったと思います。

 二つ目は、これも先ほどの発言と関連していますが、アメリカの前方展開戦略から日韓関係をみると、密接につながりあっているということだと思います。朝鮮半島で何かが起これば、在日米軍と在韓米軍は親密な連携を取りながらオペレーションしなければなりません。仮に東南アジアや中東への展開ということになったとしても、在韓米軍と在日米軍の連携、協力というのは非常に重要な問題だと思います。ところが日韓の枠組みがうまく整っていないがゆえに、アメリカ軍のオペレーション自体に大きな問題が生じているのが現状です。それゆえ、日韓の政治的な信頼関係の回復が、アメリカの現在の前方展開にとっても非常に重大な課題だったのだと思います。

 三つ目に、安倍政権、朴槿恵政権、習近平政権の中で浮上している歴史問題の深刻性が、北東アジアの安定を大きく阻害しているという意識があるのだと思います。ですから、まず日韓における歴史認識のしがらみを何とか取り去っていくことが、北東アジアの安定の第一歩だという意味を込めて日韓の首脳同士が会うことが非常に重要だ、とアメリカ政府は捉えているのだと思います。

工藤:私は、アメリカの仲立ちがあって日本と韓国の首脳が会談しているというのは、ある意味で情けない感じがしています。一方で、日韓関係を改善していくためには誰かがサポートするしかないという局面だったとも感じています。ただ、日本と韓国の間の歴史認識などについては、一緒に改善していこうというところまでは始まっていないと思います。

 スナイダーさんは日本と韓国と対立の原因は何だと思いますか。なぜここまで深刻で非常に厄介なのか、なぜアメリカの人が応援しなければ首脳会談が開けない事態にまで至っているのか、アメリカの専門家としてどのようにご覧になっていますか。


今回の日米韓首脳会談では、埋まらない日韓間の深い溝

スナイダー:とても難しい質問です。最近の日韓関係では、1998年に小渕首相と金大中大統領によってなされた日韓漁業協定の署名時が一番良好であったと思います。この協定が日本の世論に大きな影響を与え、韓国は日本にとってのパートナーとして受け入れられ、その良好な世論が2012年の李明博大統領による竹島訪問まで続いていました。

 一方で、韓国側ではこうした現象は見られず、この協定の後も一貫して歴史問題は続きました。教科書問題、靖国神社参拝問題、竹島問題、そして共通歴史認識問題といったところで相違があったのです。こうした問題によって、韓国は喉元に何か不愉快なものが引っかかっているような感覚なのだと思います。

 日韓両国が安定したより良好な関係を築くための新たな共同宣言が可能となるような状況まで、日韓関係が進展すればいいと思います。

工藤:スナイダーさんに少し聞きにくいので、神保さんに聞きます。この前、日米韓の三カ国で会談したことで、日韓関係がゼロベースに戻ったといいますが、今回の会談で日韓関係の改善に向けた一歩が本当に始まったのでしょうか。一応アメリカの仲介で会談はしたが、それはそれという感じなのでしょうか。

神保:今回、日米韓の三カ国会談が実現しましたが、日韓の二カ国間の会談はまだ実現していません。報道によると、韓国側は日韓二カ国の会談には厳しい条件をつけているようです。1つ目は従軍慰安婦問題についての日本の認識を示した河野談話を確認することです。この点については、今回の三カ国会談の前に、安倍政権が河野談話について確認したことは非常に重要なステップであったと思います。2つ目に靖国神社の問題について、再び安倍総理自身が訪問しない、ということを約束してほしいということがあったようです。こうした条件が積み重なっていく中で、日韓の首脳がスムーズな形で会談が行えるかというと、その段階には達しないだろうと思います。考えてみると、李明博政権のときは、日本は民主党政権だったわけですが、その時、日韓ではGSOMIA(=ジーソミア、軍事情報包括保護協定)と呼ばれる軍事機密情報の交換に関する安全保障協力の規定まで合意をしかけていました。それぐらい、日韓関係はかなり深まっていたのです。しかし、従軍慰安婦の問題、そして竹島をめぐる問題の対立によって日韓関係は悪化しており、再び日韓関係が李明博政権中期の良好な水準まで戻るには、まだ相当時間がかかるというのが現状ではないでしょうか。

工藤:基本的にこのような局面で会談が行われたことは、非常にいい意味で評価をするのですが、歴史認識なりの対立関係においては韓国と中国が歩調を合わせています。先ほど神保さんが指摘したように、アメリカが前方展開戦略とっていくために必要だと思っている日韓関係の修復までは、まだまだ遠い道のりのような気がするのですが、いかがでしょうか。

神保:韓国と中国が歴史認識に関して歩調を合わせる形で日本を非難するという論調は、実は廬武鉉政権時代に、中国との会談の中でも語られています。また、今回の「朴槿恵‐習近平」の間でもそういう議論があるということで、日本の右傾化といわれる傾向が出てくると、中国と韓国は反応しやすい構造にあるということはその通りだと思います。

 ただ、国際政治における問題の優先順位、つまり、問題の深刻度を考えてみると、北朝鮮情勢がより深刻化することの方が重大なのです。ですから、北朝鮮が新しい核実験を行ったり、あるいは韓国に対して挑発的な行為をとるという問題が発生した場合に、日米同盟、米韓同盟のあり方にも影響を与えることになります。したがって、各国首脳が安全保障の問題の優先順位をあげるような国際情勢になれば、再び同盟優先の国際関係に戻ってくるのではないでしょうか。


日米同盟に対して存在する、日米韓の認識ギャップ

工藤:せっかくアメリカの仲立ちで、日米韓の三首脳会談が実現したにもかかわらず、その後も日本と韓国の関係がうまくいかない状況が続く。今、神保先生がおっしゃったように危機が起こることによって日韓関係がまとまることはあります。しかし、そういう状況が起こらず、日本と韓国の対立がこれからも継続するという状況になった場合に、アメリカはどのように日米、米韓の同盟関係を考えていくことになるのでしょうか。

スナイダー:まず神保さんの発言に対してですが、盧武鉉政権と朴政権の韓国の政策は全く異なっているという点が重要だと思います。10年前の政策では、アメリカと距離を取ることによって、米中関係の上で韓国はバランス政策をとっていました。しかし、今の朴政権は、アメリカとの同盟関係を軸にして中国に関与するという政策になっています。韓国がこの策を取る理由は、北朝鮮に関する問題において、中国の協力がなくては韓国に良いように問題は片づけられないと思っているからです。

 一方で、アメリカに目を向けると、オバマ政権は、引き続き日韓関係をサポートしていくこと、良好な日韓関係を構築していくための仲介者になることの必要性、加えて、良好な日韓関係構築に向けた環境を整備するため、活発な役割を果たしていかなければならないと悟ったということだと思います。これに関して、アメリカは日本と韓国にとってどのような境界線をつくるのか、というアプローチを採用してきた。なぜなら、その一線を超えると日韓関係の悪化からアメリカの国益にとってリスクとなるからです。ですから、境界線をつくることによって、日本の取る行動が韓国にネガティブな問題にならないように、逆に韓国の取る行動が日本との関係を悪くしないように境界を設ける。起こった問題に対して日韓両国はお互いにつくった境界線を乗り越えてはならない、という一線をつくることをアメリカはこの9~12か月間静かに行ってきました。

工藤:神保さんどうでしょうか。率直にいうと、日韓の問題はそれぞれ両国に問題があるのですが、最近それを刺激しているのは、日本の政治の動きだということが客観的に見ることができます。つまり、日本が刺激を与えるよりは、まさに近隣国との関係を改善するという側に立たないと、今みたいな関係構築、新しい日韓関係の前進というのはできないという気がします。日本の政治についてどのようにお考えでしょうか。

神保:アメリカにとっての同盟の強化と日本から見た日米同盟の強化に少しパーセプションのギャップが生じている可能性があると思います。アメリカにとっての同盟の強化は当然ながら台頭する中国を牽制すると同時に、中国を建設的なアクターとして世界秩序に迎え入れていくという二つの意味を持っていると思います。

 ところが日本から見たときの日米同盟というのは、まさに台頭する中国に対するけん制というのがほとんどの意味合いを占めているのだと思います。そのギャップがあるために、日本からすると、アメリカはなぜ右傾化する傾向を抑えようとするのか、近隣国との関係を良くしろということを言ってくるのかガミガミいうのか、といったようなストレスが日本側に溜まってくる。やはり同盟に対するパーセプション、優先順位の置き方が日米両国でかなり異なるということなのだと思います。このパーセプションギャップを乗り越えていくことによって、ようやく同盟の議論がスムーズになるのではないでしょうか。

工藤:同盟関係に対するアメリカの姿勢、考え方が、日本にはうまく伝わっていないのではないでしょうか。その原因には、単に伝わっていないのか、それとも日本側の解釈の仕方が違うのかという点についていかがでしょうか。

スナイダー:日米同盟に起きていることのほとんどは、閉ざされた扉の向こうで起こっているマネジメント上の問題です。両国は特定の課題や相違についてお互いにもう少しフランクになることが必要ではないでしょうか。

 一方で、問題が公になってしまうと、特に台頭する中国とどう向き合うのかといった、同盟の戦略的目標を脅かす危険もあると思いますから、その点は気を付ける必要があると思います。


日韓関係に「民主主義」「自由主義」という共通の価値観は存在するのか

工藤:次に、日本と韓国の関係の改善ということをどうしていけばよいのかについて議論したいと思います。この議論を始める前に、去年の5月に日本と韓国の間で世論調査を行いました。今年の5月に第2回目の調査を行うことになっています。昨年の世論調査結果の中で注目することを2、3点紹介して、感想を述べていただこうと思います。

 まず首相の靖国参拝についてですが、韓国人の60.0%が「公私ともに参拝すべきではない」と答えています。「私人としての立場なら参拝しても構わない」との回答は34.4%でした。したがって、公的な形での参拝は許容できないという人は9割を超えています。

 次に、歴史問題に関しての日韓両国民の認識です。私たちは中国との世論調査も2005年から継続的に行っていますが、日中関係が安定しているときは、二カ国関係が良くなれば徐々に歴史問題もだんだん解消していくという層が多くいる傾向です。一方で昨年の日韓調査では「歴史問題が解決しない限り、両国問題は発展しない」という声が4割を超えています。

 続いて、日本人が軍事的な脅威を感じる国は、1位が「北朝鮮」(78.9%)で、「中国」が60.1%で続きます。「韓国」に軍事的脅威を感じる国と回答する人は12.2%しかいませんでした。一方、韓国人では、1位は同じく「北朝鮮」(86.7%)でしたが、「中国」(47.8%)と「日本」(43.9%)との回答がほぼ並び、4割の人が日本に対して軍事的な脅威を感じていると答えています。加えて、経済関係に対する認識は、日本人は「日本にとって韓国の経済発展はメリットであり、必要である」との回答は45.0%でした。対して、韓国人は「韓国にとって日本の経済発展は脅威である」との回答が47.6%という結果になりました。

 昨年の調査結果ですから今年は改善しているかもしれませんが、意外に韓国人の日本に対する認識は厳しい状況になっています。このような状況の中で、両国民に支持をされた日韓関係をつくるために、いろいろなチャレンジをしないといけないと思っています。この結果を見て、神保先生はどのように感じましたか。

神保:依然として、日韓関係に横たわる非常に厳しい問題を認識させられたと感じています。我々の印象からすると、韓国は日本と同じくアメリカの同盟国であり、日韓関係には竹島という領土問題の懸案が生じていますが、それでもお互いが戦争をするということを考える人はほとんどいないということだと思います。ただ、韓国側から日本に向けられた視線は、将来の関係性を含めてまだ厳しいものだということです。従って、韓国人は日韓関係を当然視していない、一方の日本人はどちらかというといずれ日韓関係は好転するのではないか、という印象を持っている。ここにも大きなパーセプションギャップが生じているのだと思います。そして韓国側には日本に対する歴史問題が解決しない限り、日本との関係は先にいかないという非常に冷めた目線があるのだということをこの調査結果から感じました。

工藤:神保先生がかなり本質を突いている気がしました。日本の社会の中で、韓国は自由主義・民主主義の国なので、何かがあってもいずれは仲良くなる、話が通じるという政治家の発言もあります。ただ、世論調査結果を見ると、自由主義や民主主義という共通の価値観が両国の信頼関係の基盤にはなっていないことがわかります。やはり歴史認識の問題や長い日韓関係における日本の侵略、植民地時代の問題が色濃く残ってしまっている。

 こういった問題を解決していかないと、本来持っている民主主義や自由主義という共通の価値観が、日韓関係の強い基盤とならないような感じがしています。スナイダーさんは日韓共同世論調査の結果から見る関係をどうご覧になっていますか。

スナイダー:この世論調査によって、3つのことがわかります。まず、一つ目ですが、靖国神社参拝は第一義的には国内事情ですが、一方で外交問題の側面も持っており、韓国側がこの問題に懸念を示していますから、靖国神社参拝というのは日韓関係に非常に悪影響を与えているということがわかります。

 二つ目に、歴史問題へ取り組むことを関係改善の前提条件として捉える必要があるということだと思います。過去15年にわたって韓国は日本との関係改善を探ってきましたが、これまでにも歴史問題によって関係が悪化したという事実があります。小渕首相と金大中大統領との間では共同宣言が出され、革新派の盧武鉉大統領は任期中に韓日関係を改善するとして政権運営を始めました。就任当初は関係改善に向けて動くのですが、その後、徐々に関係が悪化していきました。保守派の李明博政権も当初は良好な韓日関係を掲げていましたが、李政権下でも関係は悪化しました。そのため、朴政権はこういった問題の解決なくして関係改善はないとして、韓日問題に取り組んでいます。多くの負の側面を持っているアプローチですが、ポジティヴな面を見ようとしているのだと思います。

 三つ目として、韓国人が日本は韓国の軍事的敵国となりうると考えているのは、やはり歴史的な負の遺産ととらえるべきでしょう。我々アメリカ人が韓国人と話をしていても、ものの捉え方については、世論調査結果と大きな相違はないと感じます。しかし、韓日関係の問題は政治的な問題ですから、国民もそういう認識で物事を捉えるわけです。ですから、長続きする解決策のためには、まず日本が適切に政治面、韓国人のものの捉え方にきちんと対処していくジェスチャーをとることが必要であろうかと思います。

工藤:いまのお話でも様々な示唆がありました。確かに、今、スナイダーさんのおっしゃる通り、韓国人の4割を超える人が、日本に軍事的な脅威を感じているということは、よく考えてみるとありえない話です。


日韓で合意された過去の政治宣言や制度が両国民に浸透していない

神保:スナイダー先生がおっしゃった通り、韓国のナショナリズムには深く歴史的な経緯が埋め込まれていると思います。つまり、日本からの解放によって独立を達成し、そのナショナリズムによって自国をまとめていくというのが非常に大きな要素としてありました。そうすると、日本側が過去の歴史に対して韓国に喧嘩を仕掛けるとなると、領土問題であれ過去の歴史認識の問題であれ、それ自身が韓国の政治的な結束力を生み出す要素になるのだということは間違いありません。それが国民の間でのパーセプションを形成する非常に大きな役割を担っているのだと思います。

 二つ目にスナイダー先生の発言で大事なことは、そういう背景があるにも関わらず、日韓は過去20年間、関係改善の努力をしてきたということだと思います。一つの大きな成果は、1998年の小渕首相、金大中大統領の共同声明です。その共同声明で日本は1910年の韓国併合から終戦に至る植民地支配に対する反省を韓国に表明しました。そして、韓国はそれを受け入れるというやりとりが共同声明のベースになっています。そして、河野談話では従軍慰安婦に対する謝罪を表明しているということが、これまでの日韓関係の基盤としては非常に重要な部分だったと思います。

 しかし、残念ながらこうした政治声明や制度がなかなか両国民の間に浸透しないし、我々がゴールにたどり着いたと思っても、ゴールポストがどんどん遠ざかってしまうということを両国民が感じているのだと思います。我々、日本人からすると、既に謝罪をしているのに、なぜ新しい問題をつくり上げてその問題に対する新たな謝罪を要求してくるのか、といういわゆる「謝罪疲れ」のような現象が間違いなく日本の中に生じています。一方、韓国側からすれば、安倍首相の靖国神社参拝や、河野談話の見直しなど、過去に片付いている問題をなぜまた再び取り上げるのかということになります。日韓両国内における世論形成に対して、必ずしも過去の政治宣言や制度がうまくサステインしていない、賞味期限がうまく延びていかないというのが、非常に大きな問題だと思います。

工藤:今の話も重要な論点だと思います。お話を伺っていて、2点思うことがありました。一つは政治家同士が頑張った政治声明や合意というものが、国民間でどのぐらい支持をされていたのか。中国も同じことですが、戦後のプロセスの中で政府間の外交というものが政治家だけの努力にとどまり、国民の中に十分に広まらない状況がある。そして、何かが起こると国民がそれを問題にして政治がそれを揺るがせてしまう、という外交のあり方が非常に気になります。

 もう一つ世論調査結果から感じるのは、韓国人は日本の歴史的な問題を気にしている一方で、日本人は今の韓国人の日本に対する反発に違和感を覚えています。たとえば、スポーツの場でも歴史を持ち出してしまうなどです。こういったすれ違いがあって、歴史の問題は何かの形で解決するなり、国民が納得するというプロセスを経ていかない限り、うまく進まないのではないかと思います。スナイダーさんは最近書かれたフォーリン・アフェアーズのレポートの中で、そういうときこそ政治家のリーダーシップが必要だという話をされていますが、日韓関係の改善には、やはり政治家のリーダーシップが決定的に大事だとお考えでしょうか。


日韓関係改善に向けて必要なのは政治家のリーダーシップ

スナイダー:日本と韓国の政治リーダーがステーツマンシップを発揮してやらなければならないことだと思います。この両国間の問題の枠組みを組み直して、代替的な二国間関係の語り口を創造しなければなりませんが、かなり大変な作業になると思います。というのも、日韓両国とも民主主義国家ですから「世論」というものが存在します。この関係の枠組みを再形成するため、また両国リーダーのステーツマンシップを支えるという意味で「民間外交」は不可欠といえるでしょう。ただ、長期的に見れば私はこの日韓関係を楽観視しています。それは、両国の政府とも国家安全保障戦略文書の中で、良好な日韓関係が戦略的に重要であると述べているからです。

工藤:確かに、私も長期的には楽観視するところがあります。戦略的に日韓関係の重要性については、ほとんどの人が理解していると思います。しかし、関係改善に向けて政治家が本当に強いリーダーシップを発揮しないといけないと感じています。

 神保先生、そういうリーダーシップを、日本の政治家はとれるのでしょうか。

神保:1998年から2000年代前半、特に日韓ワールドカップを開催し、そして韓流ブームが日本に押し寄せてきた頃の日韓関係というのは、政治家のリーダーシップのみならず、国民間でも日韓両国への期待が相当程度芽生えた時期だったと思います。したがって、可能性という点においては、我々は経験したものは非常に大きかったのではないでしょうか。日韓両国はここまで近づける可能性があるのだということを実感した時期は確かにあった。一方、同時に考えないといけないのは、その基盤がいかに脆弱であったのか、ということです。スナイダー先生がおっしゃる通り、例えば、アメリカの同盟国としてアメリカのアジアへのコミットメントを支えるという意味と、朝鮮半島の安定を保つという2点においては、日韓両国の戦略的においても、非常に高いレベルで利益の共有があると思います。ところが、実際にこれが国民間の感情に落ちてきたときに、例えば、社会的に共有された規範が、日本人同士の社会の生活の中で当然ありますが、その規範が国境を越えても成立し、維持し続けられるかという問題に直面します。1998年から2000年の初めくらいまではその規範が比較的芽生えた時期でした。

 現在、国境の壁によって、どちらかというとナショナリズムが先行し、必ずしも、国境を越えた規範というのが成立しにくい状況が再び生じているのではないかと思います。


日韓で必要なのは「不戦」を誓う共同宣言

工藤:スナイダーさんの論文を見て、政治家がリーダーシップを発揮して、共同宣言を出すべきだという話がありましたが、その中身を見て非常に驚きました。日本と韓国が戦争をしないという「不戦」を誓う必要があるということ、朝鮮半島において韓国が主導して朝鮮半島をきちんと考えるということに対して、日本が完全に支持をするということ、という2点でした。これはとても素晴らしい共同宣言になると思います。日韓両国政府が、ここまでしなければならないとスナイダーさんが主張されているということは、裏を返せば劇的な宣言をしないと、根本的な解決にはならないのではないか、ということなのでしょうか。

スナイダー:それほどのことでしょうか?同僚らとこの共同宣言の中身を考えた時に、いくつかのステップが考えられました。大変興味深かったのは、この論文を書いた後、1998年の日韓共同宣言を読みましたが、私どもが提案している要素がその共同宣言に入っていました。ですから、ポイントはどうしたら98年当時に戻り、将来の日韓関係の基盤を形成できるかということだと思います。

工藤:こういった共同宣言をするためには、非常に汗をかかないといけないと思うのですが、神保さんいかがでしょうか。

神保:過去に積み上げてきた日韓関係の中で、政府間で積み上げてきたものを再確認する意味は非常に大きいと思います。河野談話を見直さないということが、韓国にとって政治的にはお互いを再確認するための基盤であるとともに、98年の共同声明を日韓の間で確認し合うということも非常に重要な作業だと思います。

 ただ、私は工藤さんと同じ思いを持っていて、仮に日韓の間で「不戦の誓い」をしなければいけない状況なのかということは改めて考える必要があると思います。我々は「不戦の誓い」をしなければならないような状況に日韓関係を置いておくわけにはいかない、もっと進んだ段階に日韓関係を発展させなければならない、ということを確認し合うことこそ大事なのではないでしょうか。

 今、日韓関係は政治的に対立しているように見えますが、実際に20年間で積み上げてきた戦略協力を再び客観的に評価しあうことで、我々は未来に向けて共同の秩序づくりをやっていくのだという関係をつくることがより重要だと思います。悪い関係を悪い関係と捉えて関係改善するというよりも、過去の積み上げてきた声明を確認して、未来志向の秩序づくりに日韓が協力するという方が、互いの関係をよくするために良い方法であると考えています。

工藤:最後になりますが、スナイダーさんから日本側に何かアドバイスあればお願いします。

スナイダー:重要なことは日韓関係を相互に建設的な枠組みの中でとらえることだと思います。例えば、「韓国疲れ」という表現が日本にはあるようですが、大事なことは絶対に諦めないことです。

工藤:どうもありがとうございました。今日はアメリカCFRの朝鮮半島の専門家のスコット・スナイダーさんをお呼びして、神保さんと共に議論しました。私は日韓関係の改善に向けて、政府間のリーダーシップは非常に重要だと思っていますが、それを促して、政府を動かすためには、民間の力が必要な局面にきているのだと思っています。私たち民間側も、日韓関係だけではなく、アジアの未来に向けた秩序づくりに汗をかく段階にきているのではないかと思いました。

 今日は、スナイダーさん、神保さん、どうもありがとうございました。