新国立競技場の迷走の問題点とは

2015年7月24日

2015年7月24日(金)
出演者:
新藤宗幸(後藤・安田記念東京都市研究所理事長)
鈴木知幸(順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授、元2016年東京五輪招致推進担当課長)
松田達(建築家、武蔵野大学専任講師)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)



多機能スタジアムの難しさ

工藤:次に、私の方で知りたいことを確認させてもらいたいと思います。コンペで条件になったのは、「収容人数8万人」「開閉式の屋根」「可動式の座席」の3つでした。その他に、目安として1300億円の総工費が設定されていたということなのですが、3つの条件それぞれの理由については、どのように理解すればよろしいのでしょうか。

鈴木:まず、8万人という収容人数は、サッカーW杯の開催条件としてFIFA(国際サッカー連盟)が定めている基準に出てきます。8万人を収容できる開会式、あるいは決勝戦の会場が必要なのです。ところが、ラグビーW杯とオリンピックは収容人数の基準がありません。ただ、これまでの経緯として、だいたい8万人クラスの競技場で行われてきたということで、スポーツ界に「8万人クラスがほしい」という意見はありました。
 屋根は、スポーツにはまったく意味がないし、逆に邪魔になります。FIFAの条件では、観覧席の上にひさしがあればいいのです。競技場部分の上を屋根で閉めてしまうと、芝生が育ちません。ただ、音楽関係の人たちにとっては、屋根で音響を抑えないと、地域住民から苦情が来るのでコンサートができないのです。どこの競技場も、年2~3回はコンサート会場として押さえてあります。JSCは、それを今回は年間12回やりたい、1回の使用料が5000万円で、12回やると6億円だと計算しています。そのために屋根を造りたいということです。屋根のコストは、先日「後でつける」と言ったものは160億円くらいです。

松田:後でつけるとそれくらいの金額で、実際にはもっと膨れていると思います。そもそも、屋根工期とスタンド工期の二つに分かれています。

工藤:可動式の座席についてはどうですか。

鈴木:これは別に置かなくてもいいのですが、8万人クラスをつくると、あの広さであれば、サッカーのときだけ8万人になり、オリンピックの開会式や陸上競技をやるときには6万5000人でいいということで、1万5000人分は動くようにしておこうということなのです。

工藤:初めはラグビーの問題があって、議員連盟の動きもあったということですが、コンペの前に、いろいろな文化人とかスポーツ関係者が、費用のことは別にして造りたいものを要求してしまうことに基づいて、案が固まってきたという理解でよいのですね。ただ、コストは誰がどうするのかという話になって、今回の問題に戻ったということでよろしいですか。

松田:まず、スタジアムとして多機能であることを求めると、非常に複雑で、屋根は音楽のコンサートをする際に遮音のために必要だという話になるのですが、一方で、建築的に言うと、遮音のためにはある程度屋根に重さがないといけません。そうすると、逆に重くなってしまうので、開閉屋根の構造を考えると難しくなるという問題があると思います。

工藤:だから、いろいろな要素を組み合わせると、設計上も非常に難しくなって、コスト高になっていくということですね。

松田:そうですね。可動式の座席に関しては、例えば陸上競技の場合はトラックがあるので、席はかなり後ろに下がったところにないといけないのですが、サッカーの場合、後ろに下がっていると臨場感がないので、可動式の座席が必要だという話になっています。

鈴木:そういった条件は、だいたいスポーツ界の常識です。

工藤:新藤さん、造りたいものはいろいろなアイデアが出てくると思うのですが、ただ、日本が今置かれている財政状況を考えると、コスト高のインフラに資金を投入し続けることは不可能ですよね。


厳しい財政状況下でいかに予算を抑えるか

新藤:そうですね。国の一般会計からどれだけ負担するかという問題が不明確ではあるけれど、それにしても、これだけ財政破綻に近い状況ですから、最初の1300億円をどこから計算したかいろいろな議論はあるにせよ、費用を低く抑えるということは優先させるべき話です。

工藤:先ほどの決定プロセスの話に戻りますが、費用が膨らむということが分かったので、今度はいろいろなかたちで設計を変更してきますよね。開閉式の屋根は後からだとか、可動式の座席はダメだとか、2本のアーチはつくらないといった話が出てきています。つまり、設計の原型がかなり壊れて、コストの制約が効いてくるわけですよね。ということは、最初のコンペの条件が変わってしまったと理解するのですが、それはまだ同じだということなのでしょうか。

松田:そこが一番の焦点です。最初に「8万人」とか「開閉屋根」とか「可動式座席」を条件として設定したことが、費用がどんどん膨れ上がった理由です。それを疑っている人はたくさんいましたが、前提条件として誰も変えられなかったので、最後にこういうかたちになったのだと思います。次の条件を設定するときに、「8万人」や「開閉屋根」などをどうするかというのが、最大のポイントの一つだと思います。

工藤:計画を推進する側には、そういう議論はなかったのですね。

松田:私が有識者会議の資料を見た範囲では、十分な議論があったとは言えず、最初から当たり前のように決まっていたという感じです。

工藤:決定の仕組み上、計画を止める権限を持つのは文科大臣ですね。

鈴木:有識者会議はJSC理事長の諮問機関ですから、イエスマンばかり集まっています。止めることはできないし、今まで止まったことはありません。

工藤:すると、政治的な仕組みの問題になりますが、その政治側がつい最近まで「止められない」という判断をしていたということは、かなり大きなコストを放任するという、ガバナンス上、危険な状況に来ていたのではないでしょうか。

新藤:放任するというか、最終的には一般会計からかなりの費用を出すつもりだったと思います。今ごろになって「ゼロベースだ」というけれど、「この斬新なデザインでもって、東京オリンピックの招致は可能だった。だから国際公約だ」とか言っているわけです。丹下健三氏の案が選ばれた、かつての東京都庁舎建設の議論にかなり似ています。


責任の所在は?

工藤:有識者へのアンケートで、「一連の混乱における責任の所在はどこにあると思いますか」と聞きました。一番多かったのは、80.9%で「下村文科大臣・文部科学省」、次が「JSC」で63.1%でした。あとは50%台で「安倍首相」と「東京五輪・パラリンピック組織委員会」が続いています。皆さんはどのようにご覧になりますか。

松田:なかなか問題にならないことの一つに、都市計画審議会の問題があります。建設予定地である神宮外苑あたりは、高さ制限がもともと20メートルくらいだったのが、いきなり70メートルくらいに変更されました。これは正式な手続きを経て決まっています。新宿区の都市計画審議会を通るときには一応いろいろな意見が出ましたが、区の審議会では止めることはできないのです。

 ある程度の規模以上だと、今度は都の都市計画審議会を通らないといけなくて、その時の記録を見るとほとんど質問が出ていないのです。新宿区の審議会でいろいろな疑問が付されたのですが、東京都の都市計画審議会で一気に通ってしまったというところが、一つ大きかったのかなと思います。そのときは、ザハ氏の案が決まっていて、ある程度の高さも決まっていた段階で、それを通すというかたちで70メートルの制限になりました。さらに言えば、もともと東京都は70メートルに制限を緩和できる仕組みを持っています。それを使ったということで、すべての手続きは正式に決まったことになります。

 そして、都市計画審議会を通る2013年の春ごろ、2週間の縦覧を行っています。その時、文句を言いたい人がいれば言えるはずだったのです。ところが、意見は1通も来ませんでした。つまり、従来の都市計画における縦覧の仕組みが本当に機能しているかどうかを、もう一度問い直してもいいのだと思います。

工藤:結果として世論が今回の状況を覆したということになるのですが、一般の住民や市民にも問題があるということですね。ただ、東京の場合、昔と違って、規制緩和の中でとにかく地価を高めて建設するという構造があります。かつては都市計画にあたってかなりの議論がありましたが、今はほとんどないという状況です。おそらく、それは「東京でオリンピックをやる意義」とか「東京の姿をどうするか」といった本質的なテーマにつながってくるような気がします。その議論に戻ってみると、有識者や有権者は、政府のやることをもっと厳しい目で監視しなければいけないという教訓になっています。

 ただ、この問題では、ガバナンスの所在が非常に分かりにくいのですね。舛添知事がそれに関してツイッターで「一番の原因は文部科学省で、二番目は一部の政治家とその関係者とゼネコンだ」という面白い話をしています。あれはどういうことなのですか。

鈴木:舛添さんはいいところを突いていると思います。裏の情報によると、設計があまりにも難しすぎて、ゼネコンも相当弱っていたと聞いています。3000億円という数字が出たのは、結局「無理だから諦めてくれ」という裏の意味があるのではないかとの声があるくらいです。今回の白紙撤回で一番ほっとしているのは、施工者ではないかという声もあります。


可動しない開閉式屋根

松田:今の話で、建設がどれくらい難しいかというと、先ほどのシンガポール国立競技場が5万5000人規模のスタジアムで、世界最大の開閉式屋根を持っています。そこでは競技場の縦横のうち長い方の辺に沿う方向で屋根が動くのですが、今回の計画では、短い方の辺に沿って真っ二つに割れ、外側に動く計画になっています。そこでプラスの難しさはありました。

 それから、国内の競技場で開閉式の屋根が動いているものはなかなかなくて、近々だと、2001年にできた豊田スタジアムは、今年4月から開閉式屋根が基本的に停止されています。また、2001年にできた多機能スタジアムである大分銀行スタジアムでは、13年に制御装置が故障して、それから止まっています。ですから、開閉式屋根は、実際には動かないケースが世界的にもけっこう多いです。カナダ・バンクーバーのBCプレイススタジアムは唯一成功していますが、非常に軽い屋根を使っていて、中央から外側に屋根が開く構造を使っています。

工藤:ということは、かなり難しい設計を採用した背後には、ものをベースにして東京のバリューを高めていく、それに挑戦していくという考え方があるような気がします。それ自体は間違っていない感じもするのですが、時代の状況が大きく変わってきた中で、それが持続可能なのかということが最大の問題になっています。最終的にコストを負担するのは一般の住民なので、結果として有権者の中で計画が覆ったというのは適正だったということですね。ただ、この状況をどのように変えればいいのでしょうか。ガバナンス上、今回、安倍さんは首相主導の閣僚会議をつくって、文科省とJSCは監視下に置かれるという状況に収まったのですが、新藤さん、どうお考えになりますか。

新藤:官主導というよりも官邸主導でいくのだということで、内閣官房に再検討推進室が発足しました。都庁からも2人くらい職員が派遣されています。しかし、そこでどのように進めるのかということは、もう一つはっきりしません。そこは今後見てみなければいけません。官邸のもとに推進室ができたからといって、競技場はどのくらいの規模で、屋根があるのかどうかも含めてどんなものをつくるのか、もう少し見ないとよく分からないのではないでしょうか。

工藤:今の状況を見ると、時間との戦いもあるのですが、来年の1~2月に決定するということですよね。ただ、今回の問題が財源だとすると、維持コストを含めてコストを非常に重視しなければいけない。2520億円の計画については、維持コストは建設後50年間で建設費の40%、すなわち約1000億円という試算もあります。それを含めると50年間で3500億円くらいの買い物で、1年あたり20億円のコストがかかることになります。つまり、年間20億円を上回る収入がないと赤字になるわけで、それを誰かがずっと50年間背負っている状況になります。イベント会場や施設として考えれば、私たちはそのように見なければなりません。社会にとって必要だという話になれば別ですが、その必要性がまだ分かっていません。そこをどのように組み立てるかというところに話が及ばなければいけないということですね。

 それをベースにして、有識者アンケートでもう一つ設問をしています。「新しい建設計画において、特にどのような点を重視すべきだと思いますか」という問いで、答えは三つに集約されています。一つは、「アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にすること」が47.5%です。ただ、これに並んで46.1%あるのは、「施設の維持管理費をスリム化すること」です。それから「建設費を可能な限り減らすこと」が34.8%なので、次の計画を考えるときに重視するポイントは「建設費を減らし、維持管理費をスリム化し、アスリートがパフォーマンスを発揮しやすい施設にする」がほとんどで、それに続いているのが「周囲の景観と調和させること」で24.8%となっています。こういう枠組みの中で計画を立て直すことができるのか、ということですが、鈴木さん、どうでしょうか。


スポーツ振興くじから運営、維持管理費を

鈴木:まず、ガバナンスの話で、これから国交省が計画の中心になります。それはもう表明されていますが、私は国交省が前に出るべきだと思います。国交省には大規模な公共工事をやってきた技師がたくさんいますから、国交省が中心になって施工者と厳しい話をしていかなければいけません。

 それから、今後の運営については、最終的には1年間の維持費が40億円と言われています。こんな施設は世界にありえないわけです。私は公共工事にかかわってきましたが、だいたい30年間で、維持コストのほかに、建設コストと同じくらいの大規模改修費がかかるのです。従って、皆さん「コストダウンだ」と騒いでいますが、コストダウンをしてどこを減らすかというと、空調機とか機材の費用を削るのです。すると、20年維持できる機械が10年しか維持できない、といったことが出てきます。だから、建物の建築費のことばかり考えていると、設備費を落とすことになります。後で負担がかかるので、これだけは避けなければいけません。

 もう一つ、約20億円の赤字をどうやって補填するのかという話です。私はスポーツ施設を相当調べてきて、その建設にかかわる仕事をしているので分かるのですが、屋内施設はいくらでも収益が上がるのです。下が床なので、「昨日コンサートをやって、明日はバレーボールをやる」といったことができます。屋外施設は、それがまったく儲かりません。

 では、どこで補填するかということですが、今でさえ、toto(スポーツ振興くじ)の総売上の5%を工費に充てることで、既に毎年50億円を確保しています。今国会でスポーツ議員連盟が中心となって法改正し、工費に回す金額を総売上の10%に上げることになっています。一昨年の総売上が1080億円で、54億円、2年間で約100億円を既に確保しているのです。これを総売上の10%にすると、毎年黙っていてもtotoから100億円入ってきます。これは7年間の時限立法になっていて、その先は「見直す」とだけで、どう見直すか書いていません。運営費、維持管理費を見直せば、20億円くらいは捻出されます。国民にちゃんと説明をして、「コンサートなどで芝をぐちゃぐちゃにして儲けるのではなくて、コンサートをやめ、天井を空けるので、totoから維持管理費を少しずつください」と頭を下げることです。

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