今、アベノミクスに何が問われているのか

2015年10月18日

2015年10月16日(金)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
齋藤潤(慶応大学特任教授、日本経済研究センター研究顧問)
湯元健治(日本総合研究所副理事長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2ステージで問われているのは、人口問題に本気で取り組むこと

工藤:次は、第2ステージについて議論したいのですが、来年に参議院選挙を控える中で、本当に(痛みを伴う)構造改革を進めていくことができるのでしょうか。ひょっとしたらバラマキになるなど、全然違う方向に行ってしまう可能性もある気がするのですが、いかがでしょうか。

湯元:そもそもアベノミクスがスタートしてから、安倍総理は、「構造改革」という言葉を使ったことがあるのかというと、意図的に避けていると私は思います。小泉政権の時には非常に頻繁に使われた言葉でした。経済構造が変化し、日本の現状に合わなくなったため、痛みを伴う改革を官民ともにしなければならなくなった、という状況に直面した結果、「構造改革が必要だ」という共通認識の下、多くの人が賛成して改革が始まりました。しかし、実際に痛みが発生してくると、一般国民レベルからは、急に不満や批判が出てくる。特に社会保障抑制という話ではそれが目立ちました。その反省の下、選挙対策上よろしくないということもあって、「構造改革」という言葉を意図的に避けてきた、ということだろうと思います。

 ただ、本当に社会保障や子育て支援を充実させるためには、財源が必要なわけで、そのためには構造改革をして歳出を抑制して財源を捻出するのか、あるいは、消費税を引き上げるか、そのどちらかしかない。消費税増税は10%までの道筋は一応ついていますが、今の社会保障、子育て支援の財源の状況を考えると10%では到底足りないわけで、2020年にかけて最低でも15%まで上げることが必要と言われています。しかし現在は、その議論すらされていない。「構造改革をする」ということも言わず、消費税率のさらなる引き上げについても、議論しない状況の中で、こういった政策(新三本の矢)を出してきても、果たして本当にできるのだろうか、と疑問を抱かざるを得ないですね。

齋藤:それなりの取っ掛かりになるところはありますので、私は、その取っ掛かりを足掛かりにして、必要な政策をどんどん盛り込んでいくことがすごく大事だと思っています。そういう意味で、何が大事か、ということを申し上げると2つあります。一つはやはり経済システムの改革です。例えば、金融システムを新しい環境にマッチしたような形で改革をすることが必要だと思います。もう一つは、人口規模を維持するための改革です。現在、設備投資が増えてきていないわけですが、なぜ増えてこないのかというと、それは日本国内のマーケットがどんどん小さくなっているからです。そして、それは人口が減っているからです。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口を見ても、50年後には今の総人口の3分の2になり、100年後には3分の1になってしまうわけですから、これは経済成長の足を引っ張る要因になるわけです。これをどうやってカバーするか、と考えたときに、まず出てくるのは、女性や高齢者の労働参加率を上げることですが、上げ切ったらそこで終わりになってしまう。それから、よく「生産性を上げればいいではないか」と言われますが、人口がどんどん減っていって、高齢者の割合が4割に達するような社会の中で、どれだけイノベーションが出てくるかというと、期待はしたいですがそんなに楽観できない。そうすると、やはり出生率を引き上げるべきだ、ということになります。それで、子育て支援が必要になってきます。もっとも、仮に成功して、明日から合計特殊出生率が2.1になったとしても、実は人口減少が静止するのは60年後です。その間ずっと減り続けるわけです。

 では、短期的には何が有効なのかというと、これは最後のタブーになってきていますが、外国人労働者の受け入れですね。日本の人口はどんどん減っていくわけですから、そういう新しい担い手がいない限り、日本の経済は維持できなくなるわけで、これが構造政策の大きな柱になるかもしれません。

工藤:第2ステージの三本の矢は、「希望を生み出す強い経済」、「夢を紡ぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」ということを掲げていますが、これは何を改革しようとしているのですか。

小黒:私なりの解釈では、これは「量」を追求した政策なのではないか、と思います。日本が抱える大きな懸案事項というのは2つありまして、1つは財政問題。もう一つが今、齋藤先生も言われたように、人口減少問題です。静かなる有事ともいうべき問題です。仮に財政再建できたとしても、人口が減っていけば、国力は落ちていくので、日本にとっては非常に厳しくなる。そこで、「夢を紡ぐ子育て支援」では、直近で1.4の合計特殊出生率が1.4を、1.8に引き上げると言っています。これは、人口の「量」を増やす、というわけです。

 そのために、女性が出産をしながら労働をすることをサポートしていく必要がありますが、現状では子どもが生まれると働き続けることがなかなか難しい。女性がなるべく働くことができればGDPにも寄与するわけですから、そういう意味では、これもGDPという「量」に深く関係している。

 「安心につながる社会保障」というのも、介護離職者をゼロにする、という目標を掲げていますけれど、これから団塊の世代の方々が2025年頃に、後期高齢者(75歳以上)になるわけです。そのときに、「団塊ジュニア」と呼ばれる世代が、親の介護で離職しなければならないとすると、労働力がかなり毀損されることになるわけです。そこで、こういう潜在的にGDPが屈折するような可能性があるところを手当てする。

 こういう意味で、すべて「量」に関する政策を打ち出そうとしていると思います。その方向性としては、間違っていないと思います。ただ、では、これをどう評価すればいいのか、というと、実は現時点では何も評価できない。なぜかと言うと、これから「担当大臣を新設して、1億総活躍社会を実現するためのプランを作る」と言っているわけですから、そのプランの中身を見てみないと、本当の評価はできないわけです。

 それで、まとめますと、日本が抱えている懸案のうち、「財政」については答えていないけれど、「人口」については、何とか方向性を出していきたいという意思表示は見られる。そこは評価すべきです。ただ、現時点では中身がよく分からないので、本当の評価をすることは難しい。そもそも、人口を増やしていく、もしくは、出生率を反転させていく、ということは容易ではなく、社会保障改革や財政再建の方がまだ簡単だと思います。総理が本気で人口問題に取り組み、「日本の人口問題を必ず解決する」と不退転の決意を示されれば、それは非常に好ましいことですが、それでも容易ではない。

工藤:「安心につながる社会保障」では、確かに介護離職者への対応が一つの課題としてあると思いますが、具体的には何をしようとしているのですか。

小黒:例えば、首都圏であれば、2005年には75歳以上の後期高齢者が100万人以上いたわけですが、それが2025年には倍以上になる。そうなると、日本創成会議から出された、いわゆる「増田レポート」にもありますが、施設に入れない方が大量に出てくる。入れなかったら、自宅介護になるわけですが、自宅介護というのはそんなに簡単ではない。親が認知症などになれば、子どもは常時付き添っていなければならないわけです。そこで将来的には、(施設の空きがある)地方への移住を促進しようという案もありますが、この問題は日本にとって大きく死活的な問題ですから、なるべく早い段階から対応していきたいところです。専門家の議論では、施設面では、「すでに手遅れだ」という議論もありますが、一応厚生労働省としても、地域包括ケアシステムなどを稼働させる方向で動いていますので、そういう動きにてこ入れをするという意味合いがあると思います。


課題解決に向けたプランを出すために、政治の実行力が問われる

工藤:確かに、今の日本が直面する問題はきちんと認識している。ただ、それが本質的な改革に向けた政策体系になっていくのか、ということはまだ読めない。湯元さん、課題解決に向けたプランはきちんと出せるのでしょうか。

湯元:子育て支援のところでは、出生率1.8を実現するという目標を出していますが、出生率を上げるというのは、10年くらいかかる話です。しかも、本気で上げるつもりならば、タブー視されている政策を組み込むことも視野に入れなければならない。例えば、フランスや北欧諸国を見ると、非嫡出子に対しても社会保障関連の手当てをしていったり、移民を受け入れたりしているわけです。そういうタブーに本気で踏み込むのであれば、相当前の段階から議論しなければなりませんが、そういう議論は日本にはないわけですから、本気度は疑わしい。

 それから、子育て支援も財源が必要になります。「5年で40万人分の保育の受け皿を確保する」と言っていますが、実際には潜在的な待機児童は200万人と言われているわけです。そうするとやはり、消費税10%に上げてもまだ財源が足りないにもかかわらず、財源をどう確保するのか、見えてきません。

 女性の活躍を支援して、経済成長率を押し上げようという考え方は分かります。しかし、

 政府は「2020年までに女性管理職の比率を30%にする」という目標を掲げ、各企業へ努力を求めていくとしていますが、管理職を務めるような女性を増やすことが、本当に経済成長や国民生活などの充実につながっていくのか、というとやや疑問です。女性の管理職を増やすことは、男性と同じように猛烈に働く女性を増やす、ということですが、女性の活躍支援で本当に重要なことは、サービス残業をはじめとした長時間労働を是正していくことです。それができてはじめて、女性が男性と同等の力を発揮できる環境が整えられるわけです。

 介護分野でも、「離職者ゼロ」と言っていますが、現状では介護職員の離職率は高く、外国人介護士もあまり入って来られていない。その結果、介護人材が恒常的に不足していて、介護需要の増加に対応できない状況になっている。これについても、本格的に議論していかないといけない時期に入っている。

 ですから、第2ステージの課題認識は全体的に正しいのですが、これから相当厳しい構造改革を本気でやっていかなければならないわけです。それに向けた強い意思が、裏付けとしてあればよいのですが、まだ全体像がはっきり示されていない今の段階では評価しにくいと思います。私の目から見ると、目標や方向性は正しいが、やろうとしている内容が具体性を欠くために、本当に課題にメスを入れてやっていこうという意思があるのか、というと疑念を抱かざるを得ないところです。

工藤:人口減少下でも、長期的に日本がきちんと持続的に繁栄を維持できるためにはどうすればいいのか、など本気で考えなければならない。そういう課題解決に向けたプランニングを競わなければならない状況ですよね。ただ、そういうことは、本当は選挙で決めていくべきだと思うのですが、本当の岩盤の課題にぶつかり始めているので、選挙控えた政治ではそれに対して答えを出せていけないような危惧があるのですが、いかがでしょうか。

齋藤:そういう危惧もありますけれど、それ以前に、今回の新三本の矢というのは、実は自民党総裁として出したものであって、政府はまだ受け止めていないわけです。ですから、政府が受け止めた上で、これをどのように具体的な政策パッケージにしていくか、というところがまだ見えない。もう少し時期が早ければ骨太の方針にも入ったのかもしれないのですが、今は時期が中途半端なのですぐに示すことは難しいところがあります。もしかしたら、来年度予算に反映させるかもしれませんが、いずれにせよまだよく見えてこない。

 これから経済財政諮問会議のようなところで議論をして具体化していくのであれば、民間有識者が発言する機会もありますし、そこで色々な提案をすることもできるので、そこで深めていくことも考えられます。

工藤:政府の中からそういう議論が出てくる可能性はあるのでしょうか。

湯元:小泉政権時代は、経済財政諮問会議で、痛みの伴う構造改革も含めて、色々な議論がなされていました。実現できなかったものも多いのですが、そこで集約された意見がある。今回、安倍政権になってから、産業競争力会議というものができて、そこで打ち出した三本の矢が、成長戦略では重要な柱となった。しかし、構造改革の部分に関しては、どこが考えるのか、ということは、実ははっきりとしていない。過去の経緯を考えるとやはり、経済財政諮問会議が色々具体的な提案を出していく、という形がベストだと思いますので、そこをどう調整するか。ここで安倍総理や官邸の実行力が問われることになると思います。

工藤:今日はアベノミクスの第2ステージについて議論しました。やはり、日本がまさに今、問われている課題、これから私たちが乗り越えていかなければならない課題に、いよいよ差しかかってきたな、ということを強く感じました。これから政治だけでなく、民間も、課題解決に向けたきちんとした政策競争ができるような議論をしていく必要があると思いました。この議論はこれからも継続していきます。今日はありがとうございました。

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